「俺な!バイトで金貯めて小春にエルメスのバーキン買うたるねん!」

居酒屋『六角』でのバイト初日を終えて家に帰る途中、ユウジはキラキラした笑顔でそう言った。
その顔に慣れない仕事に疲れた様子はない。
ユウジは元々社交的な性格だ。きっと接客業は向いているんだろう。
今日も早速得意の物真似で客を沸かせていたし。

「…エルメスのバーキンは一つ500万はする。高校生のアルバイトじゃ無理だろう」
「塵も積もれば山となるんやで?」

ユウジは得意気に笑った。
まぁ、目標を持って働くのはいいことだ。

「蓮二は?」
「ん?」
「金貯めて何か買う予定とかないん?」

アルバイトをする、と家族に言った途端盛大な反対にあった俺は、とりあえず「金を貯めて父さんや皆にプレゼントを買いたいんだ…」と言うことで何とか許可を得た。

「…家族に何かを買うことにはなると思うが」
「…難儀やなぁ、お前も」

元々金は小遣いで事足りていたわけだし、バイトの必要はなかった。
だから別に稼いだ金で家族に何かを贈ることが嫌なわけではない。
でもユウジの「小春のため」という確固たる意思を見ていると何となく羨ましいのも事実だ。

「お前も貞治に何かプレゼントしてやったらええんちゃう?」

ユウジは少し笑いながらそう言った。
たぶん今日学校でアルバイトの件を聞いた貞治が絶望的な顔で必死に反対していた姿を思い出しているんだろう。
現に俺も思い出して、少し笑えた。

「気が向いたらな」

そうユウジには返したものの、自分で稼いだ金で貞治にプレゼントという思い付きはなかなか良いもののように思えた。






家の扉を開けた途端、父さん母さんを始めとする兄弟全員に抱き付かれた。
咄嗟のことに驚いてドアに背中を思い切り打ってしまった。痛い。

「蓮二!遅いよ!バイトどうだった!?」
「意地の悪い上司はいなかったか!?変な客に絡まれなかったか!?」
「キモい同僚にセクハラされんかったか!?っちゅーかこんな遅くなるんなら俺に連絡しんしゃい!」
「そうですよ!明日からは私がお迎えに上がります!っていうかもう開店から店にいます!」
「蓮兄、土産は!?飲食店だろ!?土産ねーの!?」
「蓮二兄さあああああん!寂しかったッス!つまんなかったッス!もうバイトやめて!」

ぎゃんぎゃん喚きながら全身にしがみつく家族を一人一人引き剥がしながら答える。

「なかなか楽しかった。嫌な上司も質の悪い客もいなかったし同僚もみんないい人達だ。迎えに来てもらうほど遅い時間じゃない。開店からいるのはやめてくれ。ブン太、賄いはあったが土産はない。赤也、まだ初日だぞ。もう少し続けさせてくれ」

全員の質問に丁寧に答えながら家に上がる。
バイト自体はさしたる問題もなかったが、これからバイトのたびにこうして絡み付かれてたんじゃ体力が不安だ。

「ねぇ、やっぱりバイトなんかしなくていいよ」
「そうだぞ。お前が俺達のためにバイトを始めた気持ちは嬉しいが、それ以上に心配だ」
「父さんも母さんも大袈裟だ。心配要らない」

リビングのソファに座って母さんの淹れたお茶を飲んでいると、赤也が俺の膝に頭を載せた。

「赤也、こんな時間まで起きていてはいけないな」
「だって…俺だって兄さんが心配だったんスよ」

唇を尖らす赤也の頭を撫でる。
可愛らしいことを言う弟に疲れが癒されるのを感じた。

「金が欲しいなら俺が調達してきてやるきに、蓮兄は無理して働く必要ないんじゃ」

ソファの後ろから俺の首に腕を回して頬擦りしてくる雅治に、ブン太が呆れた目を向けている。

「無理はしてないから心配するな。いい経験が出来ていると思っている」
「ならせめて俺と同じとこでバイトしようや」
「えっ、雅治バイトなんかしてたの?」

父さんのちょっと驚いた声。
俺も初耳だった。

「…親父さんには履歴書に判捺してもらう時言ったじゃろ…」

父さんは首を傾げている。恐らく話半分で適当に捺したんだろう。

「雅治は何のバイトをしてるんだ」
「バーテン」
「…通りで最近夜いないと思ったら…」

元々雅治は夜中にふらりと出掛けることも多かったのであまり気に止めていなかった。
授業中寝てばかりなんですよ、と比呂士が困った顔で眼鏡を上げる。

「…雅兄の天職はホストじゃねーの」
「それも悪くないけど酒飲めんしなぁ」

ブン太の言葉に雅治は笑って返す。
雅治のホスト。確かに似合いそうだ。

「どうじゃ、蓮兄。うちの店なら俺が守っちゃる。安心して働けるぜよ」

人差し指で俺の顎を上げて目線を合わせて、熱っぽい視線で見つめてくる雅治が正しくホストのようで、俺は少し笑って丁重にお断りした。






「蓮二兄さんとあそびたい」と駄々をこねる赤也を寝かし付けて自室に戻ったのは、もう日付が変わってからだった。

携帯を開くと新着メールが5件。
どれも貞治からだった。
バイトはどうだとか心配だとか迎えに行こうかとか、言ってることは家族と変わらない。

しかしその心配がどこか嬉しいのも事実で、俺の頬は自然と弛んでいた。



………貞治に、プレゼント、か。



帰り際にユウジに言われた言葉が脳裏を過る。
貞治の欲しがるものなんて、俺だけだ。
自惚れでも何でもない。事実に基づいたデータだ。

それでも俺が貞治のために選んだものを、貞治はきっとすごく喜んでくれるだろう。
泣きそうな顔で喜ぶ貞治の顔が目に浮かぶ。

俺はメールの返信画面を開いた。

『初めての給料を貰ったら、二人きりで食事でも行こう』

家族へのプレゼントは、二回目の給料でもいいだろう。
働く目標があるのは素晴らしいことだ。



体は疲れていたが、俺は清々しい気分で眠りについた。



 


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