「ねぇ知念クン、知念クンのクラスに白石蔵之介の子供がいるんでしょ?」

子供達の寝静まった後寝室で本を読む知念クンに声をかけると、彼はきょとんとして俺を見た。

「そうやしが…何で知ってるんばぁ?」
「授業参観の時にチラッと見かけたから」

知念クンは俺の返事になるほど、といった風に頷く。
そして読んでいた本を傍らに置いた。

「ぬー?急にちゃーした?」
「ん…白石蔵之介、かっこいいなぁと」
「………永四郎が人褒めるなんて珍しいこともあるもんさぁ」
「俺だって好きな芸能人くらいいますよ」

失礼なことを言う知念クンの頭を軽く叩いて、俺は口を尖らせた。



白石蔵之介はまだ売れてない頃から割と好きだった。

最初に白石蔵之介を見たのは日曜の朝の戦隊モノ。
まだ売れてなくて、俳優にちょっと毛の生えた程度の男だったけど、顔が抜きん出て良かった。
確か何とかブルーとかいう役で、クール系だったから余計好きだったんだけど。
(その後売れて彼のキャラがクール系じゃないことを知った時は少しショックだった)
当時まだ小さかった慧クンが好きだからって言って、遊園地のイベントとか行ったっけ。
知念クンは芸能人とかに疎いから、その時のイベントに出てた俳優が白石蔵之介だってことに気付いていないらしい。

「ふぅん…まぁ確かにめちゃくちゃ美形あんに」
「まぁ性格は何かちょっと変っぽいですけどね」
「あんだけいい男なんだからちょっとくらい変わっててもいいやさぁ」

知念クンは白石蔵之介の顔を思い出しているのだろう、ちょっと上を向いて笑った。

「…でも少し妬けるさぁ」
「やける?」
「今までやーが他ぬ男気にしたことなんて無かったやっし。ちょっとヤキモチ」

俺の肩に顎を乗せて、少し眉を寄せて知念クンは笑う。
彼らしからぬ甘えた態度が可愛くて、俺は癖のないサラサラ指を滑る髪を撫でた。

「芸能人にヤキモチなんて無意味ですよ」
「…だーるなぁ」
「まぁこうして身近に現れたって時点で運命感じますけどね」
「………狙うなよ?獲物を狙う殺し屋の目になっとるさぁ」

まさか。
俺が知念クン以外の人に靡くなんて本気で思ってるわけじゃないよね?

「…俺は知念クン以外の男なんて眼中にないですよ」
「…さすが、殺し文句がお上手やさぁ」



―――そんな話をした翌日、まさか本当にこんな出会いがあるなんて思いもしなかった。



買い物に行くためにいつも通りブラブラと住宅街を歩く。
いつも通る大きな門構えの道場の前を通ろうとしたら、門扉の向こうから数人の男達が現れた。

「あ…」

その中の一人はどう見ても白石蔵之介だった。

よく見ると彼を取り巻く幼い子供達には見覚えがある。
確か凛クンと裕次郎クンの友達の…

「あ!りんとゆうじろーの母ちゃん?」

…やっぱり。確か彼が白石蔵之介の息子の金太郎だとかいう子だ。
一度学校帰りにうちに遊びに来たことがある。
金太郎クンの声に、白石蔵之介とその隣にいたやたらデカい男がこっちを振り向いた。
知念クンくらいはあろうかという長身の男は金太郎クンを抱き上げた。

「なんね?金ちゃん、知っとる人?」
「おう!ワイの友達の母ちゃんやで!」

金太郎クンの言葉でその大男と白石蔵之介は俺に笑顔を向けた。

「そうなんや。いつもお世話んなっとりますー。父親の白石蔵之介ですわ」
「あ…いえ…その…知念永四郎です…」
「ちねん?ああ、お話よう伺ってます。金ちゃんが仲良うしてもろてるみたいで」
「いえ、こちらこそ…」
「ほら、お前らも挨拶しなさい」

取り巻いていた男達はそれぞれ軽く頭を下げた。

「これ、全部うちの倅なんですわ。右から光、謙也、あのデカイのが千里です」
「どうもこんにちわ」

白石蔵之介…一体いくつなんだ…!
こんなデカい子供がいるなんて…!
俺と大して変わらないんだろうけど、俺より5つは若く見える。



「知念…つーことは知念先生の奥さんッスか?」
「ああ、そうですよ。君はもしかして知念クンの生徒さんですか?」
「ッス」

光クン、とかいう子は耳にたくさんついた綺麗なピアスをいじりながら目を逸らせて頭を下げた。

「知念先生って光の好きな先生やろ?」
「謙也君うるさいッスわ」
「何でやねん!俺まだ一言しか喋っとらんで!」

この子も知念クンが好きなのか…
まさか彼も知念クンの使用済みの色々を欲したりしてるのか…?
知念クンはどうしてこうツンツンした男の子に好かれるんだろう…
(とか言う俺もツンツンしてる方だと思いますけどね)

それにしても家族総出でどこかに出掛けるんだろうか?

俺のそんな思考を見透かしたかのように白石蔵之介が言った。

「これから夕飯の買い物行くんですわ。知念さんはどこ行くんですか?」
「俺もこれから夕飯の買い物です」
「それは偶然やんなぁ。良かったら一緒行きません?」
「え…家族水入らずのところにお邪魔じゃないんですか?」
「構やしませんわ。一緒行きましょ、うん」

多少強引ではあったが、こうして俺は何故か白石家と一緒に買い物に行くことになってしまった…



「あれ?母ちゃんぬーしてんの」
「あ、慧クン…ちょうどよかった、君も一緒に行きましょう」
「は?あれ?白石蔵之介?」

途中で学校帰りの慧クンを見つけたから、ここぞとばかりに捕らえた。

さすがの俺でもこの異様な美形揃いの空間に一人でいるのは気まずかったので助かった。

「お、なんや俺のこと知ってるんか?ええ子やなぁ〜」

白石蔵之介にぐりぐり頭を撫でられて慧クンは嫌そうな顔をしながらその手を払う。

「ちっさい頃後○園遊園地で僕と握手のイベントに行ったさぁ」
「おー!懐かしいなぁ。そんな昔から俺のファンやってんか!ありがたいわぁ」
「いや別にファンってわけでもないやしが…どっちかっていうと母ちゃんが」
「慧クン、余計なこと言ったら夕飯抜きますよ」

何となく本人を前にしてファンです、なんて言うのは恥ずかしい。
俺は慌てて慧クンの口を封じた。
夕飯を抜かれたら堪らないとでも思ったんだろう、慧クンはそれ以後大人しくなった。

「なぁなぁ、りんとゆーじろは何でおらんの?」

金太郎クンは相変わらず大男に肩車されたまま俺に聞いた。
そう言えばこの子がいるってことはもう学校は終わってるはずなのに…

「凛と裕次郎ならわんが帰る時もまだ校庭で遊んでたさぁ。あいつらいっつも校庭閉められるまで遊んでるやっし」
「そうなんかぁ…ワイ今日は父ちゃんおるから早く帰ったもんなぁ」
「えっ…金ちゃん、俺がおるから早く帰ってきたんじゃなかと…?親父のためやったとね…」

大男が目に見えて凹み出した。
デカイ割に精神が脆いようだ。

「千里は早よう金ちゃん離れしなさい。いつまでもベッタリじゃ金ちゃんも成長出来んやろ」
「金ちゃんの成長は喜ばしいばい。けど…あんまり早く大人になって欲しくなかとよ…」

背を丸めて歩く千里クンは哀愁漂っていた。






スーパーに着くと人が多いせいで、案の定白石蔵之介の存在はすぐにバレた。
おおっぴらに声をかけてくる人はいないがちらちらと刺さる視線が痛い。

「あーもう、親父と歩くとコレだから嫌ッスわ…」

光クンが嫌そうに言って白石蔵之介から少し距離を取った。
そして慧クンと俺の間に入り込む。

「やーが父ちゃんと一緒におるなんて珍しいさぁ。ちゃーしたんばぁ?」
「…買い物付き合うたらぜんざい買うてくれるて言うから…」

慧クンと光クンの話を聞くともなしに聞いていると、光クンがどうやら俺をじっと見つめている。

「………何か?」
「………いや、知念先生の奥さん綺麗やなーと思って」
「正直者ですね。出世しますよ」
「…ども」
「そこは自分で言うなって突っ込むところじゃないんばぁ?」

慧クンの言葉は無視して、光クンは俺をじっと見上げた。
真っ黒な目にそんなに真っ直ぐ見つめられるとやましいところなんてないのに何故かたじろいでしまう。
もちろんそんな素振りなんて見せずに俺はもう一度「何か?」と聞いた。

「…知念先生の着用済みパンツくれません?」
「君もですか…」

半ば呆れて俺は顔を手で覆った。
何で知念クンに懐く子供はこう性的倒錯者が多いのか…

「母ちゃん、違うどー。光は若がしちゅんなんばぁ」
「え」

でもさっき知念先生が好きだって謙也クンが言ってたような気がするんですが…
知念クンに対する気持ちとは別物ってことなんだろうか?

「慧、うっさいわ」
「若のために父ちゃんの私物集めしてるんやさぁ」
「そ、うなんですか…」

あの若クンをこの子がね…
意外な気がして改めてまじまじと彼を見つめてしまう。
しかし若クンの知念クンに対する恋心のディープさは俺も知っているだけに、随分前途多難な恋のように感じた。
(どっちにしろ愛情表現が歪んでる気がするのは見て見ぬフリだ)
自分の好きな先生の私物を自分の好きな子に渡そうという発想が俺にはよく分からない。

「…で、くれるんッスかくれないんッスか」
「それが人に物を頼む態度ですか」
「せやから最初に綺麗やなって褒めたやないッスか」
「これが目的か」
「それ以外に何があるっつーんッスか」

無表情で淡々とそんなことを抜かすこの子供が俺は一気に可愛くなくなった。
父親の血を濃く受け継いだ美形なだけに悔しい。

「………そうですね…君はゴーヤ好きですか?」
「は?ゴーヤ?」
「ゴーヤ好きな人間でないと俺は知念クンの私物を渡すわけにはいきませんね」
「意味分からんわ…ゴーヤと私物関係ないやん」
「ゴーヤも食えない人間が俺に取り入って知念クンをどうこうしようなんて百年早いですよ」

その場で首を傾げる光クンと、哀れみの混ざった目で光クンを見る慧クンを置いて俺は買い物に戻った。



少し先では相変わらず白石蔵之介が主婦達の目を集めている。
まさか白石蔵之介が家族と共にスーパーで買い物なんて誰も思っていなかっただろう。
人目に晒されることを避けてるのか、謙也クンと千里クン(肩車されている金太郎クンも)少し離れて歩いていた。

「そういえば…おたくでは誰が食事を作ってるんですか?」

数年前にニュースで白石蔵之介が離婚したことは知っていた。
ということは現在この家には男手しかいないということなんだろう。
ふと気になったことを尋ねてみれば、謙也クンが答えてくれた。

「基本的にはじーちゃんやな。千里がおる時は千里も作ってくれるけど、千里が作ると時間かかるのが難点や」
「大変そうですね」
「まぁ慣れとるし…って俺は何もしとらんのやけどな!あと二番目の兄ちゃんもよう作ってくれるで。一番うまいかな」

謙也クンは野菜コーナーでほうれん草を見定めている。
「これ青汁にええわ」なんて言って籠に放り込んでいる。

「なぁなぁ千里ー、ワイお菓子欲しい!買うてんか!」
「金ちゃんはしょーがなかったいねー、一個だけたい」
「やったー!千里だいすきやで!」
「………っっっ…!!!金ちゃん…!俺も金ちゃんがこの世で一番好きばい!」

肩の上の金太郎クンを降ろしてがっしりと抱きしめて、千里クンはお菓子コーナーに疾走して行った。

「……………」
「………千里はいっつもああなんや…可哀想な奴なんや(頭が)気にせんといてください…」
「ああ、まぁ…表現は違えどうちの夫も似たようなものですから、大丈夫ですよ…」

謙也クンと並んで千里クンが消えていった方向を見つめながら会話を交わす。
どうやら彼は彼で色々と苦労しているらしかった。



手早く買い物を済ませて店の外で白石蔵之介を待つことにする。
お菓子を買ってもらった金太郎クンと、ぜんざいを買ってもらった光クンは既に袋を開けて食べていた。

「光、お前家帰ってから食えや!」
「別にどこで食おうと俺の勝手でしょ」
「恥ずかしいわ!5年生にもなって…」

親子のような会話をする謙也クン達の横では、ご満悦な金太郎クンを愛でている千里クン。
慧クンは特売の大入り煎餅を食べている。
この子に関しては止めても無駄だと思ったので放っておいた。

白石蔵之介は大量の主婦を引き連れて店から出てきた。

「うわっ、今日も凄いなぁ…」
「ハーメルンの笛吹きみたいッスね」

主婦を笑顔で交わしながら白石蔵之介は俺達の待つ場所へ小走りに来た。
いちいち声をかけてくる主婦に「絶頂」と挨拶することを忘れずに。

「ん〜ッ、モテる男は辛いわぁ…どこ行っても注目集めてまうやろ?困るわぁ」
「全然困ってるように見えへんで」
「むしろ喜んではるんでしょ、この露出狂が!」
「ちょ、光、俺がいつどこで脱いでん!誤解生む発言はやめてんか」



帰り道は人の少ない道を選んで帰った。

いつもよりも混雑してるように感じたスーパーですっかり疲れてしまったから。
この人数に囲まれることが日常であるなんて、芸能人とその家族は大変だ。

…少し地味なくらいだけど、俺には今の家族が一番だ。

既に大入り煎餅を食べ終わろうとしている慧クンの頭を撫でたら不思議そうに見上げられた。

「…あ、あれ父ちゃんじゃねー?」
「あ、本当だ。凛クンと裕次郎クンもいますね」

少し先を歩いている長い影は明らかによく見知った人の後姿。
金太郎クンが走り寄って声をかけたことで三人は俺達に気付いた。

「永四郎、買い物か?」
「ええ。おかえりなさい、知念クン」
「ん、ただいま」

凛クンと裕次郎クンにもおかえり、というと二人は元気にただいまと言った。
散々遊んできた割にはまだまだ元気いっぱいだ。

「知念先生、どーも」
「おー、白石ー。何で永四郎とおるんばぁ?」
「偶然会って一緒に買い物してたんスわ」

光クンが知念クンの服の裾を掴んで見上げている。
このクールそうな子がこんな風にささやかに甘えるなんて、本当に知念クン慕われてるんですね…
そのささやかすぎる甘え方が若クンを思わせた。似た者同士なのかもしれない。

「どうも先生!エクスタシー」
「あ…?あ、どうも…」
「お久しぶりですね。また今度うちに遊びに来たってください」
「はい…ありがとうございます」

白石蔵之介はテレビで見るのと同じ綺麗な笑顔を俺達に向けて、家族を引き連れて道場へ向かう角を曲がって行った。



その後姿をしばらく見つめて、俺達は俺達の家へ向かう道を歩く。



「永四郎、白石蔵之介と買い物出来て楽しかったかやー?」
「…疲れました。俺には芸能人のお相手なんて務まらないみたいです」
「そうかやー。永四郎派手好きやっし気ぃ合うかと思ったどー」
「………俺の居場所はここですよ」

正面を向いたままそう言うと、知念クンが嬉しそうに笑う気配がした。



 

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