「すまない…俺と別れてくれ」

目を伏せて言った俺の言葉に、目の前の男は声も出ないようだった。
眼鏡を押し上げて、眉尻を下げた情けない顔。

―――こんな男のどこがいいんだ。

「…蓮二、理由を聞かせてくれ。俺の何がいけなかった?」

乾貞治は必死で平静を装って俺の肩を掴んだ。
俺はその肩に置かれた手を思い切り払う。

「…強いて言うなら、飽きたんだ。俺達も男同士、いつまでも戯れで付き合ってるわけにはいかないだろう?」
「蓮二!…俺は、戯れで蓮二と付き合っていたわけじゃないんだよ」
「お前にとってはそうだったかもしれない。でも俺はもうこんな遊びはお仕舞いにしたいんだ」

極力、冷たく聞こえるように言い放つ。

真剣な俺の様子に目の前の男の顔色が悪くなる。

「…もう明日からは、俺に話しかけないでくれ」

捨て台詞とばかりにそう言って、俺は男に背を向けた。



「…遊びは終わったか?雅治」



―――しまった。



「え…蓮二が2人…!?ど、どういうことだ!?」
「貞治、落ち着け。雅治、お前は変装を解け」

俺の後ろにいつの間にか回りこんでいたのは、本物の参謀。
冷静な顔してるが、この顔はめちゃくちゃ怒っちょる…
反抗する気力もなく俺はカツラを取ってシャツのボタンを第3ボタンまで開けた。

「…おっかしーのぅ…参謀のフリして待ち合わせの時間ずらしたから気付かないと思ったんじゃが…」

完璧なはずだった。

本来彼らが待ち合わせしていた午前11時を、俺が参謀をフリをして10時半にしてもらったのだ。
絶対に足はつかないようにしたはずだし、この時間はまだ参謀が来る時間じゃない。
別れ話をしてさっさとこの男のことも帰して、参謀には浮気してるとかあることないこと吹き込むつもりだった。

何でバレたのか分からずに頭を捻らせていると、

「俺の部屋からそのシャツが消えていた。雅治が何か企んでる可能性は100%だった」

参謀は綺麗な細い指で俺の胸元をつん、とつついた。

「俺に変装するということは貞治に何か関係してるだろうことは容易に想像がつく」
「…あーっ、もう!何で雅治君はそうやって大事なとこを見落とすんですか!」

近くの茂みががさっと動いて出てきたのは、弟の比呂士。
彼氏の浮気を目撃した女のようにぷりぷりと怒っちょる。

「…そして、雅治と比呂士が家に居なかった。よって少し早く待ち合わせ場所に来てみたら案の定…ということだ」

わかったか?と俺と比呂士を交互に見て、参謀はその瞼をゆっくり上げた。



やばい…



「…参謀、話せば分かる」
「ほう。聞かせてもらおうか。冗談にしては度が過ぎていると思うんだが」
「蓮二兄さん!私は関係ありません!」
「てめッ…比呂士!お前さんかてノリノリじゃったじゃろうが!」

参謀はがっつり開いたその目で俺達を睨んでいる。

本来参謀は滅多なことじゃ怒らない。
怒るというより注意や警告みたいなことはあるんじゃが…
こうして開眼した時の参謀は本気じゃ。

「黙れ。順番にこういう状況になった経緯を話せ」

…オーラが…オーラが…親父さんそっくりじゃ…!



俺と比呂士が手に手を取って震え上がっていると、すっかり置いてけぼりだった男が間抜けな声を出した。

「蓮二。よく話が見えないが…弟、さんなのか…?」
「たった今縁を切ろうとしているところだ」

あまりに冷たい物言いに参謀大好きな比呂士が情けない声を上げて泣き出した。

「…よく分からないが、つまり…さっきのは蓮二の本心じゃないってことかな…?」
「っ、当たり前だろう!お前は俺がいい加減な気持ちでお前と付き合ってると思っているのか!?」

俺達から目を逸らさなかった参謀が、角眼鏡の言葉に勢いよく振り返る。
角眼鏡はその言葉を聞いて心底嬉しそうに笑った。

「良かった…あんまり蓮二にそっくりだから信じそうになっちゃったよ」
「…馬鹿貞治…恋人と他人の区別もつかないなんて…」

…今さりげなく他人って言ったな。
俺は他人かい。しまいにゃ俺も泣くぞ。

今度は俺達が置いてけぼりだ。

参謀と角眼鏡は俺達の冷えた目をよそにイチャイチャし出した。



「蓮二にそっくりな顔と声であんなこと言われたんだ。混乱して細部までチェックできなくて当然だろう?」
「貞治は馬鹿だな。まず俺があんなことを言うわけがないじゃないか」
「もちろん信じてるよ。普段なら絶対蓮二じゃないって分かったさ。全身のホクロの位置まで分かってるんだからね」
「…馬鹿…こんなところでそんなこと言うな…」
「蓮二は照れ屋だなぁ。真っ赤だよ、可愛い」



……………

あ、参謀いつの間にか目ェ閉じとる。

ものっそい腹立つけど…今こっち見られたらまた怒りが再発するかもしれんから帰った方がええかな。



相変わらず気色悪くハンカチを噛んで悔しがってる比呂士の首ねっこを捕まえて、そーっと後ずさる。

「雅治、比呂士」

一歩下がった途端、参謀は目をがっつり開いてこっちを向いた。

「…帰ったら…覚えておけ…」

それだけ呟いて角眼鏡の方を振り返った参謀の目はもう既に閉じられていた。
畜生…別れさせ屋失敗じゃ!俺達は後ろも振り返らずにダッシュで家まで帰った…






「ああもうっ!雅治君のせいですよ!私まで蓮二兄さんに嫌われたらどうしてくれるんですか!」
「キーキーうるっさいのう、お前さんかてあの眼鏡は気に入らなかったんじゃろうが!」
「それはそうですけど兄さんに嫌われてまで別れさせようなんて思ってませんからッ!」
「知るかっ!俺は何が何でもあの2人別れさせてやるんじゃ!お前さんもう着いてくんな!」
「仕方ないでしょう同じ家に帰るんだからっ!何頑なになってるんですか雅治君」

走りながら怒鳴りあって、家に着く頃には二人とももう息も絶え絶えだった。

「あ、おかえりー」
「おれかよ!」

門扉を開けると犬小屋の方から声がする。
そっちに顔を向ければブン太がジャッカルと遊んでいた。

「朝早くからどこ行ってたんだよぃ?…汗だく…ランニング?」

息を切らせて汗まみれになった俺達を見てブン太は首を傾げた。

「…ぶん、た…お前さん…ちょ、と来い…」
「はぁ?何?」

ブン太のTシャツを掴んで無理矢理家の中に入れる。
リビングにはおふくろと赤也が居た。
どうやらまた赤也が何かしでかしたんだろう。赤也は涙目だ。

「どうした、雅治、比呂士。どこに行っていた?」
「親父さん、いるかのう」
「精一なら今日は休みだからいるぞ。庭でがーでにんぐでもしてるんだろう」
「…ひろ、ちょっとお前さん親父呼んで来い」
「は?何ですか、雅治君」
「いーから呼んできんしゃい!」

比呂士は俺の言葉にしぶしぶ従って庭に出た。
ほどなくして2人揃って戻って来る。
親父さんは何事かと随分楽しそうだ。

「雅治兄さん、どうしたんスか?皆呼び出すなんて…あ、蓮二兄さんいないッスけど」

赤也がキョロキョロ家族全員を見渡して首を傾げる。

「その蓮二兄さんのお話じゃ」

「む。蓮二がどうかしたのか?」
「蓮二なら今日は貞治君とデートみたいだけど」
「でーと!?高校生の分際で不純異性交遊とは…」
「何言ってんの、俺達だって中学の頃から付き合ってたでしょ。大体異性じゃないよ」

「あー、話していいかのう?」

2人の思い出話でも語りだしそうな夫婦の会話を遮る。
ほっといたら夕方まで話してそうじゃからの。



「皆知っとると思うが、参謀のカレシのことじゃ」



「ああ、手塚貞治君ね。礼儀正しくていい子だよ。蓮二と気が合うみたいだし」
「リョーマの兄貴だろ?知ってるッスよ。見たことはないけど」
「なぁ母さん、このチョコ食っていい?」
「ブン太、お前さっきも食べただろう!たるんどる!(腹が)」

「…ああ、ブン太、兄ちゃんのお菓子あげるからちょっと黙っときんしゃい」
「マジ!?さんきゅー!」

なかなか話が進まなそうな上、ブン太は特にこういった話に興味がなさそうなので放っておくことにした。

「…で?貞治君がどうかしたの?」

呑気な親父さんの態度に腹が立つ。
この親父は自分のカワイイ息子がどこの馬の骨とも知れない男に好きにされてるのが我慢できるんか?

「親父さん、その手塚貞治と参謀が付き合っとるん黙って見とってええんか!?」
「何で?別にいいじゃない。今すぐ結婚するわけでもないし」
「結婚しちゃったらどうするんじゃ!」
「それはそれで面白そうでいいんじゃない?」
「面白いわけあるか!参謀はウチの長男じゃ!嫁になんかやれん!」

あまりの剣幕に、親父以外はきょとんとして俺を見ている。

「んー…じゃあ貞治君を婿に取ったらいいんじゃない?」
「それは無理でしょうね…」

ずっと黙って話を聞いていた比呂士がいきなり話に割り込んできた。

「何で?」
「調べによると手塚貞治も長男です。向こうの家が婿に出さないと思いますが」
「あ、そうなんだっけ」

んー、と顎に人差し指を当てて上目遣いで考える姿が様になる親父さんは、とても5人の子持ちには見えない。

「じゃあいいよ。蓮二お嫁にやっちゃおうよ」
「何っ!蓮二が嫁に行くのか!?…それは…寂しいな…」

急に表情に翳りを見せたおふくろに、親父さんは慌て出す。
ウチの親父さんはおふくろの弱い一面(滅多にないが)にやけに弱い。

「弦一郎が嫌なら止めよう。蓮二はずっとウチの子だよ」

…変わり身が早い。

「そういえば蓮二兄さんのカレシってウチ来たことないッスよね?」
「そーいえばそうだな。兄ちゃんはしょっちゅう向こう行ってるみたいだけど」

そうなのだ。
あの角眼鏡がウチに来ることは滅多にない。
たぶん参謀が来させないようにしてるんだろう。
ウチに来たら俺が騙したり覗いたり盗聴したりするって読んでるから。
数回勉強しに来たことがあるくらいだ。
その時もあっという間に帰って行った。

「一回招待したらいいじゃないッスか。一回で逃げていきますよ」
「…赤也…なかなか冴えとるのぅ…」



何故今までそのことを思いつかなかったのか。

よく考えたら普通の神経を持つ男であるならば、自分の恋人の家族がウチだったら絶対に嫌なはずだ。

大魔王のような親父さんに修羅のようなおふくろ、
詐欺師と似非紳士の双子に大食らいに赤目の悪魔(+茶色い犬)

俺がこの家の誰かと恋人だったとしたらこんな家絶対嫌じゃ。
少なくとも結婚しようとは思わない。

「…雅治…大魔王とはいただけないな…」
「ゴメンナサイ申し訳ありませんお父様」
「俺の惚れた相手に向かって修羅というのもいただけないよ」
「はいゴメンナサイお母様」

いつかの日曜日の腹痛を思い出して俺は即謝った。
もうあの苦痛を味わうのだけは勘弁じゃ…



「でもまぁ、確かに一度貞治君をうちに招くっていうのはいい考えだね」
「うむ。俺も蓮二と交際している男がどういう男か知っておきたいしな」
「弦一郎のお眼鏡の叶う子だといいね」
「そうだな。軟弱な男であるならば鍛えなおしてやろう」

「まぁ俺の口に合う土産持って来れない男なら話になんねーけどよぃ」

「蓮二兄さんのカレシかぁ…強いかな?弱い男なら容赦しないで潰す」

「皆さんが味方なら心強いですね。蓮二兄さんを正しい道に引き戻して差し上げましょう」



家族それぞれ思い思いのことを話す。
どうやら手塚貞治が来ないという選択肢はないらしい。

しかしこれで面子は揃った…



「「「「「「「何にせよウチの長男に手ェ出したんだ…ただで済むと思うなよ…」」」」」」」



家族全員の声が揃った。



「「「「「「「ふ…ふふふふふ…ふははははははははは…!」」」」」」」



参謀がいかに家族に過保護に育てられているか、客観的に知るものはジャッカルしかいない―――






夜、参謀の帰宅を待たずして比呂士は逃げよった。
昼間の報復を恐れての行動らしい。
しかし俺も開眼した参謀は恐ろしい。
何としてでも帰って来るまでに何とかしなくては。

とりあえず参謀の好きなコンビニの和菓子でも探しに行くかと部屋の扉を開ける。



「やあ、雅治。ただいま」
「!!!!!!!!!!」



既に扉の前には参謀…!
全く気配無かったぞ!?

これは…まだ怒っとる…?

見たところ目はまだ開いてないが、部屋に招き入れた途端に目が開くのかもしれない。

「おおおおおおおおかえり…なさい、蓮二お兄様…」
「何だ、気持ち悪いな…まぁいい、部屋に入れてくれ」

参謀は俺の返事も待たずに部屋に入ってきた。
そのまま床に腰を下ろして、ミニテーブルに紙袋を置いた。

「お土産だ」

ああ、毒入りじゃな?
そうか…弟を毒殺するほど怒っとるんか、参謀…

「…お前の考えているようなものじゃないと思うぞ」
「え、じゃあ何」
「お土産だと言っただろう。和菓子だ」
「俺甘いモン好かんけど」
「食え」
「はい頂きます」

いきなり開眼した参謀に平伏して、おそるおそるテーブルの正面に座った。



「ここの和菓子は甘さ控えめだからお前でも食べれると思うぞ」

もうひとつ持っていたコンビニのものらしい袋から取り出されたのはふたつのお茶のペットボトル。
ひとつを俺に渡して、参謀は蓋を開けた。

「…参謀…」

穏やかな表情。
これは…もう怒ってないと思っていいんだろうか。

「正直なところ腹は立っているんだが、別にお前をどうこうしようとは思っていない」
「……………」
「俺が付き合っている男がどんな男か試したかったんだろう?」

…微妙に違う。
俺は本気で別れさせるつもりじゃった。
でもそっちの方が俺にとっては都合が良さそうなので、とりあえず頷いておく。

「方法はどうかと思うが、心配してくれたのは有り難かった」
「参謀…」
「ただ俺は本当に貞治が好きなんだ…」

悲しそうに眉を寄せてうつむく参謀に、今更ながら罪悪感が込み上げる。
こんな儚い顔されたら抱き締めたくなるじゃろ…
思わず手を伸ばしかけたら、その手を参謀に握られた。



「…だからまた同じことをしてみろ…お前次は
「申し訳ございませんもうしません」

目を閉じて下さい。

俺はギリギリ握られて痛む手をそのままに土下座した。



…まぁ絶対にもうやらないとは言わんけど。
たぶんそんなこと参謀なら分かってるじゃろうけど。

とにかく参謀は小さい溜め息をついて、俺に和菓子を勧めた。
有り難く頂戴する。
参謀の言う通り、俺でも食べれるような甘さ控えめの菓子じゃった。



「なぁ参謀、今日一緒に寝ん?」
「………たまにはいいだろう」



…なぁ、兄弟ってのは下手したらコイビトよりも美味しいんじゃね?



 

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