息子達の通う小中高一貫の学校は、授業参観日が統一されている。
その日は一日中学校が解放されていて、親は自分の都合のいい時間に授業参観に行くことが出来るのだ。
それはうちのように子供が多い親に絶賛されている。
その日は一日かけて、子供達の普段の姿を見れるわけだ。
どういうつもりか知らねえが、俺様のガキ共は俺に絶対に来るなと言ってきやがった。
だがこの日のために忙しい中時間を空けてやったんだ、行かないはずがない。
「おい、このスーツどうだ」
朝、とっておきのお気に入り、豹柄スーツを着て食堂へ行くと全員が目を見張った。
そりゃあそうだろう、これは某有名ブランドのデザイナーに特注で作らせた世界に一着だけのスーツだからな。
「まぁ…景ちゃんらしくてええんちゃう?」
「似合うぜー!アホっぽさが強調されてて!」
親父とお袋はそう言って笑った。
…アホっぽさが強調されるってどういうことだ。
社交界ではこのスーツ、凄く評判良かったんだぞ。
「父さんよくそんな服似合うなー…マジマジある意味スッゲー…」
「激ダサ…といいたいとこだけど似合ってるぜ」
「うんうん、父さんらしいですよね。亮さんもああいうの着てみたらどうですか?」
「…世界でその服を着こなせるっていうか買える恥知らずは父さんくらいですね」
子供達もそれぞれの言葉ではあるが、褒めてくれた。
(これが子供達なりの賞賛の言葉であることはわかっている)
「…で、そんな服着て今日はどこのパーティにお出かけです?」
「何言ってるんだ。今日はお前達の授業参観だろうが」
「「「「やめろ!!!!!」」」」
途端に子供達が目の色を変えて怒鳴った。
何だ、こいつら…さっきまであんなに褒めてやがった癖に…
「おい…いくらなんでも授業参観にそりゃねーぜ?やめてやれよ…子供達が可哀想だろ」
「何でだ。いいだろ、似合ってるなら」
お袋が顔を引きつらせながら俺のスーツの裾を引っ張った。
やめろ、皺になるだろ。
「景ちゃん…気持ちは分かるんやけどな…そりゃアカンわ…目立ちすぎるで」
「俺が目立って何が悪いんだ」
「目立ちすぎたら生徒達が授業に集中できんやろ?景ちゃんはただでさえ目立つんやから」
「………そうか…仕方ねぇな。俺様のオーラに気を取られるようじゃガキ共もまだまだだな」
「せやな、こないだ作ったスーツあったやん。あっちにしたらどや?」
「ああ、そうだな。少し地味だがあっちの方が保護者らしいかもしれないな」
俺は改めて先日作った紫のスーツに着替えるために部屋に戻ることにした。
食堂を出る瞬間「おじいちゃんありがとう!」という子供達の声が聞こえた。
樺地にも着替えさせて出掛ける頃には、俺の機嫌は若干悪くなっていた。
それというのも紫のスーツに着替えて食堂に戻った俺に、子供達はまたもブーイングの嵐だったからだ。
「紫!紫?!それでも充分派手だろ!」
「マジマジ嫌だC!どこのホストだよ!」
「おじいちゃん!何でこんなの薦めたんですか!」
「こんな服で学校来たら舌噛んで死んでやる…」
等々、あいつら好き勝手我儘ばっかり言いやがって…
育て方間違えたかな。まぁ育てたのはほとんど樺地だけどな。
結局後3回ほど着替えて、やっと子供達に「まぁこれなら…」と納得してもらえたのは、俺の持つスーツの中で最も地味なものだった。
「それでも派手なくらいですよ」と長太郎には言われたが、これで行くなら仕事用のスーツで行くのと変わらねぇ。
せっかく今日のために色々スーツを出しておいたっていうのに、とんだ手間だ。
着ていく服なんて披露せず豹柄のままいきなり学校に現れてしまえばよかった。
「ウス…機嫌、直してください…」
「…アーン?別に悪くねぇよ」
運転手の準備も出来たという執事の言葉に、俺達は家を出た。
学校に足を運んだのは随分久しぶりだ。
着いた途端に校長が校門で出迎えてくれた。
「跡部様、奥様、ご無沙汰しております」
軽く校長に挨拶を済ませて、俺達はさっさと中等部に向かった。
ジローの教室に行くためだ。
「おい樺地。ジローの科目は何だ?」
「ウス…歴史、です…」
教室に着いて、扉を開けると既に授業が始まっていた。
全員が驚いた顔でこっちを見ている。
…アーン?何だ?やっぱり俺様のオーラが只者じゃないってのは庶民にも分かるもんなんだな。
「ちょ…!父さん何してるんだC!普通前から入って来ないだろ!」
「あ…あの…お父さん、出来たら教室の後ろから入ってきてください…」
やけに色黒で長髪の教師だ。家庭訪問の時に赤澤と名乗っていた男な気がする。
俺と樺地は一度扉を閉めて改めて後ろから入った。
「…おい樺地。この俺様に立ったまま授業を見ろというのか?」
「ウス…」
樺地が携帯でどこかに電話をかける。
赤澤が「授業中なので電話は…」なんて言ってるが、誰にものを言ってるんだ。
目線だけで黙らせた。
程なくして椅子が届いた。
俺様愛用の座り心地抜群のイタリア製のチェアーだ。
「「「「「……………」」」」」
周りにいる保護者、生徒らが全員驚いたようにこっちを見ている。
結局授業になっていないじゃないか。
「…おい、赤澤。授業はどうした」
「あ、はい…じゃあ、全員続けるぞー。前向けー」
黒板に書かれていく授業内容は俺にとっては懐かしいものだった。
「えーとじゃあここを…幸村、答えろ」
呼ばれて席を立った幸村という生徒は、ジローとよく遊んでいるガキだった。
生意気にも授業中だというのにガムを膨らませている。
「コラァーッ!ブン太!ガムを噛むな!たるんどるッ!」
「げっ…来てたのかよぃ」
保護者の並びの中から大声が聞こえてそっちを見ると、どうやらあのガキの母親らしいゴツイ奴が怒鳴っていた。
「あの、お母さん…もう少しお静かに…」
赤澤がオロオロと宥める。
黙って謝った母親に会釈して、赤澤はまたガキの方に向き直った。
「で、幸村、答えは?」
「え。全然わかんね」
「たるんどるぅぅぅぅぅ!!!!!」
……………
「おい樺地」
「ウス」
「ここは煩いな。帰るぞ」
「ウス」
俺達はさっさと教室を出る。その後ろを執事が2人がかりで俺の椅子を運び出した。
「さて、次は亮のクラスか」
亮のクラスは移動教室だったらしく、移動の途中で俺に会った途端に「帰れ!」と怒鳴って逃げた。
アイツ…随分じゃねーの…
ショックだったので亮の授業を見るのは諦めた。
少しうなだれた俺様の背を、樺地が心配そうにぽんぽんと叩いた。
場所を初等部に移動して、長太郎の授業を見に行くことにする。
長太郎のクラスは音楽だった。
アイツは俺様に似て音楽は得意だからな、いいとこ見せてもらおうじゃねーの。
そして同じように俺様の椅子を音楽室に運び込んだ。
「父さん…授業参観に椅子を運び込むなんて非常識ですよ!」
「アーン?じゃあテメェ俺に立ったまま見てろって言うのかよ」
「立ってるのが嫌なら来なきゃいいでしょう」
「随分じゃねーの、お前達のために来てやってるっていうのに」
長太郎は溜め息をついて自分の席に戻った。
「さて皆さん、今日は先日言ったように歌を歌いますよ」
コイツも家庭訪問の時に挨拶されたな。観月って言ったか。
長太郎はピアノを担当するらしい。
まずは手本として先生が歌うのを聴くらしかった。
心なしか全員が複雑そうな顔をしている。
「あ゛ぁーるぅはれ゛たーひーるーさがり゛ーい゛ーちーばぁぁぁぁぁへつづぅくぅみ゛ぢぃぃぃぃぃ」
俺様はすぐさま音楽室を出た。
音楽室の中からはまだ破壊的な歌声が聞こえてくる。
何であんな歌の下手な人間が音楽の教師に就けるんだ!
教員免許を取る基準というのは何なんだろう。
隣には同じように音楽室から逃げてきたらしい保護者がいた。
「ウス…」
「何だ樺地、知り合いか?」
樺地が軽く挨拶すると、そいつも頭を下げてにっこり笑った。
「樺地さん、こんにちわ。あ、跡部さんも…」
「アーン?お前誰だ?」
「あ、俺は手塚です」
「手塚…?」
手塚と聞いて俺の頬が引きつった。
俺様がここ数年随分ライバル視している会社の部長だ。
もちろん俺様の足元にも及ばない弱小会社だが、何やらあの部長は気に食わねぇ。
樺地からそんな関係を聞いてでもいるのか、手塚の妻は恐縮したように頭を下げた。
「ほう。手塚のガキが長太郎と同じクラスにいるのか」
「ウス…長太郎と、仲がいい、みたいです…」
その時音楽室の扉が開いて一人の生徒が出てきた。艶やかな黒髪の男子だ。
「…薫!何してるんだ?まだ授業中だろ」
「…母さんこそ何で外にいるんスか…」
「いや、それは…」
教師の歌声に耐えかねたとはさすがに言いづらいのか、手塚は口を噤んだ。
「トイレ行くっつって抜けてきたんス」
「駄目だろ、そんなことしたら…」
「音楽の授業の時はみんなしてることッスよ…フシュー…」
溜め息(?)らしきものをついて手塚の息子は俺の方を見た。
目つきの悪さのせいで睨んでいるようにしか見えない。
「薫、長太郎君のお父さんとお母さんだよ」
「ああ…デカイ椅子運び込んでたからすぐ分かりました」
ふん、と小馬鹿にするように笑って、手塚の息子はさっさと廊下を歩く。
「薫、どこ行くんだ?」
「トイレです。顔洗ってきます」
「すみません…愛想のない子で…」
「いや…さすがに手塚のガキだな。面白いじゃねーの」
俺に頭を下げる母親を宥めて、俺達は大人しくその場を去ることにした。
まだ音楽室からは壊滅的な歌声が小さく聞こえていたから。
「最後は若だな…おい、喉が渇いた。紅茶を用意しろ」
執事達にそう言って、俺達は若のクラスに向かった。
教室ではまだ授業が始まっていないらしく、各々が色んな所で騒いでいる。
廊下にも随分人がいて、俺達が教室に椅子を運び込むところを物珍しげに見ていた。
まだ俺達が教室に来たことに気付いてないのか、若は知念とかいう担任のところで楽しそうに話している。
「…オイ樺地」
「ウス」
「若の奴随分楽しそうじゃねーの」
「…ウス」
家では絶対に見ることの出来ないような、照れた笑顔を見せられて急に腹が立ってきた。
「おい若」
「………もう来たんですか。さっさと帰ってください」
直々に教卓の前まで俺が足を運んでやったというのに、若ときたら俺が来たと分かった途端にいつもの可愛げのない態度になった。
「それはねーだろう。今来たばっかりなんだぞ」
「って何ですかあの椅子!何でサイドテーブルまであるんですか!」
「喉が渇いたからな、紅茶だ。若も飲むか?」
「あ、あの…跡部さん、教室内は基本的に飲食禁止で…」
急に話に入ってきたのは当然知念。
「アーン?お前俺に指図できる立場だと思ってんのか?雇われ教師の分際で」
「う…い、いや…それを言われると弱いんやしが…」
俺より随分高い位置にある顔を思い切り睨みつけてやる。
俺の可愛い若を手懐けたからって調子乗るんじゃねーぞ。
「父さん…」
「何だ?若」
「帰れ」
これ以上ないほどのいい笑顔で言われては、言うことを聞かないわけにいかなかった。
「…なぁ樺地」
「ウス」
「結局あんまり授業見れなかったな…」
「ウス…」
帰りの車の中で飲み損ねた紅茶を飲みながら、俺は溜め息をついた。
だがそんな俺も最後に見せられた若の超いい笑顔を思い出して少し幸せな気分になった。
(帰れと言われたことは早々に忘れることにする)
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