「お。何だよ若、お前も宿題忘れ?」

放課後、宿題忘れた奴恒例の居残り勉強には、クラスメイトの跡部若がいた。
コイツは頭もいいし授業だってちゃんと聞いてるのに。
そんな奴でも宿題忘れたりするんだな。凄く意外に感じた。

「桃。俺は忘れたんじゃない。やらなかったんだ。お前と一緒にするな」

「……………」

そんなこと堂々と言うことじゃないと思うんだが。
さすが変わり者・跡部一族の末っ子だ…
この高慢な態度も跡部一族の血がそうさせるんだろうか。
まぁコイツの家族のことなんて噂で聞いたことくらいしか知らねぇけど。

「若は父ちゃんと居残りがしたいだけさぁ。わざと忘れてきてるんばぁよ」
「慧」

そういう慧も今日は珍しく宿題を忘れたらしく、居残り用のプリントを前にシャーペンを回してる。
父親が担任だっていうのにどうすれば宿題を忘れられるんだ。

…しかし跡部若が知念先生と居残りをしたくてわざと宿題を忘れてる?

それは初めて知った。

「ってことはお前いっつも宿題やってきてねーの?」
「ここ数ヶ月俺は家で宿題をやってきたことはないな」
「うわ…知念先生かわいそー…」
「宿題をやってきても成績が悪いお前よりマシだろう、俺は成績はいいんだから」
「うっ…それは言っちゃいけねぇなぁ…いけねぇよ…」

ところでその件の知念先生はどうしたんだ?
いつも宿題居残りの時は教室にいるはずなのに。

「今日は先生は職員会議だ」
「そうそう。だから若は機嫌が悪いんどー」
「慧、煩い」

……………

「…慧と若って仲良かったっけ?」

そうだ、俺の記憶が正しければこの2人はロクに口を利いてるところさえ見たことがなかったはずだ。

「最近仲良くなったんばぁよ。この間の日曜は家にも遊びに来たし」
「…フン」

おお…若が照れている…珍しい。
いつも偉そうに人を見下すような態度しか取らないのに…

「…桃、とっととプリントやったらどうだ」

ちらり、と横目で見られて、俺はやっと席についてプリントに取り掛かる。
若はもう終わったのかプリントを裏返して頬杖をついていた。
慧はまたシャーペンを回している。やる気はないらしい。

目線をプリントに落とす。
俺の苦手な国語だ(だから忘れたのだ)

しばらくはプリントとにらめっこする。



…が、ものの5分で諦めた。



「若くーん♪プリント…見せてくんねぇ?」

愛想良く頼めば若は横目で俺を見て大袈裟に溜め息をついた。

「俺のプリントを丸写ししたら写したことがバレるだろ…お前が国語で満点なんて取れるわけないんだから」
「そこはてきとーに間違えとくし…って満点!?お前満点なの!?」
「…授業をちゃんと聞いてれば分かるぞ。まぁ俺は国語が得意だし…」

はぁ〜…満点か…すっげぇなぁ!すっげぇよ!
国語で満点取るなんて日は俺には一生ないだろうな。
算数だったらまだ可能性はあると思うけど…

それはともかくプリントを写させてもらうため、俺は若の席の近くに移動した。

てっきり断られるかと思っていたのに、意外にも若はプリントを俺の方に滑らせてくれた。

「へへ、サンキュー若」
「…フン…」

しばらく黙々とプリントを写していたら(もちろんところどころは間違えつつ)慧も終わったらしく俺達の近くに移動してきた。

「桃ーお前自力でやらんと父ちゃん怒るどー」
「知念先生って怖くねーじゃん」
「…ふらー。うちで怒ったら一番怖いのは父ちゃんやっし!」

へぇ。見た目はともかくいっつもおっとりしてて怒ったりしない人なのにな。
一体あの先生を怒らせるなんてどんなことをしたんだ…

「…あの先生を怒らせるなんてよっぽど悪いことお前らがしたんだろ」

若が俺の心の声を代弁するかのように言う。

「まぁ裕次郎と凛は人を怒らせる天才あんに」

慧は苦笑した。

「…慧って弟がいるんだっけ」

そういえば今年の入学式の時にそんなことを言ってた気がする。

「若は?若は兄弟いるのか?」
「俺は兄が3人いる」

若の家族の話を聞くのは初めてだ。
耳に入ってくる噂はあるけど、そういうのはあんまり信用していない。
確かすぐ上の兄貴は6年にいるって聞いたことはある。



………6年。



「…そう言えばこの間、お前の兄貴がうちに来たぞ」

ちょうど考えていたことを言い当てられたような気がして、プリントに走らせていたペンが思わず止まった。

「6年の…俺の兄貴と同じクラスらしい」
「…チッ…マムシか…」

条件反射でつい舌打ちが出てしまった。

「ぬー?やーは兄弟と仲悪いんばぁ?」
「他の兄貴や弟とは悪くねぇよ。でもマムシとだけは悪い」
「マムシって面白ぇな!わんの弟はハブなんどー」
「何でハブ?」
「ちいせー頃うちなーに遊びに行った時に森ん中でハブ見て気に入ったらしいさぁ」
「マムシはそんな可愛いモンじゃねーよ」

マムシとは今朝も喧嘩して父さんに町内10週させられた。
思い出したらまた腹が立ってきた…

何でいっつも喧嘩になっちまうんだろう。
気がつけばいつも顔を合わせれば反発ばかりするようになって…
年も近いし何かと比べられることが多くて…最初はそんなライバル意識だったような。

誰とでもすぐ仲良くなるのが得意な俺が、唯一仲良く出来ない兄。



「…なぁ、お前らは兄弟とどんな付き合い方してんの?」



単純に興味が沸いて聞いてみる。
別に、だからってこれからのマムシとの付き合い方が変わるわけじゃねーけど!

「どんなって…別に普通さぁ」
「慧は弟と仲いいか?」
「悪くはないやしが…弟はわんより父ちゃんに懐いてるから、むしろわんはどうでも良さそうっていうか」
「…それはそれで寂しいな…」
「でも優しいぞ?昨日なんか裕次郎、髪の中に隠してた飴わんにくれたし」
「どんな頭してんだよ、弟」

俺は慧の弟は知らないが『髪の中に隠してた飴』って…
普通に考えて髪の中は隠し場所じゃねーだろ。
それを優しさと受け取る慧の純粋さ(いや、いじきたなさ?)に俺は少し泣けた。

弟を知ってるらしい若が隣で呆れたように溜め息をついた。

「…裕次郎、昨日俺にも髪の中から出したマシュマロくれたぞ…」
「最近自分の髪の中が収納スペースだってことに気付いたみたいさぁ。毎日母ちゃんに怒られとる」
「永四郎さんは潔癖だからな…そりゃ怒るだろう。俺でも怒る」

若…お前いくらなんでも同級生の母さんのこと名前呼びってどうなんだ…
何だかちょっぴりイケナイ香りがした。若って人妻とか好きそうだもんな…

「そういう若は?兄貴と仲いいのか?」
「別に特に関わらない。下手したら食事のときしか顔を合わさない日だってあるし」

ああそうだった。コイツの家はあの駅向こうのセントラルパーク級の豪邸だった。
干渉しないようにすれば全く関わることなく生活できるだけのスペースがあるっていいよな…
俺の家の広さでは、顔を合わさないで生活するとなると引きこもるしかない。



「…兄貴達のこと、好きか?」

俺の質問に若は少し間を置いて答えた。

「…嫌いじゃない」

その言葉は嘘ではないんだろう。
ムカつくことがあったって、やっぱり家族だもんな。

その答えに満足していたら、気付けば若が俺をじっと見ていた。



……………?



「お前は?」
「え?」

「嫌いなのか、兄貴が」



……………



「いや…嫌いではない、かな…」



そう口に出してしまえば、何だかその通りだった。
顔を合わさずに生活したいかって言われれば、そんなこともない。
むしろ今まで毎日喧嘩して、怒られて、町内走って…
この毎日が当然になっているのに、今更日常にマムシがいなくなるなんて考えられない。

「…この間、お前の兄貴がうちに来たって言ったろ」
「あ?ああ…」
「お前の兄貴もお前と同じこと言ってた」
「……………」

「『あのうるさいのが居なくなったらうちが通夜みたいになるからな』って」

「………アイツ、根暗だからな」
「今度兄貴が来たらそう言っといてやるよ」
「おー、言っとけ言っとけ」



でも、



「…俺だって、アイツがいなくなったら張り合いがねーよ」



小声で言ったセリフも伝えておいてくれ。
なんて、若には言わなかったけど、期待はしておこう。



「いくら喧嘩したって関わらないようにしたって、結局切っても切れない仲さぁ」

慧が言った言葉に思い当たることでもあるのか、若はまた溜め息をついた。



そうだ、どうせ切っても切れない仲。
有り得ない『もし』の話なんて意味がない。
どうせ今日も明日もアイツは居るんだ。

いきなり素直になれなくたって、時間はまだまだたくさんある。



 

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