「…ただいま…」
「おかえり、リョーマ」

………なに、このアウェイ感………



いつものように赤也や金太郎、裕次郎、凛とグラウンドでちょっと遊んで、帰って来た我が家は、赤の他人に侵略されていた。

「いや…俺は英二に呼ばれたんだけど…何か英二まだ帰って来てなくて、」

この人は確か跡部家の次男。
跡部家にしては地味で影が薄いから、名前は覚えてない。

「わんは桃に呼ばれたやしが、おやつが足らんつったら買いに行ってくれとるんどー」

この人は知ってる。裕次郎と凛の兄貴。確か名前は慧くんだっけ。

「俺は小春が手塚に用があるっちゅーからついてきただけや。結局あの二人俺に留守番任せて図書館行きよったけどな…!」

ギリギリと悔しそうに歯を鳴らしているこの人は、たぶん金太郎の兄貴だ。
前に文化祭でメイド服を着てたから覚えてる。

「宿題のために集まったのだから、仕方ない。貞治と小春は同じクラスだ。俺とお前も同様の宿題が出ている。さっさと済ませた方が賢明だと思うが?」

金太郎の兄貴に理路整然と言い返してるのは赤也の蓮二兄さん。



「…えーと…母さんは…?」
「秀一郎さんなら夕飯の買い物だ」

おじいちゃんは寿司屋、おばあちゃんもきっとそうだろう。
部長はもちろん仕事。
兄弟はみんなまだ帰って来てない。

つまり…

「…赤の他人に留守番させるとか、不用心すぎ…」
「ホンマや。お前ええ突っ込みしとるやん」

金太郎の兄貴はちょっと笑ってそう言った。

「まぁもっともな意見だが…その、俺は貞治と…家族ぐるみの付き合いであるわけだし、」
「頬染めんな!既に嫁気取りか!恐ろしい子!」

少し照れたように口ごもる蓮二兄さんを赤也が見たら一体どんな反応をするんだろう。

「悪さする気はねーから安心しろよ」
「やーおやつ持っとらん?家捜しされたくなかったら出すさー」
「おい、ガキを脅すなよ」

俺の帽子をポンポン撫でる跡部家の次男と、勝手にランドセルを開けようとする慧くん。
ランドセルの中に食べ物は入ってなかったから、すぐに解放された。

「食いもんねーとやることねーらん」

慧くんはそう言って鞄からDSを取り出した。
…あ、最近発売された推理もののゲーム。俺がこないだ桃兄に借りて終わらせたやつ。

「…その犯人、知ってるよ」
「しんけん!?ちょ、待て!言うな!言うな!」
「割と意外な人物で、」
「だぁあーっ!かしまさい!」

慧くんは俺の頭に拳骨を食らわせて、結局またDSを仕舞った。

頭が痛い。帽子の上から痛む場所を擦っていると、あったかい大きい手が頭に載せられた。

「暴力はいけないな。大丈夫か?リョーマ」

蓮二兄さんが俺の頭を撫でてる。
家族以外のおとなに名前を呼び捨てにされるなんて滅多にないから、ちょっと照れてしまう。
思わず俯いてしまったのに、蓮二兄さんはくすりと笑った。

「…リョーマはいい子だな。うちにはいないタイプだから新鮮だ。…貞治みたいにはなるなよ」

言われなくても、なろうと思ったってああはなれない。

「…たまにお前が手塚んこと好きなんか嫌いなんか分からんようになるわ」

金太郎の兄貴が呆れたように溜め息をついた。



まぁともかく客には違いないし、家に俺一人しかいないわけだから、もてなすべきなんだろう。
そう思った俺はとりあえず全員にお茶を入れた。

「お、サンキュ!お前気がきくな!」

跡部家の次男(亮っていう名前らしいとさっき聞いた)は、嬉しそうにお茶を啜る。

「お前の帽子カッコイイな」
「…どもッス」

部長に買ってもらった帽子を笑顔で褒められて、少し嬉しくなった。いい人だ。

「こう被ったらもっといいんじゃねぇ?」

亮さんは俺の帽子を後ろ向きにして、亮さんと同じように被せた。やっぱやな人だ。

「お、案外似合っとるさぁ」
「ワンパクな雰囲気になったな」
「鼻の頭に絆創膏貼ったらもっとジャンプっぽくなりそうやな」

金太郎の兄貴(こっちはユウジって名前だって)はポケットから取り出した絆創膏を俺の鼻に無理矢理貼った。
完全に遊ばれている。

「まだ何か足りねーな」
「お前上品すぎや。もっと歯ぁ出して笑え」
「服が綺麗すぎるから庭から土を拝借してこよう」
「骨付き肉を貪れ」
「……………」

…何でこの人達は俺をジャンプの主人公っぽくしようとしてるんだろう…

そうこうしてるうちに蓮二兄さんによって服も土でふんだんに汚された。

「後は決め台詞やけど…」
「リョーマの口癖は『まだまだだね』だ」
「こまっしゃくれてんなぁ」
「もっと元気溌剌な決め台詞がいいばぁよ」
「…俺別にジャンプっぽくなりたいわけじゃないんだけど…」

俺が言い返すと慧くんが大袈裟に首を振った。

「そーいう生意気発言がいかん」
「そうだぜ!ジャンプのヒーローは元気で明るく、友情・努力、そして勝利が鉄則だぞ」
「それを踏まえてリョーマの新しい決め台詞は『まだまだだぜ!』でどうだろう」
「「「「いーねー」」」」

よくない。

絶対言わない。
なのに皆期待を込めた眼差しで俺を見ている。

「…言わないからね」
「っかー!このKY!ここは自分を殺してボケてドッカンドッカン沸かすとこやろ!」
「俺芸人じゃないもん」

笑いのために女装でも何でもするユウジさんとは違うのだ。

「それが嫌なら骨付き肉を貪れ」
「骨付き肉持ってきてくれるならね」
「そんなもんあれば自分で食うさぁ」

慧くんが言い出した癖に勝ち誇った顔で言われてちょっとムカついた。

「だがリョーマはこの生意気なところも美点だからな」

楽しそうに俺の服を泥だらけにしておいて蓮二兄さんはそんなことを言い出した。
服を泥だらけにする前に俺の美点に気付いて欲しかった。



…うちの兄弟達と全然違う。

うちの兄さん達も構ってくれないわけじゃないけど、ここまで全力で構われたのは初めてかもしれない。
勿論人んちの弟だから珍しいだけかもしれないけど。
赤也や金太郎や裕次郎や凛は、こんな兄さん達のもとで生活してるのか。

………、ちょっとだけ羨ましい。



「あ!リョーマお前PS3持ってるんばぁ!?」
「俺のじゃないけど」
「お、サイレンあるんや。皆でやろか、暇やし」

慧くんとユウジさんは勝手に桃兄のPS3を起動する。

「ホラゲとか激ダサだろ」
「怖いなら引っ込んどき」
「なっ…!そんなことあるわけねーだろ!」

俺はやったことなかったけど桃兄に付き合って一応エンディングまで見たから、色々教えてあげることにした。

「その次の角に屍人がいる確率96%」
「っぎゃー!ホンマにおった!武器あらへんのに!」
「撃たれとる!撃たれとる!どっから逃げるんばぁ!?」
「………っ焦んなよ、げげげ激ダサだし!」
「亮、決め台詞を噛むな。恐らく裏の門から逃げる確率…」

…騒いでばかりで全然進まない。
俺から見たら大人なこの人達がテレビを前に屍人に夢中になってるなんて、何か不思議だ。
うちは桃兄と英二兄さん以外はあんまりゲームなんてしないし。

「…そこは二階の窓から屋根伝いに正面まで行くんだよ。二階の部屋の鍵は一階の応接室」
「よしっ!ユウジ行け!早く行け!鍵取って二階行け!」
「うっさいわ!お前さっきから口出しとるだけやん!亮がやれや!」

蓮二兄さんが確率を計算してるうちに屍人にやられたり、ユウジさんが武器無しで屍人の群れを突破しようとしたり、亮さんが罠をかければ早いのに屍人を追って10分近く同じ場所を廻り続けたり、慧くんが意外なかっこよさで屍人を撃ち抜いたり、そんなのを見てるうちに俺は泥だらけの服のまま自然と笑っていた。

楽しい。この人達が兄さんだったら、きっとめちゃくちゃ楽しい。






「ただいまー」

母さんが帰ってきた。
リビングでゲームに興じる俺達を見てちょっとビックリした顔してる。

「リョーマ、遊んでもらったのかい?」
「…俺が遊んであげたんス」
「こら、またそんな言い方して…、」

母さんは俺の格好をまじまじ見て、ちょっと笑った。

「リョーマ、今日は随分泥だらけじゃないか。帽子の被り方も違うし、少年漫画みたいだな」

俺も母さんに向かって、精一杯笑った。



「ッス。…まだまだだぜ!」



未だにゲームに夢中な兄さん達には聞こえなかっただろうけど。
母さんはちょっと驚いた顔して、笑ってくれた。



 


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