跡部若は古武術を習っているらしい。

その通っている道場が割とわんの家からも近いということを聞いたのは昨日。
熱心に「良ければ見学に来てください!」というので、せっかくだから行ってみることにした。

昼食を食べて家を出る。
凛と裕次郎はお昼寝中だ(そうでもしないと着いてくるって煩いから)
慧君は手塚の家に呼ばれたとか言って朝から遊びに行った。



中を見たことはないが大きい道場だから、存在は知っていた。
朝早くから門の前を掃除している坊さんのような師範のことも見たことがある。

道場に着いたはいいが、あまりにも立派な門構えだから入りづらい。

しばらく門の前でぼーっと門を見上げていたら、後ろから腰の辺りをぽんと叩かれた。

「…あれ」
「どーも」

つい最近うちのクラスに転校してきた白石光だった。

「白石。何でこんなところに?白石も古武術やってるんばぁ?」
「ちゃいますわ。俺運動好きとちゃうし…ここ、俺んちですよ」
「えぇ?じゅんに?くぬ道場ずっとあるあんに」
「じーちゃんがやってる道場ッス」

驚くわんに対していつも通りの冷めた態度で白石は道場を一瞥する。
じーちゃん、というのはもしかしてあの師範らしき人のことだろうか。
あの、わんよりもデカイ悟りを拓いたような落ち着いた人。

「ま、ええっすわぁ。せっかくやからうち入ってったらええやん」
「え、いや…悪いやし」
「家庭訪問のつもりで上がったらええやないですか。今日親父もおるし」

断ろうにもぐいぐいと強引に腕を引かれて門をくぐる。
今日の目的であったはずの道場の横を素通りして、奥に広がる日本家屋に連れ込まれた。

わんはつい断るタイミングを逃して白石家に上がってしまうことになった。



「お、光おかえり…お?」
「お…お邪魔してます…」

靴を脱いで敲きに上がると、奥の襖が開いてとんでもない美形が顔を出した。
この間の授業参観の時に一度見た、白石蔵之介だ。

「親父、茶ァ淹れてください」
「アホ。何で俺が淹れんねん。目上の人間は敬いなさい。ていうか何で先生がおるん」
「目上と年上はちゃいますわぁ。親父は年上なだけでしょ」
「光、口に気ィつけなさい。あと質問に答えなさい」
「…門の前ウロウロしとったから拾ったんスわぁ。ええからお茶」

テンポのいい会話につい聞き入っているうちに腕を引かれてお茶の間に連れ込まれた。
白石蔵之介が顔を出した部屋だ。
半ば無理矢理畳に座らされると白石蔵之介がお茶を淹れ始める。

「あ、あの…お構いなく…」
「いえいえ気にせんとどうぞごゆっくり」

白石蔵之介は愛想よく俺に微笑んだ。
テレビで見るのと同じ顔。
この間見た時はちょっと遠目だったけど、間近で見るとやっぱりとんでもない美形だ。

あまり白石光に似てるとは思わないけど、涼しげな目元なんかは少し似ているかもしれない。
光に愛想がないだけで、笑ったらこんな顔になるんだろうか。



「知念先生、ですやろ?先日はご挨拶もせんとすんません」
「いえ…こちらこそ…」

芸能人なんて見たことないから焦ってしまう。

「あ、そういえば…うちの息子も白石さんのところの息子さんと仲良くしてもらってるみたいで」
「ああ、金ちゃんやんな。いっつも遊んでもろて感謝しとるのはこっちの方ですわ…あ、お茶どうぞ」

光と並んで淹れてもらったお茶を飲む。
一口飲んで光は顔を顰めた。

「何や親父、これ美味ないっすよ。出がらし」
「文句ばっか言うんやありません」
「客に出がらし出すなや。常識ないな、芸能人は」
「うっさいわ…ほんまこんなんの担任じゃ先生も大変でしょう」

いえ、と小さく呟いてお茶を啜る。
たぶんお茶の葉自体はうちのよりよほど上等なものだから、出がらしでも別に充分美味い。



「お父ちゃ〜ん、ちょっと見てぇな…って、アラ?」

襖が開いて中に入ってきたのは、坊主頭に眼鏡の男。
どうやら息子の一人らしい。
こんなに大きい息子がいるのか…!白石蔵之介、一体いくつなんだろう…

「あらまぁ、こんにちわ。どちらさん?」
「光君ぬ担任をやってます、知念です」
「あ、じゃあ同じ学校やね。先生やったんですか。どうも、白石小春ですぅ」

妙にシナを作りながら俺に擦り寄ってくる。
思わず反対側に体を傾けてしまった。

「小春さん、マジ迷惑っすわ。知念先生困ってるんで近づかんといてください」
「あらッ、光ちゃんったら妬いてるの?可愛いわねぇ〜」
「それ以上俺に近づいたら死なすど」
「まぁ怖い」

白石小春は俺と光から離れて、白石蔵之介の肩に寄りかかった。
慣れているのか特に動じている様子もない。
わんはというと慣れない人種相手にどう動いていいのかも分からなくなっていた。

「せんせ、もう俺の部屋行きましょ」
「えっ?あ、ああ…」

わんは白石蔵之介と小春に頭を下げて部屋を出た。

二階に上がるために階段を上っていると、凄い勢いで階段を降りていく人影がわったーの横を通った。
「小春ぅ〜!」という声と共に。
すれ違ったわったーのことは気にも留めてないようだ。

「あれも兄貴ッス。小春さんにベッタリなんですわ」

平然と説明する光は相変わらずわんの腕を掴んでいて、、ぐいぐい引っ張られている。

「ちょ、白石…そんなに引っ張らんでもちゃんと着いていくあんに」
「別に。俺が掴んでたいだけっすわ」
「え…」
「痛いすか?ざまぁみろ」
「……………」

わんは光に嫌われてるんだろうか…

光は普段から、懐いてるんだか嫌がらせをしてきてるんだかよく分からないところが多い。
転校してきて間もないということもあるがどうにも性格が掴みきれない。



光の部屋に行くと、そこには中学生くらいの茶髪の男の子が机に向かっているところだった。

「俺、兄貴と一緒の部屋なんっす。むさくるしいけど我慢してください」
「入ってきて早々むさくるしいって何やねん…」
「せっかく最初は一人部屋やったのに謙也君が怖がりやから一緒の部屋にさせられてホンマ迷惑やわ」

紹介された男の子は謙也といった。
光よりは愛想もあるらしく、にこっと笑ってわんの前に座る。

「光のお気にの先生ってアンタか、先生」
「え」
「謙也君うるさいっすわぁ。さっさと消しゴム整理に戻ったらええやんけ」
「ええやろ、話させてや。先生今日は何でうちに?」

黙らせようとする光を押しのけて、謙也はわんに矢継ぎ早に質問を繰り返す。
学校での光はどうだ、とか、家での光はこんな感じだ、とか…正直白石蔵之介よりよっぽど父親みたいだ。
それにひとつひとつ答えてるうちに、光は抵抗するのをやめていた。

「光、転校してから学校好きになったみたいなんやで」
「え…そうなんばぁ?」
「そやそや!皆心配しとってん。光は協調性がないから」

ちら、と光を見ると不機嫌そうに俯いている。

「で、学校どうなんって無理矢理聞き出してん。そしたら担任の先生が好きだからやって―――」
「謙也君!もうええやろ出てけや」
「何でやねん!ここ俺の部屋でもあるねんぞ!」
「あーもううっさいっすわ!消しゴム捨てるぞ!」
「お、お前…!俺の大事な消しゴム捨てたらどうなるか分かってんのやろな!」
「ほー、どうなるんっすか?ヘタレに何が出来るんか見ものやわぁ」
「………くっ…!光のアホー!」

謙也は光の机(と思しき机)の上に置かれていた本やらプリントやらを全て床に落として出て行った。

「チッ…謙也君め…!」

光は立ち上がって謙也の机にあった大量の消しゴムを全て窓から捨てた。

「大事にしてるみたいだったんにいいんばぁ…?」
「ええんす。こんくらいせんと分からんのですわ謙也君は」



「おーい、光ー?」

襖が開いて廊下からまた見知らぬ顔が現れた。
全く、この家は何人いるんだ!
ただでさえ人見知りなわんの緊張はピークに達しつつあった。

「千里君、何すか」
「今謙也が泣きながら降りてきよったばい。光、何したと?」
「チッ、何でもかんでも俺のせいにせんでくださいよ」

顔を出したその随分と長身な男はわんの方を見て軽く会釈した。

「15分…」
「…は?」
「先生がこの家から出ていくまでの時間たい…」

ぱたん、と襖が閉じてその男はいなくなった。

「……………」
「……………あれ、うちの長男っすわ」
「何ていうか…個性的な人さぁ…」
「風来坊っつーか、掴みどころのない人っす」
「そんな感じすっさぁ」

光と二人になったことで少し緊張の解けたわんは笑った。
光もいつもと違う顔で笑う。
いつもは笑ってもせいぜい皮肉な「フンッ」って感じの笑いなのに。
(そういうところが跡部と相通じるものがある)

「……………何スか」
「…いや…白石の笑った顔初めて見たって思ったあんに」
「……………」
「笑うとお父さんにちょっと似てるさぁ」
「冗談やめてや。嬉しくないっすわ」

さっきまでの笑顔はどこへやら、すっかりいつものむっつりした表情に戻ってしまっている。
普通あんな男前に似てるなんて言われたら嬉しいと思うんだが…

「…ところで、ホンマは先生何しにここに来てはったんですか」
「………あ!」

本題をすっかり忘れていた。

「道場の練習を見学しに来たんやさ!まだ練習やってるばぁ?」
「はぁ…この時間ならまだ余裕だと思いますけど…なんでまた?」
「跡部がここの道場に通ってるらしいさぁ」
「はぁ!?」

わんが本来の目的を話した途端、光は勢いよく立ち上がった。
そしてわんの腕をまた掴む。

「…白石?」
「早く行きましょう」






相変わらずぐいぐいと腕を引かれて道場に向かう。
途中で一度話したことのある光の末の弟がわんを見つけてしがみついてきた。
…が、それでも光は足を止めない。
おかげでしがみついた末っ子ごとわったーは道場に踏み込むことになってしまった。



「何や、光はん。急に道場に入ってきたらあかんやろ」

威圧感のある低音の主は、何度か門の前で見かけたことのある男だった。
やっぱりこの男が光のじーちゃんらしい。
(ということはこの人が白石蔵之介の父親か!…遺伝子は不思議だ…)

「じーちゃん!何でワイこんなとこにおるん!?」

わんにしがみついていた末っ子が大きな声で今度はじーちゃんの足にしがみつく。

「金太郎はん、それはうちが聞きたいわ。光はんまで珍しいなぁ」
「じーちゃんまだ練習やっとるんか?」
「ああ、今はもう後片付けで皆奥で雑巾掛けやっとるわ」
「ちょい邪魔するで」
「あ、こら。靴は脱ぎなさい。…そちらは?」
「俺の担任の先生っすわ。金太郎、お前はここで遊んでもらえや」

靴を脱ぐとおじいさんに挨拶する間もなくまた腕をぐいぐい引かれる。
今日一日で腕が数cm伸びそうだ。

「光君の担任の知念です!お邪魔しますー…」

引っ張られつつ挨拶したが聞こえたかは謎だ。



光ががら、と重い引き戸を開けると、広間に雑巾をかけている少年達の中に跡部若がいた。

扉の開く音にこっちを見て、わんに気付いた若が嬉しそうに笑う。

「知念先生!来てくれたんで…す、ね…?」

…が、その表情はわんの腕をしっかり掴んでいる光を見て険しくなる。

「…おい。何で白石がここにいるんだ」
「何でもなにもここ、俺の家やもんなぁ。まさかお前がここにおるなんて思わんかったわ」
「はぁ?俺の家ってどういうことだ」
「どういうことも何もないわ。お前に古武術教えとるやつは俺のじーちゃんや」
「なッ…師範が…!?」

一気に険悪モードな子供達を前に、わんは言葉もなくただ見守るしかなかった。

「し…師範に孫がいたなんて…しかもよりにもよってコイツみたいな…!」

跡部はよほどショックなのか顔色が悪い。

「あ、跡部…大丈夫あんに…?」
「先生…ッ!」

跡部が俺の腰にしがみついてきた。
光に掴まれた腕に力がこもる。痛い。

「師範のこと…凄く尊敬してるのに…!なのに孫がこれ…!武術のぶの字も理解していないようなこれが孫…!」
「これこれって失礼やぁ…残念やったな、お前の大好きな師範も知念先生も俺のもんやで」
「ふざけるな!師範はともかく知念先生だけは渡さないぞ!ポッと出のくせに!」
「お前、前から思っとったけど台詞回しが昔のトレンディドラマの女狐くさいで!」
「キーッ!横からいきなり現れて先生を俺から奪おうなんてお前の方こそこの泥棒猫が!」
「だからそういうとこが女狐くさいっつーねん!」

腕と腰に二人の男児をぶら下げたまま、わんはますます困惑した。
何でわんはこう『ちょっと変』な男に好かれるんだ…
子供に好かれるのは喜ばしいんだが、こういう喧嘩になられてしまうとフォローに困る。

「ふ、二人とも少し落ち着くさぁ…」

「先生!先生はこんな品のない大阪の南蛮かぶれ野郎なんかより都会的で日本的な俺の方がいいですよね!?」
「南蛮かぶれって何やねん!今時ピアスくらいでそんなこと言われてたまるか!お前かて茶髪やろ!」
「俺の髪は地毛だ!親からもらった体に傷をつけるなんてたるんどる!」
「誰やねんお前!キャラ変わってんで!」

フォローに入っても新たな火種がつくだけだ。
どうしようもなくなってとりあえずぼーっと広間に飾られた仏像を眺めることにした。
随分立派な仏像だ。いくらくらいするんばぁ…?



「光!若!静かにしなさい!」



きゃんきゃんと騒ぐ二人の声の中、空気を引き裂くような低音が響いた。

声の主は確かめるまでもない、おじいさんであり師範であるあの人だ。



「じーちゃん…」
「し、師範…」

さすがにこの人に怒られると光も跡部も形無しなのか、一気に大人しくなる。

「二人とも、先生が困ってはるやろう。迷惑かけるのはやめなさい」
「す、すみません…」
「チッ…まぁしゃーないッスわ…」
「光は家に戻りなさい。若はまだ掃除の途中やろ、戻りなさい」
「「はい…」」

二人はまだ不満げではあったが、とりあえず言われた通りに向きを変える。

「先生、また明日。また遊び来てください」
「あ、ああ…にふぇーでーびる」
「先生、また明日。今度は練習時間に来てくださいね」
「あ、ああ…わっさいびん」

それぞれわんに挨拶すると踵を返す。

嵐が去った、といわんばかりに静かになった道場内で、わんはやっぱり立ち尽くすしかなかった。



その後少しだけ師範に挨拶して、まだやることがあるという師範に謝罪をしてからわんは門に向かった。
腰には何故かまた末っ子の金太郎がしっかりしがみついている。

「しっかし、光があんなに怒鳴ってるとこ初めて見たで、ワイ」
「そうなんばぁ?」
「よっぽど知念せんせーが好きなんやな!」
「…そうなんばぁ?」
「そや!絶対そや!光のこと、よろしゅうな!」
「…もちろんやさぁ」

門につくと金太郎はわんから離れて、手を振りながら自宅の方へと駆けていった。

その背中を見送って、門を出てから何気なく時計を見る。



長男が光の部屋に顔を出してから、15分が経とうとしていた。



 

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