我が校は小中高一貫校で、兄弟揃って入学する子供たちも多い。
今回家庭訪問をやるに当たって、一人一人バラバラに訪問していたら相当な時間がかかってしまうことに気付いた。
それは学校側としても、訪問される側としてもあまり歓迎出来ることではないだろう。

小中高全ての教員を集めての職員会議で決まったのは、
兄弟がいる生徒に関してはその生徒の担任達が全員揃って一度にまとめて家庭訪問することにしよう
…ということだった。

大幅な時間短縮だ。

生徒も親も教師も暇じゃないのだ。



「これで全員?」
「…んふっ、そのようですね。では行きましょうか」

高等部3年の担任、千石先生と初等部6年の担任、観月先生の言葉で、俺達は職員室を出た。

「手塚家は特に問題のある生徒はいなそうですね」

手元の資料を見つつ俺が言うと、南先生と知念先生が頷く。

「橘先生は誰の担当でしたっけ?」
「俺は中等部1年の英二君の担任です」

俺の担当する手塚英二は明るくて特に問題のある生徒ではない。
強いて言うなら少し落ち着きがないくらいで…
それでも別に親に細かく報告するほどのことでもないだろう。
子供はおとなしいよりは落ち着きなく遊びまわっているくらいの方がいい。
成績的にも中の下くらい。まずまず平均的な生徒だ。

「俺の担当は長男の貞治君。俺ちょっちあの子苦手なんだよね〜」

教師としてあるまじき態度だが、へらっと目尻を下げて笑われてしまうと言い返す気になれない。
千石先生は子供がそのまま大人になってしまったような人だと思う。

「南は?初等部の1年だっけ、苦労させられてんじゃないの?」

千石先生は初等部の南先生とは仲がいいらしく、気軽な様子で肩に手を置いた。

「まぁリョーマ君に関しては比較的問題ない方かな。ほかにも問題ある子はいっぱいいるし…」

自分の受け持つ生徒のことを考えて浮かない顔になった南先生。
どうやらよっぽど苦労しているらしい。
気の弱そうな人だし、きっと生徒に翻弄されているんだろう。
こっちが強い気持ちで接さないことには生徒はついてこないだろうに。

「知念先生は誰の担任ですか?」
「わんは5年の手塚武の担任です」

この場にいる男達より頭ひとつ分は高い細身の知念先生。
見た目に反して声が小さく、生徒には怖がられているらしいが…
あまり他の教師と関わることが好きじゃないのか、この合同家庭訪問が決まった時も渋い顔をしていた。

「ってことは、観月先生は6年の薫君の担任ですね?」

俺が言うと観月先生はまたいつものように独特の笑い方をした。

「しかしさぁ、この少子化のご時勢にうちの学校って割りと兄弟多い子多いよね〜」
「本当にね…僕は今回の家庭訪問が合同になってよかったですよ」
「まぁ時間の短縮にはなるからなぁ…ゆっくり話すことが出来ないのはちょっと残念だけど…」
「南はまじめだなぁ」
「だって俺の生徒は入学して初めての家庭訪問だから色々話したいじゃないか」

南先生の言うことは理解できる。
生徒に対してのそのまじめな姿勢は好感が持てた。
初等部と中等部はあんまり関わり合わないから知らなかったけど、今度話しかけてみようと思った。

道々普段はあまり喋らない教師同士が言葉を交わす…

こういうのもなかなかいいものだ。



「…ここかぁ、手塚家」
「綺麗なお宅ですね。んふっ」

インターフォンを鳴らせば、すぐに扉が開いた。



「いらっしゃいませ。お待ちしてました」
「あっ、橘先生だにゃ!いらっしゃーい♪」

中から出てきたのはお母さんであろう優しそうな人だった。
その人の腰に腕を回してべったりくっついてるのは俺の教え子である手塚英二。

「ほら英二、離れなさい」
「やだ!」

よほどお母さんが好きなんだろう、手塚英二は全くお母さんから離れる様子がない。
学校では見られない姿だ。
こういうのが家庭訪問の醍醐味なんだろう。



居間に通されたら、そこには眼鏡をかけた男がソファに姿勢正しく座っていた。

「あ、先生、うちの主人です」
「そうですか…それはどうもいつもお世話になっております」
「いえ、こちらこそお世話になっております。父の手塚国光です」

お父さんはソファから立ち上がって丁寧に頭を下げてくれる。
俺達も慌てて頭を下げた。
(平日なのになんでお父さんまでいるんだろうな。ご時勢的に聞いちゃいけないことかもしれない)

全員揃ってソファに座ると、お母さんがお茶とお菓子を出してくれる。
こういう出されたものは手をつけちゃいけないらしい。
無駄な出費をさせるのは心苦しかった。

扉が開く音がして振り返れば、見慣れた顔が並んでいた。
子供達も集まってきたらしい。
それぞれの先生に挨拶して、子供達は床に座った。
手塚英二はまたもお母さんの膝に甘えるようにもたれている。






「さて、じゃあとりあえず貞治君から」

千石先生がこほん、と咳払いして話を切り出した。

「貞治君は授業態度も成績も何ら問題ありません。終わり」

「「え」」

ご両親があまりの短さに言葉を失った。
当然のリアクションだろう。

「…千石先生…もう少し何かないんですか?」

思わず関係ない俺が口を出してしまった。

「えー…でも本当に問題ないんですよね…クラスメイトからの人望も厚いし…」

天井のほうを見上げながら千石先生は考え考え言葉を紡ぐ。

「あと…優しいし…女子からもそれなりに人気あるみたいだし…いやー先生羨ましいな!」
「千石先生、もういいです」

手塚貞治が止めた。
このままいくと何を言い出すか分からないとでも思ったんだろう。

「…貞治、自分の部屋に先生を案内してあげなさい」
「え、いいの?貞治君よろしくー」

お父さんに言われて手塚貞治は少し嫌そうにしながらも立ち上がった。

「先生、俺の部屋はこっちです」

先生は嬉々として着いて行く。
こういう親を前にしての堅苦しい空気が嫌いなんだろう。
つくづく教師に向いた性格じゃないと思った。



「じゃあ次は僕が。薫君の担任の観月はじめと申します」

観月先生は真面目でしっかりしているが、いかんせん男としては趣味が変だ。
何というか、少女趣味なのだ。
俺は九州男児だし、観月先生のそんな趣味は理解できない。
とりあえず初等部の音楽室を私物化してドアノブにもれなくカバーをつけるのは止めた方がいい。

「薫君は若干周りに壁を作るようなところがありますが、授業も意欲的に取り組んで大変すばらしいです」
「それはどうも…」
「ただ僕の担当する音楽の時間はあまり意欲的とは言えませんね。苦手科目なのかな?」

突然話を振られた手塚薫はちょっと驚いた顔をして、複雑な顔をして軽く頷いた。

噂だが観月先生の音楽の授業はだいぶ聞くに耐えないものであるらしい。
同じ初等部の担当である知念先生と南先生が引きつった表情を浮かべているから、あながちただの噂でもないんだろう。

「まぁそんな感じですね」
「そうですか…分かりました。薫、」
「分かってます」

話が一段落して、手塚薫が立ち上がった。

「観月先生、俺の部屋はこっちです」
「ああ、そうですか。ありがとう。あ、お母さん、この紅茶美味しかったです」
「あ、ありがとうございます」

いつの間に手をつけていたのか、観月先生の前のカップは空になっていた。



「わんは武君の担任の知念です」

小さい声で知念先生が話を切り出した。

「武君は…授業中は少し落ち着きがないですが明るくて人気者ですね」
「先生、あんま悪いことは言わないでくれよな!」

手塚武の言葉に知念先生は軽く笑った。
知念先生は無表情だという印象があったけど、こうやって笑うんだな。

「成績がどうしようもなく悪いってわけでもないんだから、元気なことが一番です」

意外だった。知念先生は割と俺に近い考え方をしている。

「勉強してくれるに越したことはありませんが」
「それを言っちゃいけねーなぁ、いけねーよ!」

困ったように笑う知念先生にすかさず手塚武が笑いながら茶化す。
お父さんの眼鏡がきらり、と光った。

「…桃、今日から俺が勉強を教えてやろう」
「えっ、勘弁っす、父さん」
「薫と喧嘩ばかりする暇があるなら勉強をしろ」
「ちょ、知念先生どうしてくれんすか!」
「勉強すること自体は悪いことじゃないどー、手塚」
「まじ恨むっすよ、先生…」

ひとまずその話は後回しにして、手塚武も知念先生を部屋に案内するために居間を出て行った。



残ったのは俺と南先生だけ。

俺が目線だけで南先生に先にどうぞ、と言うと分かってくれたのか、南先生が話し始めた。

「え、と…リョーマ君も特別問題はないですね」
「そうですか」
「お友達とも仲良くやってるようですし、学校にも慣れたようで何よりです」

今年入学したばかりの末っ子である手塚リョーマは冷めた顔をしてフン、と笑った。

「リョーマは年の割に生意気なところがあるから、先生にご迷惑かけてないか心配だったんですが…」
「いえ!そんなことはありません!大丈夫です!」

…何だか手塚家の母と南先生は似てる気がする(苦労性っぽいところとか)

「ただちょっとクラスメイトの子とよく喧嘩してるのが気になるくらいで…」
「先生、誤解。いっつも喧嘩売ってくるのは赤也で俺は何もしてないよ」

いやそうなんだけどでも…なんて煮え切らない態度を取る南先生を見つつ、手塚リョーマは立ち上がる。

「先生、どうせ俺の話はもう終わりでしょ。俺の部屋はこっち」

ソファに座る南先生の手を引いて居間を出て行った。



「あれ?残りは俺だけにゃ?」
「英二、いい加減に離れなさい」
「やだ」

兄弟が誰もいなくなったからか、手塚英二は母親の膝に頭を乗せ始めた。
まるで猫みたいな仕草にほほえましくなる。

「英二君の担任の橘です」
「よく英二にもお話伺っております」

お母さんはもう手塚英二を膝から引き剥がすことは諦めたらしい。

「英二君はクラスでも男女共に人気者ですね」

俺は各授業の担当の先生から聞いた手塚英二の授業態度などが書かれたプリントを見た。

「授業中も特に問題はないようですし…俺の体育の授業の時もなかなかいい成績ですよ」
「そうですか…家ではこんな子供っぽいから学校ではどうなのか気になって…」
「いえ、学校では特別幼いと感じたことはありませんよ」
「家ではいっつもこんなに俺にベッタリで…お恥ずかしいです」
「思春期の男の子がこんなにお母さんが好きだというのはいいことだと思いますよ」
「あ、ありがとうございます…」

話に区切りがついたと見たらしく、手塚英二がやっとお母さんから離れて俺の方を見る。

「先生、俺の部屋も来るでしょ?」
「そうだな、少し見せてもらおうかな」
「こっちだにゃ!」

ソファに座る両親に頭を下げて俺もソファを立つ。
手塚英二はいつものように笑顔で俺の腕を引いた。



「ここが俺の部屋だにゃ〜」

2階の一室が手塚の部屋らしい。
兄弟があんなにいるのに一人部屋なんだな。

「先生見て!これくまの大五郎!」
「でっかいぬいぐるみだな」
「これ母さんが誕生日にくれたんだ〜」
「手塚は本当にお母さんが好きなんだな」
「うん!」

最近の子供は親とのコミュニケーションが取れてないってよく聞いてたけど、この家庭は大丈夫みたいだ。
皆いい子だし、すくすく育ってるみたいだな。

俺はそう思って少し嬉しくなった。






それから少し手塚と話をしてから居間に戻ると、もう他の先生は戻ってきていた。
子供達もテーブルの周りに座っている。

そしてさっきは見かけなかった人が二人…

「あ、先生。俺の両親です」

さっきと同じようにソファに座ったままのお父さんがその二人を紹介する。
二人は俺に向かって軽く頭を下げた。

「先生、うちの主人は寿司屋をやってるんですよ。良かったら少し食べて行ってください」

笑顔でテーブルを指すその人が子供達の祖母なんだろう。
ニコニコしているが、その言葉は有無を言わさない雰囲気だった。

「いえ、頂くわけにはいきませ「まぁそう言わずに」

…断ろうと思ったのに強引にソファに座らされた。
隣を見ると千石先生も少し困った顔をしていた。
どうやら全員この調子でソファに座らされてしまったらしい。

「もう握っちゃったんで、何が何でも食べてもらいますから」
「…不二…無理して食べていただかなくても…」

おじいさんとおぼしき人がいかにも人の良さそうな顔を焦らせている。
が、おばあさんに無言の笑顔を向けられてすぐに一歩退いた。

…何だかこの家の力関係が見えた気がした。

見ればお父さんはあまり俺達を見ないようにしているし、お母さんは顔を青くして笑顔を引きつらせている。

「少し趣向を凝らしてロシアンルーレット風にしてみたよ」

テーブルに置かれたのはまぐろの寿司。
…ひとつだけ明らかに、ネタと同じくらいの厚さにワサビが乗ってる寿司がある。

「「「「「……………」」」」」

あからさまにバレバレなロシアンルーレットだがいいんだろうか。
俺達教師陣は突っ込むに突っ込めなくて黙ってしまった。



「ほら、秀一郎さんの分もあるから食べなよ」
「え…あ、はい…ありがとうございますお義母さん」

お母さんが最初に進められて、当然そのワサビてんこもりを避けて手を伸ばす…

「…へぇ、秀一郎さん、それ食べるの?」
「えっ…」
「秀一郎さんがそれ食べたら、先生方の誰かがワサビ入り食べなきゃいけなくなるね」
「……………」
「自分の子供達に勉強教えてくれてる方々にそんな目に遭わせていいの?」
「……………」

お母さんの手が止まって、逡巡しているようだった。

「あ、あの…お母さん、わんはワサビ入りでも構いませんから…」

見かねた知念先生が口を挟む。
が、おばあさんがうっすらと開けた目で知念先生を睨むとさすがの知念先生も黙った。



「……………いただきますッ…!」



改めてお母さんが手を伸ばした先にあったのは赤と緑と白がくっきり三層になっている、ワサビ寿司だった。

((((((((((嗚呼………!)))))))))

その場にいた全員(もちろんおばあさん以外だ)が決定的瞬間から目を逸らした。



―――――…



「「「「「……………」」」」」

帰り道、俺達は全員無言だった。

「………なんていうか、手塚家の子供達は皆問題ないよね」

一番最初に口を開いたのは千石先生。
観月先生と知念先生は無言で頷いている。

「問題があるのはあの…おばあさんですかね」

俺の言葉にその場にいた全員が最期に見たお母さんの姿を思い描いているんだろう、また無言になった。



ワサビ寿司を食べて真っ青な顔をして居間から光の速さで出ていくお母さんと、
悠然と微笑むおばあさん、
青い顔をしておばあさんとは目を合わせないようにするお父さん、おじいさんと子供達。
手塚英二に至っては大好きな母親の悲劇に目を潤ませていた。



「あの家にはもう行きたくないなぁ…」



教師達の心が今日一番ひとつになった瞬間だった。
(あ、寿司は普通に美味しかった)



 

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