「…あー…そろそろ何かネタ欲しいのぅ」
夜、夕飯もお風呂も終えて部屋でまったりしていたら、雅治君がそんなことを言い出しました。
「ネタ、といいますと?」
「最近あんまり悪さしてないぜよー」
どの口が言うんだか…
私は少々呆れて雅治君を見ました。
「先日もお母さんの誕生日に皆さんを翻弄したばっかりでしょう」
「あんなモンで俺が満足するとでも?」
雅治君はベッドに寝そべったまま私を見てニヤリと人の悪い笑みを浮かべます。
まったく、私と双子だというのに彼の素行は本当に私と正反対です。
こんなことでは彼の将来が不安ですが、いつも結局彼の言う通りにしてしまうのは何故なんでしょう…
「お前さんもそろそろマンネリ化した毎日に刺激が欲しいじゃろ?」
「何を…私と雅治君を一緒にしないでください」
「なーに言っとるん。お前さんは基本的に俺と同類じゃ」
ふざけた物言いに少しムッとしました。
勿論私は紳士なので口に出したりはしませんけど、睨むくらいは許されるでしょう。
「そう睨みなさんな。そうじゃのう…」
雅治君はベッドから起き上がって天井付近を見上げます。
これは彼が何か企んでいる時の癖です。
コレをやったら注意しろ、と幼い頃から蓮二兄さんに固く言われています。
「…親父さん達の寝室にでも行くかの」
「お二人に何か用事でも?」
「あるわけないじゃろ…何か面白い話でも聞けるかと思ってのぅ」
「…盗み聞きするつもりですか?」
「おう」
「そんなことしてもお父さんにはすぐにバレますよ。怖い思いするだけで利益はありません」
雅治君はニヤ、と笑って立ち上がります。
そしてご自分の机の引き出しから怪しげな機械を取り出しました。
「…それは何です?」
「盗聴器じゃ」
「と…っ、」
「親父さんのおらんうちに寝室にセッティングしとったんじゃ…えーと…」
機械を器用に繋ぎながら、雅治君はわたしにヘッドフォンを渡しました。
「これで聞こえるぜよ。それお前さんの分のヘッドフォンな」
机の中からもうひとつヘッドフォンを取り出して、雅治君はそれを装着しました。
私といえば空いた口が塞がりません。
ヘッドフォンを雅治君の手に返します。
「そういうことがやりたいのでしたらお一人でどうぞ。私はまだ殺されたくないんでね」
「つまらん男じゃの。ま、ええけど…参謀に余計なこと言うんじゃなかよ」
雅治君はそう言って私に背を向けて機械と向き合います。
私は雅治君を残し、とりあえず部屋を出ることにしました。
「…比呂士、何を隠している」
自分の部屋を出た私は蓮二兄さんの部屋に来ました。
蓮二兄さんの部屋には赤也君とブン太君が既に寛いでいました。
部屋の扉が開かれた瞬間に上のような言葉をかけられて、私は内心どきりとしました。
何故蓮二兄さんには一目で分かってしまうのでしょう。
「お前は隠し事がある時眼鏡をしない」
「……………部屋に忘れてきました」
「その間は何だ」
とりあえず部屋には招きいれてもらえたので、お邪魔することにします。
相変わらず綺麗に整頓された部屋は、眼鏡をしてないせいでぼやけて見えました。
「うわっ、比呂兄が眼鏡してねぇ…」
「久しぶりに見たッス…いつ見ても意外と凶悪な顔してますね…」
「雅治の変装が出来るくらいだからな」
失礼極まりない兄弟達の言葉に何も言わない私は何と心が広いのでしょう。
確かに私は眼鏡を取ると雅治君に意外と似ているらしく、目つきもさほどいいとは言えません。
だからこそ眼鏡は私の本来の姿を隠すのにとても相応しい大事なアイテムなのです。
蓮二兄さんの部屋に眼鏡をせずに行ってしまったのは失敗でした。
お風呂上りだったこともあって外していた眼鏡を忘れるとは、よほど私の意識が雅治君の盗聴に傾けられていたからでしょう。
「で、その雅兄はどうしたんだよぃ」
「見たところ外出した様子もないが」
私は少し悩みました。
例え雅治君が人道外れた犯罪と言っても過言ではない盗聴をしているとはいえ、
それを言ってしまうことは私を信用して盗聴器のことを話してくれた雅治君に悪い気がしたのです。
「また何かわるいことしてんッスか?」
……………
ああ、神様。
私は弱い人間です。
自分の心の中だけに留めておくことは出来そうにありません。
私は素直に皆さんに盗聴器の存在を話すことにしました。
「…なるほど。その可能性もないわけではなかった。この部屋も恐らく盗聴器があるな」
「えぇッ!」
「ブン太と赤也の部屋はないだろう。隠すべきことなんて何もないだろうからな」
「何かそれはそれで釈然としないのは何故だろうな…」
盗聴器の話をした際の蓮二兄さんの落ち着きようは想像を超えていました。
まさかこんなにあっさり受け入れられるとは思いもしなかったのです。
しかしそこはさすが蓮二兄さんだと思いました。
私の蓮二兄さんは本当に頭が良くて冷静です。
蓮二兄さんはコンセントをいきなり分解しはじめました。
「蓮二兄さん何してるんッスか?」
「大体盗聴器といえばここにセットするのが定番だろう。俺の部屋に電話はないし」
「あと時計の裏とかテレビでやってんの見たぜぃ」
ブン太君が壁にかけられた時計と目覚まし時計の裏を見ています。
「…あ、あった。これだな」
「さすがですね、蓮二兄さん」
結局コンセントの中から発見された盗聴器を、蓮二兄さんは窓から投げ捨てました。
こつん、と小さい音がします。恐らくジャッカル君の小屋にぶつかったのでしょう。
「明日から蓮兄の部屋を盗聴しようとした雅兄はジャッカルの寝息を聞くわけか…」
ブン太君はちょっと楽しそうに笑いました。
雅治君のそんな姿を想像すると確かに笑いがこみ上げます。
「さて、行くぞ」
「えっ…行くってどこへ?」
「雅治の盗聴に付き合おうじゃないか」
部屋に戻ると、床に5人分のヘッドフォンが散らばっていました。
先ほどは二つしかなかったのに。
「おう、いらっしゃい。ヘッドフォン全員分用意しといたぜよ」
「ああ、ありがとう」
蓮二兄さんは何ということもなくヘッドフォンを装着しています。
「…どういうことですか?」
私が恐る恐る聞くと、蓮二兄さんと雅治君は平然と答えました。
「まぁ比呂士がここ出て行く部屋なんて蓮兄のとこだろうなんて想像つくぜよ」
「そこを見計らって盗聴器で俺の部屋を盗聴したのだろう」
「さすが参謀じゃ。比呂士が言わんわけないと思っちょったが予想通り過ぎて逆に怖いぜよ」
つまり、私は全員を呼んでくる役目を仰せつかったようなものだったのですね?
都合よく使われて、今度こそ腹が立ったので雅治君をきつく睨みます。
そんな私の顔を見て赤也君とブン太君が震え上がりました。
「そう怒りなさんな、比呂士。お前さんのおかげで皆で仲良く共犯じゃ」
「まず盗聴しようというその姿勢を何とかしてください」
「盗聴はもう決定事項じゃ。諦めて楽しんだ方がお得ぜよ」
蓮二兄さんに手招きされて、隣に座らされました。
「まぁ今日のところは勘弁してやろう。俺も父さん達の寝室の会話は気になる」
蓮二兄さんにそういわれてしまえば私は反対する理由はありません。
私は蓮二兄さんのことは心底尊敬していますが、彼のたまに見せる子供っぽいまでの好奇心には溜め息が漏れます。
私は床に落ちたヘッドフォンをひとつ装着しました。
赤也君とブン太君もしっかり装着しています。
もう皆さん、聞く気満々なようです。
この家の子供達に道徳心というものはないのでしょうか。
小さなツマミを動かして、雅治君はお父さん達の寝室の声が聞こえるように合わせたようです。
一体この家にいくつの盗聴器が仕掛けられているのかなんて怖くて聞けません。
「…お、これじゃ。聞こえる聞こえる」
皆揃って小さな機械を丸く囲んで耳をそばだてます。
『…にしてあげるのもいいんじゃない?』
「おッ本当に聞こえるぜぃ!」
「ブン兄うるさいッス!聞こえないじゃないスか!」
『それはつまり…そういうこと、なのか…?』
『ん〜?そういうことってどういうこと?何考えたの?弦一郎』
話している内容は読めませんが、確かに二人の声です。
意外なほどクリアに聞こえる音声に少し驚きました。
『俺は単純に子作りしようかって誘ってるだけだよ♪』
『せッ…精市…そんな露骨な物言いはするな…』
「本気にしたのか、二人共…」
「兄弟なんかいらないッス…」
『だって最近ご無沙汰じゃん?俺もぶっちゃけ溜まってるっていうか…』
『それは…精市が仕事で忙しいから…』
『それはそうだけど!弦一郎は寂しくなかったの?』
『そんなのは当たり前だろう!俺だって、一人で…』
『えっ!何なに?一人で何してたの、弦一郎?』
ここは聞いちゃいけないところな気がしたので、赤也君のヘッドフォンを取りました。
「あーッ!何するんスか比呂兄!」
「子供は聞いちゃいけません」
このやり取りで私と赤也君は聞き損ねてしまいましたが、何を言ったのか想像はつきます。
何しろ聞いていた雅治君、蓮二兄さん、ブン太君の表情が一律苦虫を噛み潰したようなものになっていたからです。
「…聞きたくなかったぜぃ…」
「何!?何言ったんすか!?蓮二兄さん教えて!」
「赤也、うるさいよ。黙りんしゃい」
黙らされた赤也君の耳にもう一度ヘッドフォンをつけてあげます。
そうするとやっと大人しくなりました。
『こ…こんなこと言わせるな…』
『どうして?弦一郎の言葉で知りたいんだよ、俺は』
『そんな…言葉にしなくても俺の愛はしっかりお前に伝わっているだろう?』
『ふふ、分からないなぁ…ちゃんと言葉にしてもらわないと』
『………せ、精市…愛してる、ぞ…』
「「うわぁ…」」
赤也君とブン太君が同時に何とも言えない声を出しました。
実は私も本心ではそう思っていたのですが、こうして夫婦が愛を語らうこと自体は否定はしません。
実際、自分の親でさえなければこれは素敵な場面ではありませんか。
「何とも言えんのぉ…」
「砂を吐きそうなくらい甘いな」
蓮二兄さんと雅治君は顔を見合わせて皮肉な笑いを浮かべています。
『弦一郎ッ!俺も愛してるよ!どれくらい俺のこと愛してる?』
『…この世界中のどんな愛の言葉をもってしても現しきれない程だ』
「「「「「…うわぁ…」」」」」
今度こそ全員の声が揃いました。
しかし私と他の4人の「うわぁ」はどうやらニュアンスが違うようです。
「き…きも…ていうかすげーな母さん」
「そんなに好きだったとは予想外だ。データを更新しておこう…」
「何じゃ、語彙力が足りんのぅお袋さんは。『精市のことを思って××××して×××を××××××』くらい言えばよかのに」
「蓮二兄さん、××××って何スか?」
「皆さん何故そう否定的なんです?素晴らしい愛の言葉じゃないですか!」
私がそう言うと、一瞬間が合って全員が私を冷めた目で見つめてきます。
そんな目で見られる謂れはないというのに、心外です。
皆さんにはこのロマンティックな台詞のよさが分からないのでしょうか?
「…ああ…比呂士は、な…」
「比呂士だし、な…」
「比呂兄らしいぜぃ」
「蓮二兄さん、××××って何スか?」
その時、私達の囲む機械がぎぎ、と不自然な音を立てました。
「?雅治、何の音だ」
「なんじゃろ…」
『お前達』
私達は一気に凍りつきました。
機械から届いたお父さんの声は、さっきのお母さんに向ける優しげな声をは打って変わっていたからです。
これは明らかにここにいる私達に向けられた声に違いありません。
しかし、何故?お父さんは盗聴器の存在など知るはずもないのに。
『今日聞かせてあげたのはサービスだよ。次やったら…わかってるね?』
囁くような声でありながら、その声は私達5人を震え上がらせるのには充分でした。
笑いを含んだようなその声がますます薄気味悪さを増しています。
『まぁ弦一郎の可愛い愛の言葉が聞けたから、今日はこれで勘弁してあげる』
『精市?何を小声で話しているのだ?』
『ああ、何でもないよ弦いちろバキッバキボキボキッ…ピー…ガガガガガガガガガガ…
恐らく壊されたのであろう盗聴器から音が聞こえなくなると、蓮二兄さんがその場から飛びのきました。
赤也君を慌てて引っ張って部屋の隅に行きます。
「れ、蓮二兄さん…?」
何があったのかと全員で蓮二兄さんを見た途端、囲んでいた機械が派手な音を立てて爆発しました。
「「「「!!!!!」」」」
吹っ飛んできた破片は私達の顔や腕を傷つけました。
「今日はこれで勘弁してあげる」とはこういうことだったのか…
私達は傷ついた手や頬を撫でながらがっくりと肩を落としました。
唯一逃げおおせた蓮二兄さんは赤也君の無事を確かめて、部屋に戻っていきました。
「………雅治君…」
「すまん………」
非常に珍しい雅治君の謝罪を聞いて、私達は自分達の犯した罪の重さを知りました。
普通に考えて盗聴器が壊れたからと言ってこちらの本体が爆発するなど有り得ません。
これもきっとお父さんの並々ならぬ能力のひとつなのでしょう。
「遠隔操作ってやつか…」
ブン太君が呟いて何も言わず部屋を出ていきました。
「もう盗聴器なんて仕掛けてはいけませんよ」
「うん…」
きっと懲りない雅治君はまた似たようなことをするに違いありません。
でも今度からは絶対に雅治君の誘いには乗らない、と決意を固くしたのでした。
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