子供はあんまり好きじゃない。

赤也は好きだが、それは家族だからだ。
家族以外の子供となんてどう接していいのかも分からないし、困る。

でも俺はどうやら子供に懐かれるタイプらしい。
赤也の友達なんかはしょっちゅう俺の部屋に来て読書の邪魔をしてくるくらいだ。

俺は読書の邪魔をされるのが好きじゃない。

それは相手が貞治であってもだ。
読書の邪魔をしてくるのが俺の苦手な子供とあっては、もう俺の怒りのボルテージは凄まじくなる。
(もちろん子供相手に怒ったりはしないが…)



…そんな俺が何故こんなことをしなければいけないんだ!!!



「おい幸村。お前の職場体験の場所、初等部1年に決まったから」
「…は?」
「くじ引きで決めたんだよ。文句なんか言わせねーぞ?」

亜久津にそう言われた時は自分の耳を疑った。

職場体験があるって話は聞いていた。
しかしまさか自分の学校の初等部なんて身近なところでやるなんて思わないじゃないか。
しかもまさか自分が行くことになるなんて。
こんなことは想定していなかった。こんな確率は限りなく低いはずだったのに。

貞治にこの話をすると、奴は苦笑しながら「まぁ仕方ないね」と言った。
貞治は医療現場に行くことになったらしい。変わって欲しい。

別に教師になりたいわけでもなんでもないのに、何故こうなる。
普通職場体験って自分が行ってみたい場所に行くものなんじゃないのか。
くじ引きなんかで決めた杜撰な亜久津が憎たらしかった。



「やぁ、幸村!久しぶりだな。元気だったか?」

当日、初等部の職員室に行くと南先生が嬉しそうに話しかけてきた。
どうやら今日は南先生のクラスでの授業を俺が手伝うことになるらしい。

ニコニコと嬉しそうな南先生は確かに懐かしく、その変わらない人の良さそうな笑顔には癒されたが…
機嫌の著しく悪かった俺は少し意地悪なことを言いたくなった。

「…おはようございます、南先生。相変わらず東方先生とは仲良くやってますか?」
「ちょ…!職員室で大きい声でそんなこと言うな!」

よほど俺よりも大きい声で南先生が慌てて俺の口を塞いだ。

南先生と東方先生が付き合ってることなんて生徒どころか教師達だって周知の事実だ。
まさか今だにバレていないとでも思っているんだろうか。

とりあえず焦った南先生の顔を見て少し溜飲が下がった。



「幸村…意地悪になったな。昔は絵に描いたような優等生だったのに…」
「周りに手強い奴がたくさんいるんで少し強くなっただけですよ」

南先生は溜め息をつきながら「ああ俺の周りも手強いなぁ強くなりたいなぁ」なんて言った。
本人はそう言うが、俺は南先生はなかなかに強い人だと思う。

…なんというか、打たれ強い。

褒め言葉にならない気がしたので言うのはやめておいた。



「とりあえず教室行くか。うちのクラスの子達も手強いぞ〜」

二人で職員室を出る。

南先生のクラスということは赤也がいるはずだ。
俺が思うに赤也はクラスでは相当問題児だと思う。
普段南先生に迷惑かけてるんだろうと思うと少し申し訳なくなった。



初等部を歩くのなんて久しぶりだ。
何だか全てが狭く感じる。まぁ俺が育っただけだが。
すれ違う生徒達が物珍しげに俺を見るのがいたたまれなかった。

「幸村、ここだよ」

先を行く南先生が振り返った。

「今日は幸村が先生だからな。先に入って挨拶して」
「はい…」

ここまで来たからには腹を決めるしかない。
俺は勢いよく扉を開けた



………ら、

「あ…っ、幸村!」

ぼすっと鈍い音を立てて俺の頭に何かが落ちてきた。
それと同時に一気に視界が白っぽくなる。
南先生の焦った声が聞こえた。



「幸村!大丈夫か!?」
「…黒板消し…?」

何たる失態だ。この俺ともあろうものが子供のいたずらを予測できないなんて。
考えたら南先生みたいにからかいやすい人間を相手にしている子供がいたずらを仕掛けないわけがないのだ。
しかもよりによってこんな古典的ないたずらに引っかかるなんて…!

教室内が一気に湧き上がり、俺は笑いものにされた。
相手が南先生であろうがなかろうが、このいたずらに引っかかりさえすれば子供達は何でもいいらしい。

俺はいたくプライドを傷つけられた。

「こらーっ!誰だ、こんないたずら仕込んだの!」

南先生が怒りながら教室に入る。
俺も湧き上がる怒りを強引に抑え付けつつも後に続いた。

頭と肩が粉っぽい。

「あ…蓮二兄さん…!?」

一際大きく笑っていた声が、俺が教室に入った途端止まった。
…そうか、やっぱりこのいたずらは赤也の仕業か…

「蓮二兄さん!ごめんなさい!」

慌てて駆け寄ってくる赤也の髪の毛を軽く叩く。

「ごめんなさい!まさか蓮二兄さんが教室に来るなんて思わなくて…!」
「…赤也。いつもこんなことしてるのか?弱い者いじめはいけないな」
「…幸村…そう言われると俺が傷つくんだけど…」

南先生はぐったりとうなだれたが、実際弱いんだから仕方ないだろう。

俺に怒られてしゅんとした赤也は俺の制服の裾をぎゅっと握った。

「…何だ」
「チョークまみれにしちゃってごめんなさい…蓮二兄さん、痛かった?」

上目遣いで泣きそうな顔をして見上げてくる赤也に、不覚にもきゅんとした。
だがここは心を鬼にすることにする。

「ああ、とても痛かったな。粉が目に入って目も痛い。失明するかもしれない」
「!!!」
「俺じゃなくても誰かを傷つけたら一生お前は後悔するぞ。それが嫌ならいたずらはやめろ」
「…はい…ごめんなさい…」

このくらい脅しておけばしばらくはいたずらなんて考えないだろう。
別に俺に被害が及ばないのなら正直言っていくらいたずらしようと構わないんだが…
今日よりによって俺にいたずらしてしまったのが赤也の運の尽きと言えるだろう。

とうとう目に涙を浮かべて謝った赤也に微笑んで頭を撫でてやった。

「…あの、蓮二兄さん…ほんとうに目、見えなくなるッスか…?」
「大丈夫だ。当たる瞬間に目を瞑ったからな」
「良かった!」



「…あの兄ちゃん、目ぇ開いてんのか?よぉ見えんなぁあんなんで」

いつの間にか静かになっていた教室で聞こえた声の主を探すと、豹柄のシャツを着た一際小さな男の子がいた。

「金太郎、何言ってんだよ。蓮二兄さんはちゃんと目開いてるぞ!」
「赤也の兄ちゃんなんか?全然似てへんなぁ」
「赤也はもじゃもじゃあんに兄ちゃんはさらさらやっし」
「兄ちゃんはめちゃくちゃ頭良さそうやさぁ」
「赤也の分の脳みそはお兄さんが全部先に持って生まれてきちゃったんじゃないの」

金太郎と呼ばれた子の周りにいた生徒達が騒ぎ出す。

…小1というくらいだからもっと無邪気な子供達を想像していたのに…
何だか目の前にいる子供達はやけに生意気な口を利いている。
俺達が小学生の頃もこんなに生意気だっただろうか?



「あっ…知念!お前また授業始まってるのにうちのクラスに来て!」

南先生の声に、知念と呼ばれた金髪の子がさっと椅子の後ろに回り込んでしゃがんだ。

「あの子、東方先生のクラスなんだけどしょっちゅううちのクラスに紛れ込むんだ」

南先生に小声で耳打ちされる。
どうやら俺にどうにかしろとでも言いたいらしい。
何で俺がそんなことを。

と思ったが、南先生の縋るような視線を感じて仕方なくその子のところに向かった。



「…おはよう。名前は?」
「………ちねんりん」
「俺は幸村蓮二だ。今日は職場体験でこのクラスの先生を手伝うんだ。…何で自分のクラスに帰りたくないんだ?」

ついでなので自分の自己紹介だけは全員に聞こえるように言っておいた。

知念凛は俯いて、目の前の椅子に座る子のシャツの裾を握り締めた。
帽子を被ったふわふわした髪の男の子がそっと知念凛の髪を撫でている。

「だってゆうじろとおんなじクラスがいいやし」
「ゆうじろ?」

「兄さん、裕次郎ってこいつッス。凛と双子なんッスよ」

自分の席に戻った赤也が俺にそう教えてくれた。
どうやら目の前にいる帽子の子が凛の双子の兄弟らしい。
自分のクラスに友達はいないんだろうか。
どうしても自分のクラスに帰りたくなさそうだったので、応対に困ってとりあえず南先生のところに戻った。

「…いつもどうしてるんですか」
「東方先生が迎えに来て無理矢理連れて行ってる」
「そうですか…」

俺はまた知念凛のところに戻った。

「今日一日ちゃんと自分のクラスで授業を受けられたら、今度の土日うちに遊びに来てもいいぞ」
「………じゅんに?」
「もちろん裕次郎と一緒に来ていい」
「リョーマと金太郎は?」
「…分かった、いいぞ」
「…じゃありん、今日はちゃんと授業うける!」
「ああ。じゃあ自分のクラスに戻るんだ」

知念凛は嬉しそうに頷いて教室を出て行った。

「…兄さん、あんな約束していいんスか?父さんと母さんに聞いてないのに」
「俺がちゃんと説得しておくから大丈夫だろう」

赤也にもそう言って教卓の前に戻ると、南先生が泣きそうな顔をしていた。

「…俺の言うことは全く聞かないのに…」
「交換条件出しただけですよ」



落ち込んだ南先生を適当に宥めて、やっと授業に入ることになった。



「じゃあ教科書の32ページを開いて…あ、幸村そこのプリント配ってくれる?」

南先生の言うようにプリントをそれぞれに配る。
ちらっと目を走らせればそれは随分懐かしいものだった。

俺にも渡された国語の教科書の32ページを開く。

南先生に促されて教卓に立たされた。
…教える立場として教卓に立つのなんて初めてだ。

緊張する。貞治も一緒だったら良かったのに。
何でよりによって俺だけが初等部に行かされることになったんだ…
今更考えてもどうしようもないことを考えてしまう。

「…とりあえず読んでもらおうか。じゃあ出席番号10番の…白石?」

はーい、と声がする方を見るとさっきの豹柄の子だった。
…白石ってもしかしてあの…モノマネの天才の身内か…?

嫌な予感を感じたものの当ててしまったものはしょうがないので白石に読んでもらうことにする。

席から立ち上がって教科書を手に、白石はしばらく黙り込んだ。
何度か小首を傾げたりしている。



「………兄ちゃんせんせー、かんじ読めへん」



キーンコーンカーンコーン…



「……………南先生」
「……………うん?」
「帰っていいですか」
「……………気持ちは分かるよ」



結局一日、終始騒がしい子供達を黙らせる作業に追われてほとんど授業にならなかった。

『俺は子供が好きじゃない』

…訂正しよう。



俺は子供が嫌いだ!



 

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