俺の兄貴は自他共に認める詐欺師だ。
何で詐欺師かって?
…そんなモン、俺が知るわけねーだろぃ。



昨日赤也に「さぎしってどういう意味ッスか?」と聞かれた。
「雅兄のことだよ」と返せば不思議そうな顔をされた。

そういえば何で詐欺師なんだろうな。
俺が気付いた時には既にその名は浸透していた。
人によっちゃあ侮辱とも取れるそのあだ名に、本人は特に気を悪くする風でもない。
かといって気に入ってるわけでもなさそうだけど。

「何だ、ブン太は詐欺師たる所以を知らないのか」
「え、蓮兄知ってんの?」

分からないことがあったら蓮二に聞け、は我が家の家訓だ。
その家訓に従って蓮兄に尋ねてみると、やはり蓮兄は知っているらしい。

「知りたいのなら一日尾行でもしてみるといい。お前が雅治にバレずに尾行出来るとも思えないが」

教えてくれるつもりはないようだ。
蓮兄はさっさと俺から顔を背けて読書の続きに没頭し始める。
読書の邪魔をしたから怒っているのかもしれない。



蓮兄が言った通り、俺は尾行に向いてるとは思えない。
大体途中で美味そうなバイキング見付けたり新しいお菓子見付けたりしたら誘惑に勝てる自信がない。
我慢して腹減って倒れでもしたらどうすんだよぃ。

でも、含みのある蓮兄の言い方も気になった。
気になり始めてしまうと雅兄のちょっとした行動にもやけに目がいってしまう。

「………、あーもう!」

日曜日、ふらりと家を出ていく雅兄の背中を見送って、俺は尾行を決意した。
(非常食としてリュックにいっぱいお菓子を詰めた)






雅兄はふらふらと住宅街を抜けて、駅前に向かっているようだ。
夏場はいつも履いてる庭用のボロいサンダルでどこまで行くんだろう。
まさかあんなサンダルのまま電車に乗ったりはしないだろうな。

駅に着くと雅兄は辺りをキョロキョロ見回して、ロータリーにある大きな噴水の縁に腰掛けた。あそこは絶対濡れる。
いくら暑さに弱いからってあれはない。
案の定、噴水を挟んでベンチの影に隠れた俺からは、雅兄の濡れた背中が見えた。

数分後、雅兄が右手を軽く上げた。
駅の改札から小走りに近寄ってくる女(え、うそ。すげー美人)
雅兄は立ち上がってその女ににっこり笑いかけている。
彼女かな?雅兄彼女いたんだ。まぁいてもおかしくねーけど。
…うん、並んでるとこ見ても全然おかしくない。むしろお似合い。

俺は二人の声が聞こえる位置まで移動した。
雅兄の背中の方に、背中を向けて立つ。

「やだ、雅治。そのサンダルどうしたの?」

きっちり化粧してお洒落してほっそいヒールの靴を履いた彼女は、当然雅兄の小汚いサンダルにも気付いた。
そりゃそーだよな、デートに健康サンダルは引くわ。地方のヤンキーじゃあるまいし。
雅兄はカッコイイのに、意外とファッションとかに無頓着なとこがある。
キメる時はめちゃくちゃキメるんだけど、デートでキメねーで一体いつキメてんだろう。

「それがのぅ…聞いてくれ。俺昨夜は一睡もしてないんじゃ」

嘘だ。
昨日は夕方はリビングのソファで寝てたし、夕飯の後は2階の廊下で寝てたし、朝はヨダレの跡つけて朝食を食べていた。
露骨に嘘だ。

「お前さんとのデートが楽しみでの…気付いたら朝になっとった」
「雅治…」
「そんなわけで家を出る前にちょっとウトウトしてもうて…慌てて出たらこの有り様じゃ」

のんびりふらふら寄り道しながら来た癖に何言ってんだ。
俺は笑いを噛み殺す。雅兄も彼女の前だとあんな言い訳するんだ…

「もう、だからってそんなサンダルじゃ歩きづらいでしょ」
「そうじゃのう。でも靴買うほど金も持ってきとらんし…」

彼女は「まったく、」と呟いて、俺が耳を疑うような台詞を口にした。

「しょうがないわね。私が買ってあげるから」

…!?

何でそうなる!一旦家帰れとか安物でいいから買えとか、そう言うとこだろ!?
ていうかデートに金持ってこないって男としてどうなんだ!
もしかしてあの二人付き合ってるわけじゃないのか…?いや、だったら尚更靴を買ってやる発想はないだろう…

「ホンマ?助かるのぅ」

俺の内心の葛藤をよそに、雅兄はゆるい笑顔でその申し出を受けている。

お…俺が間違ってるのか…?
俺が知らないだけで、女ってのは男にあんなにあっさり金を使うもんなのか…?

疑問に答えてくれる者はなく、俺は連れ立って歩き出す二人から一定の距離を取って尾行するしかなかった。



「私、ここの靴が好き」

女が雅兄を連れて来た店は、俺には敷居が高すぎる某ブランド店だった。

…お姉さん!雅兄なんかABCマートでいいよ!
と叫び出したいのを必死で堪える。

「ええのぅ。俺もここ好きじゃ」

にっこり笑って彼女の手を取り、雅兄達は店内へ消えた。
俺はさすがに場違いだし、店に入ったらすぐバレるだろう。
仕方ないからショーウィンドウ越しに店内の様子を窺う。
…何か今の俺、端から見たらトランペットに憧れる少年みたいなんじゃねーの…?

店内では椅子に座った雅兄に、店員が色んな靴を履かせてる。
彼女は棚に並んだ靴をいくつも手当たり次第に雅兄に渡していた。
頬杖をついたまま店員に靴を履かさせては脱がさせるのを繰り返す雅兄、どこの王様…?



しばらくして二人は店から出てきた。
足元は買ったばかりのピカピカの革靴。

俺は電柱に隠れながら目を疑った。
雅兄の手には、とても一足だけとは思えない量の紙袋がぶら下がってたから。

「次、どこ行く?」
「あー、この先の店寄ってええ?この間ええパンツあったんじゃけど、手持ちがなくて買えなかったナリ」
「いいわよ」

会話はようやく少しデートらしくなってきた、ような気がする。

「ていうか雅治、今日も手持ち少ないんでしょ」
「はは、こないだこのシャツ買ったら一気に諭吉が飛んだぜよ〜」
「もう、計画性ないんだから」
「やってこのシャツを着とる俺をお前さんに見て欲しかったんじゃ。…お前さんの目に少しでもかっこよく映りたいから…」
「雅治…」

うっはー、雅兄があんな恥ずかしい台詞言うなんて!こっちが恥ずかしい!愛ってやつは偉大だぜ…
あのシャツ数年前から着てるような気もするけど深くは追求しないぜ!



しばらく歩いて着いた店は、これまた結構値段の張る服屋だった。
そういえば最近、蓮兄がよくここの服を着てる気がする。
雅兄、蓮兄のこと好きだからなぁ…洋服もまねっこしてーのかな?
ちらっと見た店内は意外と所狭しと商品が並んでいる。ここなら入ってもバレねーかな。
俺は常に商品の棚を挟んで二人の動向を窺った。

「あ、このシャツええのぅ」
「いいけど、ちょっとサイズ大きくない?」
「俺着痩せするタイプじゃからこんくらいがちょうどいいぜよ」
「ふうん。じゃ、それ買いましょ」

…!?

ちょ…!お姉さんここの会計もあなたですか!?

「これじゃこれ、このパンツ欲しかったんじゃ」
「似合いそうね」
「さっき買った靴にも合うナリ」
「裾上げは?」
「いらん」

雅兄の手にどんどん積み上がっていく服を、俺は信じられない気持ちで見つめた。

雅兄…これじゃほんとに詐欺師だろぃ…
女に貢がせるほど落ちぶれてるとは思わなかったぜ…
将来絶対結婚詐欺師になる。間違いなくなる。

「あ、ねぇ雅治。あれ雅治に似合いそう」

彼女は壁にディスプレイされている服を指差す。
龍の絵がプリントされた厳ついシャツは確かに凄く雅兄に似合いそうだ。

「…んー…あれはいらん。それよりあっちの方がええ」

彼女の提案をあっさり無視して雅兄が指したのは、綺麗な白い蓮が刺繍された和柄のシャツ。



……………



あ、俺、読めたわ。



俺はまだあれこれと物色を続ける二人を残して店を出た。
もう見てても仕方ない。落ちが分かった以上さっさと帰ろう。

帰り道、手をつけていなかったリュックの中のお菓子を食べながら歩く。
あ、ここのバイキング最近行ってねーな。ジローを誘おう。
あのケーキ屋新しく出来たのかな?小遣いもらったらすぐ来ねーと。

……………

「…何かすげー無駄な一日を過ごした気がする」

独り言はお菓子と一緒に咀嚼して飲み込んだ。






その日の夕飯の頃には、もう雅兄は帰って来ていた。

「蓮兄、この靴なんやけど、履かん?」

夕飯の後リビングで寛いでいる時に雅兄が差し出した靴の箱を見て、俺は自分の予想が正しかったことを知る。

「これは随分高い店の靴だな。しかも新しい」
「俺もダチに貰ったんじゃ。でも俺にはちっとばかし小さくてのぅ」
「そうか。無駄にするのも勿体無いな。有り難く使わせてもらう」

…よく言う。今日買ってもらったばかりの新品の癖に。
蓮兄は雅兄のここまでのデータは取れていないらしい。
知っていたら受け取らないはずだ。

「あとな、着なくなったシャツがあるんじゃけどそれもやるわ」
「…俺に?比呂の方が体格は近いだろう」
「蓮兄の方が似合いそうなんじゃ。ほら、これ」
「なかなかいいシャツだな。お前が着なくなった服をくれるおかげで最近俺の服はこの店のものばっかりだ」
「気に入らん?」
「いや、俺も気に入っている。ありがとう」

蓮兄に優しく微笑まれて、雅兄は上機嫌だ。
蓮兄の手には、一度も袖が通されてないにも関わらず少し皺の寄った、白い蓮の刺繍が施されたシャツ。



蓮兄がいる限り、雅兄は本物の詐欺師にはなれないだろうな。
だって雅兄は自分のために女騙してるわけじゃないから。
今日気付いたばっかりの俺が言うのもなんだけど、蓮兄って結構鈍くね?



つーか女ってバカじゃね?



 


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