父さんを見て、母さんを見る。
にっこりふんわりしてて、髪の毛も柔らかい父さん。
こわい顔して、厳しくて、まっすぐな髪の毛の母さん。
…俺はどっちにも似ていない。



「……………」

「…赤也、何を考えている?」
「あ、蓮二兄さん」

リビングで蓮二兄さんに宿題を見てもらっていたことをすっかり忘れていた。
気付けばさっきからまったく進んでないかんじドリル。

「父さんと母さんを見ていたな。二人がどうかしたのか?」

庭でガーデニングに勤しむ父さんを手伝っているらしい母さんに、俺達の声は聞こえてないはずだ。

「蓮二兄さんは…どっちかっていうと父さん似ッスかね」
「…そうだな、どちらかと言われるとそうかもしれないな」
「雅兄は母さんかな」
「うーん…性格はどっちかというと父さんだと思うが」
「比呂兄は?」
「よく見ると雅治と比呂士は顔は似ているからな。母さんなんじゃないか。あまりそんな感じはしないが」
「確かにあんまり似てるって感じしませんもんね。ブン兄は父さんッスよね」
「そうだな、ブン太も顔はいいからな。あの大食いは誰に似たんだか知らないが」

そこまで話して、俺はまたむすっと顔を歪めた。

「ああ…自分がどっちにも似てないと悩んでいる確立90%」
「さすがッス!蓮二兄さん!」

やっぱり蓮二兄さんは父さん似だ。頭もすごくいいし。
それに怒るとめちゃくちゃ怖いところも父さんに似てる。
蓮二兄さんは父さんみたいに怖い術を使えるわけじゃないけど…

「しかし俺は性格はどちらかというと母さん似だぞ」
「えぇ!?嘘ッスよ〜」
「俺は父さんほど容赦ないことはしない。それに割と暴力で解決するタイプだ」
「…兄さん、別に叩いたりしないじゃないッスか。どっちかっていうとそれはブン兄…」
「母さんやブン太程暴力に訴える回数が頻繁じゃないだけだ。本当に怒ったらとりあえず殴る」

…そういえば。

こないだ蓮二兄さんの彼氏が来た時にちょっと邪魔したら凄い勢いで怒られたことを思い出した。
あの時の剣幕は確かに母さんに通じるものがあったような気がする。

「ちなみに雅治は顔は母さん寄りだが頭の回転の速さは父さん似だな」
「ああ、詐欺師ッスもんね」
「比呂士は性格は誰にも似ていない。両親どっちにもない要素を持っている」

そうなのか…俺にはよく分からないけど、確かに比呂兄はちょっとうちでは異色なタイプかもしれない。

「ブン太は率直なところは母さんに似ているかもしれない」
「ああ…何となく分かるッス」

母さんはにぶいだけで、感情はすぐ顔に出るから。
むしろいつもにこにこしてる父さんのほうがポーカーフェイス、だと思う。
(ポーカーフェイスって言葉は今日リョーマに教わったんだぜ)

「…ねぇ、じゃあ俺は?俺はどっちに似てるの?」

俺が尋ねると、蓮二兄さんは珍しく少し考え込んだ。
顎に手を当てて天井の方を見る。
蓮二兄さんがこうやって考え込むなんてけっこう珍しい姿だ。
そんなに俺はどっちにも似てないんだろうかと思ったら、少し不安になった。

「…何でいきなりそんなことを気にするんだ?」

俺の質問には答えずに、蓮二兄さんは俺のくしゃくしゃの髪の毛を撫でた。

「…だって…」






はじまりは今日の学校でのことだ。

放課後いつものようにリョーマと凛と裕次郎と一緒にグラウンドで遊んでいたら、一度会ったことのあるリョーマの兄貴が現れた。
(確か桃ちゃんって言ったっけ)
桃ちゃんはリョーマと俺達に軽く挨拶をするとすぐに自転車に乗って帰って行ってしまったけど。
(どうやら見たいテレビがあって、他の兄弟とチャンネル争いになる前にテレビを独占したいんだとか)

桃ちゃんが見えなくなってから、俺はふと気になったことを言ってみた。



「…リョーマと桃ちゃんって似てないよな」



リョーマは少し考えた。
少し考えて、あっさり頷いた。

「桃兄はおじいちゃんに似てるかもしれない」
「おじいちゃんってあの寿司屋の大将あんに!」
「あそこの寿司美味しいって父ちゃんが言ってたさぁ」

凛と裕次郎も間に入ってきて、いつのまにか話題は4人の家族の話になった。



「リョーマはどっち似?」
「俺は部長似」
「わん、リョーマの父ちゃん一回見たことあるけど確かにちょっと似てたどー」
「ゆうじろずるい!何で?わん見たことないさぁ!」
「父兄参観のときに来てたんばぁよ」

俺も見たような気がする。でもあんまり覚えていない。

「リョーマみたいにむすっとしたちらやさぁ」
「むすっとしてるわけじゃないよ。部長はポーカーフェイスなだけで」
「「「ポーカーフェイス?」」」
「あんまり表情が変わらなくて、感情が読めない人のこと」
「何かかっこいいさぁ!わんもポーカーフェイスになる!」

凛がリョーマのまねのつもりか裕次郎の帽子を奪ってリョーマみたいに深く被った。
凛は基本的にへらへらしたり泣いたり叫んだり忙しい奴だから、ポーカーフェイスは無理だと思う。

「一番上の兄ちゃんと三番目の兄ちゃんも部長似…かな」

桃ちゃん以外のリョーマの兄弟は見たことがない。
随分ポーカーフェイスしかいない家なんだな…俺ならちょっとそんな家、嫌だ。
…と思ったところで自分の両親を思い出した。
…ポーカーフェイス一家の数倍は嫌な家な気がした。

「二番目の兄ちゃんだけ、母さん似。すごいマザコンだし」
「よく母ちゃんなんか好きになるさー」
「母ちゃんなんて怖いだけやっし…」
「アンタらの家はそうかもしんないけど、うちの母さんは優しいから」
「「いーなー」」

凛と裕次郎の声に危うく俺も賛同しそうになった。

「そーゆー凛と裕次郎はどっちに似てんだよ?」

俺が聞くと二人は顔を見合わせて首を傾げた。

「どっち?」
「どっちだろ?」
「凛は母ちゃん似さぁ、やーも母ちゃんもちらだけはじゅんにいいあんに」
「ゆうじろもどっちかっていうと、母ちゃん?」
「でもわったーは似てないさぁ。どういうこと?」
「慧君は?」
「慧君は痩せたら父ちゃんに似てる気がするさぁ」
「ああ、すごーーーく痩せればな」

とりあえず会話を聞く限り二人は母さん似らしい。
確かにこの二人、特に凛は顔だけはすごくいいから女子にももててる。
上級生に好きって言われたこともあるらしい。
ということは凛に似てる母さんはすごくきれいな人なんだろうな。

知念先生っていう先生が父さんだって聞いて、先生の顔をこっそり見に行ったことがある。
その時見た先生はなんていうかでかくて痩せてて怖かった。
確かに二人には似てるとは言い難い。あの人の血がこの二人に入ってるとは。



「知念先生と二人は全然似てないよね。…実は血繋がってなかったりして」



リョーマがそんなこと言うから、凛と裕次郎は同時にリョーマを見た。
息が合っている。この二人、顔は似てないが明らかに兄弟だと思った。

「どういうことさぁ?」
「だから、アンタらの母さんがよそで浮気して出来た子だったりしてってこと」
「うわき?母ちゃんが?」
「だって兄さんはお父さんに似てるんでしょ?なのに二人だけ似てないなんておかしいじゃん」
「「……………」」

二人は下を向いて考え込んでしまった。

「…ちょ、リョーマ言い過ぎ…」

俺がリョーマを止めようと話し出したら、凛が顔を上げた。

「もし…母ちゃんが浮気して出来た子だったら、父ちゃんとわんは親子じゃないってことか?」
「…まぁ、そうなるよね」
「ってことは…」

また凛が下を向く。裕次郎が慌てて凛の頭を撫でた。
裕次郎のほうは凛ほどはショックを受けてないみたいだ。



「ってことは、わんが父ちゃんとけっこん出来るってことあんに!?」



考え込んでいたように見えた凛が発した言葉に、俺も裕次郎も、リョーマさえずっこけた。



「わんいっつも思ってたさぁ!どうしたら父ちゃんとけっこん出来るかなーって!」
「りん…それ以前に父ちゃんは母ちゃんと結婚してるんばぁよ」
「わんが大きくなるまでに二人が別れればいいんだろ!?わんちばるどー!」
「ちばらんでいいさぁ〜…そんなことしたら家庭崩壊あんに…」
「ゆうじろ!帰るどー!帰って母ちゃんにしんじつを問い詰めるさぁ!」

凛はその辺に転がしておいたランドセルを掴んで大急ぎで校門を駆け抜けていった。
この双子の特技である「しゅくちほう」とかいう技で、凄いスピードで。
裕次郎もその後を慌てて追いかける。そのスピードはとても俺達じゃ追いつけそうにない。



「「………」」

俺達はしばらく二人が消えて途端に静かになったグラウンドに立ち尽くした。



「…リョーマ、お前が変なこと言うからだぞ」
「ちょっとからかっただけのつもりなんだけど。まだまだだね」
「お前の冗談キツイんだよ。凛が騙されるのあたりまえ」

俺もそこまで深刻に考えていたわけじゃないが、一応リョーマを怒っておく。
でもリョーマは全然気にしてない風で、馬鹿にするみたいに笑っただけだった。



「あーあ。二人もいなくなっちゃったし俺達も帰ろーぜー」

近くに転がしておいた俺のランドセルを拾って背負う。
リョーマも隣で同じようにランドセルを背負った。

「…で、赤也は?」
「は?」
「赤也はどっちに似てんの」
「俺?俺…は…」

俺は父さんと母さんの顔を思い浮かべた。

「……………どっち、だろ」
「赤也の母さん見たことあるけど、似てないよね」
「ああ、母さんではないな、絶対」
「じゃあお父さん?」
「…父さん…とも違うと思う、けど…」
「…ふーん…」

考えながらもグラウンドを横切って校門に向かう。
リョーマは隣を歩きながら俺の方を見もせずに言った。



「じゃあ赤也はお父さんもお母さんも本当の親じゃないのかもね」



―――――






「……………」
「と、いうわけなんス」

今日あった出来事を蓮二兄さんに話し終えた俺は、知らず知らずのうちに涙目になっていた。

「お、俺…父さんと母さんの本当の子じゃない、んスか…?」

声が上擦る。

父さんは怖いし、母さんも怖いし、うるさいし。
でも二人が本当の親じゃないなんて絶対嫌だ。

「…そんなわけないだろう、馬鹿」

蓮二兄さんの手が俺の頭にまた載る。そのままぐしゃぐしゃにされた。

「大体、お前が生まれた時俺も病院にいたぞ」
「と、とりちがえ、とか…」
「馬鹿の癖に変な言葉ばかり知ってるな。そんなわけないだろう」
「馬鹿なんてひどいッス!俺は真剣に―――」
「真剣に言ってるのだとしたら本当に馬鹿だぞ」

あまりに馬鹿馬鹿言われすぎてますます泣きたくなってきた。
いつもはこんなに言わないのに。
蓮二兄さん、何か怒ってる?よく見るといつもより少し眉が寄ってるような…

「…仮にお前が本当にあの二人の子供じゃなかったとしたら、お前どうするんだ」

え…どうするって言われても…

「本当の親を探してこの家から出て行くのか?」
「い、嫌ッス!」

もし本当の親が見つかったとしても、この家から出て行くなんて嫌だ。
俺の家はここだ。俺の父さんと母さんはあの二人だけだ。

「…なら問題ないだろう。それにお前があの二人の子だということは間違いない」
「ど、してそんなこと言い切れるんッスか…?」

まだ涙目で疑ってかかってる俺の髪を、蓮二兄さんは今度は優しく撫でた。



「お前の髪質は父さんに似ているな。お前の方が量が多くて癖が強いけど」
「え…そうなんスか…?」
「怒ると周りが見えなくなるところは母さんに似ている」
「まじすか」
「明るいところはブン太に似てるし悪戯好きなところは雅治だな」

次々と上げられる俺と家族の共通点に、俺はまた涙が出てきた。
蓮二兄さんがいつもどおりの穏やかな顔で俺の頭をひたすら撫でるもんだから、余計に。

「それから、目が充血しやすいところは俺似だな」
「え!?」
「俺は元々目が弱くてな。目をしっかり開けていてゴミでも入ろうものならすぐに赤くなる。だから普段は出来るだけ伏せているんだ」
「……………」

初めて知った。蓮二兄さんと俺の、そんな共通点。
兄弟の中で一番似てないのが俺と蓮二兄さんだと思ってたのに。

「…な?お前はちゃんとこの家の子供だろう?」

にっこりと笑いかけられて、俺はやっと安心した。

「…はい…!」

「まったく、この家であんなに愛されている癖にそんなことを言うなんて母さんが聞いたら失神するぞ」
「愛、って何スか!俺いっつも怒られてばっかりッスよ!」
「怒るのはお前が悪いことするからだろう。全くこれだから末っ子は困る。自分が甘やかされていることすら気付かないんだからな」
「絶対そんなことないッスー!」

…そうは言ってるけど、本当は俺気付いてた。
父さんや母さんや兄さん達がいつだって俺を心配して、守ってくれていること。

認めるのは恥ずかしいから、言ってやらないけど。



「ところで比呂兄と俺の共通点はないんスか?」
「……………」

確か比呂兄だけこの家では父さんにも母さんにも似てなくて、性格も異色なんだよな。
他の兄弟とも特別似てるところもあるように思えないし…

「……………」
「……………」
「……………」
「……………」
「……………赤也。この話は比呂士にはするな…」
「……………はい…」



真実はどうであれ、俺は空気を読んだ。



 

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