息子達の通う小中高一貫の学校は、授業参観日が統一されている。
その日は一日中学校が解放されていて、親は自分の都合のいい時間に授業参観に行くことが出来るのだ。

それはうちのように子供が多い親に絶賛されている。

その日は一日かけて、子供達の普段の姿を見れるわけだ。



「ああ…とうとうこの日が来てしまった…」

カレンダーの日付を見て、俺は溜め息をついた。
朝食を食べていた知念クンと子供達は首を傾げながら俺を見る。

「ゆうじろ、今日何かあったんばぁ?」
「…?わからん」
「ふらー、今日授業参観やっし」

凛クンと裕次郎クンはすっかり授業参観を忘れていたらしい。
慧クンに言われてやっと「ああ」と合点のいった顔をしている。

「何で母ちゃん、授業参観がきらいなんばぁ?」
「アンタ達双子のせいですよ!」

「「??」」

自覚がないのか双子は顔を見合わせて不思議そうに首を傾げる。
確かにその仕草は可愛いが、こいつらの生活態度は可愛くない。

知念クンはその双子の仕草にメロメロなのか目尻を下げて携帯のカメラを起動していた。



「そんなに考え過ぎなくても平気さぁ」

子供達が学校へ行く準備を(今更)始めているのを横目に、知念クンはそう言って笑った。

「…何でそんなこと言えるんですか。あの子達が問題児なのは知念クンの方が知ってるでしょ」
「やしが最近では先生達も凛と裕次郎の扱い慣れてきたっぽいどー」
「慣れればいいってもんじゃないでしょ。ああもう…小学校入って初めての授業参観なのに憂鬱すぎますよ…」

むしろ先生が慣れてしまうほど問題ばかり起こしているということが問題だ。
他の保護者にだって会うのだ、俺の育て方を疑われる!

「去年までは慧クンだけだったからまだ楽だったのに…」
「文句ばっかり言っとらんで前向きに考えるさぁ」

知念クンは双子に甘いせいか、いやに楽観的だ。
育ってから困るのは子供達なんですよ。
今が楽しきゃそれでいいって考えはやめていただきたい。



「母ちゃーん、凛と裕次郎が靴下見つからないって喚いてるどー」

食器を片付けていると慧クンが俺を呼びに来た。

まったく…!さっさと準備しろって言ってるのにあの馬鹿共…!

「分かりました、慧クンもそろそろ学校行きなさい」
「父ちゃん、一緒いこー」
「わんは凛と裕次郎待ってるから、先行っていいどー」

慧クンは大人しくランドセルをしょって家を出て行った。

「母ちゃーん!くつしたないー!」
「くつしたかたっぽしかないー!」
「全部バラバラにして神経衰弱とかしてるからでしょ!遊○王かお前ら!」

毎朝毎朝よくもこう同じようなことで喚けるものだと感心する。
すんなり学校へ行けたためしがない。
こんな調子だから授業参観も不安なのだ…

その後縮地法を駆使して靴下を掻き集めて、凛クンと裕次郎クンを知念クンと纏めて学校に送り出す。

「…はぁ…」

俺もさっさと準備しないと。

憂鬱な気持ちを引きずったまま俺も準備を終えて家を出た。



学校に着く頃にはもう登校時間は過ぎていたから、生徒達の姿はどこにもなかった。

まずは慧クンのクラスですかね…
授業は理科の実験か…知念クンの好きそうな授業だ。

気配を感じて振り返ると、音もなく大きな黒塗りの車が校門前に停まるところだった。

この車には見覚えがある。

運転手が出てきて後部座席を開けると、中から降りてきたのはやっぱり跡部夫妻だった。

「ウス…永四郎さん…おはようございます…」
「樺地クン、おはようございます。跡部さんも」
「アーン…?樺地、コイツ誰だ?」

相変わらず礼儀を知らない人だ。

樺地クンが簡単に俺の説明をすると、跡部さんはその秀麗な眉を顰めた。
いつも思うが美形だがつくづく感じが悪い。
樺地クンがよく出来た人なだけに余計にそれが目立つ。

「テメェが知念の嫁か」
「そうですが、何か。うちの夫を呼び捨てにしないでいただきたい」
「俺様の持ち物の学校の教師なんだ、いわば俺の部下だ。呼び捨てして何が悪い」

何が気に入らないのやら俺を睨みつける跡部さんを俺も睨んでおいた。

「お前の旦那、いい度胸してんじゃねーの」
「は?」
「俺様の息子に手ぇ出すとはな」
「はぁ!?」

ちょっと待て。手を出すとは何なのだ。

「俺様の若を手懐けてるみたいじゃねーか」
「ああ…若クンはよくうちに来ますね、そういえば…」
「どんな手を使ったんだ、アーン?」

何を言っているんだ、こいつは。
人の夫を性犯罪者にでもしたいのか。

「ご自分が若クンに好かれないからって知念クンに嫉妬するのはやめてもらえます?」

「…!」
「…永四郎さん…それは…禁句、です…」

跡部さんは意外にメンタル面が弱いのか、俺の言葉にあっさりと崩れ落ちてその場に蹲った。
樺地クンが慌ててその背中をさすって慰めている。

「フン…エリートは精神が脆くていけませんね」
「俺様だって…若に好かれてるぞ…若は今はただ反抗期なだけなんだ…」
「若クンはうちに来るたびにうちの子になりたいって言ってますよ」
「………!嘘だ…若が俺様との優雅な生活より庶民の暮らしを望むだなんて…」

贅沢で人の心が買えると思うなよ。

「…樺地クン、すみませんが俺はもう行きます」
「ウス…」

樺地クンにだけ挨拶して、俺はさっさと慧クンの教室に行くことにした。



理科室に行くと、いつもより若干顔色の良い知念クンが嬉々として生徒達の間を回っていた。

「先生、アルカリ」
「あい…アルカリやさ」

楽しそうにリトマス紙を配って回る知念クン。
本当に実験好きですね…
でーじ調子良さそうで何よりです。

毎日見てる男でも、職場にいるところを見ると随分印象が変わるものだ。

生徒達の間を回る知念クンがちらりとこっちを見て小さく笑った。
俺も軽く手を上げて微笑んでおく。
知念クンの目線に気付いたのか、若クンがこっちを見た。
…さすが目ざといですね。彼も調子が良さそうです。

「永四郎さん、こんにちわ」

割りと席が俺のいる位置に近かったからか若クンが俺に声をかけてきた。

「こんにちわ、若クン」

若クンの隣に座っていた男の子もこっちに気付いて、若クンに話しかける。

「若、誰だ?」
「慧のお母さんだ」
「えっ、ってことは知念先生の奥さんってことかよ?慧に似てねぇなぁ、似てねぇよ」

よく言われます。全然似てなくて美人だね、って。
それを見越して俺は彼ににっこり笑っておいた。
初対面の人間なら魅了できる俺のフェロモンスマイルだ。

「…美人だなぁ、知念先生の奥さん」

思った通りその男の子は少し頬を染めて小声で若クンに呟いた。

「こら、桃。ちゃんと授業聞きなさい」

少し離れたところから聞きなれた声がして振り向くと秀一郎クンがいた。
俺はそっちに近づいて挨拶する。

「あ、永四郎さん。こんにちわ」
「こんにちわ。あの子、秀一郎クンの息子さんですか?」

秀一郎クンは頷いた。
彼と秀一郎クンも人のことは言えないほど似てない。



「先生出来ました」

若クンが知念クンを呼ぶ。
他の生徒を見ていた知念クンがその席に近づいた。

「おお…跡部、完璧やさ」
「若が同じ班だと楽できていいぜ」

秀一郎クンの息子(桃クンっていってましたね)もそんなことを言って笑っている。

若クンは本当に勉強が出来るんですねぇ…
うちの息子達に爪の垢でも煎じて飲ましてやりたいです。

「先生、ちゃんと出来たんだから約束」
「ああ、あれ本気で言ってたんばぁ?」
「俺が本気じゃない時なんてありませんよ」

若クンの言葉に知念クンは少し困ったような顔をする。

そしてポケットの中から脱脂綿を取り出した。

「わんが一回手洗った時に拭いた脱脂綿なんか何に使うんだばぁ…?」
「ふ…どうもありがとうございます」

若クンは貰った脱脂綿を持参したらしいジップロックに入れて丁寧に仕舞った。

「…若きめぇなぁ…きめぇよ…」

桃クンが心底引いた声音で呟いて、若クンから少し距離を置いた。

「ぬー?若、父ちゃんの脱脂綿もらったんばぁ?」
「ああ。今日実験を完璧に出来たらくれるって約束してたからな」
「跡部は変な奴さぁ、そんなの欲しいなんて…」

正直桃クンにに負けず劣らず俺も引いていたが、知念クンは特に疑問に思ってないようだった。
そのまま知念クンは他の生徒に呼ばれてそっちに行った。
慧クンと若クンと桃クンの会話は続いていて、俺の耳は自然にその声を聞くために欹てられた。

「あ、若。アレ手に入れたどー」
「本当か。それなら三ツ星レストランのお持ち帰りスイーツで手を打つ」
「…お前ら何の話してるんだ?」
「父ちゃんが汗拭いた後に捨てた脱脂綿の話さぁ」
「…若…俺本気で引いてるぜ…」
「勝手に引いてろ」
「ちなみに父ちゃんの使用済みティッシュを手に入れた際には三ツ星レストランでディナー奢ってもらえるんばぁよ」
「本気で…何に…使うんだ…!」

「慧…アレを手に入れた際には我が家でのディナー年間パスポートだ」
「うぉー!しんけん!?何が何でも手に入れてやるやっし!」
「…聞くのこえーんだけど…アレって何だ…?」

「「父ちゃん(知念先生)の使用済みコンドー「やめろぉぉぉ慧クン!!!!!!!!!!」



…初めて、実の息子を得意の沖縄武術ですっ飛ばした瞬間だった。



何も知らない知念クンが驚いて慧クンを心配する姿を尻目に、俺は理科室を飛び出した。

…まさか俺も自分の夫の私物が子供の手からその友達へ渡っているとは思わなかった。
若クン…!君はゴーヤも食べれるし結構好感度高かったのに…残念ですよ…



重い気分で1年の教室へ向かっている途中で、弦一郎クンに会った。
弦一郎クンも手のかかる子供に手を焼いてる仲間だ。

凛クンのクラスでは何故か赤也クンが暴れていた。

俺はせめてもの気晴らしとばかりに弦一郎クンを勝ち誇った顔で見下してやった。



今度から知念クンの使用済み私物は捨てずに慧クンにバレないように庭に埋めようと思う。



 

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