朝10時、社内に白石の姿が見当たらない。

「…手塚部長、白石さん知りませんか?」
「朝礼の時はいたが…」

これは毎日の恒例のようなものだ。
白石は社内でじっとしていることがない。俺には理解出来ないことだが。

「白石なら営業出るって言ってましたよ」
「えっ、昨日頼んでおいた書類まだ貰ってないのに!」

部下達の会話に溜め息をつく。

…俺は知っている。
白石が大人しく営業に励んでいるとは思えない。
勿論書類もまだ作っていないだろう。あいつはPCが苦手だ。
この時間帯なら恐らく―――






「…やはりここにいたか」
「あれ、手塚ブチョー、珍しかねぇ。サボりとや?」

へらっといつもの顔で白石は笑う。悪びれた様子は微塵もない。

俺は周囲の騒音に眉をしかめた。
白石に限ったけとではないが、世の営業の連中は好んでここによく来る。
…俺には理解出来ない。

「今確変きそうばってん、まだ戻れんばい。わざわざ来てくれたんにすんまっせん」

目の前のパチンコ台から目を離さないまま、白石は声を張り上げる。

「…午後から取引先に行く。それまでには戻れよ」
「覚えとったら戻るばい」

やる気のなさそうな返答に言い返そうかと思ったが、やめた。
煙草の煙で喉が痛くなりそうだ。さっさとここを出たい。

こんなに毎日のようにサボっている癖に白石の営業成績は非常にいい。
とはいえ仕事とは労働に見合った賃金を貰うものだ。
白石のこの労働ぶりで俺と大差ない給料を得ているというのは些か納得のいかないものである。
だが要領がいいというのも処世術のひとつだろう。

俺は溜め息をついてパチンコ屋を出た。






社内に戻ると部下に声をかけられた。

「白石さん、いました?」
「いつものところにな」
「ちゃんと戻って来ますかねぇ」
「そこそこに出れば戻って来るだろう」

あまりに出ないと拗ねて家に帰るし、あまりに出ても末の弟にプレゼントだなんだと言って戻って来ない。いつものことだ。
社会人としてはだいぶ問題ありだが、もう諦めている。

「今夜接待ですよ。久しぶりに手塚部長のカラオケ楽しみだなぁ」

部下は楽しそうに笑った。
接待は好きじゃないが、仕事だから仕方ない。
向いてはいないがもう慣れた。
だが慣れは油断を生む。

油断せずに行こう。






「いやー、ほどほどに出たばい」

12時を回った頃、白石は社に帰って来た。
手にはチョコレートやら煙草のカートンやらが大量に入った紙袋を抱えて。

白石はチョコをいくつか俺に差し出した。

「ブチョー、食べる?」
「…貰っておく」
「こっちのイチゴのチョコはいかん、金ちゃんにあげっとよ」

ビターチョコをひとつ貰った。

「白石、午後は…」
「取引先やろ?ちゃんと行くけん安心しなっせ」
「夜は接待だからな」
「あーあ、はよ帰って金ちゃんと遊びたか〜…」

隣で白石が弁当を広げる。
俺も大石が作ってくれた弁当を開けた。今日も美味そうだ。

「手塚ブチョーの弁当は美味そうでよかねぇ」
「…お前のは今日は不味そうだな」
「今日は小春ちゃんが朝早くて作れんかってん、親父が作ったとよ」

白石蔵ノ介は料理があまり上手くないようだ。

「うわっ、唐揚げ火ぃ通っとらんし…」
「その炭は何だ」
「分からん…たぶん玉子焼き…?」

文句を言いつつ白石は弁当をきちんと胃に納めていく。
何だかんだで父親思いな奴だ。
俺の弁当に一品だけ、大石が作ったとは思えないほど辛いほうれん草があった。恐らく母の仕業だろう。
ペットボトルのお茶で流し込んで後は残した。



「さて、行くか」

14時、白石と二人で会社を出た。

会社を出て数分、いやに長い黒塗りの車に足を止められる。
乗っている人物など見なくても分かる。
こんな車に乗れる人間は一人だ。

「よう、手塚」

後部座席の窓が開いて顔を出したのは、予想通り跡部だった。

「跡部、ここは駐車禁止だぞ」
「アーン?俺様が法律だ」
「違うだろう」

跡部は舌打ちすると俺と白石を車に乗せた。
広い車内には紅茶の用意が整っている。

「俺様、ちょっと暇なんだ。ティータイムに付き合いな」
「俺は暇じゃない」
「取引先まで連れてってやるから目的地までならいいだろ」

何故跡部が俺の一日の予定を把握してるのか、いつも不思議だ。

「今夜接待だろ。俺もカラオケボックスとやらに行ってみたい」
「接待だからやめてくれ」

食い下がる跡部を何とか止めていると、白石が楽しそうに笑った。

「跡部さん、ほなこつ面白かねぇ。よかよか、今度一緒にカラオケ行かんね」
「話が分かるじゃねーの、お前」

…自由人同士は話が合うらしい。



取引先まで送ってもらい、跡部とはそこで別れた。
車内で頂いたお茶が美味しかったと言ったら「後で送っといてやるよ。この茶葉は樺地がイギリスまで行って探してきた茶葉で…」といつもの妻自慢が始まりそうだったので、白石の腕を引いてすぐ逃げた。

「…2時間36分」
「は?」
「俺らがこの会社を出るまでの時間ばい」

…結構かかりそうだ。



2時間36分後、白石の絶対予告通り俺達は取引先の会社を出る。

「…便利だな」
「俺かて長引くのは嫌やけん、最短ルートを予想せんとやってられんばい」

白石の程よく巧みな話術と緩さは取引先に気に入られやすい。
おかげで首尾は上々だ。
俺は二言くらいしか喋らずに済んだ。

「よくやってくれた」
「もう帰ってよか?」
「駄目だ」

これからカラオケだ。
俺だって早く帰りたいが、我慢して白石を引っ張って別の取引先に向かう。

「歌うのは苦手ばい…」
「今日もいつもの頼むぞ」

溜め息をつく白石のモジャモジャした頭を軽く叩くと、白石は軽く頷いた。






19時、カラオケボックス。

適当に酒やつまみを頼んで、取引先の部長は機嫌よくマイクを握っている。
白石がタンバリンをリズム良く鳴らしている。
白石はタンバリンを慣らすのが異様に上手い。
以前何故なのか聞いたら「昔お水のお姉さんと付き合っとった時に教えてもらった」と何ともいえないことを言われた。
白石の過去は計り知れない。

俺も適当に手拍子やら合いの手やらを入れた。
「無表情なのにやたら合いの手の声がでかくて上手い」とよく言われる。

「いや〜、前うちの営業に手塚さんはカラオケがめちゃくちゃうまいって聞いてたから今日は楽しみだったんだよね〜」

一頻り歌って満足したのか、取引先の部長はマイクを俺に渡した。

「うちの手塚はほなこつ歌うまかとですよ〜」
「聴きたいねぇ、何か入れてよ」
「ブチョー、何からいきます?」

白石に愛想良くデンモクを渡されて、俺は「あずさ2号」を入れた。

「白石、お前が弟だ」
「がってん、兄貴」

白石がマイクを握って立ち上がったので、俺も倣って立ち上がる。

「明日〜わーたぁしはぁ〜旅に出ま〜すぅ〜」
「あなたーの知らない〜人とぉふーたぁ〜りぃでぇ〜」

白石は苦手だと言う割には歌がうまい。
いい具合にハモッてくれるので歌っていて気持ちがいい。

「っさよならはぁ〜〜〜いつまでたってもぉ〜」
「とても言えそうに〜〜〜ありませぇん〜」

取引先の部長の機嫌も上々だ。

「8時ちょおーどのぉおっあずさにごーおでぇぇ〜っ」
「私は私はあーなーたーからぁっ」
「「たーーびーーだちーーーますぅーーー」」

見事なコーラスで曲を終えた。
歌い終えてみると取引先の面々は皆笑っている。

「手塚さん無表情過ぎる…」
「白石さんノリノリ過ぎる…」

その後も俺が「愛のメモリー」を歌って、白石が「ロード第一章」を歌って、白石と二人で「淋しい熱帯魚」を振り付で歌い終える頃にはもう終わりの時間が近かった。

「いやー、聞いてたより面白かった!」
「ここまでしてもらっちゃ取引しないわけにはいかないですよね」

恥を忍んで歌った甲斐はあった、らしい。






後日また契約書を持って会社に行くということで、その日は解散になった。
取引先の面々が見えなくなると、白石が溜め息をついた。

「手塚ブチョー、お疲れさんです」
「…ああ」
「じゃ、俺はよ帰って金ちゃんの寝顔で癒されたいから、帰ります」
「…ああ」

いつの間にか時刻は23時。

白石は駅に向かって走り出した。
俺もその背中を見送って駅に向かう。
どうせ同じ方面なのに白石と一緒に帰ったことはない。



家に帰ると大石が、高級茶葉の入った箱を手に戸惑っていた。
また今度跡部と一緒にカラオケに行かなければいけないのかと思うと少し憂鬱だ。



 


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