永四郎は腕を組むのが癖だ。
下手したら座ってる時でも腕を組んでいる。
「…何、知念クン。俺に何か用事?」
台所で煮物を煮てるらしい永四郎は、手持ち無沙汰なのか今も腕を組んでいる。
「…いや、別に」
「変な知念クン。まだご飯出来ないから座っててくださいよ」
「ここに居たらならんばぁ?」
「知念クンみたいにおっきいのが出入り口塞いでると鬱陶しいんですよ」
相変わらず腕を組んだまま、片足に体重を乗せてわんを見て笑う。
永四郎の腕組みは、彼のその雰囲気にとてもよく合っている。
女王様然としたその態度は少なからず好きだ。
わんにはSだのMだの、そういった性癖はなかったはずだが。
すごすご引き下がるのも何となく癪だったので、台所に入ってシンクの前に立つ永四郎を後ろから抱きしめた。
小さくびくりと震える肩は細くて、わんに比べたら随分小さい。
「何。知念クン、発情期?」
「…そうかもしれないさぁ」
二人で小さく笑いあう。
「それでもいいけどね、今は駄目だよ。裕次郎クン達もいるし」
「別に今すぐどうこうしようなんて思ってないさぁ」
「…それに、」
永四郎は俺の腕の中でくるりと体ごと振り返った。
「俺、後ろから抱きしめられるのは嫌いなんです」
…初めて知ったことだった。
「何で?」
「さぁ、何でかな…後ろに立たれるのって不安なんですよね」
「ふーん…」
「俺の後ろに立つな!」ってこと?ゴ●ゴかやー(…あ、殺し屋か)
永四郎はそのまま俺の体に腕を回して、ぎゅうって力を入れた。
胸が圧迫されてどきどきしてるのが分かる。
「父ちゃーん、携帯鳴ってるどー…あ、」
そのまま抱き合った形でいたら、いきなり台所に慧君の声がした。
振り返ると凛と裕次郎もその足元にいる。
慧君は抱き合うわんと永四郎を見て咄嗟に凛と裕次郎の目を塞いだ。
「…わっさんやー」
「子供が変な気使うんじゃありませんよ」
そのまま双子を連れて台所を出ようとした慧君に、永四郎が苦笑いを浮かべる。
わんも永四郎の腰から腕を離して慧君達と台所を出た。
「父ちゃん、母ちゃんと何してたんばぁ?」
「慧君が目隠ししたから見えんかったさー!」
居間に戻れば凛と裕次郎が興味津々に尋ねてきた。
慧君は無言でDSの電源を入れていた。
「…何もしとらん」
「えぇ〜?」
納得いってないような顔の凛は、それでもそれ以上聞くのはやめてわんの膝に乗った。
……………
凛の小さい背中を後ろから抱きしめてみる。
「??」
「凛、後ろから抱っこされるぬ嫌か?」
「全然」
さっきの永四郎の言葉が頭をよぎる。
後ろから抱きしめられるのが嫌いって、何でなんばぁ?
でも永四郎はよくわんには後ろから抱き着いてくるよな…
何となく気になって、凛に話しかけられる声に反応するのもそこそこにそのことばかり考えていた。
夜、眠そうにしてる凛と裕次郎を部屋に連れて行って寝かしつけた。
うちの子供達は一度寝てしまうとよほどのことがない限り朝まで起きない。
ぐっすり眠ってる双子の顔を見て少し微笑ましい気分になって、それぞれの額に軽くキスした。
電気を消して部屋の外に出ると、ちょうど慧君が部屋に戻るところだった。
「えー慧君、寝るんばぁ?」
「おー。父ちゃんゆくいみそーれ」
「ゆくいみそーれ」
慧君の頭を撫でて、わんも永四郎のいるはずの寝室に行った。
「知念クン、まだ寝ないの?」
「わんまだ風呂入ってないさぁ。永四郎先に寝てていいどー」
「……………」
箪笥から着替えを出して風呂に行こうとすると、後ろから永四郎が抱きついてきた。
「えーしろ?ぬーよ」
「…お風呂、明日の朝入れば?」
「発情期か?」
わんがそう言うと永四郎は珍しく声を出して笑った。
「昼間の仕返し?…というより一人で寝たくないんですよ」
そう言われて考えてみると、永四郎はわんより先に寝ていたことがないことに気付いた。
わんが仕事で遅くなる時もずっと起きて待っててくれるし…
「一人で寝たくないってわんが居なくなったらどうするつもりだばぁ?」
「…居なくなるつもりなんですか?」
「…それはねーらん。わんはずっと永四郎の傍にいるやさぁ」
「じゃあつべこべ言わずに着替えて布団に入りなさいよ」
「風呂…」
「明日でいいでしょ、一日入らないくらいで画期的に臭くなるわけじゃないし」
「……………」
随分我儘な言い草に、少し呆れる。
でもこんなに甘えてくるのは珍しいから、乗らない手もないと思った。
明日の朝はいつもより少し早起きしなきゃいけない。
わんは永四郎の言いつけ通りさっさと着替えて布団に入った。
隣に潜り込んだ永四郎が、わんの首に腕を回す。
永四郎の右腕が首の下にあって、要するに腕枕だ。
左腕は俺の胸の上を横切っていて、そのまま頭ごと抱きしめられた。
「…えーしろ?」
「ん…安心する…」
永四郎は眠る時、いつもこの体制で眠る。
腕が痛くならないかと聞いたことがあったけど、首の下の窪みに入ってるだけだから別に痛くはないとのことだった。
「わん、まるで抱き枕さぁ…」
小さい声で呟くと、少し高い位置にある永四郎の顔が笑った。
「…そうですね。俺知念クンと一緒になるまでは抱き枕愛用してましたし」
「抱き枕ないと寝れんのか?」
「ってこともないですけど…胸が圧迫されると安心するんですよね…」
「ふーん…」
「圧迫されてないと胸の辺りが無防備じゃないですか。それが不安なの」
つまりは永四郎の腕組みの癖も胸に圧迫がないと不安だからだということか…
単に威厳を見せ付けてるだけかと思ってたが。
そう考えると偉そうなその態度も途端に可愛く見えてくるのだから不思議なものだ。
言葉が続かなくなったと思って少し首を動かして永四郎の様子を伺う。
既に永四郎は寝息を立てていた。
「…発情期じゃなかったのか…」
わんが風呂に入る間も待てないくらい眠かったらしい。
ちょっと残念な気持ちになった。
でも、永四郎だけの抱き枕というのも悪くない。
これが素直じゃない永四郎なりの甘え方だということくらい、分かるから。
「これからもわんが抱き枕になってやるさぁ…」
聞こえていないだろう永四郎におやすみと呟いて、わんも目を閉じた。
永四郎のお望み通り胸を圧迫してやろうと顔を寄せると、規則正しい鼓動が聞こえた。
(…わんはこの音聞くと安心する)
prev next