「「「「あ」」」」

夕飯の買い物に行った近所のスーパーで、見知った顔を見つけた。



「こんにちわ皆さん。お買い物ですか」

自然と4人が集まって会話が始まる。
一番最初に話し始めたのは知念さんのところの永四郎さんだった。
一番下の双子の兄弟を連れている。

「うむ、ほら赤也、挨拶しなさい」
「ちーッス」
「何だその挨拶は!小学1年生だろう!もっとしっかりせんか!たるんどる!」

幸村さんのところの弦一郎さんと、息子の赤也君もいる。

「…ウス」
「こんにちわ」

跡部さんのところの樺地さんと、確かこちらも末っ子の若君。
樺地さんがスーパーに来るなんて随分珍しいこともあるものだ。

「こんにちわ。随分あったかくなりましたねぇ」

俺も他の人達に挨拶をした。
一緒にいる英二も全員に頭を下げた。



俺達は子供達の年齢が近くて同じ学校に通っていることで、割と仲良くしている。
子供達がいなくても一緒にお茶くらいはしたりする仲だ。
でもこうしてスーパーで全員揃って顔を合わせることになったのは初めてだ。

「樺地クンがスーパーにいるなんて珍しいじゃないですか」

永四郎さんがそう言うと、樺地さんはいつものように「ウス…」と呟いた。

「いつもは産地から直送で食材が送られてくるんですけど、今日は手違いで届かなかった野菜があったんです」
「産地直送ですか。世界が違いますねぇ」
「で、明日の朝食分の野菜を買わなきゃいけなくなったんですけど父さんが母さん一人だと心配だからついていけ、と…」

なるほど、お父さんの命令で樺地さんの付き添いをしているのか、若君。
反抗的なように見えるけど実はきちんと言うことを聞くいい子じゃないか。

「若ーやーもお菓子買ってもらうんかや?」
「わったーも荷物持つかわりにお菓子買ってもらえるんばぁよ!」

永四郎さんの息子の凛君と裕次郎君が若君の腰にしがみつく。

…この子達が仲が良かったとは知らなかった。

「お前達と一緒にするな。スーパーの安菓子なんか食べなくても家に帰ればシェフが特製のスィーツを用意してくれている」
「すぃーつ?」
「すぃーつってぬーよ?」

………仲がいい………のか…?



「りん!ゆーじろ!俺も今日はお菓子買ってもらえるんだぜ!」
「じゅんに?じゃあ一緒に選ぶさー」
「お菓子のとこに行くさぁ!母ちゃん行っていい?」

永四郎さんと弦一郎さんが頷くと、赤也君を加えた子供達は走ってお菓子コーナーまで行ってしまった。

「英二、英二もお菓子いるなら行っておいで」
「…さすがに小学生に混ざってお菓子選ぶのは恥ずかしいにゃ〜」

苦笑して英二は俺の腕に自分の腕を絡ませた。
小学生の前で母親に甘えるのは恥ずかしくないんだろうか。
まぁ、母親としては嬉しいけど。



「…若さんも、行ってください…」
「は?何で俺が?」
「スーパーに、来ることなんて滅多にないから…気になってるんでしょう?」
「べっ、別に!庶民の食べるおやつに興味なんてありませんよ!」

そう言うと若君の顔は一気に赤くなった。
どうやら本当は少しくらいは気になっているらしい。

「ウス…」
「…でも母さんがそこまで言うなら参考までに見てきてやらないこともないです」

それだけ言って若君はいそいそと凛君と裕次郎君と赤也君が行ったお菓子コーナーの方に向かった。



ずっと入り口近辺に立ち止まっているわけにもいかないので、4人並んで籠を下げて店内をゆっくり歩く。

毎日の夕飯のメニューは主婦の悩みの種だ。
山積みにされた商品とデカデカと書かれた値段を見ながら、自然と溜め息が漏れる。

「…む、どうしたのだ、手塚」
「いや…今日の夕飯は何にしようかと考えたらうんざりしちゃってね…」
「分かりますよ、毎日大変ですからね。樺地クンは夕飯の心配がなくて羨ましいですよ」
「ウス…助かります…」

でも産地直送の食材に慣れてしまった跡部家の人々に、こんなスーパーの安い野菜は口に合うんだろうか?
樺地さんは野菜を物珍しそうにまじまじと見ながら、少し眉を寄せていた。

「樺地クンのとこは今日は何ですか?」
「今日は、イタリアンの…コース料理だと、言ってました…」

………自宅の食事がコース料理か…

つくづく世界が違う。
聞いた本人である永四郎さんも遠い目をしていた。

「そういう知念のところは今日の夕飯は何なのだ」
「あ、豚肉が安い…今日は肉じゃがにしましょうかね。弦一郎クンのところは?」
「うむ、我が家は昨日が焼き魚だったからな。今日は煮魚にしようと思う」
「…何故そんなにも魚?」
「今週は精市の帰りが早いのだ!だから精市の好きなものを作ろうと思ってな」

幸村さんのところは本当に夫婦仲がいい。
子供が生まれてもいつまでもこんなに仲良くできるなんてすばらしいことだ。
うちだって夫婦仲が悪いわけじゃないけど、手塚は幸村さんと違ってポーカーフェイスだからこうはいかない。
少し羨ましい…と思わないわけじゃないんだが。

「母さん、ウチは夕飯何にするの〜?」
「ん?そうだな…英二は何が食べたい?」
「エビフライー」

エビフライか…最近作ってなかったからそれもいいかもしれない。

でも揚げ物だけじゃお義母さんに「年寄りに油っこいものを」とか言われるかもしれないから、他にも何か用意しなきゃ。
お義母さんは俺を貶めるためならどんな難癖もつける天才だ。まったくもって胃が痛い。



「母ちゃーん、お菓子持ってきたぁ!」

遠くから凛君と裕次郎君と赤也君と若君が揃ってやってきた。
凛君と裕次郎君の手には持ちきれないほどの量のお菓子が抱えられている。

「…二人とも、お菓子は一人一個だけって言ったでしょ?」
「分かってるさぁ。これから選ぶんばぁよ」
「父ちゃんのぶんも買ってっていい?」
「知念クンはお菓子食べないよ。どうせ君達が食べるんでしょ、却下」

「ウス…若さん…?」
「こっ、これは…凛と裕次郎が食べてみろって言うから!別に食べたいわけじゃないんですけど!」

若君の手にはねるねるねるねが握られていた。

「若、ねるねるねるね食べたことないって言うから」
「食べてみーって教えてあげたんさぁ」

樺地さんは若君の手から受け取ったねるねるねるねを籠に入れた。
その瞬間心なしか若君の顔が嬉しそうになったのは気のせいじゃないはずだ。

「………赤也…」
「一個は一個ッスよ!」

赤也君が持ってきたお徳用の大きい袋に入ったポテトチップス。
赤也君の言うことはもっともなんだが、弦一郎さんの額に青筋が浮かんだ。

「屁理屈を言うな!たるんどる!」

案の定裏拳が飛んだ。

俺達は何度か目撃してるからまだいいが、スーパーの店内でこれは勘弁して欲しい。
驚いた顔をした他のお客さんが皆こっちに注目している。

「小さいやつを選びなおしてこい!」
「いてぇええぇ!せっかく蓮二兄さんと一緒に食べるために大きいのにしたのにぃぃぃ…」
「…む、待て。蓮二が食べるのか?」
「そうッスよ。昨日蓮二兄さんがたまには食べたいって言うから…」
「…そうか…いや、蓮二が言うなら仕方ないな。買ってやろう。籠に入れろ」
「………すげぇ納得いかないけど、一応あざーっす」

結局買ってもらえるなら殴られ損もいいところだ。

と、きっと皆思ったが、敢えて突っ込むことはしない。



「スゲー、あの人怖いにゃー」

小声で英二が呟いた。
そうか、英二は弦一郎さんとあんまり会ったことないから知らないのか。

「英二、そんなこと言うもんじゃないよ」
「でもやっぱり怖いよ。俺、あの人が母さんじゃなくて良かったにゃ」
「こら」

小声とは言え、弦一郎さんは耳がいいから聞こえてしまう可能性もある。

「俺の母さんは母さんが一番にゃ♪」
「英二…」

英二のその言葉には不覚にも少し感激した。

「うむ、素晴らしい親子愛だな」
「「ひっ!!!!!」」

背後から気配もなく現れたのは話題の弦一郎さん。
…やっぱり聞こえてたのか…
そういえば何か武道をやっているという話を思い出した。気配のなさはさすが、侮れない。

「やはり親は子を思い、子は親を思うというのが正しい形だ」

一人納得してレジへと進む弦一郎さんに、どこから聞いていたのかと聞く勇気は俺にはない。



全員がレジを通して買ったものをまとめて店を出ると、もう夕方の5時だった。

「いつもうちのおじいさん達が…そちらのお寿司屋さんにお邪魔して、すみません…」

途中までは皆帰り道が同じなので雑談しつつ歩いていたら、唐突に樺地さんに謝られた。

うちのおじいさんがやっているお寿司屋さんは近所のおじいさんおばあさんの溜まり場のようになっているらしく、
樺地さんのところのおじいさんおばあさんもよく遊びに来ているらしいことは知っていた。

「いや、うちのおじいさん達も喜んでいるんだから、気にしないでくれ。いつでも来て下さいと伝えておいて下さい」
「ウス…」

「若ー、ねるねるねるね食べた感想明日教えろよ」
「ああ」
「食べ方が分からんかったらわったーに電話したらいいさぁ」
「何なら明日まで取っといてくれればわったーが明日やーの家に行くあんに!」
「…お前らスィーツ狙いだろ」
「「あい?ぬーで分かるんばぁ?」」

樺地さんと若君は丁寧に俺達に挨拶をして、あの広大な屋敷のある方角へ帰って行った。



「りんー、ゆーじろ、俺の家こっちだから、また明日なー」
「おー。赤也バイバイ」
「明日は放課後遊ぶさぁ」

「では俺達はここで失礼する」

弦一郎さんが頭を下げて、赤也君の手を引いて角を曲がって行く。
内容までは分からないがまた赤也君が何かやらかしたらしく、弦一郎さんが「たるんどる!」と怒鳴っているのが聞こえた。



しばらく歩いて弦一郎さんの姿が見えなくなった頃、永四郎さんがぽつりと呟いた。

「…今日の裏拳も痛そうでしたね…」
「あれだけ殴られているのにまだ反抗する赤也君も、俺は凄いと思う…」



空を見上げたら、今日の夕焼けはとても綺麗だった。



「…あー…明日の夕飯何にしよう」

隣を歩く永四郎さんが頷く。

「主婦ってほんと、一日中夕飯のこと考えてますよね…」
「たまには何も考えなくていい一日が欲しいな」
「同感です」

いつの間に仲良くなったのか、英二と双子の兄弟は楽しそうに話しながら少し先を歩いている。



(…ほんと、明日の夕飯何にしよう)

そうは思うけど、こうやって夕飯のメニューを悩んでいられるだけ平凡であることの幸せを俺は噛み締めていた。



 

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