午前6時―――



「知念クン、朝ですよ。起きてください」

永四郎の低い心地いい声に逆に眠ってしまいたくなりながら目を覚ます。

「知念クン、朝ですよ。起きてください。知念ク」

相変わらず永四郎の声を響かせる携帯のアラームを止めてわんは目を擦った。
ベッドの隣にはわんの腰にしっかり腕を絡ませたまま眠っている永四郎。

永四郎はわんよりも寝起きが悪い。
けど永四郎の声で目を覚ましたいと言ったわんに永四郎が出した答えがこのアラームだった。
正直わんの望んだ答えはこういうことじゃなかったんやしが、まぁかれこれ数年このアラームで目覚めている。

「…えーしろ、腕離して」
「ん…やだ…」

永四郎の軽く肩を揺するとますますその腕はわんに絡みついた。
いつもはがっしりセットされている髪の毛がさらさらとわんの胸に散る。

「えーしろ。もう朝だから…」
「んー…」
「永四郎、ほら」

無理矢理体を引き離して額に軽くキスすると永四郎はやっと嫌そうに目を開けた。
毎朝永四郎はこうやってキスしてやっと起きる。
結婚した当初は何しても起きなかったんだから(むしろ強引に起こすと殴られた)これは随分な成長だ。

「…おはようございます」
「ん。うきみそーち」
「あさごはん………パンでも食ってください」

頭を上げたと思ったら、そんなことを言ってまた頭を下げた。

「パン…ないどー…」
「パンがないならゴーヤでも食ってればいいじゃない」
「……………」

…前言撤回。
あんまり成長してるとは言いがたい。
(でも殴られなくなっただけマシか)

さすがに朝からゴーヤとなると凛と裕次郎が可哀想だ。

わんはベッドに永四郎を残して台所に行くと、適当に冷蔵庫を漁ってハムエッグを作った。
昨夜の残りの味噌汁があったのでそれも温める。
台所の(わんにとっては)低いシンクに軽く腰を曲げて皿に食事を盛っていると慧君が入ってきた。

「おはよ」
「ん。おはよ、慧君」
「母ちゃんは?」
「寝とる」

慧君は呆れたように溜め息をついて冷蔵庫の中の牛乳を飲んだ。

「慧君、背ぇ伸びた?」
「少し伸びたかも…計ってないから分からんがやー」

隣に並んだ慧君は少し大きくなった気がする。
わんにはまだ及ばないが、同学年の男子の平均からしたら高い方だろう。
ただ慧君は縦より横の印象が強いから背が伸びてもいまいち分かりづらい。

「悪いんだけど凛と裕次郎起こしてきてくれるかやー」
「嫌やっし!あいつら起こすの大変なんやどー!父ちゃんが行った方が起きるどあいつら」

それもそうだ。
わんは慧君に食器をテーブルに置くように言ってから二人の部屋に行った。



二人はやっぱりまだ気持ちよさそうに眠っていた。

一応二段ベッドなのに、この二人は何故か下の段に並んで寝ている。
(寝てる時は静かだし、本当に寝顔は天使みたいだ)
二人の髪を撫でると心なしか気持ち良さそうに笑った、ように見えた。

「…かわいいさぁ」

二人が起きないように小さい声で呟いて、すっかり跳ね除けられていた掛け布団を掛け直してやる。



「父ちゃん…起こさないと」

いつの間にか後ろに立ってた慧君に呆れたように言われた。

「可愛いもんだからつい…」
「いや…学校遅刻するし…」
「気持ち良さそうに寝てるの起こすの可哀想さぁ。わんには出来ん。慧君やっぱり起こして」
「……………」

慧君は容赦なくわんが掛けた布団をめくって二人の首根っこを掴んでベッドから引きずり出した。
…随分荒い起こし方だ。二人が泣くんじゃないかとハラハラしていたが、目覚めきってない二人はまだ目を擦っている。

「オラッ!起きろ!さっさと仕度せんと朝飯全部わんが食うどー!」
「んん〜…」
「ぅぅ…いたい…」

慧君に床にモロに落とされた二人はそれぞれ打った箇所を摩りながらやっと目を覚ましたようだ。
凛はわんの姿を部屋に見つけて早速わんに向かって腕を伸ばした。

「とうちゃん…」
「ん、はいはい」

希望通りに抱き上げてやると、首に手を回して首筋に顔を擦り付けてくる。

「うきみそーち」
「うきみそーち…」
「裕次郎もうきみそーち」
「んー、うきみそーち」

それぞれに挨拶して顔を洗いに行かせる。

やっと凛と裕次郎が居間に現れる頃にはもう作った食事は冷めていた。



「母ちゃんはー?」
「寝てる」
「母ちゃんに叩かれない朝は気分いいさぁ」
「毎日父ちゃんが起こしてくれればいいあんに!慧君は投げるからやだー!」
「ふらー。父ちゃんがお前らのこと起こせるわけないあんに」

この調子じゃいつもわんが起こさない朝は永四郎にどんな起こされ方をされてるんだか…
いつか朝から流血沙汰とかになるんじゃないかと心配になる。

「食ったら流しに置いとくんどー」
「「あーい」」

子供達よりも早く食べ終えて、わんはまた寝室に戻って着替えることにする。
部屋では永四郎は相変わらず寝ていた。

かたかたと箪笥の引き出しを開け閉めしていた音が気になったのか永四郎が身じろいでいる。
こんな些細な音でも目が覚めるくらい神経質な癖に何でこんなに朝弱いんだろうな…

「えーしろー、わんもう行くどー」
「ん…」

声を掛けたら布団の中から細い手が伸びてひらひらと振られた。

着替えを終えてまだ眠そうにする永四郎のこめかみにキスする。

「…いってらっしゃい」
「行ってきます」

永四郎の頭を撫でて部屋を出た。



居間ではまだ凛と裕次郎が着替えもせずにテレビを見ている。

「ほら、二人ともさっさとしないと学校遅れるどー」
「「あーい」」

と言ってる割には動こうとしない。
後ろから二人を纏めて抱き上げて部屋に連れて行く。

「あー、まだ見てたんにー」
「まだ見たいさぁー」
「だーめ。さっさと着替えろー。わんはもう学校行くからな!」

二人を部屋に押し込んで適当に服を出して渡した。
二人はちょっと不満そうだったけど、やっとのことで着替え出した。

荷物を纏めて家を出ようとすると慧君が横をすり抜けて行った。

「いってきまーす」
「行ってらっしゃい」

まぁとは言っても慧君とは同じ学校どころか教室まで同じなんだけど。
微妙な年頃だからか慧君はもうわんと一緒に学校に行ってくれることは少なくなった。

「父ちゃん待ってー!」
「一緒にいこー!」

着替えてランドセルを背負った双子が階段を騒がしく降りてくる。
慧君も昔はああやってわんと一緒に学校に行ってくれたのになぁ…
そう思っていると少し寂しい気分になってきた。

「…二人はいつまでわんと一緒に学校行ってくれるんばぁ…?」

玄関まで走ってきた二人の肩に顔を埋めて言うと二人は首を傾げた。

「?父ちゃんどうしたんばぁ?」
「??わったーはずっと父ちゃんと一緒やっし!」
「…凛っ!裕次郎っ!」

わんは二人をがっしり抱き締めた。



「………何やってんの…早く学校行きなさいよ」

玄関で抱き合うわったー親子をやっと起きたらしい永四郎が階段の上から訝しげに見ていた。



午前8時―――



職員室で授業の準備をしていると、うちのクラスの白石光がやってきた。

「どうしたんばぁ?」
「一緒に行こうかと思って」

白石は転校してきてからあんまりクラスに馴染んでないようで心配だったんだが、
最近は跡部と仲良くしているらしく少しは友達も増えたようで安心していたところだ。

それがわざわざ迎えに来るなんて何かあったんだろうか?

「何か悩みでもあるんばぁ?」
「何でッスか。別になんもないッスわぁ…」

教室までの道すがら尋ねてみたが白石は平然としてる。
…ように見せているがやっぱりどこか落ち着かないようだ。

「………知念先生」
「ん?」

少し思いつめたような間があって、白石は立ち止まってわんを見た。
どうやらやっぱり何か思うところがあるようだ。
わんも立ち止まって正面から白石の顔を見る。

「先生」
「ぬー?何でも話してくれていいんばぁよ」
「先生………先生が今穿いてるパンツ下さい」
「………ぬー?」

真面目な顔をして白石が発した言葉をわんは一瞬理解できなかった。



(またこういう子が増えた…)



わんはつい遠い目になった。
頭には見慣れたわんのクラスのサラサラ茶髪の少年が浮かんでいた。

「な…なんで?」

思わず標準語で返してしまう。
だが白石は相変わらず平然としていた。

「実は好きな子がおるんッスわぁ…その子の今欲しいもんが先生のパンツらしくて…」
「…へぇー、白石は跡部が好きなんばぁ?」
「なッ…!べ、別に跡部やなんて言うてへんやないッスか!」
「…いや…わんのパンツ欲しがる生徒なんて跡部しかおらんやし…」

平然としてた白石の顔が一気に赤くなる。
いつも涼しい顔をしてるこの子がこんな顔をするなんて珍しいものを見た。
ついつい自分に非常識な要求をされたことも忘れて微笑ましくなってしまう。
(っていうか白石個人の頼みじゃなくて本当によかった)

「…まぁバレてんなら仕方ないッスわぁ…そういうわけなんで、ください」
「いや…それは…」

いつも通りの無表情に戻った白石は何でもないことのようにまたそんなことを言い出す。
ついさっき可愛いところもあるもんだと微笑ましくなったというのに。

「んー…それよりも白石しかあげられないプレゼントをあげた方が跡部は喜ぶと思うんさぁ」
「そんなわけないやないですか。あいつが欲しいものは知念先生関連一律、ですわ」
「けどパンツ脱いだらわん今日一日ノーパンになるやっし…」
「それ狙って朝来たんすわ。一日ノーパンって知ったら跡部余計喜ぶかなぁ思て…」

誰がこんな大男のノーパンを喜ぶというんだ。
いくら相手がわんに懐いてくれている跡部といえどさすがにそれはないだろう。
返す言葉に困ったが、さすがにあげるわけにはいかないので丁重にお断りした。

「ちぇッ、知念先生ケチっすね」
「こんなことでケチ呼ばわりされるのはさすがに不本意やさぁ…」

白石は用はもう済んだと言わんばかりにさっさとわんから離れて教室に入っていった。



しかし白石が跡部を好きになるとは意外だ。

つい最近まで顔を付き合わせれば睨み合ってるような関係だったのに。
似た者同士、何か感じるものがあったんだろうか。
(二人とも頑固だもんな…元々一匹狼だったところも似てる)

跡部は白石の好意を知ってるんだろうか。
今後どうなっていくんだろう。
教師という立場もつい忘れて、わんは二人の動向が気になって仕方なくなった。



(二人がもし付き合うことになったら、跡部がわんから離れていくようになるのは少し寂しいな…)



子供の成長は嬉しくて、少し寂しい。

しかしそんなことは杞憂に過ぎないということにわんが気付くのはもっと先のことだ。



 

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