我が校は小中高一貫校で、兄弟揃って入学する子供たちも多い。
今回家庭訪問をやるに当たって、一人一人バラバラに訪問していたら相当な時間がかかってしまうことに気付いた。
それは学校側としても、訪問される側としてもあまり歓迎出来ることではないだろう。

小中高全ての教員を集めての職員会議で決まったのは、
兄弟がいる生徒に関してはその生徒の担任達が全員揃って一度にまとめて家庭訪問することにしよう
…ということだった。

大幅な時間短縮だ。

生徒も親も教師も暇じゃないのだ。



「…ふーん…そんなことがあったのか」
「手塚家と幸村家はみんな癖がありすぎるよ…ここ数日でめっきり疲れた…」

昼休み、俺は同僚であり恋人でもある東方と一緒に屋上で弁当を食べていた。
本来屋上は立ち入り禁止なんだけど、そこは教師の権限だ。
よって今周りには話を聞かれて困るような相手は誰もいない。
俺はここぞとばかりにここ数日の家庭訪問の話を東方にしていた。

「そういえば南、聞いたか?跡部家の話」
「何?」
「跡部家の末っ子のためにこの家庭訪問が行われたって話」
「ああ…知念先生と観月先生が言ってたな…ほんと、金持ちの考えることは分からないよ…」

俺はコンビニで買ったおにぎりを頬張りながら溜め息をついた。
そんな俺を見て東方はくすっと笑った。

「南、そんなに溜め息ついてたら幸せ逃げるぞ」
「逃げるほど幸せもないよ…」
「そんなこと言うのか?…俺がいるのに」

東方の顔が近づいてくる。
ふいのことに心臓が一瞬止まったような気がした。

一瞬だけ触れた唇はすぐに離れていく。

「俺とこうしてることが幸せじゃないなんて言わせないぞ?」
「………当たり前だろ…」

昼飯を食べ終わってそのまま屋上でダラダラ雑談をしているうちに、昼休みは終わった。



階段を下りながら東方が言う。

「今日で家庭訪問も終わりだろ?」
「そうだな…」
「俺も今日で最後だ」
「今日は一緒だな」

今までは子供の数が多かったから当然教師も同じ数だけいて、ゆっくり話すことも出来なかったけど…

「知念先生の家だろ?ゆっくり話せそうだな」

東方が俺の前を行きながら振り返って笑うから、俺も笑って頷いた。



「南先生」



……………



「…っくりしたぁ〜〜〜………どうしたんですか、知念先生」

放課後、俺が荷物をまとめていると音もなく目の前に知念先生がいた。
知念先生は悪い人ではないんだけど、背も高いし無表情だし足音しないしでいきなり現れるから心臓に悪い。
本日二度目の「一瞬心臓が止まる」経験をして、緊張が解けた途端に忙しなく動き出す心臓が苦しい。

「今日はわんぬ家ですよね」
「はい!準備はもう出来ましたよ。東方先生が来れば出発できます」
「…わんももう準備できました」

知念先生はこういうタイプだが、彼の息子は全然タイプが違う。
甘えん坊で元気で明るい。
兄弟仲もいいらしく、いつも一緒にいるところを見る。
そして兄弟は皆この父親のことが大好きらしいのだ。
知念先生自身も子供と接している時は表情が穏やかになっているように見える。
きっと俺と同じで子供が好きな人なんだろうな。
無口で無表情な人だけど、俺がこの人を悪い人じゃないと思う所以はその辺りにある。

「南先生、知念先生!お待たせしました。行きましょう」

東方が来たので、俺達は並んで職員室を出た。

「知念先生は家庭訪問、もう全員分終わりましたか?」
「あと3人残ってます」
「俺と東方先生は今日で最後なんです。やっぱり全員分となると時間かかりますね」
「そうですね…時間短縮って言ってもあんまり変わってない気が…」

東方と知念先生が喋る話を俺は隣で聞きながら、知念家に行くのが少し楽しみだった。

「知念先生の奥さんってどんな人なんですか?」

どうしても気になった俺は知念先生に聞いてみる。
これから会うんだから聞くこともないかと思ったんだけど、やっぱり知念先生の口からも聞いてみたい。

「………ゴーヤを育ててる」
「………ゴーヤ?」
「ゴーヤ…」
「…奥さんがゴーヤ好きなんですか?」
「ん」
「…へぇ…」

俺と東方は言葉少ななそんな知念先生の言葉では奥さんのことを全く想像出来なかった。



「そこがわんぬ家です」

しばらく談笑しながら進んでいたら、知念先生が話を遮って言った。

「何だか変な感じですね…家庭訪問に来たって気分じゃないです」
「同僚の家に遊びに来たようなものですよね」

そう言うと知念先生は少し笑った。

「………わんぬ妻の永四郎、見た目はちゅらさんやしが中身が怖いんで、引かないでくださいね」

ドアを開ける前に知念先生が言った言葉に、俺は「ああ…この家もか…」と思った。
我が校にまともな教師も親もいない、と確信した一瞬だった。



「永四郎ー、なま帰ったさぁ」
「はいはい。お帰りなさい、知念クン」

玄関を開けて声をかけると、奥から出てきたのは確かに綺麗な人だった。

「おや、先生ですね。いらっしゃい。どうぞ上がってください。汚いところですが」

奥さんは俺達を見ると眼鏡を指で軽くあげてにっこり微笑んだ。
何とも怪しげな魅力のある人だと思った。
隣を見ると東方もそれを感じたのか少し照れたような顔をして奥さんに笑顔を返している。
…少し複雑な気分だった。

「凛クンと裕次郎クンてばまだ帰って来てないんですよ。昨日からあんなに言ってたのに…」
「あぬひゃーが言うこと聞くわけないやさ。すぐ帰ってくるさぁ」

知念先生は慣れた様子で背広を脱いで、奥さんに手渡した。
何となく見てはいけないプライベートを覗き見してるみたいな気分になる。
普段のままの知念先生を見るのは初めてだからだろう。

知念先生に案内されて部屋に入ると、綺麗に片付けられた居間だった。
知念先生が担当してるクラスにいる長男が既にそこに座っている。

「ねぇ知念クン、先生達のお茶請けゴーヤチップスとゴーヤクッキーどっちがいい?」
「………ゴーヤだけは勘弁」
「凛クンみたいなこと言わないでよ」

…先生と奥さんの会話を聞いて少し憂鬱な気分になった。

「…東方、ゴーヤって食べたことある?」
「ある…南は?」
「俺もある…」

たぶん東方も俺と同じように口の中に覚えのあるゴーヤの味が広がっているんだろう。



出されたのは結局ゴーヤは関係ない、ちんすこうだった。
ここは沖縄じゃないのにどこで手に入れてくるんだろう。

「これはわんぬおやつだけど、あげます」

知念先生に恩着せがましく言われた。
意外な子供っぽさに少し笑いが漏れた。

「…ありがたくいただきます」

口の中の水分が一気に失われた。






「じゃあ二人が帰ってくるまでは慧クンの話でも聞きましょうかね」
「わんぬ話なんて毎日聞いてるんだから聞かなくてもいいさぁ」
「間が持たないじゃないですか。ほら知念クン、話して」

ちんすこうをひたすら食べ続けている長男を窘めて、奥さんは姿勢正しく正座をしたまま知念先生を促した。

「わんも毎日話してるから今更話すことなんてないさぁ」
「何かあるでしょ」
「…あ、最近慧君飼育係になったんやしがウサギが大きく育ったら食うつもりらしいどー」
「………慧クン、あんた馬鹿ですか」

普通の夕飯時の話に紛れ込んでるみたいで少し居心地が悪い。

当の慧君は特に気にする様子もなくウサギの育て方を母親に詳しく説明している。
母親はそれを少し面倒臭そうにしながらも聞いていた。



「「ただいまー」」

玄関のほうから声がする。
どうやら俺達の教え子が帰ってきたらしい。

「あ、やっと帰ってきた…全く、遅いですよ…後でゴーヤですね」
「…永四郎、ほどほどにな」

ちょっと失礼、と俺達に頭を下げて、奥さんは居間を出て行った。
出て行った後に知念先生が俺達を見て苦笑する。

「わっさいびーん…永四郎は悪い奴じゃないんやしが厳しくて…」
「しっかりしてそうでいい奥さんじゃないですか」
「うん…綺麗だし」

東方がそんなことを言うもんだから俺は軽く睨んでおいた。



居間のドアが開くと、まだランドセルをしょったままの双子が青い顔をしていた。

「「…遅くなってすみませんでした…」」

帰ってきた時はいつも通りの元気な声だった気がしたが、今の二人にそんな覇気はない。
一体どうしたんだろうか。目の前の知念先生はまた困った顔で笑っている。

「凛、ゆーじろ、おかえり」
「…父ちゃぁん…」

東方のクラスの凛君がふらふらと泣きそうな声を出しながら知念先生に抱きついた。
俺のクラスの裕次郎君もそれに続く。しょげかえった空気と共にいつもは元気に跳ねている癖毛までしょんぼりしてるように見える。

「父ちゃん…母ちゃんがぁ…」
「あとでゴーヤって…」
「やったーが悪いんばぁ?ちゃんと早く帰って来いって朝から言ってたあんに」
「うぅ…」
「だってぇ…あそびたかった…」
「約束は守らなきゃならんよ」
「はぁい…わっさいびーん…」
「わっさいびーん…」
「後で母ちゃんにちゃんと謝ったらわんがゴーヤ免除してくれるように頼んでやるさー」

知念先生がそういうと双子はやっと顔を上げた。
その顔は希望に満ち満ちている。
よっぽどゴーヤが嫌いなんだな…なのに栽培してる奥さんの心理が図れない。

ゴーヤから逃げられる希望が見えたからか、二人はやっと俺達の存在に気付いたみたいだった。

「あれ、みなみせんせー」
「ひがしかたせんせーもいるどー」
「ああ。お邪魔してます」

俺達が挨拶をすると、二人は笑顔でいらっしゃいと言ってくれた。

「さて、じゃあ面子も揃ったし今度は二人の話を伺いましょうか。先生、お願いします」

奥さんのよく響く低音で「先生お願いします」なんて言われると、殺し屋に殺人を依頼する人みたいに聞こえた。
(実は奥さんのほうが「殺し屋」だなんてその時俺達は知る由もない)

「えっと…じゃあ裕次郎君のお話から」
「はい」

俺が先に話すことにした。

双子は相変わらず父親の膝の上に乗っている。
凛君に至ってはすっかり甘えモードらしく、頬に擦り寄っていた。

「裕次郎君は凄く友達が多いです。体育なんかでも率先して皆をまとめてくれますし…」
「先生、成績は」
「え…と?」
「友達関係とかどうでもいいんで、成績を」
「あ…はい」

ちらりと裕次郎君を見ると、知念先生の膝の上で固まっている。

「えー…と…成績は…あんまり………良くはないですが…でもっ、勉強なんかより大事なことはいくらでもっ」

話の途中で奥さんは大げさなくらい大きい溜め息をついた。

「…ちなみに東方先生、凛クンは?」
「えっ、あ…はい、凛君の成績は…まぁ…大体裕次郎君と同じくらい、かと…」
「…たまに聞きますが凛クンは裕次郎クンのクラスに紛れ込んでいるとか」
「ああ…そういうこともありますね…でもそれだけ兄弟が好きだということですからいいことでもありますよ!」

東方のフォローはフォローにもなっていないような微妙なものだった。

自分に話が及んだ途端に凛君の肩がびくりと震えたのが分かった。
奥さんはまた大げさな溜め息をついて、双子を見た。

「ああ何でウチの子供達は頭が悪いんですかね…」
「あの…お母さん…?」
「慧クンはまだ出来るからいいけど…俺は分け隔てなく愛情と知識を注いで育ててきたつもりなのに何故…」
「え、えーしろ…落ち着け」
「それというのもいつもいつもいつも知念クンが甘やかすから…!俺が心を鬼にして厳しく接しているっていうのに」

だんだん奥さんが暴走してきた。
俺達の声も耳に入っていないようだ。

「いつだって悪者は俺ですよ!ああそうですよ!皆俺を嫌うがいい!」

ははははは!と鬼気迫る笑い声が部屋に響き渡る。
恐怖を覚えたらしい双子がとうとう泣き出した。

俺と東方はどうしたものかと知念先生を見たが、知念先生は困ったように肩を竦めただけだった。

「この家に俺の味方なんて一人もいない!はははははは!」
「うわぁぁぁぁぁん!母ちゃんわっさいびーーーーーん!!!」
「これからはべんきょうしますからーーーーー!!!!!」

笑い声と泣き声がこだまする部屋で、慧君だけが冷めた目で「うるせぇ」と呟く。
俺達はなすすべもなくその場に座ったまま動けなかった。

「なぁ…これもしかして俺達が成績を言ったせいか…?」
「…でもそういう仕事だし…」

でもこの胸に湧く罪悪感は何なのか。

困り果てていた俺達を見て、さすがに知念先生が立ち上がった。



「えーしろ」



暴走したまま未だブツブツと何かを言い続けている奥さんに近づいて、知念先生は腰を曲げて、



「ん、ッ」



「「……………」」



俺達は再びどうしたものかと顔を見合わせた。
目の前で同僚とその妻の濃厚なキスシーンを見せられて平静でいられる人間なんてそういないだろう。

いつの間にか泣き喚いていた双子は慧君が頭を殴って黙らせていた。
いつもならそんな暴力は止めるところだが、さすがにそんな気分じゃない。



「永四郎、わんは永四郎の味方さぁ」
「知念クン…」
「やーにはじゅんに感謝してるやさ…いつも子供達の躾しっかりしてくれて」
「知念クン…本当に?」
「ああ、本当さぁ。永四郎、かなさんど…」
「知念クン…でーじ調子良さそうですね…!」



「「……………」」

後半何を言ってるのかよく分からなかったけど、熱烈な愛を囁いていることは分かった。

リアクションするのも面倒になったので、俺達は子供達にだけ挨拶をしてこっそり帰った。



「意外だったなー…知念先生ってあんななんだ」
「意外にアツい人なんだな」
「まさか同僚の前でキスされるとは思ってなかったけどな」
「奥さんも綺麗だけどアクが強かったな」
「…東方、綺麗綺麗ってずっと言ってたな。ああいうのが好みかよ?」
「嫌いではないな。フェロモン系?」
「………どーせ俺は色気ねーよ。てか男だし色気なんていらないけど」
「…南妬いてるのか?」
「別にィ…」
「…今日ウチ来る?」
「ああ…」



帰り道、今日で全ての家庭訪問が終わった俺達の心は軽かった。



「夕飯、ゴーヤにする?」
「ははっ、勘弁」



 

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