8月。いつもの公園で遊んでたら目の前にやたら長い車が止まった。
「おい、お前ら。今夜は祭りがあるぞ」
長い車から出てきてわったーにそれを教えてくれたのは、若だった。
手で庇を作って、うんざりしたように太陽を見上げている。
「若は行かんばぁ?」
「俺は暑いところには行きたくない。知念先生がいるなら別だが」
父ちゃんは今日は他の学校に研修だとかで、夜遅くまでいない。
若はわったーに祭りのチラシを渡してダルそうに帰っていった。
「…若、元気ないなぁ。風邪かやー」
「父ちゃんと祭り行けんから落ち込んどるのかも」
凛と二人で手元のチラシを覗き込む。漢字ばかりで読めんけど、たぶん近所の神社でやるんだろうと思う。
「あ、そうだ」
「うわっ!ビックリした!」
「若まだいたんかやー」
「その神社の裏の墓地で怪奇現象があった場合は報告と写真頼む」
……………
それだけ言って今度こそ若は去った。
「…凛、どうする?」
「母ちゃん次第」
「だーるなぁ」
母ちゃんがわざわざわったーを暑い中連れ出してくれるとは思えない。
沖縄生まれの癖に、暑さがあんまり得意じゃないから。
「こっちは湿気が多いから沖縄の暑さとは違う」は母ちゃんの夏の口癖だ。
「わったーだけで行ったらならんばぁ?」
凛は首を傾げて聞いてくるが、たぶん駄目だと思う。
……………
「…あ、そうだ」
「…で、何でうちに来るわけ?」
クーラーでキンキンに冷えた部屋で猫を撫でながら、リョーマはちょっとめんどくさそうに言った。
「だってリョーマが一緒ならたぶん母ちゃんも子供だけで遊ぶの許してくれるさぁ」
「そうそう、リョーマは大人ウケがいいから」
わったーの言葉にリョーマは溜め息をつく。
「…俺、暑いの嫌いなんだけど」
「わんはしちゅん!」
「凛が好きでも関係ないの」
リョーマはうちの母ちゃんにいつも「手塚さんのとこのリョーマ君は落ち着いてるし賢いしいい子ですよねぇ」ってベタ褒めされてる。
だから祭りに行くにはどうしてもリョーマの同行が必要不可欠だ。
わったーのおねだり光線(父ちゃんにはめちゃくちゃ有効)を受けて、リョーマは迷惑そうに目を細めた。
「…俺だって部長の許可ないと行けないし」
「わったーが頼んでやる!」
「…アンタらが頼んだら行けるものも行けなくなりそう」
猫がリョーマの膝から降りた。
それに釣られるようにリョーマも立ち上がる。
「待ってて。…頼んでみる」
わんは凛と顔を見合わせた。
凛、期待の籠ったキラキラした顔してる。たぶんわんも同じような顔してるんだろう。
しばらく経って戻ってきたリョーマは、複雑な顔してた。
「…行っていいって」
「じゅんに!?」
「よっしゃあー!」
これで母ちゃんは落とせたも同然だ。
そこからは早かった。
凛が速攻で家に帰って母ちゃんの許可取って、リョーマの家に戻って、赤也と金太郎にも連絡をつけた。
二人は喜んで浴衣持参でリョーマんちに集合。
…わったーも人んちのこと言えんやしが夏休みなのに皆旅行さえ行ってないなんて、泣ける。
とりあえずわったーも浴衣を取りにまた一回家に戻って、リョーマんちに戻ってきた時はもう夕方だった。まだ明るいけど。
「じゃあ皆順番に着付けするから、並んで」
リョーマの母ちゃんに浴衣を着せてもらう。
リョーマの母ちゃんはいつも優しい。うちと大違い。
「ハハハ、凛君と裕次郎君は元気だなぁ。リョーマもこのくらい元気だといいのに」
騒ぐわったーを見てもニコニコしてて、怒らない。
リョーマは母ちゃんの言葉にちょっと心外そうな顔してた。
「ワイ、こっち来てから祭りってはじめてやぁ!たこ焼きぎょうさんあるかなあ!?」
「バッカ、たこ焼きより焼きそばだろ!」
「りんごあめ食べたいさぁー」
「…絶対食べきれないからやめとけば」
一人づつ持ってきたお小遣いを確認して、リョーマの家を出る。
出掛けにリョーマの父ちゃんがいつものセリフを言おうとしてるなーって雰囲気だったから、先に言っといた。
「ゆだんせず行くから心配いらんさぁ!」
笑うかと思ったけど、笑ってもらえなかった。
「赤也ー、まず何する?」
「金魚すくいだろ!」
「ワイ腹へったぁー!」
「金太郎はいつも腹減っとるし、きゃっか!」
地元の神社の小さい祭りだけど、それなりに人出があった。
鳥居を潜る前にリョーマに釘を刺される。
「いい?バラバラにならないこと。もし迷子になったら鳥居に集合。ちゃんと守ってよね」
「リョーマ、母ちゃんみたいやなぁ」
リョーマの言葉に頷いて、鳥居を潜った瞬間に金太郎が消えた。
「たこ焼きー!イカ焼きー!わたあめー!かきごおりー!」
食べ物を連呼する一際大きな声が段々小さくなっていく。
「……………」
「……………」
「……………」
「……………」
人混みの中に消えた金太郎の姿はもう見えない。
リョーマが溜め息をついた。
「…金太郎見付けたら、各自一発づつ殴ることにしよう…」
「…リョーマ、そう気を落とすなよ…」
「どうせアイツ、集合場所も覚えとらんさぁ」
「だから嫌だったんだ…責任が俺に降りかかるから…」
背中を丸める幸先悪いリョーマの姿は、ちょっと彼の母ちゃんに似ていた。
「ま、気を取り直して行くどー!」
「金太郎声デカいからすぐ見付かるさぁ」
わんと凛の言葉にやっと元気が出たらしいリョーマの手を引いて、祭りの雑踏に足を踏み入れる。
提灯のやわらかい灯りに照らされた境内までの道は、昼間見るのと違う場所みたい。
鮮やかな彩りの屋台が道の両側を挟む細い道、賑やかな喧騒。
わったー4人ははぐれないようにぎゅっと手を繋いで、目だけはたくさんの屋台に次から次に目移りしとった。
「射的やりたい!」
赤也が言って屋台に駆け寄る。
「赤也!あのハラウンジャーフィギュア狙えー!」
「あっちのぬいぐるみの方が確実じゃない?」
「馬鹿言え!PS3狙いに決まってんだろ!」
「無理に決まっとるさぁー、かくじつなとこいけー」
お金を払った赤也はPS3を本気で狙って、あっさり撃沈した。
「だから言ったのに…」
「うるせぇ…男は大物狙うもんなんだよ…」
落ち込む赤也は何かカッコイイことを言ってる。今度真似しよう。
「次どこいく?」
「腹減ったさあ」
「たこ焼き食いながら考えよー」
4人でたこ焼き買って、境内の近くにあった階段に腰かけた。
「金魚すくいはー?」
「ふらー、凛。母ちゃんが駄目って言ってただろ」
「カタヌキで勝負しようぜ!」
「何か賭ける?」
「未成年が賭けはいかんばい」
耳慣れない声と言葉遣いに、全員が飛び上がった。
慌てて振り返ると、いつの間にいたのか、狭い階段にデカい体を縮こまらせて座る男。
「…あ、金太郎の…」
赤也が最初に気付いた。
そうだ、見たことがある。金太郎の兄ちゃんだ。
「金ちゃんが浴衣着て夏祭り行く言うとったけんカメラ持って来たとに、おらんとや?」
会う度長くなってる気がするカメラをちらつかせて、金太郎の兄ちゃんが言った。
「あ…その、」
「よかよか、どうせあん子が勝手にどっか行きよったとやろ。ほなこつしょんなかねぇ」
さすが兄弟、よく分かっている。
金太郎の兄ちゃんは立ち上がって、階段に置かれていたお好み焼きのパックを手に取った。その数なんと10パック。
「あれー?金ちゃんのためにお好み焼き買うたとにおらんねぇ。おらんとなら俺がぜーんぶ食べちゃるけん…」
「ワイのやあああああ!!!!!」
金太郎の兄ちゃんが声を張り上げた瞬間、どこにいたのか金太郎が飛び出してきた。
わったーに目もくれずにお好み焼きを食べ始める。
「…ね、うちではいつもこれで呼び寄せるばい」
「ど…動物過ぎる…」
でも勉強になった。今後リョーマの心労は少し減るだろう。
「あれっ、リョーマ達どこ行っとったん?」
「…お前なぁ…」
一頻り食べて落ち着いたのか、今更わったーに視線を向けた金太郎がぬけぬけと言う。
「金ちゃん、お友達放って一人で行ったらいけんよ」
「せやかてうまそーなにおいがめっちゃしたんやもん!」
「しょんなか子ぉやねぇ」
金太郎の頭を撫でながら兄ちゃんは「すまんばいね」とわったーに謝った。甘やかしすぎだ。
「ワイ、お小遣いぜんぶ使ってもーた!」
「はぁ!?全部食いもんに!?」
「いちおー食いもんの屋台は制覇したで!たこ焼きはやっぱ大阪のんが美味いわぁ」
散々食い荒らした挙げ句そんなことを言われるたこ焼きの屋台が可哀想でならない。
「ん、じゃあ今日は皆の分全部俺が出すけん、好きなだけ遊んだらよかよ」
「ホンマ!?千里おおきに!!」
気前のいいことを言う兄ちゃんに金太郎が満面の笑みを向けた途端、辺りが昼間かと思うほど明るくなった。
恐らくこの金太郎の写真には半目になったわったーが背後霊のように写っているだろう。
帰り道は、もう暗い。
「…はー…」
わったーは揃って溜め息をついた。
金太郎と兄ちゃんとは、さっきの曲がり角で別れた。
「…目が…痛い…」
「あの兄ちゃんずっと金太郎の写真撮りすぎやっし…」
「たぶん俺全部半目だわ」
「わんもたぶんそう」
祭りを楽しむ余裕もないほど撮られた。
すべて金太郎メイン、わったー4人は完全に背景。
誰より祭りを堪能したのは金太郎の兄ちゃんだと思う。
「…ま、でも…」
「うん」
「まぁな…」
「だーるなぁ…」
わったーの手にはそれぞれ違う色のヨーヨー。
金太郎の兄ちゃんが取ってくれたものだ。
「むぞらしかゴレンジャーに」って言って、わったーのそれぞれの色の。
「…楽しかった」
ヨーヨーをぱしゃぱしゃ弾ませながら歩く夜道に、少し涼しい風が吹いた。
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