今日は俺の息子達の通う学校の体育祭だ。
まったく、こんないつ雨が降るか分からないような蒸し暑い時期に体育祭だなんて馬鹿げてる。
しかも小中高全部一緒に、だ。
幸い?というか何というか…この学校の敷地の広さは相当だ。
グラウンドなんて東京ドームくらいの広さはあるんじゃないだろうか。
そんな広さで自分の子供の応援なんて出来るもんじゃない。だって、見えない。

俺はご存知の方も多いかと思うが職業が医者だ。
基本的に内科医なんだが、今日は親としてではなく医者としてこの場に呼ばれている。
元々よくこの学校の健康診断なんかには駆り出されていた。
うちの病院はこの学校に多大な寄付金を貰っているから、逆らえないのだ。
そんなわけで今日も体育祭という行事柄怪我や体調不良などの子供が増えるだろうということで、駆り出された。

しかし当然俺にやる気なんてものはない。

だって自分の子供の応援を普通に出来ないどころかどこの馬の骨とも分からないガキの面倒を見なきゃいけないんだ。
更に弦一郎とも一緒にいられないし。こんなにつまらないこともない。
幸い(俺にとっては不幸にも)今日は曇りで、降水確率も相当低いらしい。体育祭は決行だ。
朝蓮二が「雨が降る確率…23%」とか言ってたからそれは事実だろう。
蓮二の天気予報は気象予報士レベルだ。
しかし今日ばかりは外れてしまえばいいのに。途中で中止になって欲しい。

そんなわけでやる気のない俺はただただ広いばかりのグラウンドをぶらぶらと歩いていた。

テンションの上がった子供達は体育祭らしい音楽の鳴り響くグラウンドを右往左往している。
ぶつからないように器用に避けながら、俺はとりあえず自分の子供を捜すことにした。
もちろん、怪我人や病人はいないか探している、という名目でだ。



「あー…蒸し暑い…」

この暑いのに白衣を脱げないのは苦痛だ。
片手でひらひらと顔を仰いでみるが大して変わらない。

気付けば初等部のエリアに来ていたようだ。
低い位置で騒ぎ立てる子供達を殴らないように気をつけなければ。
子供はすぐ調子に乗ってはしゃぐからな…
子供は決して嫌いなわけじゃないんだが、時々無性に殴ってしまいたくなる時がある。

初等部…ってことは赤也いるかな?

キョロキョロと辺りを見回すと、よく目立つ金色の髪が視界の下の方を滑るように現れた。

「なぁなぁ、おいしゃさんばぁ?」
「…うん、そうだけど?」

愛想笑いを浮かべながら子供の目線に合わせてしゃがみこむ。
金色の髪の子はなかなか器量のいい男の子だった。

「さっきな、ゆうじろが怪我したんばぁよ。なおしてくれる?」
「怪我人か、いいよ。ゆうじろ君はどこにいるの?」

あっち、と俺の手を引いてその子供は小走りに生徒達の輪の中に入って行く。
一応応急手当の道具は持ち歩いていて良かった。
内科医といえど簡単な怪我くらいは診れるだろう。

「ゆーじろ!おいしゃさんきたばぁよ!」
「こんなん平気あんにー」

ゆうじろ、と呼ばれた子は茶色のふわふわした髪の毛を揺らして振り返った。
その子の周りに何人か人が集まっている。
子供達を避けて怪我してる場所を見れば、転びでもした時に切ったのだろう切り傷から血が出ていた。

「ちょっとしみるかもしれないけど我慢してね」

簡単に傷口を洗って消毒液をぶっかける。
血は結構出ていたが傷自体はさほど深くない。

「〜…っいってぇ〜…!」
「男の子だろう、このくらい我慢しなさい」
「けどいたい!めちゃくちゃしみる!」
「このやろー!ゆーじろ痛がってるさぁ!もっと優しくしろー!」

さっきここに俺を連れてきた金髪の子が俺の背中に蹴りを入れた。

このクソガキ…
白衣に足跡つけんじゃねーよ。

「ふふ…こら、ボウヤ。人を蹴るなんて良くないよ」
「かしまさい!早くゆうじろなおせー!」
「治して欲しいならちょっと黙っててくれるかな」

笑顔で金髪の子を窘めるものの、蒸し暑さも手伝ってイライラはピークだ。

「…何、どうしたの裕次郎」
「あっリョーマ!」

新たにめんどくさいガキの登場か…とうんざりしたが、振り返ればその子には見覚えがあった。

「おや、ボウヤ。久しぶりだね」
「あ、赤也のお父さん…」
「「え!?」」

手当てをされていた茶髪と俺に蹴りを入れた金髪が声を揃える。
どうやらこの子達は二人とも赤也を知っているらしい。

………まぁ、別に意外ではないな。
この無礼さは赤也に通じるものがある。

「あ…赤也の父ちゃんだったんばぁ…?」
「わっさいびん…けっちゃってごめんなさい…」

二人は急に殊勝な態度になって謝ってきた。

この態度で赤也が学校で俺をどんな風に話して聞かせているのか想像がついた。

「リョーマ君、赤也はどうしたの?」
「赤也なら今そこで玉入れやってますよ」

手当てをあらかた終えてグラウンドの方に目をやると、確かに赤也がいた。

うわ…何あの子…玉入れごときで赤目になるなよ…
ひゃーっひゃっひゃとか言ってるよ…
しかもほとんど入ってないよ…これそのうち先生に怒られるんじゃない?

「あっ赤也とうとう敵チームの人めがけて投げ出した…」
「あー…あー…あ、東方せんせが止め出した」
「あにひゃー東方せんせにも当ててるさぁ」
「南先生が走ってきた…あっ、やっぱり…南先生も被害に…」

「……………」

子供達が赤也に目を奪われている隙に俺はその場を逃げ出した。

全く、赤也…この俺に恥をかかせようだなんて後でお仕置き決定だね…



初等部のエリアを黙々と歩いていると、四人の男の子がカメラを構えているところに遭遇した。

「なぁ…若…何でわんもこんなことせんとならんばぁ…?」
「うるさい!今だ、撮れ!教職員100m走でグラウンドを疾走する知念先生を撮れ!撮りまくれ!」
「何で俺まで付き合わされてんだぁ?わっかんねーなぁ…わっかんねぇよ…」
「桃!お前は正面からアップを撮れ!光!お前は後姿だ!」
「………お前マジでキモいわぁ…」

ああ…あの子達の将来が心配だなぁなんて思いつつ歩いているうちに、今度は中等部のエリアに来た。



グラウンドを見てみるとパン食い競争をやっている。
あ、これ…たぶんブン太いるわ…
目を凝らしてみるとブン太はすぐに見つかった。
競技に使う用のパンが入っているらしいダンボールを漁っていたから。
悪目立ちにも程がある。

「ブン太くーん次だよー!頑張ってねぇ〜!」

俺のすぐ横にいた癖のある金髪の少年が眠そうな顔をしながらブン太を応援している。
その声に気付いたらしいブン太がスタート地点に並んだ。

パーンという乾いた音と共に一斉に生徒達が走り出す。
皆なかなかのスピードだ。

「パンが懸かった俺の天才的走り見せてやるぜぃ!」
「はっ!パンごときで激ダサだな!」
「勝つのは俺に決まってるし〜!残念無念まった来週〜!」
「NOスピードNOライフぅぅぅぅぅ!!!」

凄い勢いの4人が目の前に風を起こしながら走って行った。

「……………全員パン取ってないじゃん…」

いつの間にか走りを競うこと自体に夢中になった4人はパンを素通りしてコーナーを曲がって行った。



ブン太のことはもうほっておくことにしてまた歩き出す。

途中、物凄く広々を場所を取って、あまつさえテントまで張っちゃってる保護者がいるなぁ〜と思ったら跡部だった。

何だあれは…王様か?
どこの馬鹿が子供の体育祭のためにイタリア製チェアを持ち込むんだよ…
横では奥さんらしき人がこれまたベタ過ぎるだろうというような扇子で跡部を扇いでいる。
テーブル(そんなものまで用意したのか!)にはフルーツ盛り合わせだ。
跡部家の横数メートルにはどこの家族もいなかった。
そりゃそうだ、このテントの隣に鎮座しようなんてツワモノはそういないだろう。

挨拶するのも面倒だったのでスルーした。



「父さん…仕事に飽きてウロウロしてる確率100%…」
「蓮二!」

いつの間にか高等部のエリアに来ていたらしい。
蓮二は曇りだというのに日傘を差して更に日陰にいた。

「今日は曇ってはいるが紫外線が強い…」

嫌そうに空を見上げる蓮二も、競技に参加せずにこんなところでサボっているらしかった。

「蓮二は何か競技に出ないの?」
「俺は今さっき400m走に出たばかりだ。今は貞治が障害物競走をしているぞ、ほら」
「あ、ほんとだ」

グラウンドでは貞治君が長身を持て余して網に存分に引っかかっているところだった。
眼鏡がずれて何とも間抜けな様だ。

「ぷっ…貞治君ちょっと何アレ…ダサいね」
「ふふ…貞治はああいう要領の悪いところが可愛いんだ」
「……………」

蓮二があまりにも愛しげにグラウンドを見るものだから、俺はとても心打たれた。
心打たれたついでに黒魔術を発動しておいた。

何も言わずにその場を去ると、背後から貞治君の「ぐぁ…っ!」という声とどさりと何かがグラウンドに倒れる音がした。



横目でグラウンドの隅を見ると、緑色のバンダナをしてる男の子が蹲っている。

もしかして具合でも悪いんだろうか?
腐っても医者である俺は一応そっちに近づいた。

「どうしたの?具合でも悪い?」
「最悪や…!」

少年は涙声だった。

「何で…何で女なんかと二人三脚せなあかんねん…!小春…!小春ぅ…!」
「………何か知らないけど、とりあえずご愁傷様…」
「んでもって小春も何や知らんけど別に嫌そうやないねん!どういうこっちゃねん!」

俺の腕にがっしりしがみ付いて泣いているその少年のことを振りほどいて俺はその場から離れた。



「いやぁ、ホンマうちの息子がいつもお世話んなってます〜」
「キャーッ白石蔵之介よー!」
「あ、どうもどうも…お母さんホンマお母さんですか?綺麗やわぁ〜、ん〜ッ絶頂〜!」
「きゃああぁぁぁ!」

黄色い歓声に包まれて中心に白石蔵之介がいた。
ほんとにあの台詞言うんだ…ちょっと引いちゃうな。



結局時間をかけてグラウンドを一周して、初等部に戻ってきたらやけにデカイ男がグラウンドに侵入しているのが見えた。

「金ちゃん!金ちゃんむぞらしか!金ちゃんがこの体育祭のMVPばい!ナンバーワンかつオンリーワンったい!」

ビデオを片手にグラウンドでお遊戯を踊る子供の至近距離で騒ぎ立てている男を先生方が取り押さえている。



「…何か…こんなことやってるの馬鹿らしくなってきちゃったな…」



一周グラウンドを回っただけで出会った癖の強すぎる人々を思い浮かべて、俺はすっかり疲れ果てて溜め息をついた。

「あー、雨降らないかなぁ」

俺が空を見上げて少し大きめの声で呟いた途端、空から大粒の雨が降り始めて、結果体育祭は途中で中止になった。



 

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