キーンコーンカーンコーン…



チャイムが鳴った。
教師が教室から出て行ったので、鞄の中からいつものデータノートを取り出す。
さて、蓮二のところに行こうか。

「貞治」

振り返ればちょうど蓮二が教室に入って来るところだった。
蓮二は俺の前の席が空いてるのを見るとそこに横に座って俺の机にノートを置いた。

「どうしたんだ蓮二。早いじゃないか」
「前の授業が早く終わったから。チャイムの鳴る3分40秒前には教室の前についていた」
「蓮二の前の授業は亜久津の数学だったな」
「ああ、あの先生は早く授業を終わらせたり自習にしたりすることが多くて困る」
「いいじゃないか。蓮二のことだ、自習の方が勉強ははかどるんだろう?」
「それはそうだが教室で煙草を吸うのだけはいただけない。やめて欲しいよ」

そう言うと蓮二は制服に煙草の匂いがついたのか、ブレザーを持ち上げて顔に近づけた。

「やっぱり。染み付いてる」

目を伏せたまま眉を顰める。
蓮二は顔を歪ませても尚涼しげで綺麗だ。

ほら、とブレザーを俺の方にも近づけてくるから、俺も少し頭を下げて蓮二の胸元に顔を寄せた。

「…そんなに強く染み付いてるようには思わないが…蓮二は神経質だからな」
「この匂いが分からないのか?鼻がおかしいんじゃないか」

そういわれても蓮二のいつも持ち歩いてる匂い袋の香りしか漂ってこない。

「この匂い袋の香りは気に入ってるんだ…煙草の匂いなんて染み付かせたくない」
「ああ、亜久津は蓮二の担任だから接する時間が長いもんな」



くすくす、と忍ぶような笑い声が聞こえた。
まさか自分達に向けられたものとも思わずにその声がした方を見る。
数人固まった女子生徒達がこちらを見ていた。
俺が見た途端に全員ぱっと窓の方に向き直ったが。

「何か気になることでも?」

こそこそした態度が少し気に障ったのか、眉を顰めた蓮二が女生徒の集団に尋ねた。

「えっ!?いや…別に何でも…」

女生徒の一人が慌てて否定する。

「何でもないのなら人の顔を見て笑うのはやめたほうがいいな」
「あ、その…ごめんなさい…」

冷淡な蓮二の言葉に怒られたと思ったのか、女生徒達は途端にしゅんとしてしまった。
さすがに女の子にそんな顔をさせるのは忍びない。

「ごめんよ。蓮二は言い方はキツいけど、別に怒ってるわけじゃないんだ」
「言い方がきついとは何だ。俺は正しいことを言ってるだけだ」
「相手は女の子なんだからもっと優しく言えばいいだろう??」
「女だからと言って話し方を変えるなんて愚の骨頂だ。お前はそんな軟弱な男だったのか?」

女生徒のフォローに回った俺に、蓮二は益々眉間の皺を深くして突っかかってくる。

くすくす…

2人で言い合いをしていたら、さっきの女生徒達がまた笑い始めていた。今度はちゃんとこっちを見たまま。

「「……………」」



「手塚君と幸村君ってカップルみたいだよね」



「「……………」」

その言葉に俺と蓮二は返す言葉を失くす。

「…どうしてそう思うのかな」
「だって休み時間のたびにお互いの教室行き来してるし。クラスだって一番遠いのに」

確かに、俺はA組、蓮二はF組で一番クラスは離れている。
そして事実俺達は休み時間のたびにお互いのクラスを行き来しては色々語り合っていた。
お互いの教室に行く途中で会えばそのまま廊下で話をすることもしばしばだ。
まさかそれをしっかり見てる生徒がいるなど思いもしなかったが…

「それに何だか距離が近いっていうか…今も胸に顔近づけてたし」

それにはきちんと匂いの確認という理由があるのだけど、きっと彼女達にそれを言っても無駄だろう。
世の中にはこういう種類の女の子がいるってことは知識としては知ってたけど、見たのは初めてだ。
案外身近にいるものなんだな…これは色々勘繰られているに違いない。
俺は新しい人種を見つけたことと、そしてそれを随分率直に、しかも本人に言うその勇気に感心した。



「………不愉快だ」

蓮二は低く呟くと席を立ってそのまま教室を出て行ってしまった。



「あ…どうしよう、幸村君のこと怒らせちゃった…」

ここにきて自分達の無神経さに気付いたのかオロオロしだした女生徒に苦笑を洩らす。

「大丈夫、怒ってるっていうか、照れてるんだよ」

俺は彼女達にそう言い置くと、机に置かれた蓮二のデータノートを取って教室を出た。
「えっ!照れてるってどういうこと!?」「やっぱりあの2人って…」
背後でそんな黄色い声が聞こえた。後で教室に戻った時のことを思うと厄介だ。
でもこれもいい機会だ。思わせぶりなことを言って彼女達のデータを取ってみよう。



休み時間の廊下だけあって生徒はあちこちにいる。
ざっと視線を走らせても視界に蓮二はいなかった。

恐らく、角を曲がった突き当たりにある非常口の扉の向こう、殆ど人の来ない非常階段にいるだろう。
わざわざ大事なデータノートを置いていったんだ。俺が来ることなんて想定済みのはずだ。

休み時間も残り少ないので、少し足早にその場所に向かった。



非常口を開けると、階段に予想通り蓮二が座り込んでいた。
長い足を抱えて、俺に不満そうな視線を向けてくる。

「…遅いぞ」
「ごめんよ。はい、ノート」

蓮二は無言でノートを受け取った。



「…まさか他人にバレてるなんて」

俺が隣に座ると、蓮二は前を向いたまま呟いた。
切り揃えられた黒髪から覗く耳たぶが赤くなっている。

「バレてるってわけじゃないと思うよ」
「何でそんなに平然としてられるんだお前は!」
「言いたい奴には言わせておけばいいのさ」

だって誰に何を言われたって俺は蓮二と付き合いをやめるつもりはないし。

「お前って奴は…呑気すぎる…俺はこんなにヒヤヒヤしてるのに…」

蓮二は頭が良くて器用な癖に、恋愛となると極端に不器用で純粋になる。
俺はそんな蓮二が可愛くて仕方ないから余計に余裕ぶってみせるのだけど。

「蓮二は、かわいいな」

可愛いなんて男が言われて嬉しい言葉じゃないことは分かってる。
不快そうに顔を上げた瞬間を見計らって、キスした。



「ッッッ!」



蓮二は文字通り飛び上がって、壁に背を思い切りぶつけた。

「な、ななななななななにお…」
「今更そんな純な反応されても困るよ。いくとこまでいってるのに」
「ばっ、馬鹿!何を恥ずかしげもなく!!」

今度はもう首まで真っ赤だ。
元が色の白い蓮二はすぐ顔に出て、なかなか赤みが引かない。
これは次の授業に間に合うか微妙なところだ。
早いところ落ち着かせないとチャイムが鳴ってしまう。

「…学校でこういうことするってのも、なかなかスリリングでいいものだと思わないか?」

なのに。

挑発するように耳元で囁いてしまって、蓮二は益々赤くなる。

「おおおおお前は…最低だ、この色情狂…!」
「心外だなぁ、そこまでマニアックなプレイはしてないつもりだけど」
「ぷぷぷぷぷれいとかいうな!!」

壁に背をつけた蓮二に近づいて肩を抱く。
蓮二は肩をびくりと震わせたけど、振り払われたりはしなかった。



キーンコーンカーンコーン…



「ああもう…!チャイムが鳴ってしまった。こんな顔じゃ教室に戻れないだろう!」
「戻らなきゃいいさ。お互い単位が足りないなんてこともないだろ?」
「馬鹿野郎…さっきの女達にまたあらぬ疑いを向けられたらどうする」
「ああ、そうだな。じゃあ疑いではなく確信にしてあげるというのはどうだろう?」
「ふざけるな!この馬鹿貞治!授業までサボッて…俺は不良だと思われてしまう」

憎まれ口ばかり叩く可愛い蓮二の唇を、今度はゆっくり塞ぐ。
逃げようと思えば逃げられたはずなのに、その唇は俺の唇を受け入れた。



無意識だろうけど、蓮二は俺と一緒にいる時は他の奴に接する時よりも距離を縮めて接する。

そんなだから女子にバレてしまうんだ、なんて思ったけど、

蓮二すら知らない蓮二の癖を教えてあげるのは勿体ないから、俺は蓮二に見えないように小さく笑った。







「「……………」」

非常階段の一階下の階段。

上の階段からの声は届くが、向こうからはちょうど死角になって見えない位置。



「…何じゃ、参謀…あの角眼鏡ともうヤッとんのかい」
「ショックです…蓮二兄さんがそんなこと…想像も出来ないですよ」
「まぁウチでコトに及んだことはないじゃろうな、ヤッてれば俺が絶対気付くから」
「畜生…!角眼鏡…!ウチの蓮二兄さんを…!あっ…またキスした」
「何じゃキスばっかりでつまらんのぅ、理性人は。兄貴のセックスシーン見れるかと思っとったのに」
「そんなの見せられたら私は今すぐお父さんのところに行ってあの角眼鏡を呪ってもらいますよ!」

「…比呂士、気色悪いからハンカチ噛むのはやめんしゃい」
「雅治君こそそんなに壁に爪立てて…爪剥がれますよ?」

「…今度参謀に変装してあの角眼鏡こっぴどくフッたる…」
「賛成です、雅治君。出来る限りの協力はしますよ…」



普段はいたずらばかりして兄を困らせるこの双子、実はかなりのブラコンのようです。



キーンコーンカーンコーン…



「…あ。チャイム鳴った。まぁええわ、サボったれ」
「雅治君単位大丈夫ですか?」
「………比呂くん、俺の代わりに授業出て欲しいナリー☆」
「可愛く言っても駄目です」



 

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