今日は思っていたよりもずっと早く仕事が終わった。
きっと帰ったら喜んだ凛と裕次郎が甘えてきて、遊んでくれとせがむだろう。
最近少し残業も多くて帰りが遅かったからたまには遊んでやらないと。
学校で毎日のように顔を合わせていても、やっぱり家でのスキンシップは大事だ。

…わんも大概子供に甘いさぁ。

いつも永四郎に「知念クンは甘やかし過ぎです」なんて言われる。
でもやっぱり自分の子供達だ。その笑顔を見たいと思うのは当然だろう。
永四郎に言わせればわんの甘さのせいで凛と裕次郎は問題児なんだということらしいが。
「おかげでいつも子供達のためを思って厳しく躾けてる俺が悪者ですよ」なんて。
神経質そうに眼鏡を上げて呆れたような溜め息をつく永四郎を思い出して苦笑する。

子供よりも誰よりも、永四郎が一番わんに甘やかされているってこと分かってるんだろうか…



慣れた玄関の引き戸を引く。
いつもならすぐに凛と裕次郎が走ってきて足元に絡みつくはずなのに、今日はそれがない。

「…?」

革靴を脱いで敲きに上がると、奥から永四郎が出てきた。

「おかえりなさい、知念クン」
「…ただいま…何かあったんばぁ?」
「ああ…ね」

思わせぶりに肩を竦める永四郎。

居間に行くと慧君がいつものようにゲームをしてるけど、凛と裕次郎の姿がない。

「父ちゃんおかえりー」
「ただいま、慧君…凛と裕次郎は?」
「凛の奴、熱出したさぁ」

熱?生まれてこのかたほとんど風邪を引いたことのない凛が?

「裕次郎クン、まさかまだ部屋にいるんじゃないでしょうね」

舌打ちしながら永四郎が双子の部屋に行こうとしているので、その後ろをわんもついて行った。



双子の部屋の扉を開けると、二段ベッドの下の段で凛が寝ている。
その傍に裕次郎が心配でもしているのか、ベッドに顎を乗せて凛の様子を見ていた。

「こらッ、裕次郎クン!凛クンの傍にあんまりいちゃ駄目って言ったでしょ?」
「だってりん、つらそうさぁ」
「当たり前でしょ、39度近く熱があるんだから」
「心配だからわんはここでりんのかんびょうする!」
「いいから下に行きなさい。君にまでうつったらそれこそ大変でしょ」

裕次郎はよほど心配なのか、涙目だ。

俺はベッド脇に座って裕次郎を引き寄せた。

「あ、父ちゃん。おかえり…」
「ん、ただいま。裕次郎も凛みたいに苦しい思いしたくないなら大人しく母ちゃんの言うこと聞けー」
「でもりんがぁ…」
「凛は大丈夫だから。わんがちゃんと見とくさぁ」
「………ん…」

裕次郎はまだ納得してない様子だったが、やっと頷くと立ち上がった。
そして自分のふわふわの髪の毛の中を探る。
手を髪の毛から離した時、そこに握られていたのはミニカーだった。
(この裕次郎の行動に永四郎の怒りのボルテージが上がったのを感じた)

「…りん、これ貸してあげるさぁ…早く元気になるんど」

凛の枕元にそれを置くと裕次郎は永四郎と一緒に部屋を出て行った。



「ん…とうちゃん?」

本当に熱が高いらしい。
汗ばんで額に金髪が張り付いている。

その髪を避けるようにして撫でていれば凛がわんに熱に浮かされた目を向けた。

「ん…凛、大丈夫か?」
「…さむくてあつい…」

額に手を置けば凛は気持ち良さそうに目を閉じた。

「父ちゃんの手ぇ冷やっこくてきもちー…」
「冷えピタ貼ったらいいあんに。持ってくるさぁ」
「さっきまではってたんばぁよ。けどペタペタしてきもちわるいから捨てたんさ」
「…気持ち悪くても熱下がるなら我慢出来るばぁ?」
「ならん。眠れんようになる」

凛の顔はいつもよりずっと赤らんでいて、その熱の高さが伺えた。
いつも元気でうるさいくらいの子がこんなに静かだなんて。

ああ、そういえば今日職員室で風邪が流行っているって言ってたっけ。
自分のクラスでも注意を促したばっかりだ。
まさか自分の息子が風邪引いてるなんて思いもせずに。

「とうちゃん…」
「ん?」
「だっこして」

凛を抱き上げて膝の上に乗せる。
ベッドの上の毛布も取って、凛の首から下をすっぽり覆った。

いつもなら首にしがみついてぎゃあぎゃあ喚くとか、膝の上でもじっとしてることのない凛。
そんな元気もないらしく今日は大人しく俺の胸に顔を凭れさせている。

「凛、父ちゃんが飯作ってやるさぁ。何食べたい?」
「…やだ。食べたくない」
「駄目さぁ。食べないと元気にならんばぁよ」
「………ぅー…」

髪の毛を撫でてやれば、小さく唸る声。

「ほら、作ってくるからベッド戻れ」
「やぁ…だっこ…」
「抱っこしてたら飯作れんさぁ」

具合が悪いから心細いのか、凛はいつにも増して甘えてくる。
風邪を引いてる凛に対してこんなこと思うのも不謹慎だが、かなり可愛い。

―でもとにかく何か食べさせないと。

心を鬼にして、悲しそうな顔をする凛を半ば強引にベッドに入れた。

「飯作ったらすぐ戻って来るから、いい子にしてるんどー」
「…ん…」

小さく頷いたのを確認して、部屋を出た。



さて、台所に戻ると永四郎が夕飯を作っていた。
まだ凛の分には手をつけてないようだ。

「永四郎ー、今日はわんが凛の飯作るさぁ」
「それはいいけど…まず着替えてきなさいよ。手洗ってうがいして。知念クンまで風邪引いたらどうするの」

永四郎に指摘されて気付いた、まだ仕事から帰ってきたままのスーツ姿の自分。
とりあえず着替えないことには永四郎に台所を明け渡してもらえそうにない。
さっさと着替えて手洗いうがいをしてまた台所に戻った。

「何作るの?」
「ん、おかゆ」

あんまり食欲もないみたいだったし、お粥が妥当なところだろう。
冷蔵庫から玉子を出した。

「知念クン料理なんて出来ましたっけ?」
「昔は弟とか妹の面倒見てたから簡単なものなら作れるさぁ」

心配げに後ろから声をかけてくる永四郎に苦笑しつつ、鍋に米と水を入れる。
台所に篭もった両親が気になったのか、子供達も台所に入ってきた。

「…父ちゃん、何してるんばぁ?」
「ていうか夕飯まだ?」
「慧クン、まだ知念クンがやることあるんだからもう少し待ってなさいよ」

えー、と慧君の嫌そうな声。

「永四郎、3人で先に食べてていいさぁ。わんは凛と一緒に食べる」
「…そうですか?…なら先に食べましょうか。ほら、2人とも手伝って」

既に出来上がって台所のテーブルに並べられていた食事を3人が居間に運び出す。
永四郎がわんの分だけ避けて別の皿に入れてくれた。



出来上がったお粥の入った鍋と茶碗と、薬と水をお盆に載せる。
それから洗面器に氷水を入れた。
冷えピタが嫌でも冷えタオルなら凛も大丈夫だろう。

その上自分の食事が乗ったお盆もある。
自分一人では持って行くのも大変そうだったので、永四郎に手伝ってもらった。



「凛、入るどー」

部屋に入ったら凛はちゃんと大人しくベッドに横になっている。

「凛クン、ちゃんとご飯食べるんですよ」

永四郎は凛の額を撫でて、お盆を置いて出て行った。

「父ちゃんもいっしょに食べるんばぁ?」
「うん。凛、一人で食べれるあんに?」
「…やだ。父ちゃん食べさせて」
「…凛は甘えんぼさぁ」

普段ならば永四郎の目もあるしこんなことは出来ないんだけど、今日は特別だ。
凛を起こして膝の上に乗せて、お粥を一口づつ食べさせてあげる。
食欲がないとか言ってた割には一口一口、ちゃんと食べている。
これだけ食べられるならきっとすぐに良くなるだろう。

「…でも明日は一応一日学校休むんばぁよ」
「うん」

食べ終えた凛に薬と水を手渡す。
凛は顔をしかめて動きを止めた。

「ちゃんと飲まんといつまでも具合悪いまんまあんに」

粉薬じゃないんだし、そんなに苦くはないはずだ。
少なくとも凛の嫌いなゴーヤよりは。

しばらく躊躇っていたものの、観念したのか凛は一気に口に含んで飲み込んだ。

「…っ、」
「喉詰まったか?」

苦しそうに噎せる凛の背中を軽くさする。
もう一口水を含んだらすぐに落ち着いたようだった。



「今日はさっさと寝て、早く治すさぁ」
「ん…父ちゃん、りんのことしんぱいした?」
「当たり前さぁ」
「へへ…わん早く良くなるさぁ」

ベッドに横にして冷やしたタオルを額に乗せたら凛は気持ち良さそうに笑った。

まだ頬は赤い。熱が引いたということはなさそうだ。
それでもさっきよりは楽になったのか、凛は少し饒舌だ。

「父ちゃん、わんが寝るまで一緒にいて」
「分かった」
「父ちゃん、あたまなでて」
「うん」
「父ちゃん、添い寝して」
「…やーはしんけんしょうがないさぁ…」

ここぞとばかりに甘えてくる凛。
今日くらいは仕方ないか。
わんは凛のベッドの中に潜り込んだ。
わんのこの身長で凛のベッドに入るのは結構キツいんやしが、可愛い息子のためだ、我慢。

布団の中に入って、凛のお望み通り頭を撫でてやる。
布団を口元まで被った凛は何やら嬉しそうだ。



「父ちゃん、しちゅん」

「わんもやーがいっぺーしちゅんさー」



こんなやり取り永四郎に聞かれたらまた呆れ顔されてしまう。

こんなに息子にメロメロな自分を見られるのは恥ずかしいな、って気持ちと
こんなに息子が可愛くて仕方ないことを自慢したい、矛盾した気持ちが俺を笑顔にさせた。

隣で眠る息子は安心したように寝息を立てている。



 

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