「南先生!こっちにウチのクラスの知念来てますか!?」



3時間目が始まって5分くらい経った頃、2組の担任の東方先生がこの4組に来た。
ちなみに2組の知念なら、4組の知念の席の後ろに小さく蹲って隠れている。
いくら裕次郎の席が一番後ろだからって無理がある。案の定すぐにバレた。

「こらっ、知念!もう授業中だぞ!」
「いい子だから戻りなさい…休み時間にまたおいで」

怒る東方先生と、呆れたような南先生。
この光景は入学してすぐ定着したもので、もうクラス全員慣れっ子だ。

凛は蹲ったまま動こうとしない。

「ほら、知念…教室に戻ろう」
「……………ゃだ」

屈んで凛に優しく声をかける東方先生に帰ってきたのは小さな否定の言葉。

俺と、隣の席に座る手塚リョーマと、その隣の席の凛の双子の兄ちゃんである裕次郎は耳を塞いだ。



「…知念、やだじゃなくて
「やだああぁぁぁぁあああああああぁぁぁああ!!!!!」



南先生のフォローが入ると同時に教室中に響いた凛の絶叫。
耳を塞いでおいて良かった。
この調子だと教室どころか初等部全体に響いているかもしれない。

「ちょ…!知念!」
「南先生、このまま無理矢理連れて行きます」
「やぁぁぁぁぁだぁああああああぁぁああ!!!!ゆーじろおぉぉぉぉぉ!!!!!」
「りん、ちばれ!また後でな!」
「ぎゃああぁぁあああああぁん!!!!!」

はなせー
おろせー
ゆうじろぉー

…と叫ぶ声が段々遠くなっていく。



……………



残された4組の生徒達は連れ去られた凛の声が響く廊下を一様に眺めていた。



「…今日もまたこの世の終わりみたいな声だったね」

隣の席のリョーマが呆れたように耳から手を放した。

「あにひゃーわんのことになるとどうしてもああなるさぁ」

リョーマの隣には裕次郎が困った顔をして笑う。

「ふぅん、ブラコンなんだな」

と俺が言えば、

「そうだね、赤也と同じだね」

とリョーマが澄ました顔で言う。

「な…ッ!俺はブラコンじゃねぇから!」
「どうだか。いっつも蓮二兄さん蓮二兄さんって言ってるくせに」
「それが何かわりぃのかよ!」
「別に…小学生にもなってまだまだだねって思うだけ」
「テメェこのやろー!!」

席を立ち上がって隣に居たリョーマの服の胸倉を掴む。
そんなことしてもリョーマは全然涼しい顔だ。
いっつもこうやって俺のこと馬鹿にしてくるから、俺はコイツが嫌いだ!

「手塚〜、幸村〜…頼むから授業させてくれぇ…」

南先生の悲痛な声は頭に血が上った俺の耳には届かない。





そんな日常的な光景を繰り広げた翌日、珍しくリョーマは学校を休んだ。



「ゆーじろ、今日リョーマいないんば?」
「風邪ひいたってれんらくあったみたいさぁ」

休み時間、いつものように凛が来て空っぽのリョーマの席に座る。

「リョーマがおらんからあかやがつまんなそうさぁ」

裕次郎がニヤニヤしながらこっちを見てくる。
帽子をひっぺがしてプールに投げ込んでやろうかと思った。

「別につまんなくねぇし!むしろ静かでいいし!」
「あかやはリョーマがしちゅんさぁ」

凛までもが調子に乗ってニヤニヤそんなことを言ってくる。

「うるせぇよブラコン!」

言い返してみても凛はけろりとしている。

「わん、ブラコン?」
「うん、ブラコンやっし」
「そっかぁ、そうなんだぁ」
「でも凛はブラコンよりもファザコンの方がしんこくさぁ」

…凛…ブラコンのみならずファザコンでもあるのか…

俺の家的に考えるとファザコンマザコンになるというのはかなり有り得ない。
母さんは怖いし、父さんも怖い。
蓮二兄さんだけがあの家で唯一まともで、好きだ。

しかしこの問題児双子が懐く父親ってどんな奴なんだろう。
確か5年の先生をしてるらしいから今度見てみよう。



「はい皆席つけー、授業始まるぞ〜」

南先生が教室に入ってきて、ざわめいていたクラスメイトが徐々に席に戻っていく。

横をちらっと見れば、リョーマの席に凛がちょこんと座っていた。



「……………」
「……………」

凛に気付いた南先生が凛の座る席の前まで来た。
凛は下を向いて、何事もなかったかのようにノートを拡げている。
(そのノートはたぶん裕次郎の理科のノートだ。次の授業は社会なのに)

「………知念?」
「なに…あッ、違う、俺越前やっし!まだまだだねぇ〜」
「越前はこんな金髪じゃねぇしそんな喋り方じゃねぇ!」

…まぁ当たり前だけどすぐバレた。



ゆぅじろぉぉぉぉぉ…



その直後迎えに来た東方先生に連れられて、凛は自分のクラスへ帰って行った。




「ああ、何か今日はクラスが静かだなぁ」

南先生は大きい地図を黒板に広げながら感激したように言う
俺は何となくつまらなくて、広げたノートに「リョーマバカ」と書いた。





放課後、俺は何だかイライラしていた。

「あかやー、グラウンドでサッカーするさ」
「サッカーサッカー」

裕次郎と凛がいつも通り遊んで帰ろうと提案してくれたものの、乗り気にならない。

「今日は俺、帰る」

「…ふぅん…まぁいいけど…」
「リョーマのおみまい行くならよろしくって言っといて」

「行かねぇよ!」

何を言い出すんだコイツら…
俺がリョーマの見舞いなんか行くわけないだろ。
いつもいつも喧嘩してるの見てる癖に何言ってんだ。

益々イライラしながら、ランドセルを背負って校門を出る。
今日は早く帰って蓮二兄さんと遊んでもらおう…
たまにはブン兄と一緒にジャッカルの散歩に行ってもいいし。



そんなことを考えながら歩いていたら、後ろから自転車の音が聞こえた。
こっちに向かってくるようだったので道の端に避ける…
つもりだったのに、下を向いて歩いていたから避けた場所に電柱があることに気付かなかった。

ゴツッ…

「!!!!!」

鈍い音を立てて額が電柱に当たる。
あまりの痛さにその場に蹲った。



「おいおい…大丈夫かぁ?」

キキッと音を立てて、後ろから来ていたらしい自転車が止まった。
顔を上げると同じ学校の生徒だった。たぶん高学年だろう。

「おー、痛そ。デコ赤くなってんぞ」

その高学年は馴れ馴れしく俺の前髪を掌で避けてまだ痛む額を見た。

「血、は出てねぇな、出てねぇよ」
「……………」
「ちゃんと前見て歩けよ…って、あれ?お前…」

そいつは俺の胸に止まっている名札と顔を見比べた。

「お前、幸村赤也?」
「…何で知ってんだよ」

正直自分のことを知ってる見知らぬ人間に少し怖かったけど、無理に高い位置にあるそいつの顔を睨んでやる。

「お、生意気。リョーマの言ってた通りだな。本当にワカメパーマ」
「リョーマ?」

見知らぬ人間から発せられたよく知る人間の名前。

「おう、俺リョーマの兄貴の武。桃ちゃんって呼んでいいぜ!ちなみに5年な」

リョーマにも兄貴がたくさんいるのは知ってたけど、こんな奴だったのか…
あのツンケンしたリョーマとは全然違う、明るいいかにもお兄ちゃんって感じのタイプだ。
うちで言うならブン兄が一番この人に近いタイプかな?



「なぁ、お前ちょっとウチに来ねぇ?」
「は?何で…」
「今日リョーマ休んでんの、知ってんだろ?」
「知ってるけど…」
「退屈してるだろうからちょっと遊び来いってこと!」

いきなりの提案だったから驚いた。
要するに…見舞いってことだよな?
どうしよう…行かないって双子に言い切ってきちゃったし…

でも…

「リョーマ、うちでお前の話よくするからよ。仲いいんだろ?」

別に、俺は自分の意思で行くわけじゃない。
リョーマの兄貴に無理に誘われて、仕方なく行くんだ。

そう自分に言い訳して、リョーマの兄貴…桃ちゃんって言ったか?の自転車の後ろに乗った。



「…なんで赤也がいるの…」

リョーマの家はそれなりに大きい一軒家で、中は凄く綺麗で落ち着く空間が広がっていた。
うちとは全然違う。うちは綺麗だけど、母さんの趣味で日本家屋っぽくて怖い。
案内されたリョーマの部屋も綺麗にされていて、床に数冊マンガが落ちてるくらいだ。

「おうリョーマ!そんな挨拶はいけねぇなぁ!いけねぇよ!」
「…どうせ桃兄が無理言って連れてきたんでしょ…ハァ…余計なお世話」
「なっ…お前せっかくの兄ちゃんの好意を…可愛くねー!」

リョーマは思ったよりも元気そうで、ベッドの上で猫と遊んでいた。
俺は部屋に入ったものの「桃ちゃん」とリョーマのやり取りを無言で見てるしかなかった。

「まぁいいや…桃兄、お茶淹れてよ」
「しょーがねぇなぁ…あ、幸村!ゆっくりしてけよ!」
「あ、はい…」

「桃ちゃん」は部屋を出て行って、俺とリョーマの間には微妙な沈黙が漂う。
毎日のように会ってるのに、学校の外で会うと全然違う奴に会ってるみたいで緊張する。

「…突っ立ってないで、座れば」
「あ、ああ…」

大人しくベッドの下に敷かれたカーペットの上に座った。

リョーマの膝の上にいた猫が俺が座ったのを見計らったように俺の膝の上に降りてきた。
毛足の長いふかふかの猫の背を撫でるのは気持ちよかった。
犬より軽いし。ジャッカルも毛の長い犬だったら良かったのにな。

「お前、猫飼ってたんだな」
「うん」
「名前なんていうの?」
「カルピン」
「へぇ。カルピン」

呼びかければ、カルピンはほぁら、って変わった声で鳴いた。

「ははっ、変な鳴き声」
「初めてうちに来た時からこんな鳴き方なんだ」
「へぇ…俺の家の犬も変な鳴き声だぜ」
「どんな?」
「『おれかよ!』って鳴く」
「何それ…本当に犬?」
「犬だよ。元々裕次郎んちが拾った犬だったんだけど、あいつの父さんが犬嫌いだからってウチに来たんだ」
「ふぅん…犬も可愛いのに」

最初は気まずかったけど、話し始めたらいつもみたいに話せた。
むしろ、いつもよりも喧嘩腰にならない。変な気分だ。

「…風邪、引いたのか?」
「うん…朝起きたら熱があった」
「今は?」
「もう下がってる。明日には学校行くよ」

その言葉を聞いて、俺は不覚にも嬉しい気分になってしまう。

「…何?赤也、寂しかった?」

なのにリョーマはにやり、といつも通り嫌味な笑い方をするもんだから、嬉しい気分は吹き飛んだ。

「嬉しくねーよっ!バァカ!」
「へぇ?いつもはこの時間、まだグラウンドで遊んでるよね…今日は遊ばなかったんだ?」
「っ…、」
「俺がいないと赤也、学校つまんないんでしょ?」
「ちげーって言ってんだろ!」

俺は慌てて立ち上がった。
膝の上にいたカルピンが慌てて飛び降りて、ベッドのリョーマの元へ行く。



「赤也、まだまだだね」

「…うるせーッ!やっぱお前なんか嫌いだッ!」

ランドセルを掴んで部屋を出ようとリョーマに背を向けた。
後ろから一度カルピンのほぁら、って声がする。



「赤也、来てくれてありがと」



カルピンの鳴き声に掻き消されそうなそんな声が聞こえて、俺の頬は緩んだ。



そのまま部屋を出て階段を降りたところに桃ちゃんがお茶を持って立っている。

「あれ?もう帰んの?」
「お邪魔しました」
「おう、また来いよー!」



リョーマは感じ悪い奴だけど、桃ちゃんは付き合いやすくていい感じだな。
あんないい兄ちゃんがいるのに何でリョーマはあんななんだ…
でもリョーマもあの兄ちゃんに懐いてるっぽいし、アイツだってブラコンなんじゃん?
そういや桃ちゃんって5年って言ってたよな。もしかして裕次郎たちの父さんのクラス?
明日リョーマが学校に来たら聞いてみよう。



帰り道、学校から出た時にはイライラしてた気持ちが不思議と消えてることに、俺は気付いてなかった。



 

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