今日は朝5時に目が覚めた。

二度寝して寝坊でもしたら大変だから、起きてシャワーだけ浴びる。
それでもまだ5時半だったから、とりあえず食堂に降りることにした。

食堂には既に母さんがいて、テーブルメイクをしてる所だった。
そうか、毎朝綺麗に整えられたテーブルは母さんが綺麗にしていたのか…初めて知った。
部屋に入った俺に気付いた母さんが不思議そうな顔をする。

「おはよう、ございます…若さん」
「おはようございます、お母さん」
「早い、ですね…どうしたんですか…?」
「早く目が覚めたんです」

特に俺を気にする様子もなく母さんはまたテーブルメイクに戻った。
俺も厨房へと続く扉を開ける。この時間ならもういるはずだ。

「あ、若坊ちゃん、おはようございます」
「おはようございます。昨日頼んだものはもう出来てますか?」
「もうすぐですよ。たくさん揚げておきますんで!」
「ありがとうございます。出来たら呼んでください」
「駅向こうのホテルのプリンは冷蔵庫にもう入ってますよ」

うちの専属のシェフが、朝から油の前でドーナツを揚げている。

知念慧との約束のものだ。

冷蔵庫を確認すれば、確かにホテルのロゴの入った箱もある。
準備は万端だ。



今日は約束の日曜日―――知念慧の家に遊びに行く日だ。



昨夜は柄にもなく眠れなかった。
その癖朝はこんなに早く目が覚めてしまうんだから、不思議なものだ。
眠気は全然ない。

知念慧との待ち合わせは10時だからまだまだ時間はある。
部屋に戻って今日着ていく服を選ぶことにした。



「うーん…」

とりあえず気に入ってるシャツを何枚か出してみた。

知念慧の家は庶民宅らしいので、そこまで気合いの入った服じゃないほうがいいだろう。
でも知念先生の家だしな…少しはいい服を着て行きたい。

そういえば知念先生の家は今家計が厳しいと知念慧が言っていた。
ドーナツとプリン以外にも何か手土産があったほうがいいだろうか…
…いや、どうせ知念慧の胃に消えるだけだろうしな…

そんなことを考えていたらいつの間にか7時になっていた。

部屋の扉を叩く音がする。



「おーい、若、そろそろ朝飯だから起き、ろ…って何だ、もう起きてんのか」
「亮兄さん。おはようございます」

亮兄さんは部屋に散乱したシャツを見て驚いた顔をした。

「…何だこれ。今日なんかあったっけ?」
「別に…友達の家に遊びに行くだけですよ」

そう言った瞬間、亮兄さんは右手の指にかけてくるくる回していた帽子を落とした。

「…?亮兄さん、落ちましたけど」
「あ、ああ………今日って雨降るんだっけ?」
「何でですか。今日は一日晴れって言ってましたけど」

意味の分からないことを言いながら、亮兄さんは部屋を出て行った。
帽子は落としたままだ。邪魔だったので部屋を出る時に廊下に蹴飛ばしておいた。



食堂にはもう家族全員揃っていた。

「おはようさん、若」

おじいさんにいつものように挨拶して、全員が席についたところで朝食を食べ始める。
帽子を被ってない亮兄さんは何やら複雑そうな顔をしていた。

「何や若、今日はえらいオシャレしとるやん。何や用事か?」
「いえ、別に。友達の家に行くんです」

がしゃん、と音がしたかと思って顔を上げたら、全員が凍りついた顔をして俺を見ていた。



「わ…若が…友達の家…!?」

さっきまで眠そうだったジロー兄さんが、完全に目が覚めたような顔をしている。

「クラスの人間は全員常に下に見ている若が…友達!?」
「何か変なもんでも食ったんか?おじいちゃんが診察してあげるからちょっとこっち来ぃ!」

おばあさんとおじいさんが実に失礼なことをいいながらオロオロし始めた。

「亮さん…今日って雨降るんでしたっけ?俺今日出かけるのに…」
「落ち着け長太郎。そのリアクションは数分前にもう俺がした」

長太郎兄さんと亮兄さんは落としたらしいフォークを拾う様子もない。

「小1の時にクラスメイトの家に遊びに行って『豚小屋だな』と言って以来校内全てを敵に回した若が友達…だと…!?」
「ウ…ウス…」

父さんはコーヒーカップを落として割っていた。
あのカップは某ブランドに作らせた世界でひとつしかないカップだって自慢してたのに。
滅多に感情が表に出ない母さんまで少し慌てている。

…しかしこれが家族に対する対応だろうか。
随分失礼な気がする。

「別に俺だってクラスメイトと親交を深めるくらいあります」

本当は知念先生狙いだから友達というには語弊があるが、とりあえずそれは置いておく。

「そ、そうか…そうやんな、若だって小5やもんな。お友達くらい欲しいやんなぁ」
「別に下等な人間と友達になんてならなくても一向に困りませんけどね」

俺が言った言葉に家族は再び固まった。



(((((((何でこんな性格の奴と友達になんてなったんだ、そいつ…)))))))



「若坊ちゃん、お土産のドーナツとプリン出来ましたんでお部屋に運ばせておきますね」
「あ、ありがとうございます」

厨房から出てきたシェフの言葉に、兄さん達が声を上げた。

「ええ!?若がウチのシェフの料理をお土産に!?」
「そんな!若がそんな親切なことをするなんて!」
「『質より量な貧乏人に高級品を食わせることほど無駄なものはない』って言ってた若がお土産!?」

……………

いい加減イライラしてきたので、俺はさっさと食事を済ませて部屋に戻った。



部屋で散らかしたシャツを片付けているうちに出かける時間になった。

「そろそろ、行くか…」

お土産を手に家を出る。
待ち合わせ場所は駅にした。たぶん約束の時間より早く着くだろう。






案の定少し早く駅に着くと、日曜日だからか少し人が多かった。
目立つように時計の下で待つこと10分、通りの向こうから見慣れた巨体が見えた。

「あとべー、うきみそーち!」
「遅いぞ。5分の遅刻だ」
「わっさん、朝から弟達がうるさくて出かけるの遅れたんさー」

弟達がうるさいと家を出ることが遅れる意味が分からないが、とりあえず追求しないでおいた。

「わんの家こっちさー」

先を歩く知念慧の後ろをついて歩いてるうちに、ドキドキしてきた。
日曜日の先生はどんな感じなんだろう…



10分近く歩いて着いた場所は、他の家より少し小さくて古いが綺麗な一軒家だった。
以前先生はうちに先生の家が10個入ると言っていたが、20個は入るだろうと思った。

「ただいまー。跡部、上がっていいさー、汚いけど」
「…お邪魔します…」

出されたスリッパに足を入れる。
緊張して声が掠れた。
そんなこと気にしないらしい知念慧はずかずか短い廊下を進んでいく。
俺も慌ててその後を追った。

突き当たりの扉を開けたら、そこはリビングのようだった(狭いけど)

「おや、いらっしゃい」

聞こえた声に振り返れば、リビングから一続きになってるキッチンに立つ眼鏡の人。

「わんの母ちゃんさぁ」

知念慧の言葉に、慌てて背筋を伸ばした。

「初めまして!跡部若と申します。お邪魔してます!」
「こんにちわ。礼儀正しいですね。慧クンのお友達にもこういう子がいるんですねぇ」

にっこり笑う知念慧のお母さんは、なかなか綺麗な人だった。
ちょっと厳しそうで神経質そうな感じだけど。

「あ、これつまらないものですが、お土産です。良かったら皆さんでどうぞ」
「これはこれは、お気遣いどうも…ありがとうございます」
「それ、こないだ言ってたドーナツとプリンばぁ?母ちゃん、すぐ食べよう!」
「こら、慧クン、はしたないですよ。お茶入れるから少し待ちなさい」

…どうすればこんな綺麗でしっかりした人と知念先生から知念慧やムカつく双子みたいなのが育つんだろう…

そんなことをぼんやり考えていたら、俺の後ろの扉が開く音がした。



「あ、父ちゃんのクラスのきのこやし」
「あーッ!何しにきたんだよきのこ!」

ムカつく声が聞こえて振り向いてみれば、そこには予想通り知念家の双子…

「もう来てたんばぁ?跡部ー、おはよ」

…と、(今日の訪問の本当の目的!)知念先生だった。

「せ、先生…お邪魔してます」
「おう。ゆっくりしてったらいいさー」

休日の知念先生はいつもよりずっとラフなセーターとジーンズ姿だった。
モデル体型も手伝って、ラフな格好も凄く似合ってる。
か、かっこいい…俺は先生の足元に絡みつく双子達のことも忘れてつい見入ってしまった。

「さっさとかえれ、きのこ」
「そーだそーだ!ウチにはやーの食うもんなんてないんどー」

足元でちょろちょろしながら双子が喚くもんだから我に返る。
別に俺は食い物に困ってなんていない。
そんなにこの家は食うことに切迫しているんだろうか。

「…わざわざ手土産に食い物持ってきてやったのにそういう態度ならお前らは食わなくていいぞ」

知念先生に聞こえないような小声で双子に向かって呟く。
途端に双子の目がきらっと光った。

「食い物…何もって来たんばぁ?」

裕次郎が聞いてくる。
こいつは休みの日でもこうやって帽子を被っているのか。
先から腹の立つことを言ってくるコイツに向かって、心の中でハゲてしまえ、と思った。

「うちのシェフの作ったドーナツとホテルのプリン」

それを聞いた途端裕次郎はきらきらした目をしてキッチンに駆け込んで行った。

「わんはそんなんじゃ騙されんからな!まずいかもしれんし!」
「ウチのシェフは都内の某三ツ星レストランから引き抜いた料理長だ。腕は確かだぞ」
「……………」

生意気なことを抜かしていた凛も、俺の言葉を聞いてとことこキッチンに向かった。

…どれだけ飢えているんだ…

ほんの少し、同情した。



「跡部、気ぃ使わなくて良かったあんに。にふぇーでーびる」
「いえ、俺が勝手に持ってきただけですから。先生も良かったら食べてください」
「助かるさぁ。ここ一週間ゴーヤしか食ってないから甘いもん食べたかったんさ」
「……………」

ショックだ。知念先生の家がそんなに貧しいなんて…
笑顔で悲惨なことを言う知念先生に俺は目に涙が浮かびそうになるのを寸でのところで堪えた。



「跡部クン、わざわざありがとうね。良かったらお昼食べて行ってね」

お茶を入れて戻ってきた先生の奥さんが、ドーナツをテーブルに置きながら言う。
その言葉を聞いた双子がびくっと肩を震わせた。

「?」
「…きのこ…悪いことは言わん、昼飯は断ったほうがいいさぁ…」
「どうせ昼飯もゴーヤさぁ…めっちゃくちゃまずいあんに!」

テーブルの前に座った双子達が、同じように席についた俺の耳元で囁く。

「裕次郎クン、凛クン、聞こえてますよ」
「「ゴーヤだいすきー☆」」

奥さんの言葉で双子は背筋を伸ばして引きつった笑顔で答えた。

「跡部はゴーヤ食ったことあるんか?」
「いや…聞いたことはあるけどウチではそういうのは作らないからな」
「そっか。わんは嫌いじゃないやしがこいつらはゴーヤ嫌いなんさ」
「…まずいのか?」
「いや?ちょっと苦いだけさー」

知念慧は既にドーナツを食べながら俺に説明してくれた。

苦いのか…
苦いっていう時点で食材としてどうなんだろうな、と思った。

「…知念先生は、ゴーヤ好きなんですか?」

俺の正面に座った知念先生に聞いてみる。

「ん?わんも別に嫌いじゃない…けど、最近ちょっと飽きてるところさ」

そりゃどんな好物でも一週間も続けば飽きるだろう。

「永四郎がゴーヤ好きで、あにひゃー毎日ゴーヤでもいいらしいさー」

永四郎、というのは奥さんなんだろう。
毎日でもいいって…よっぽどだな。
しかもあの双子が一声で言うこと聞くくらいだし。
綺麗で優しそうな笑顔の人だったけど、子供達にとっては怖い人なのかもしれない。



それからドーナツを(ほとんど知念慧が)食べて、することもないのでゲームすることになった。

「跡部ー、何する?マリ○カートあるどー」

知念慧がテレビの前でいくつかのゲームソフトをピックアップしてくれている。
「Wi○ないの?」と言ったら知念慧と双子は忌々しそうに舌打ちした。

「わんの家にそんなもんあるわけないやっし!マリ○カートで我慢しろ!」
「別にいいけど…俺やったことないぞ」

これは確かジロー兄さんが小さい頃やってた気がするけど、俺はやったことがない。
そもそもあんまりゲームはしないのだ。
そう言うと双子が大袈裟に驚いたような声を出した。

「きのこ、ゲームしないんばぁ!?」
「家で何してるんさぁ」
「特に何してるってわけじゃないけど…本を読んだり、古武術の道場に行ったりとか」

「へぇ…跡部クン偉いんですねぇ。ちょっとはあんた達見習いなさいよ」

俺達の後ろで様子を見ていた永四郎さんが感心したように言った。

「跡部んちとウチ一緒にする方が間違ってるんやっし!」
「きのこの家、どこあんに?」
「こいつん家あの駅の向こうのでーじでっかい家さぁ」
「嘘!?あれきのこの家なの!?」
「凄いさぁ!わん一回あの中見てみたい!」

知念慧と双子が何やら盛り上がっている。
ついさっきまで俺のことを敵視していた癖に、双子はドーナツで懐柔できたらしい。
今はキラキラした目を4つ、俺に向けている。

「………今度来たらいいだろ」

「しんけん!?」
「行っていいんばぁ!?」
「おやつ出る!?」
「慧クン…本当はしたないですよ…俺恥ずかしいです」

一気にテンションが上がったらしい子供達。
まぁ…知念慧は大食いだけど悪いやつじゃないし、双子も仲良くなってしまえばそこまで嫌な奴じゃなかった。
だから家に呼ぶくらいは…してもいいかな、と思う。



マリ○カートは、何気に知念先生が一番うまかった。

「…先生、お上手ですね」
「裕次郎に付き合ってやってたら上達したんさー。コレしかゲームは得意なのないけど」

大人気ないほどに強い知念先生には誰も勝てなかった。

「父ちゃん、一回くらい負けてくれてもいいあんに」
「ゲームとはいえ真剣勝負は負けたくないさぁ」

いっつも落ち着いてる知念先生がこうしてゲームに夢中になってるなんて。
かっこいいと思っていたけど、意外と可愛い一面もあるんだな。

新しい先生の一面を見るたびに嬉しくて、自然と俺は笑顔になっていた。






「お昼ご飯ですよー」

永四郎さん以外の全員で交互にゲームに興じていたら、いつの間にか昼になっていたらしい。
永四郎さんが作ったらしいやけに緑の昼食がテーブルに並べられている。

「…若、無理に食べることないさぁ」
「ゴーヤなんて人間の食うもんじゃないどー」

いつのまにか「きのこ」から「若」に呼び方が変わっていた双子が、小声で言う。
ゲームをやってるうちに妙に親睦が深められたようだ。
1年の分際で5年を呼び捨てにしてるという点はこの際目を瞑ってやろう。

しかしこの2人はよっぽどゴーヤが嫌いらしい。
昼食が並べられた途端に顔をしかめている。
話を聞けば永四郎さんは年中庭でゴーヤを栽培してるらしく、それは双子の脅威の対象であるんだとか。

「でもいくら苦いって言っても所詮食材だろ?平気だよ」

俺がそう言うと、双子は「わかってねぇ」みたいな顔を見合わせて溜息をついた。



「跡部クン、たくさん食べてくださいね。足りなかったらおかわりもありますから」
「えっ…わんはおかわり禁止なんに?」
「慧クンは禁止です。当たり前でしょう、量が桁違いなんだから」

双子の恐れる野菜は一体どんな味なんだろう…

「…いただきます」

恐る恐る手を伸ばす。
…形状的に有り得ないよな…なんだこの形…

俺がゴーヤを口に入れるのを、皆が興味深そうに見つめている。
(そんなに見られると食いづらい)



………

「…何だ、美味しいじゃないか」



「「ええ!!??」」

双子の声が綺麗にハモった。

「若、おま、気ぃ使わなくていいんばぁよ!?」
「しんけん?本気で美味しいって言ってるんばぁ!?」

双子は尚も食い下がるが、実際美味しい。
確かに苦味はあるが、それがいい。思っていたほどじゃないし。

「永四郎さん、美味しいです」
「ありがとう。ゴーヤ好きが増えて嬉しいですよ」

永四郎さんはもっと食えと言わんばかりに俺の方に皿を寄せる。

「跡部はゴーヤ平気なクチかぁ。うちなーんちゅみたいやっし」

知念先生が笑いながら言った。
先生の仲間になれたみたいで、嬉しかった。



食後は俺の持ってきたプリンを全員で食べた。
(よっぽど美味しかったらしく、裕次郎と凛は泣いていた)

「そんなに美味いならまた持ってきてやるよ」

と言ったら二人とも凄い喜んでいる。
慧は量が物足りないと言っていた。



何か…思えばクラスの奴とこんな風に話したりするのも初めてだったから、変な感じだ。

知念先生目当てで来たのに、先生と話さなくても楽しいなんて。
もちろん先生と話すのはめちゃくちゃ楽しいけど。



その後はまた皆でゲームして、UNOとかいうカードゲームもやった。
ルールを知らなかった俺に知念先生が丁寧に教えてくれた。
途中で飽きたらしい裕次郎と凛が俺の背中に乗ってきたりして、まるで弟が出来たみたいだな。
自分でも驚くほど笑ってて、時間が過ぎるのも本当にあっという間。

気付けばもう夕方だった。



「…そろそろ帰ります」
「えー…若、帰るんばぁ?」
「もっと遊びたいさぁ…」

いつの間にか凄く懐いてくれた双子は、最初と違って小憎たらしいことはなくなっていた。
(裕次郎、ハゲてしまえ、なんて思ってごめん)

「仕方ないさぁ。明日また学校で会えるし」
「慧クンは同じクラスだからいいさぁ」
「そーだそーだ!わったーは学年が違うから会うの難しいんどー」

慧と双子が言い合いをしている。

「放課後は大体教室にいるから、また来たらいい」

俺がそう言えば双子は嬉しそうな顔をした。
何ていうか…そんな顔をされると新鮮な気分だ。
周りに年下の人間がいないからかもしれないが、懐かれるというのは新しい感覚で、なかなか嬉しい。

「…跡部…やーまた宿題やってこない気か…?」

知念先生の問いかけには曖昧に笑うだけにしておく。
もちろん宿題をやっていく気はまったくない。



「今日はお邪魔しました」
「いえいえ。何のお構いもしませんで。また遊びにおいでね、跡部クン」
「はい」

永四郎さんは帰りの玄関で綺麗な笑顔でゴーヤをくれた。
持ち帰って食えということだと判断した。

「帰り道分かるばぁ?」
「分かるよ。今日はありがとう」

今日一日で分かったけど、慧は割と優しい。
こうやって帰り道の心配をしてくれたり。
もしかしたら一番知念先生に性格が似てるのかもしれないな。

「若ー、明日また学校でな!」
「また遊びに来いよー」
「ああ、またプリン持ってくるよ。じゃあな」

裕次郎と凛に挨拶して、最後に知念先生の方を見た。

「跡部、今日はにふぇーでーびる。またおいで」

知念先生はいつも通りの優しい笑顔で見送ってくれる。
その笑顔を見て、今日来たことを本当に幸せに感じる自分がいた。



知念家を出て、一人歩く帰り道はもう薄暗くなっている。



(…よかった)



緩む頬も、この暗さでは誰にも分かるまい。






「…違う」
「しかしですね、坊ちゃん…」



「…長太郎、あいつら何してんだ?」
「あ、父さん…若がシェフにゴーヤチャンプルー作らせてるんです」
「アーン?ゴーヤ?何でまた」
「何やらお友達の家で頂いたゴーヤチャンプルーが美味しかったらしいですよ」

長太郎のその言葉に、部屋にいた全員はまたもや凍りついた。

「な…なんやて…!?若が…人んちの食いモンを美味しかった、やと…!?」
「小3の時にクラスメイトの母親の作った食事を『最低限だな』って言ってその家を出入り禁止になったわかCが…!?」
「この俺様に一番性格が似てる若が、庶民の飯を美味しかっただと!?」



騒ぐ家族に見向きもせず、若はシェフに言い募る。

自宅に帰ってシェフに作ってもらったゴーヤチャンプルーは知念家で食べたものとは違った。
材料を全て吟味し尽くして作られたゴーヤチャンプルーは庶民の味とは程遠い。
ここに『究極のゴーヤチャンプルー』と呼べるものが誕生していた。

しかし若の求める味は知念家の味。究極のゴーヤチャンプルーになぞ一切興味がないらしい。



「違うんですよ…何かこう、もっとえぐいような苦味っていうか…」
「しかしですね、坊ちゃん…」



かくして若の好きな食べ物にぬれせんべいに次いでゴーヤチャンプルーが加わった。



 

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