今日は俺の誕生日だっていうのに!



貞治は昨日うちに泊まりに来てからずっと父さんの部屋に篭りっきりで、全く俺に構ってくれない。
一体いつの間に仲良くなったんだ、あの二人…
少し前の俺なら貞治がうちに泊まりに来るなんて絶対に許さなかったところなんだが…
なにぶん今日の泊まりは貞治からの懇願と、父さんからの命令だったので仕方ない。
いくら俺でも恋人には甘いし、父親は怖いのだ。



手元には昨日貞治がうちに来たら渡そうと思っていたプレゼント。
これを渡す暇もなくアイツは父さんの部屋に篭りやがった。

日付が変わってしまって、もう俺の誕生日だっていうのに…

知らず知らずに何度も漏れる溜め息は、一人の部屋の中では宙ぶらりんになるばかりだ。

もうこんな時間だ、朝の早い母さんは元より他の人間も眠りについているだろう。
父さんと…貞治はどうだか知らないけど。
貞治はまさか父さんの部屋に泊まるつもりなんじゃないだろうな?

俺の部屋の隅には貞治の持ってきた着替えやら何やらがあるんだから、どっちにしろ戻っては来ると思うが…



「…この幸村蓮二を一人ぼっちにするなんて、万死に値するぞ、貞治…」



貞治の荷物を見つめながらまた溜め息をつく。
貞治が戻ってくるかもしれないと思うと先に寝るのも憚られる。

仕方ないから本棚から何度も読んだ小説を取り出してページを捲った。
暗礁出来そうなくらい読み込んだ本はさして面白いわけもなく。
ベッドに凭れながら文字を目で追ってるうちに、瞼が重くなってきた…



……………



………



部屋の中でがさがさと音がして、俺はふと目を開けた。

気付かないうちに床に座り込んだまま眠ってしまっていたようだ。
背中や腰が不自然な体制でいたせいで痛みを訴えている。

腰を摩りながら部屋を見渡すと、風呂に入ってきたらしい貞治が既に寝間着代わりのジャージに着替えていた。

「……………」
「蓮二。ごめんな、遅くなって」
「……………」

貞治は俺の隣にぴったり寄り添って座った。

随分久しぶりに感じる貞治のぬくもりを感じたら、ふと気が緩んでしまった。
そのまま俺は貞治の肩に頭を乗せて甘えるように擦り寄っていた。

「蓮二?」
「貞治の馬鹿野郎…」

顔を肩に擦り付けていたから貞治の顔は見えない。
でもくすくす笑う吐息が髪や肩にかかった。何だか恥ずかしい。

「ごめんね、蓮二。寂しかったかい?」
「ばかやろう…」
「そろそろ馬鹿野郎以外の台詞も聞かせてくれよ」

うるさい、馬鹿野郎。
馬鹿野郎以外の何者でもないじゃないか。



「…お前の誕生日…終わってしまった…」
「…ああ、そういえばそうだな」
「父さんと一体何をしてたんだ、この馬鹿野郎」
「それはいくら蓮二でも秘密だ。聞きたかったらお義父さんに聞いてくれ」
「…お前にお義父さんなんて呼ばれる筋合いはないと言われる確率100%…」
「さすがだな蓮二!言われたよ」

俺がこんなに不機嫌だというのに、何が楽しいんだか貞治はご機嫌だ。
くすくす笑いながら俺の髪を撫でて、体の向きを変えて抱きしめてきた。

身長は大差ないが、貞治の体の方が大きい。
筋肉の差だろうか。
俺は昔から筋肉が表立って見えにくい体型らしいのに対して、貞治は見るからにしっかり筋肉がついている。
そのせいで抱きしめられるとすっかり俺はその胸に包まれてしまう。

「蓮二?機嫌が悪いね」
「当たり前だ…」

貞治の誕生日も、俺の誕生日も一緒に祝えるなんて、って俺は今日を密かに楽しみにしてたんだぞ。

それなのに蓋を開けてみれば貞治は父さんの部屋に篭りっきり。
こんなの機嫌良く過ごせという方が無理だ。

「…ごめん、蓮二…」

何度目かも分からないくらいの謝罪の言葉も、そんなものちっとも嬉しくない。



「蓮二。許して…蓮二に嫌われたら俺は生きていけないよ」



そう思うなら、何で一人にしたりするんだ。

同じ家にいるのにこんなに孤独を感じたことはなかったぞ。



「馬鹿野郎…」



俺はやっと貞治の背中に腕を回した。

「…参ったな」
「…?」
「こんなに蓮二が可愛いと我慢できなくなってしまう」
「…いや、さすがに今日は…」
「分かってる、変なことはしないよ」

この間見つけた盗聴器はジャッカルの小屋につけたものの、他のどこに盗聴器が仕掛けられているか分かったもんじゃない。
そんな部屋で行為に及ぶのは嫌だ。家族に聞かせて楽しいものではない。
俺の言外の言葉を汲み取ってくれたのか、貞治は少し体を離して俺の頭を撫でてくれた。



「そうだ蓮二。誕生日プレゼント、用意したよ」
「あ、俺も…だが、誕生日は過ぎてしまった」

拗ねたように口を尖らせてしまう。
貞治は俺の唇をきゅっと軽く摘んでから笑った。

「いつまでも引きずるなよ。誕生日は来年もあるだろう?」
「…そうだな…」

貞治がバッグの中から何かの包みを取り出した。
その時にバッグから数枚の紙が散らばったが、貞治は気にする様子がない。
こんな風に無頓着なところが貞治にはある。
だからあんなに部屋が汚いんだな。あの部屋は豚小屋だ。
しかしここは俺の部屋だから散らかさないで欲しいんだが…

まぁそれは後回しにして大人しく貞治が戻ってくるのを待つ。

「はい、蓮二。誕生日おめでとう。生まれてきてくれてありがとう」
「…うん…ありがとう。貞治も、おめでとう…」

お互いにプレゼントを交換する。

誕生日が一日違いの俺達は、出会ってからずっとこうしてプレゼント交換をしている。
きっとこれからも続けるんだろう。
まだ見えない未来にも貞治がいることを俺を疑っていない。

その確信が俺のさっきまでの不機嫌を吹き飛ばして笑顔にした。

「なぁ、蓮二。お前は俺が生まれてきて嬉しいか?」
「………当たり前だろう」
「俺もだよ。蓮二がいない生活なんて考えられそうにない」
「貞治…」

貞治が、ぎゅっと俺の手を握る。



「蓮二…高校を卒業したら一緒に暮らさないか」



思いもしていなかった言葉に柄にもなく驚いて、思わず目が開いた。

「嫌ならいいんだ」

貞治はその俺の顔を見てすっと目を逸らした。

「ち、違う…ちょっと驚いたんだ」
「あ、ああ…そうなのか…蓮二が目を開ける時は大抵怒ってる時だから…」
「すまない、嫌なわけ、じゃないんだ…」

今度はしっかり目を見つめられる。
分厚い眼鏡の奥にある目は、実はいつでも情熱的だ。
そんな貞治を知ってるのは俺だけでいい、これからも。

「じゃあ、一緒に暮らしてくれるか…?」
「………うん」

小さく頷いたら抱きしめられた。

「蓮二。蓮二…大好きだ」
「貞治…俺も、好きだ…たぶんお前が思ってるよりずっと、お前が好きだ…」
「蓮二…」

貞治の唇が近づいてくる。

あんまり我が家でこういうことに及びたくないんだが…仕方ない。
これくらいならいいだろう…俺は大人しく目を瞑った。



が、その時細く開けていた窓から風が吹き込んだ。

貞治のバッグの近くで散らばっていた紙が風に煽られて部屋中に散らばる。

「ぶッ!」

その中の一枚が俺の顔に当たった。

「だっ大丈夫か蓮二!」
「あ、ああ…何だ、急に風が…」

顔に張り付いた紙をひら、と離す。



俺は手の中の紙を見て固まった。

「……………」
「蓮二?どうし…あぁぁああッ!」

貞治は慌てて俺の手からその紙をひったくる。



「…貞治…これは、どういうことだ…?」

今度こそ俺は怒りを込めて目を開けた。

「すみません目を閉じてください」
「納得のいく説明をしろ」
「すみません、説明しますから目を閉じてください」

俺はとりあえず目を閉じて目を逸らす貞治の顎を掴んで俺の方を向かせた。

「ち、違うんだ…これはお義父さんが描いた亀甲縛り吊るし上げバイブ挿入乳首ピアス蓮二猿轡つき…」
「何で父さんとお前がそんな絵を描いてるのかと言ってるんだ!」
「いや!俺は書いてない…俺はル○ー文庫でJU○Eで…違うんだ100Pエロが…極太ソーセージの…」
「何を言ってるのかさっぱり分からんっ!死ねっこの馬鹿野郎!!!!!」



その後深夜に大騒ぎしたせいで家族が全員俺の部屋に集まってきてしまった。

「えぇ〜…貞治君、蓮二にこんなことしたいとか妄想してるの…?うわっ、これは引くなぁ…」
「ええぇ!?それお義父さんが描いたんでしょう!?」
「何言ってるの、こんな酷い絵俺が描くわけないだろう?全く、人のせいにするなんて男らしくないなぁ…」
「ちょっなっ、お義父さ…!」
「きぇぇぇえええええい!うちの蓮二にこのようなふしだらな…!手塚ァ!貴様今後二度と我が家の敷居を跨ぐことはまかりならん!」



父さんと母さんの喝で貞治は深夜に外に放り出された。

少し可哀想な気もするが…いや、これは当然の報いだ!
妄想とは言えあんな風に陵辱されて気分のいいわけがない!
一人きりで俺を放っておいたり、あんな絵を持ち歩いてたり…今日の貞治の所業は目に余る。

「蓮二、これから貞治君に変なことされたらすぐに俺に言うんだよ」
「ああ、ありがとう」

父さんにお礼を言って、家族はそれぞれの部屋に戻って行った。



「全く…ん?」

ベッドの上には貞治がくれたプレゼント。

俺は開けてみることにした。

「これは…なかなか…」

中身はシンプルなデザインの太めのネックレスとシンプルな指輪だった。

そうか…こんな結婚指輪みたいな華奢な指輪を俺がしてたら違和感があるからネックレスに通せということか。
そういえばと思い返すと貞治の首にもこれと同じような見慣れないネックレスがあった。



『一緒に暮らさないか』



俺は笑った。

あれは貞治なりのプロポーズだったんだな。
少し鈍い俺は、先にこのプレゼントを開けておくべきだったかもしれない。
そうすればこんな夜中に放り出されるまでのことにはならなかったかもしれないのに。
まぁタイミングが悪いのは貞治の昔からの習性だ。仕方あるまい。

俺は笑いながら指輪を指にはめてみた。ぴったりだ。

これは明日、貞治の手から改めて直接はめてもらわないとな。



「貞治の馬鹿野郎」



 

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