俺はマムシの化身。毒を持つ男。



友達は、いない…



今日も朝から桃のアホと喧嘩して父さんに怒られた。
いつもいつもいつもいつも…喧嘩を吹っかけてくるのはアイツなのに俺も一緒に怒られる。
売られた喧嘩は買う。相手がアイツなら尚更だ。
でもそれは朝から町内10周という結果しか招かない。



学校の敷地を歩いてる時、通りすがりの男子生徒達の話し声が聞こえた。
制服のネクタイの色が違うから違う学年だということを知れる。
同じ校舎に向かうのだから足並みは自然と揃う。
だから聞くともなしにその男子達の話す内容は聞こえた。



「知ってるか?5年と6年にいる跡部兄弟の家の話」
「え、何?知らない」
「おととい兄貴の方の誕生日だったらしくてパーティだったんだって」

兄貴の方…ということはそいつは俺と同じクラスで隣の席の跡部長太郎のことだろう。
そうか…アイツおととい誕生日だったのか…

「で、俺の兄ちゃん跡部のパーティに行ったらしいんだけど、ちょーーーすげーらしいよ!」
「あ、あいつんちってめちゃくちゃ金持ちらしいな」
「それもそうなんだけど、親父がめっっっっっっちゃくちゃ変な奴で、変な歌とか歌ってたらしいぜ」
「何それ…こわ…」
「いくら金持ちでもあんなのが親父だったらやだな…って、あ!跡部…」

校門のところに止まったやけに長い黒塗りの車から、跡部長太郎と弟が出てきた。弟の名前は知らない。
だが毎日あんな車で送り迎えされてるから、嫌でも全員跡部家の連中の顔は知っている。



さっきまでパーティが云々言っていた男子達の方をちらっと見た弟は、何を思ったかまた車に乗り込んだ。

長太郎が車の中を覗き込んで何か言ってる。
この距離じゃ何を話してるのかは聞こえない。

しばらく言い合いを続けていたらしいが、結局長太郎に引きずられるようにして弟は出てきた。

俺はというとそんな兄弟を遠くからずっと眺めていた。



「あ、手塚君!おはよう!」

校舎に近づいて来る跡部は俺に気付いたらしく声をかけてきた。

「………ああ」

いつも笑顔で優しくて人気者の跡部に対して、俺はそっけない態度しか取れない。

「…兄さん、俺はやっぱり今日は帰ります」
「まだそんなこと言ってるの?駄目だよ、父さんに怒られるよ」
「………?」

弟の方はテンションが低い。
いつも愛想がない奴だと思っていたが、いつも以上だ。

「だって絶対噂になってるに決まってる!」
「そんなことないってずっと言ってるでしょ?」

噂…?

「ねぇ、手塚君!別に変な噂なんて流れてないよね!?」

跡部が俺に救いを求めるように話を俺に振ってきた。
話は読めなかったがとりあえず跡部に関する噂について考える。
まぁ元来噂なんて滅多に耳に入れない俺に思い当たることといえばひとつしかなかったが。



「…誕生日パーティで親父が歌を歌ったってことか?」



「「……………!」」



兄弟は同じ表情をして固まった。
さすが兄弟、似てないと思ってたがこうして見ると似てるもんだ。

兄貴より一瞬早く、弟は絶望的な顔をしてふらりと校門に向かって歩き始める。

「あっ、こら!若!」

兄貴がそんな弟の腕を掴んで止めた。
(わかし、という名前だということは初めて知った)



「案の定だ…!クソッ…あの人があんなことしたせいで俺の学校生活に支障が!」
「若は大袈裟なんだよ。噂なんて気にしなきゃいいでしょ?」
「気にしないわけにいくか!ああ…クラスに行ったらきっとクラスメイトが俺を馬鹿にするんだ…」
「そんなことないってば」
「兄さんの友達があの人の歌を覚えていたりしたら、校内で俺様の美技はブギウギが流行ってしまう…!」
「俺様の美技『に』ブギウギだよ、若」
「お前息子なんだから踊れよとか言われたらどうしよう…」

噂に尾ひれがついて家族総出で親父のバックダンサーをしてたとか言われたらどうしよう
とか何とか弟は一気に想像力を働かせてどんどん絶望に落ちていっている。

…何というか癖のある弟なんだな。

跡部のことはいつもほのぼのしたただのボンボンだと思っていたが意外に大変なのかもしれない。
同じ癖のある弟を持つ身として少し跡部に同情した。

しかし跡部はけろりとしていて、手馴れた様子で弟を説得している。
俺は何となくその場から立ち去ることも出来ずその様子を眺めていた。



予鈴が鳴り始める頃になってやっと弟は跡部に言いくるめられて教室に向かった。

「ごめんね、手塚君。何だか付き合わせちゃって」

俺が勝手に見ていただけなのに、跡部は眉尻を下げて俺に謝った。

「………変わった弟なんだな」
「うん?弟だけじゃないよ、兄さんも変わってる。一番変わってるのは父さんかな」

跡部は何でもないことのように笑った。

「…家族が変わってると、大変じゃないか」

俺の家族もお世辞にも平均的な人間とは言えないせいで、ついそんなことを聞いてしまった。
だが跡部はニコニコ笑いながら

「大変な時もあるけど、退屈はしないよね。それに俺は家族が大好きだから」

と言った。

……………

そうやって素直に家族が大好きだなんて言える跡部は凄いと思った。



2人並んで教室に向かって、本鈴が鳴る前には6年2組につくことが出来た。
隣の席の跡部は教室に来た途端クラスメイトに囲まれている。
大体は「誕生日おめでとう」という言葉とプレゼントだ。
跡部はそんなクラスメイト達ひとりひとりに笑顔でありがとうと言っていた。



「…機嫌がいいな」

いつもニコニコしてるとは言え今日はいつもの3割増の笑顔な気がして、クラスメイトの波が途絶えた時に俺は言った。
途端に跡部は食いついて、笑顔のまま俺に体を寄せてきた。

「分かる!?実はこの週末は人生で最高の週末だったんだ!」
「大袈裟だな」
「大袈裟!?そんなことないよ!聞きたい?ねぇ手塚聞きたいんでしょ!」

…もの凄いテンションの上がりようだ。
正直気持ち悪いほどのそのテンションは初めて見るものだった。

「どうしよっかな〜、最高に幸せだったから誰かに教えるのもったいないんだけど〜」
「別に聞きたくないからいい」
「実は一番上の兄さんから貰った誕生日プレゼントが最高でね、」
「聞けよ」



癖のある兄弟を持つ身を案じてしまった自分が呪わしい。



俺は大きな間違いをしていた。

跡部が癖のある兄弟を持っているんじゃない。
跡部自身が癖のある方だった。



それから授業中もずっと跡部は小声で俺に週末の話をして聞かせた。
本当は誰かに言いたくて仕方なかったんだろう。

俺は聞いてなくても多分支障は無かったんだろうが、耳元でコソコソ囁かれては聞かずにいられない。
仕方なくどうでもいいすぐ上の兄貴との楽しいデートの話まで聞く羽目になった。



昼になるころには俺は今までの跡部の印象をすっかり変えられた。

コイツがここまで変な奴だとは全然知らなかった。
今までの犬のような明るい笑顔と優しさはどこか遠くへ葬り去られ、
代わりに俺の目に映るのは犬の顔をした執念深い蛇だった。

何しろコイツは俺が移動教室の時もあろうことかトイレに行く時でさえついてきた。
そしてひたすら「亮さん」とかいう兄貴の話をしてくるのだ。

俺はさすがに切れそうになったが、よく考えたらこんなにクラスの人間と口を利いたのは初めてだ。

そう思うと込み上げてくるのは嬉しさで、跡部を強く引き離すことが出来ない。
跡部のこの本当に嬉しそうな笑顔がまた引き離すのを躊躇わせるんだろう。



「ねぇところでさ、こんなに手塚君と喋ったのって初めてだよね」

これまでの話の続くをまだ聞かせるつもりなのか、給食の時間になると跡部は当然のように俺と机をくっつけた。

「あんまり手塚君って自分の話とかしないから怖いのかなって思ってたけど、違うんだね」
「何だそれ…」
「だって俺の話根気よく聞いてくれるし、呆れたり怒ったりしないし」

そんな風に言われたのは初めてで、少し照れる。
それを言うなら俺を怖がらずにこんなに普通に話してくれるのだって跡部が初めてだ。
…と思ったけど、言葉にはならなかった。

何故なら跡部がまた「亮さん」の話を始めたから。



授業が終わって校門に向かうと、そこにはもう朝見た黒くて長い車が待機していた。



「あ、もう車来てる…」
「ああ」
「今日は楽しかったよ、薫君」
「ああ………っ!」

こいつ…今薫君って…

「俺のことも長太郎って呼んで。明日は薫君の家の話聞かせてね!それじゃ、また明日!」

跡部は何事も無かったかのように車に向かって歩き出した。

俺は言わなければいけないことを思い出す。
勇気を出して、滅多に出さない大きな声を出した。



「っ、長太郎!」

長太郎が振り返る。

「…遅れたけど、誕生日、おめでとう…」

知らず小声になってしまったけど、きちんと聞こえたようだ。
長太郎はにっこり笑った。



「ありがと!薫君と友達になれて嬉しいよ!」



顔が熱い。

思えば家族以外に誕生日の祝いの言葉をかけたことなんてなかったかもしれない。

俺はフシュー、と一息ついて、長太郎が車に入っていく姿を見送った。
弟の若が朝見た時とは全く違う、いつも通りのふてぶてしい顔して車のシートに座っているのが見えた。
きっと噂なんて弟が予想していたほど蔓延してはいなかったんだろう。

俺は今日一日で見た長太郎の新しい一面を思い出しながら帰路に着いた。



俺はマムシの化身。毒を持つ男。



友達が、出来た。



 

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