―ある日曜日―



「………ウス」

「……………」

目を開けると至近距離に母親がいた。



「…ッッッ!!!!!」

ほとんど毎朝のこととは言え控えめに言っても迫力のある自分の母親のドアップで目覚めるのは微妙な気分だ。
まどろんだ気分なんてこれっぽっちもなく飛び起きた。

「亮さん…おはよう、ございます…」
「…ああ、おはよ…」
「朝食です…着替えたら、降りてきてください…」
「分かった」

俺の母親は幼稚舎の頃から親父の手下みたいな生活してきてたせいか、いまだに使用人みたいなことをやっている。

自慢というわけじゃないが、俺の親父は世界でも有名な会社の社長だ。
その会社も一社や二社というレベルの話じゃなく、俺はよく知らねーけどかなり幅広くやってるみたいだ。
おかげで俺達兄弟は同年代の奴らと比べるとかなり裕福な生活をさせてもらっている。

「にしたってこの家は広すぎだぜ…」

部屋を出る時はパジャマで出ちゃいけねーし、飯食いに行くだけでも遠くて一苦労だ。
生まれた時からここで暮らしてきたのに、慣れない。俺はきっと前世は庶民だったんだ。



着替えを済ませて部屋を出て、親父の(悪)趣味で無駄にギラギラした廊下を歩く。

しばらく歩くと廊下の真ん中で寝てる長男のジローと、ジローを足蹴にしてる末っ子の若を見つけた。

「おいっ、若何やってんだよ!」
「…ああ、亮兄さんおはようございます」
「ああ、おはよ…ってそうじゃなくて!」

若は俺にちらっと視線を投げかけただけで、また横たわるジローの背中を踏み続けた。

「やめろって!ジローもいい加減起きろよ!」
「ふん…俺の進路を妨げてるんだからこのくらい当然です」

無理矢理若の足をどけさせてジローを揺する。こんなことくらいで起きないのは分かっちゃいるけど。

末っ子の若は小学5年生、現在反抗期真っ只中だ。
…いや…昔から生意気だったけど…
ことあるごとに俺達や親父に対抗意識を燃やす。負けず嫌いの努力家だ。

「下克上だ」

若はそう呟くとまだ寝てるジローをわざわざ踏みつけてから廊下を進んで行った。

「こらっ若!」

若のこういった反抗的な態度をたしなめるのはいつでも次男の俺の役目だ…
他の奴らは誰も止めないからな…損な役割だぜ。



「っう〜…うーん…背中いたいC…」

さすがに全体重を乗っけられたら痛かったらしく、やっとジローが起きた。
中学2年にもなってもどこでも寝てしまう癖が直らない。
俺はこれはもう病気なんじゃないかと睨んでいる。
一度侑士じいちゃんに診てもらったほうがいい。ヤブ医者っぽいけど。

「おう、起きたか。早く飯行くぞ」
「ん〜…まだ眠いC…亮ちゃん運んでよ〜」
「冗談じゃねーよ」

ほっとくとまた寝ちまいそうだ。
そうするときっと…

ジローが来ないことで親父の機嫌が悪くなる

若が「亮兄さんと一緒に居ました」とか言う

俺が怒られる

…あっさりそんな光景が頭に浮かんできてうんざりする。



「亮さん!おはようございまーす!!」

元気な声が聞こえたと思ったら後ろから三男の長太郎が走ってこっちにやってくる所だった。

長太郎は小学6年生だが、俺よりも既に身長が高い。
俺の目の前で立ち止まるその顔は犬みたいに可愛げあるのに、顔を上げなきゃ見られない。
チッ…俺、激ダサだぜ。

「…あれ、ジローさん何やってるんですか?」
「…眠いから運んでくれってよ」
「亮さん…ほっとけばいいのに…優しいんだから」
「俺無理だから長太郎が運んでやってくれよ」
「ええ〜…しょうがないですね…亮さんの頼みなら…」

長太郎は露骨に嫌な顔をしながらもジローを担ぎ上げた。

長太郎は俺にはめちゃくちゃ懐いてるんだけど、俺以外にはあんまり優しくない。
懐いてくれてるのはまぁ…嬉しいんだけどな!



「ところで亮さん、今週は宿題出ました?」
「おう。でもわかんねーとこがあってよ。全然進まねぇ」
「俺が後で教えますよ」

…中学1年生が小学6年生に宿題教わるってどうなのよ…

とは思うけど、実際俺より長太郎の方が頭がいいんだから仕方ない。
うちの兄弟は下2人は頭がいい。上2人の分の脳ミソを奪って生まれてきたに違いない。



色々話してるうちにやっと家族の待つ部屋に辿り着いた。

「お前ら遅いぞ。アーン?」

部屋の中の細長いテーブルには俺達以外の全員がもう席についていた。
その上座で偉そうに座ってるのが俺達の親父だ。
性格だから仕方ないとは思っているものの、この俺様な態度には腹が立つ。
いちいち腹を立てるのもあほらしいとは思っているんだが。

「ジローさんが廊下で寝てたんですよ」
「アーン?てめぇ廊下で寝るなって何度言えば分かるんだ、コラ。いい加減起きろ」

長太郎の肩の上でまた寝始めていたジローに親父が一喝すれば、やっとジローは目を開けた。
目の前に飯があればきちんと起きていられるのに…
もうコイツを寝かしたくなければ鼻先に食い物ぶらさげておくしかない。



「クソクソ!お前らが遅いからもう腹ペコだし!さっさと席つけよ」

無駄に落ち着きがなくて口が悪いこのオカッパは岳人ばあちゃんだ。
若作りだが結構年はいってるらしい。
見た目が若いから侑士じいちゃんはばあちゃんを気に入ってるんだとか。

「人を待たせるなんて最低ですね、兄さん」

飄々とこちらを睨んでくる若。

いや…お前だってジローを踏みつけたりしてただろ!?
とは思うものの、これ以上飯が遅れたら親父が怒るだろうから黙っておく。

「ほらほら、はよう席つき。若も朝からそんな怒らんと」

じいちゃんはニコニコしてて穏やかだけど変な男だ。
さすがこの親父の父親というだけある。



「ほな、いただきまーす」

俺達が席について、じいちゃんがいつも通り声をかけてやっと朝食は始まる。

「樺地、今日の朝食もうまいぞ」
「ウス」

親父はいまだに母さんのことを旧姓の樺地で呼ぶ。
幼稚舎の頃からの癖らしいから今更直らないんだろう。

「おい、オスガキ共よく聞け。このクロワッサンはな、樺地が朝4時に起きて作ったもので材料から吟味した…」

そしていつも通り始まる親父の嫁自慢を聞き流しながら飯を食う。

親父は結局母さんがいなきゃ何も出来ない。
まともにネクタイひとつ結べないだろう。

こんな親父を俺達兄弟はひそかに駄目親父だと思っている。

性格バラバラな俺達の唯一の共通点は親父に対する認識だ。

「父さん、早く食べないとそのクロワッサンが冷めますよ」

冷めた若が小声で呟いても親父の嫁自慢タイムは続く。食事のたびにこれだから慣れた。



「つかつか、これマジ美味しいC!母さんおかわり!」
「ウス」
「あっもうこんな時間やん!はよ食べて録画したプリ○ュア見な!」
「侑士またアニメかよ〜いい年してキモいぜ!」
「亮さん!今日宿題終わったら一緒に買い物行きましょう!」
「おばあさん、食べながら喋らないでください。飛んでます。汚いです」
「ちなみにこのサラダの野菜は樺地が中庭で無農薬で栽培している…」



各々が好き勝手に喋りまくって全く噛みあってない。



「…激ダサだぜ」

「亮さん、何か言いました?」

「別に…」



とっとと食って長太郎に宿題でも教えてもらおう…
そう思ってさっさと口に詰め込んだ朝食は、なるほど、確かに美味しい。



 

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