最近母さんの具合が悪そうだ。

うちの母さんが具合を悪くするなんて、俺は生まれてこの方見たことがなかった。

「違うぞ、ブン太。一度お前が幼稚園の年少組の頃に風邪を引いたことがある」
「そんなん俺覚えてねーもんよ」

ぷーっとガムを膨らませて言い返す俺の頭を蓮兄はぽんぽんと叩いた。

「お前は何だかんだ言って心配性だな」
「…母さんが元気ねーなんて気持ち悪いだけだぜぃ…」

いつもは朝は5時には起きて庭で木刀の素振りをして、
朝っぱらから肉焼いて(他の兄弟には不評だが俺は嬉しい)
赤也を怒ったりしながら家の仕事をこなす母さん。

他人にも厳しいけど何より自分に厳しくて、ちょっと具合が悪いくらいじゃ顔に出ない人なのに、
最近はいつも顔色を悪くして、動くのさえダルそうだ。朝の日課の素振りすらしてないみたいだし。



「…ふむ。まあ確かに俺も少し気になってはいたがな」
「だろぃ?聞いても何でもないの一点張りだしよ」

そんな母さんの様子が気になって仕方なくなった俺は蓮兄の部屋に相談に来たわけだ。
蓮兄はさすがにそんな母さんの様子に気付いてはいたみたいだけど…

「でもあの人が何も言わないんだ、俺達が聞いたくらいじゃ教えてくれるわけもないだろう」

そうなんだよな…

あの人が自分から言わないってことは、言う必要がないって思ってるからってことだ。
こっちがいくら聞いたって、そうなった母さんの口を割ることは出来ないだろう。



その時部屋の扉がノックされて、音と同時に雅兄が入って来た。

「参謀ー、いる?」
「…ノックと同時にドアを開けるな」

蓮兄が咎めるが、雅兄はそんなこと気にもせずに俺の隣に座った。

「ブン太が蓮兄の部屋にいるなんて珍しいこともあるもんじゃ」
「ちょっと相談があったんだよぃ」
「そういう雅治も珍しいじゃないか。どうかしたのか?」
「いや、もうすぐおふくろさんの誕生日じゃろ?プレゼントどうするのかと思ってのぅ」
「「……………」」



…………… 忘 れ て た ! ! ! ! !



蓮兄の方を見ると、俺を見て呆れたように溜め息をついている。

「忘れていたな?ブン太」
「…〜、やっべー…」
「あーあ…おふくろさんへのプレゼント忘れるなんて…親父さんに知れたら殺されかけんのぅ…」

俺の脳裏に、笑顔のまま鉄拳を繰り出す父さんが過ぎる。
これは去年の赤也への制裁だ。今年はこれが俺に来る…!?

「やっべぇぇぇ!どうしよ!蓮兄どうしよ!!!」
「何じゃブン太。プレゼントの相談に来たんじゃないんか」

雅兄は俺が蓮兄に誕生日プレゼントの相談に来たものと思っていたらしい。
「?」と頭に浮かべて蓮兄の方を見る。
蓮兄は少し肩を竦めただけだった。

「どーしよ…昨日新発売のお菓子買っちゃって小遣いほとんど残ってねーよ…」
「計画的に使わないからだ」

困り果てて頭を抱えていると、またぽんぽんと蓮兄に頭をたたかれる。

「お前は得意のケーキでも作ればいいだろう。母さんはあんまり甘いものを好まないから、甘さを控えてな」
「俺も甘いもんは好かん。むしろ甘くないケーキ作ってくんしゃい」
「甘くないケーキはケーキじゃねぇだろ!…でもケーキか…それで父さん許してくれるかな?」
「「どうだろうなぁ…」」
「不安にさせること言うんじゃねー!!!」

でもとりあえず、ケーキなら作れる。
俺からの贈り物は何もなし、という事態だけは免れるわけだ。
俺は早速頭の中で母さんでも食べれるようなケーキをいくつか考え始めていた。



「…しかし誕生日の相談じゃないんなら何で蓮兄の部屋におったんじゃ?」

雅兄の言葉に、今日ここに来た本来の相談を思い出す。
せっかくだからここで雅兄に相談してみるのもいいかもしれない。

「雅兄、気付いてたか?母さんが最近具合悪そうなの…」
「ああ、そうじゃの。さっきもリビングから凄い勢いでトイレに駆け込んで行ったぜよ。ありゃ吐いとるな」
「……………」

やっぱり具合が悪いんだ。

もしや誕生日どころじゃないんじゃないか、と思うと一気にテンションが下がる。

「…ありゃおめでたかもしれんのぅ」
「雅治もそう思うか」

「!?」

俺は勢いよく顔を上げた。

「おめでた!?はぁ!?」
「…ブン太、本当に全く気付いてなかったのか?」
「蓮兄、ブンちゃんはお子様じゃき分からんくても仕方ないぜよ」

ついさっき下がったテンションは一気に上がり、わけもわからず頭がごちゃごちゃした。
プチパニック状態に陥った俺に、蓮兄がまぁ落ち着けと言いながらお茶を出してくれた。
俺は一気にそれを飲み下す。熱くて舌を火傷したけどそれどころじゃない。

「そ…それマジで言ってんのかよぃ…?」
「最近実家から壷で梅干を貰ってきていたな」
「妊娠するとすっぱいモンが食いたくなるって言うのぅ」
「そ…それじゃあ本当に…?」

そんなこと急に言われてもリアクションに困る。

「親父さんも頑張るのぅ…6人目か…」
「正直気持ち悪いな」

ズバッと言い切る蓮兄。確かに否定できない。

「それなら何で俺達に何にも言わねーんだよぃ!?」
「さすがに恥ずかしいんじゃなか?」
「病院に行ってる様子もないしな。母さんはあの通り鈍いからまだ気付いてないのかもしれない」

蓮兄は机の引き出しからノートを出して、パラパラとめくった。

「前回のセックスに種付けされたとして、今2ヶ月半くらいだな。まだ気付かなくてもおかしくない」
「つーか何そのノート…そのノートが気持ち悪いぜぃ…」
「怖いのぅ、うちの参謀は…そんなデータまで取ってるとは思わなかったぜよ」



ぱたん、とノートを閉じて蓮兄は俺達を見た。

「しかしこれで誕生日のプレゼントは決まったな」

「そっか」
「そうじゃな…」

「これから兄弟全員でベビー用品を買いに行くぞ」

俺達は早速立ち上がった。



道すがら、蓮兄が比呂兄と赤也にも経緯を説明した。
(ちなみにジャッカルも散歩ついでに一緒に連れて出てきた)
話を聞いた比呂兄と赤也はちょっと嫌そうな顔をした。

「16歳下のきょうだいですか…結構キツイですね…」
「俺がいちばん下じゃなくなるなんて嫌ッス」

「比呂士、そんなこと言うもんじゃなか。紳士じゃろ、素直に祝ってやりんしゃい」
「赤也、自分より下の人間が出来るというのはいいものだぞ」

雅兄と蓮兄がそれぞれを宥めて、二人は納得したようだ。
いつもなら真っ先にからかうはずの雅兄がやけに良心的なのが不気味だけど。

「俺はすっぱいケーキ作ったらいいのか?」
「そうだな。出来るか?」
「まぁベリー系いっぱい使えばどうにか…甘酸っぱいくらいには出来るぜぃ」

ケーキの計画も立てながら店に着く頃には、俺達は全員祝福モードだった。



「これなんかいいんじゃないでしょうか」
「げっ…比呂兄、センス悪すぎッスよ…」
「比呂士、まだ性別も分からないんだから女の子の服ばかり見るのはやめろ」
「あ、たまごボーロだ。懐かしい、買おうぜぃ」
「ブンちゃんのおやつ買いに来たんじゃなかよ」

(ジャッカルは店の前に繋いでおいた)

正直男が5人揃ってベビー用品を見繕ってる様は周りから見たら異様な光景だろう。
赤也がいなければ何ために来た集団だかよく分からないはずだ。
現に通り過ぎる若い母親達が好奇の目を投げかけてきているのが俺にもわかった。

「こういうところは幸せそうな人がたくさんいてテンションが上がりますね!」

比呂兄だけが何故か楽しそうだ。

「俺は幸せそうな奴らを見ると具合が悪くなるのぅ…」

雅兄はさっきまでの良心的な態度はどこへやら、本当に顔色を悪くしてヤンキー座りしている。
人の幸せそうなオーラに当てられて体調を崩すなんて、お前悪魔か。

「今日はいいポエムが書けそうです!そうだ!いい詩が書けたら母さんにプレゼントしましょう」
「やめんしゃい。親父さんに呪われるぞ」

さっきまで傍にいた赤也がいつの間にかいない。
慌てて周りを見渡すと、おもちゃ売り場にその姿を見つけた。
赤ん坊の持つガラガラをひたすらに鳴らしている。

「何だ、赤也。それが欲しいのか?」
「ちっ…違うッスよ!綺麗な音するなーって思ってただけッス!」

赤也は慌ててガラガラを元に戻すとこっちに戻ってきた。

結局プレゼントは赤ちゃんの服と、赤也が遊んでいたガラガラにした。
買い物を終える頃には店に来てから2時間以上経っていて、雅兄はもう少しで死ぬというところまで衰弱していた。



「ジャッカル、お待たせー」
「おれかよ!」

随分待たせてしまったから、ジャッカルは俺の姿を見て嬉しそうに尻尾を振って擦り寄ってきた。
その頭をなでながら、俺は生まれてくる赤ちゃんの姿を想像して嬉しくてつい笑っていた。






そして誕生日当日…

平日だったから俺達は普通に学校へ行った。
朝久しぶりに夜勤を終えて休みになった父さんに心配されて、母さんはやっと病院に行くことにしたらしい。
ということは凄いタイミングで俺達はプレゼントを渡せるんだな。
どんな顔するかと思うと楽しみだ。

プレゼントは蓮兄が母さんにバレないようにちゃんと隠してくれている。
俺は今日出来るだけ早く帰ってケーキを作るだけだ。
今日の夜誕生日パーティするってことは母さんも分かってるから、ケーキ作りを見られても別に問題ない。

誕生日パーティのことばっかり考えて、その日俺はいつもより食欲がなかった。
昼飯も母さんの作った弁当と購買のパンとジローにもらったポッキー一箱だけしか食べてない。
(ポッキーは、俺があまりに食べてないからジローが心配してくれたのだ)

帰り道は走って帰った。



「あれっ?俺が一番最後かよぃ」
「ブン兄遅いッスよ!」
「ケーキ作りのお手伝いをさせてください」

家には既に兄弟全員戻ってきていて、皆でケーキを作ることになった。

「母さんは?」
「まだ病院から戻ってきてないぜよ」
「父さんは?」
「どうやら母さんと一緒に病院に行ったらしいな。大方父さんの病院だろう」

ケーキ作りには、正直誰も戦力にならなかった。

赤也はつまみ食いするし、雅兄はとうがらしやら怪しい調味料やら入れようとするし、
比呂兄は「ハート型にしましょう」とか気持ち悪い口ばっか出してくるし、蓮兄は生クリームを泡立てるのに洗剤を入れた。

普段器用な蓮兄がこんなに使えないことに俺は愕然とした。

結局全員キッチンから追い出して一人でケーキを作り終える頃、父さんと母さんが帰ってきた。



「ただいま…むっ、もう皆帰ってきていたのか。すまなかったな、留守にして」

帰ってきた母さんは朝よりも顔色が良くなっているように見えた。

「いーッスよ!それよか病院お疲れ様っした!」
「今日は夕飯も俺達が作ったから心配いらないぞ」
「誕生日ケーキも作ったぜぃ!」
「今日はおふくろさんは何もする必要ないぜよ」
「いえ、今日だけと言わずしばらくは安静にしていてください」

口々に言う俺達に、母さんは感動したのか目元を潤ませた。

「お前達…っく…」
「皆…!俺感動したよ!弦一郎の体を気遣ってくれていたんだね!」

父さんも母さんと一緒になって感動している。

「当たり前だろぃ!」
「そうですよ。大事な家族なんですからね」

感動している母さんの背中を赤也が押して、リビングの椅子に座らせた。

「誕生日プレゼントあるッスよ!」
「みんなで選んだんじゃ」
「そうか…!お前達、ありがとう…!」

蓮兄がいつの間にか持ってきていたプレゼントを母さんに手渡す。

「皆でこんなプレゼントまで用意を…!ありがとう…感激だ…」
「ちょっとー泣くの早いッスよ」
「そうだぜぃ!開けてみてくれよ!」

俺達は母さんが包みを開けるのをわくわくしながら見守った。
どんなリアクションするのかと思うだけで楽しい。

「こ…これは…!」

包みを開けた母さんは、一声だけ上げて固まった。

「「「「「………?」」」」」

動かなくなった母さんの様子を見て気になったらしい父さんが、横からプレゼントを覗き込む。

「…お前達、これ何?」
「見ての通りのベビー服だ」
「ガラガラもあるッス」

父さんはきょとんとして俺達全員を見渡した。
母さんは固まっている。

「……………何で?」
「え?何でって…」

「母さん妊娠したんだろぃ?最近ずっと具合悪そうだったし…今日病院行って分かったんじゃねーの?」

「なっ…!何を言うのだブン太!!!」

ずっと固まってた母さんが俺の言葉に大声で反応した。
いきなりだったから耳が塞げなかった。おかげで耳が痛い。



「俺は妊娠などしておらんわ!!!」



「「「「……………えぇ!?」」」」



「…くっ…くっくっくっくっく…」

驚く俺達兄弟…の中、一人だけ驚いてない奴がいた。

振り返ると雅兄が一人で部屋の隅にうずくまって、声を殺して笑っている。



「…なるほど…図ったな、雅治…」

いち早く何かを悟ったらしい蓮兄が雅兄を睨んだ。

「え?え?どういうことですか?雅治君が母さんが妊娠してるって言い出したんですよね?」
「ま…まさか…」

口に出すのも怖いが、雅兄…

「俺達に嘘ついたのかよぃ!?」
「人聞き悪いぜよ〜…俺はそうじゃないかのぅって言っただけぜよ」
「雅兄ひどいッス!俺の小遣い返せ!」
「してやられたな。まさかこの俺まで騙すとは…」

嫌に良心的だった雅兄を思い出す。
なるほど、こういう裏があったからこそあんな積極的だったんだな!?

兄弟全員で雅兄を囲んで凄む…が、本人は全然気にせずに笑っている。

「ま…」

背後から小さい声がして振り返ると、母さんが仁王立ちしていた。

俺達はすぐさま全員耳を押さえた。



「雅治―――――ッ!!!!!皆に嘘をつくとはたるんどる―――――ッッッ!!!!!」



「「「「「「……………」」」」」」



…結局。

母さんが具合が悪かったのは胃腸の風邪を少しこじらせていたからで、病院で点滴を打ってもらってもうすっかり治ったらしい。
雅兄が最初から妊娠じゃないってわかっていた理由は最後まで教えてもらえなかった。
そして雅兄は罰として父さんに、学校用の鞄にマジックで『神風怪盗ジャンヌ』と凄い忠実なロゴを描かれた。
(クラスで「ジャンヌ」ってあだ名になったらしいぜぃ)

母さんは最初は怒っていたけど父さんに宥められて機嫌を直して、俺の作ったケーキを美味しいって言って食べてくれた。
(誕生日プレゼントは共同で買ったから結局今年は何もあげれなかったってことになる)

父さんは意外に怒ってなくて、プレゼントであげたベビー服を嬉しそうに眺めていた。

「雅治の嘘を嘘じゃなくしてあげてもいいかもね」

なんて言って、母さんの頬を染めている。
俺達はもう赤ちゃん騒動はまっぴらだ。兄弟はこれだけでいい。
これ以上タチ悪いのが増えたらどうする気だ。



…あ、ガラガラは赤也のものになった。



 

prev next
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -