永四郎の雷が落ちた。



それも、わんに。



「どういうつもりなのかハッキリ言いなさいよ」



わんはさっきからずっと居間に正座させられている。
いい加減足が痛いが、崩すわけにもいかない。
見下す目は眼鏡に天井の明かりが反射して、よく見えない。

そもそも永四郎はわんに対しては怒ったりすることは滅多にない。

そんなわんがこういう目に遭ってるのには訳がある。



―――バレたのだ。



今月、金をいつもの数倍使ってしまったことが。



しかし永四郎が怒ってるのは金を使ったことじゃない(まぁそれもあるんだろうけど)

「…別に何に使ったのかちゃんと言えば怒らないって言ってるでしょ」
「…それは言えん…」

そう、永四郎はわんが使った金の使い道を言わないことで怒ってるのだ。

「…ていうか…何でバレたんばぁ?」
「俺が金銭関係で分からないことがあると思う?」
「…だーるなぁ…」
「うちがそんなに金に余裕がないってこと分かってる?」
「…あい」
「言わないってことは無駄なもの買ったってことでしょ。俺が反対するの分かってるから黙って買ったんでしょ?」

そういうわけでもないんだが何を言っても今は神経を逆撫でするだけだろう。
とりあえず黙って永四郎の説教が終わるのを待つ。

頭上でグダグダと何かを言い続けている永四郎の声を聞いてたらそのうち眠くなってきた。

わんにとって永四郎の声はかなり催眠効果がある。
独特の低音で淡々と(内容が文句とはいえ)喋られると嫌でもうとうとしてしまう。



「………知念クン、聞いてる?」
「……………ん…」
「知念クン?」



……………



「……………」



すぱーんっと小気味いい音と共にわんの意識は一気に覚醒した。
遅れて頭にじわじわとくる痛み。

慌てて顔を上げたらそこには引きつった笑顔の永四郎。

掲げられたその手に思いっきり叩かれたらしい。

「………えいしろ、痛い」
「文句言える立場?拳じゃなかっただけ優しいと思って欲しいね」

永四郎様の仰るとおりだ。

痛む頭をすりすりと摩っていると、永四郎の呆れた声が降ってくる。

「説教中に寝るなんていい度胸じゃない」
「…わっさいびーん…」
「知念クンには長い説教がきかない分凛クンや裕次郎クンよりタチが悪いかもね」

凛や裕次郎以下と言われてしまえばわんもさすがにショックだ。
ささやかに傷ついた胸を押さえれば永四郎がハンッと笑った。
この笑い方は永四郎に似合っていてとても好きだ。だが自分に向けられると凹む。

「もう一発食らいたくなかったら正直に言いなさいよ」
「…それは嫌だ」
「どっちが?叩かれるのが?それとも言うのが?」
「…どっちも」

無言で平手が降ってきた。

頬に思いっきり食らった平手は音は綺麗だったが相当に痛む。



「もういいよ。知念クンとはもう口利かない!」



言おうとしないわんに痺れを切らしたらしい永四郎がそう言い放って部屋を出て行く。

「あっ…永しろ…」

わんの呼び止めも届かず部屋の扉は閉じられた。

「……………」

今までも相当怒ってはいたが、これは本格的に臍を曲げさせてしまったようだ。
こうなると永四郎はなかなか折れない。
本当にわんとは口を利かないだろう。



困った…が、まだ永四郎に言うわけにはいかない。まだ。



「何かでーじすげぇ音したあんに。何事かやー」

慧君が居間に入ってきた。
子供達に心配をかけるわけにはいかない。

「ん。何でもないやさ」
「…ほっぺた赤いどー」
「ゆくしだろ?」
「しんけん」

慌てて手を頬に持っていく。
確かにそこは熱を持って熱い。

「母ちゃん、寝室に鍵かけてたどー」
「え」

…しまった。

永四郎は本気で怒ると部屋に篭って出てこなくなる。

以前浮気疑惑が湧いて喧嘩した時なんか2日半出てこなかった。
仕方ないからリビングで寝てコンビニ飯を食った苦い思い出がある。

「喧嘩したらならんど」
「慧君…」
「飯が食えんくなるのは嫌さぁ」
「………慧君…」

心配してくれたのかと思いきや。

実に慧君らしい言い分に苦笑が漏れる。

とりあえず重い腰を上げて、永四郎の機嫌を取るために寝室のドアの前まで行った。



念のためドアノブを捻ってみるがやっぱり開かない。

「永四郎ー?」

声をかけても戻る言葉はない。
当然か…
どうしたものかと部屋の前で腕を組む。



「とーちゃん何してるんばぁ?」
「かーちゃんどこー?」

凛と裕次郎が部屋から出てきて、ドアの前に立ちすくむわんの足にしがみついた。
二人の頭を撫でてやると嬉しそうに目を細める。

「母ちゃんはちょっといないんさぁ。どうした?二人共」
「おやつー」
「もう3時半ばぁー」

腕時計を見ると確かにもうおやつの時間はとうに過ぎている。

台所に戻って慧君も含めた三人におやつを出す。
おやつのプリンは冷蔵庫に入っていた。

「とうちゃん食べないんばぁ?」
「凛、ほっとけー。父ちゃんはなま忙しいんばぁよ」

慧君が凛を黙らせてくれたから、わんはまた寝室の前に戻った。

まぁ、寝室の前にいたってどうせ出てきてくれないんだからいるだけ無駄なんだが…
なす術もなく廊下に座り込んだ。



「…まるで天岩戸さぁ」

小さな声で呟くも、誰もいない廊下に響くだけだ。



その時、玄関のドアチャイムを鳴らす音が家中に響いた。

渋々重い腰を上げて玄関に向かう。

「知念さーん、宅配ですー」

玄関に向かう途中の廊下まで聞こえる大きな配達員の声に、わんは玄関まで走った。
ドアを開けて事務的な配達員の言う通り印鑑を押して荷物を受け取る。

受け取った荷物を見て、わんは少し笑った。

そして再び寝室の前まで走る。



「えいしろー!開けろ!」

当然返事はない。
強硬手段に出ることにした。

一度ドアの向かい、壁のギリギリまで下がって、勢いをつけてドアを蹴り上げる。

バキッと色々なところが軋む音を立てながら、ドアが壊れた。



「…な…!」

ドアの向こうではベッドに座り込んだ永四郎が目をぱっちり開いて口をパクパクさせている。

「な…何してるの知念クン!」
「開けてもらえないんだったら自力で開けるまでさぁ」
「何でそう短気なの!何も壊すことないでしょう!」
「かしまさい!いいから聞けー」

永四郎をすみっこに追いやってわんもベッドに上がる。

あまりのことに驚いたらしい永四郎はそれ以上咎める言葉を口にしない。
きっと後でドアを壊したことは改めて怒られるんだろうけど、とりあえず後回しだ。

「な、何…」
「ん」

手に持ったたった今届いたばかりの荷物を永四郎に渡す。

「は?何これ?」
「届いた」
「言葉が足りない!何が言いたいの」
「いいから見てみー」

永四郎は不満そうにしながらも渋々包みを開け始めた。



「………これ…」



開けた包みの中身は、わんが買った指輪。



永四郎は勢いよく顔を上げてわんを見た。

「何で宅配!?」
「気になるのはそこかやー…」

がっくり頭を下げると、永四郎がおずおずとわんの髪を撫でた。

「…買ったはいいけど、サイズなくて直してもらってて…取りに行ってる暇なかったから送ってもらったんばぁ」
「もしかしてコレ買うために…」

わんは頷いた。

今日は永四郎はもう覚えとらんかもしれないけど、わんに取っては大事な日だから。
どうしてもいいモン内緒であげたくて、貯金ちょっとだけ崩した。
喜ばせるために内緒にしたことで喧嘩になっちゃったのは本末転倒だったけど。

「今日…俺と知念クンが…」
「覚えてるんばぁ?」
「初めて会った日でしょ。俺が忘れるわけないじゃないですか…」

永四郎は指輪から目を離さないまま呟いた。

「喧嘩するつもりはなかったんさぁ…黙って金使ってごめん」

永四郎は首を横に振る。

「ごめん…知念クン…事情も知らずに怒ったりして…」
「永四郎は悪くないさぁ。覚えてないと思ったからビックリさせたくて…」
「知念クンは覚えてないと思ったから…」

確かに去年までは何もしなかったから、そう思われても仕方ない。

「今度からちょっと給料上がるんさぁ。だからせっかくだから、と思って…」
「え、そうなの?」
「だからちょっと奮発したさぁ」

そうなんだ、と呟いて永四郎は指輪を俺の手に返した。

「…気に入らなかったか?」
「ううん。こういうのは定番でしょ」

そして左手を差し出した。

結婚指輪のない左手。
わんと永四郎は結婚式をしてない。いわゆるデキ婚だったから。
その上若かったし、とても指輪なんて買う余裕がなかった。

だからこそどうしても今日指輪をあげたかったんだ。



指輪を箱から出して、永四郎の指にはめる。
わんが永四郎の指のサイズを間違えるわけがない。
その指輪はぴったりと永四郎の薬指にはまった。

「ありがと…」
「ん。似合う」

永四郎はわんの首に腕を回して抱きついてきた。
それを受け止めて、耳にキスする。

「…苦労かけてごめん」
「何言ってるの。俺が選んだ道だよ」

永四郎は笑ったみたいだったけど、何だか涙声だ。

「俺が選んで知念クンと一緒にいるんだから、謝ることなんて何もないよ」
「ん…永四郎、しちゅん」
「俺も…俺の方こそごめんね」

一度少し体を離して見つめ合ってると、何だか笑えてきた。

「…くだらない喧嘩しちゃったね」
「今度から何か買う時はちゃんと言うさぁ」

二人で額をくっつけてくすくす笑う。
永四郎は猫みたいに頬を俺の首にすりよせた。

「…知念クン、キスして」
「ん」

唇を寄せると、永四郎は嬉しそうに笑った。



ドアに背を向けてベッドに座ってる永四郎には見えてないだろう。



壊れたドアの向こうから凛と裕次郎が覗いていた。



 

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