(過去の様々な不祥事を含む諸事情で)
あまり蓮二の部屋には上げてもらえない俺だが、今日は珍しく上げてもらえた。

なのに当の蓮二はさっきから俺をそっちのけで本棚を漁っている。

せっかく蓮二の部屋に来たのだから、二人でいちゃいちゃと愛を語り合いたいと思っていたのに…
蓮二はそういうつもりで呼んでくれたんじゃなかったんだろうか?
(まぁ蓮二の家は盗聴器やら他色んな障害があるから行為に及べるとまでは思っていないが…)



「…蓮二?」
「ん…何だ」

心ここにあらず、といった声色で蓮二はこっちを見もせずに本棚と向き合っている。

「蓮二、何か探してるのか?」
「ああ、クラスメイトに貸す本を探しているんだ」
「?蓮二が?」

これまで蓮二が本を貸し借りするようなクラスメイトがいたとは思えない。
本の虫で頭のいい蓮二と本のことで語り合えるような人間は俺くらいしかいないと思っていたんだが。

「最近…知ったんだが、本の好きな奴がいて…」
「話してみたらなかなかの知識人で気に入った、といったところ?」
「まぁそういうことだ…あ、これはいいな」

俺はどちらかというと小説の類は読まない。理数系だから。
蓮二が手に取った分厚いハードカバーの小説も、俺は聞いたことのない作者だった。
そんな俺に気づいたのか、やっとこっちを見てくれた蓮二はくすりと笑った。

「これは一応純文学だ。貞治には少し難しいかもな」

純文学は確かに俺とは畑が違う。

「最近買ったものなんだが、面白いぞ。幻想小説がこんなに面白いとは思わなかった。読まず嫌いはいけないな」
「………幻想小説とやらもそいつに借りたのかい?」
「ああ…これは違うが、最初に貸してくれたのはその子だ」

…その子?

「…蓮二、その子ってことはもしかして女の子?」
「ああ、そうだぞ。言ってなかったか?」
「初耳だな。蓮二と気の合う女の子なんかクラスにいたか?」
「お前も見たことくらいはあるだろう。女子のクラス委員長」
「ああ…」

記憶を探れば確かに、何度か俺も話したことがあるかもしれない。

派手好きが多いうちの学校の生徒にしては珍しいほど地味で、真面目そうな子だった。
肩までの黒髪をひとつに結んでいて、眼鏡をかけてはいるけどなかなかにかわいらしい。

「女子なんて騒がしいだけで近づきたくないと思っていたが、アイツは別だな」

珍しいこともあるもんだ。
蓮二は本当に、女嫌いといっていいくらい女の子を敬遠している。
家柄が男ばかりなのもあるだろうが、華やかで子犬のようにまとわりついてくる女の子の集団を見るだけで眉をしかめるくらい。
それなりにモテるはずなのに近づいてくる女の子がいないのは、蓮二が全身で拒否しているからだろう。

……………

「…なんだ、貞治」
「うん…蓮二、まさかその子のこと気に入った?」

俺の台詞に蓮二は片方の眉を器用に上げた。

「好きか嫌いかで言えば間違いなく好きの部類に入ると思うが」
「!!!!!」

何でもないことのように言ってのける蓮二に今度こそ俺は肝が冷えた。

「蓮二!今更女の子の方がいいなんて言ったって俺は認めないよ!」
「何を言ってるんだ、まったく…ほら貞治、お前も本を探すのを手伝え」

呆れたようなため息をついて、蓮二はまた本棚に向き合う。
他にもまだ探すものがあるというのか。

「蓮二、本を探すのなんて後でいいだろ?俺を構ってくれよ」
「子供みたいなことを言っていてはいけないな、貞治」
「だってせっかく来たのにさ、退屈なんだよ」
「俺は用事があると言ったのに強引にうちに来たのはお前の方だぞ」

だから、おとなしく俺の「用事」に付き合うんだな。
蓮二はそう言ってにこりと笑う。
…ああ、そんな綺麗な顔して笑わないでくれ。

結局俺はその日、蓮二といちゃいちゃするはずだった予定を返上して蓮二の探し物に付き合った。
(ついでに本棚整理も手伝わされた。掃除は苦手なのに)



翌日、朝学校に到着した俺はまず蓮二の教室に向かった。

蓮二はいつも通り自分の席に………

………いない。

きょろきょろと見回すと、窓際の席の近くで誰かと談笑している。
長身の蓮二が立っているせいで見づらかったが、そこの席に座っているのはクラス委員長のあの彼女だった。



「…この本は結構面白かった。お前も気に入る確立は100%だ」
「幸村君が勧めてくれる本は全部面白いから楽しみ」

そっと後ろから近づくとそんな会話が耳に入る。

「先日借りた本も面白かったな。あの作者の本が近所の本屋で見つからないんだ」
「ああ、あの人の本は出版社が……あ、」
「ん?」

先に彼女が気付いて声を上げた。
続いて蓮二も振り返る。

「ああ、貞治。おはよう」
「おはよう、手塚君」

にっこり笑う委員長は、改めてよく見るとやっぱり確かに可愛くて、蓮二と並んでいるととてもよく似合う。
二人で話す姿は落ち着いていて、でも華やいでいて、和菓子みたいだな、なんてどうでもいいことが頭をよぎる。

「…貞治?どうした?」

俺は彼女の持った本に目をやる。
それは確かに昨日俺が手伝って探した本だ。

「あ…この本、幸村君に借りたの。手塚君も本、読むの?」
「貞治は本は読むが、小説はあまり得意じゃないんだ」
「そうなの?意外…幸村君といつも一緒にいるから、本の話でもしてるのかと思ってた」
「そういえばここまで本の話で盛り上がることが出来たのはお前が初めてかもしれないな」

俺なんか蚊帳の外で進む会話に涙が出そうになった。

いつもだったら朝からどちらかの教室で、データノートを広げて色んな話をして…

本の話なんか出来なくても俺と蓮二の方が遥かに有意義で幅広い話が出来るんだ。
ポッと出てきただけの女なんかに何が分かる。
自分の方が蓮二のことを分かってるとでも言うつもりか?

元来俺は女の子には優しくする主義だ。
(むしろ蓮二の方が女の子には冷たいくらいだ)

だけどその時俺は確かにこの女の子が煩わしくて仕方なかった。

「…貞治、どうした。今日はおとなしいな?」

蓮二が心配げに顔を覗き込む。

「っ、おい!貞治!」

俺はその手を強引につかんで教室を出た。



「おい貞治、どこへ行く?授業が始まるぞ!」

聞く耳も持たず人気のない廊下を進む。
非常階段の扉を開けると蓮二を強引にその扉の向こうに押し込んだ。

「っ貞治、随分と自分勝手だな?」

あんな中途半端な状態で強引に連れ出されたことが気に入らないんだろう。
蓮二は少し怒っているようだった。
だけどそんなことは知ったことじゃない。
今は俺の方が怒っている。
それをどうやって蓮二に分かってもらうか頭の中で文章を組み立てる。



だけどそれを口に出すより先に、俺の体は勝手に膝をついて立ち尽くした蓮二の腰にしっかり抱きついていた。

「貞治!?」
「…蓮二ひどいよ!俺よりもあんな女と話す方が楽しいって言うのか!?」
「はぁっ!?」

情けなくも俺は涙目になっていた。
しがみついたまま見上げた蓮二の顔が滲んで見えない。

「俺の方がずっとずっとずっとずっとずっと…蓮二を愛してるのに!」
「ちょ…貞は」
「蓮二を一番に理解してるのは俺だろ!?それを何だ、あんなに楽しそうに!」
「貞治、聞け」
「嫌だ!蓮二のばか!淫乱!アバズレ!美少年!名器!可愛い!綺麗!れんっ…」

我を忘れて泣きついて喚いていたら、蓮二の拳が思いっきり脳天に落ちてきた。

「〜〜〜〜〜…っ…」

痛みで蹲って、我に返る。

「…はぁ。何なんだ、貞治。大声であることないこと喚くな」
「……………っ…れんじぃぃぃぃぃ〜…」

俺の目線に合わせてしゃがみこんだ蓮二に改めて抱きつこうとしたら、思い切り手で顔を押し返された。
眼鏡に指紋がついた。

「れんじ…レンズに指紋が…」
「あ、すまない」
「いや…蓮二の指紋なら大歓迎だ。むしろこの眼鏡は永久保存して今日はスペアを使おう」
「気持ち悪い」

蓮二は俺の眼鏡を奪って地面に叩き付けた。

あっ…蓮二の指紋がついたレンズが…

蓮二の足によって粉々に踏まれ入念に砕かれた眼鏡を悲しい気持ちで見つめる。

「…貞治、今日のお前はいつにも増してわけが分からないぞ」
「分からない?…本気で言ってる?」
「ああ、分からないな。言いたいことがあるなら言ってくれ」

一時間目の授業に出ることは諦めたらしい蓮二は、歪んだ眼鏡のフレームを俺に渡して階段に座り込んだ。



「……………」
「……………」
「……………蓮二が、好きなんだ」
「は?」

長い沈黙の後、やっと口をついて出た言葉は思いの外小さくなった。

「俺は、蓮二が好きだ」
「…なっ…何を急に…!」

予想外のことだったのか、蓮二の頬が一気に赤くなる。
俺からの告白なんて毎日のようにされてるくせに、いちいち赤くなる蓮二が可愛い。

「だから、分かるんだよ…あの子、蓮二のことが好きなんだよ」
「何を言っている?」
「だって!蓮二のことを見つめる目が熱っぽく潤んでたしあれは間違いなく蓮二に欲情してるよ!」

力強く断言したら、また蓮二の拳が飛んできた。
それは今度は俺の左の頬にヒットする。

「な、なんで殴るんだよぅ…」
「お前が馬鹿なことを言うからだ」
「馬鹿なことって何だよ!だって蓮二みたいに綺麗で可愛くて素晴らしい男に欲情するのは女として当然の摂理だろう!?」
「よく分からないな」
「分かるよ!当たり前だよ!だって俺だって蓮二と一緒にいるだけでいつでも臨戦状態だよ!?」

蓮二の拳が今度は右の頬にヒットした。
顎がごり、と鳴った。
既に壊されている眼鏡が吹っ飛ぶ心配はないが、今度は俺の骨が吹っ飛ぶかもしれない。

「お前の『当然』を世間の『当然』のように言うな」

痛む両頬を摩りながら涙目で蓮二を見つめる。
蓮二は嫌そうに顔をしかめていた。



「大体彼女には、大学生の恋人がいる」

「え」

蓮二の発言に俺は目を見開いた。

「…いやでも心と体は別っていうし、蓮二を見て欲情するのはこれはもう決定事項だから…」
「いい加減にしろ。俺にも彼女にも失礼だぞ」
「う…ごめん…」

蓮二は怒っている。

…いや、怒っているというよりは呆れてるみたいだ。

「お前、そんなくだらないことで俺に授業をサボらせたのか」
「だって…!不安だったんだよ…!」
「何が不安だ、言ってみろ」

………俺は自分の足元に目線を落とした。
情けなくて、蓮二の顔を直視していられない。

「…蓮二は誰が見たって綺麗だし、かっこいいし…頭もいいし、モテるだろう?」
「お前の欲目だろう、それは」
「違うよ!蓮二は素敵だよ!だから…俺なんかと未だに付き合ってくれてることが信じられなくて…」

口に出せば益々情けなくなる言葉の羅列に、俺は自分が嫌になりそうだった。

「いつか、誰かもっと蓮二と気が合うとか、話が合うとか、そういう人が現れたら…そしたら蓮二は…」

…俺のことなんか忘れて、その人のところに行ってしまうんだろう?



最後の言葉は、口に出したら実現してしまいそうで、とても言えなかった。

「貞治、こっちを見ろ」

俯いて涙を堪えていたら蓮二がそんなことを言った。
ゆっくり顔を上げる。
上げた途端に正面に受けた衝撃に俺はのけぞった。



「………れ、れんじ…今日だけで俺はもう4発殴られているんだけど…」
「お前が馬鹿だからだ。自業自得だ」
「馬鹿だよ…分かってるよ…でも好きだから、馬鹿になるんだよ…」

堪えられるはずもなく涙を地面に落としながら、蓮二を見ると意外にも蓮二は笑っていた。

「…くだらないな。お前の嫉妬は本当にくだらない」
「そんなこと言わないでくれよ…」
「情けないな。何て顔だ。涙と鼻水でぐしゃぐしゃだし、ボコボコだ」
「ボコボコなのは蓮二が殴ったからだろ…」

酷い言葉に新たに涙を浮かべているっていうのに、蓮二はふふふ、と楽しそうに笑い続ける。

「本当に…くだらないし、情けないし、弱いし、本の趣味も合わないし」
「う…」
「性欲ばかり旺盛だし、父さんと繋がって変な本売るし、馬鹿な男だ」

だから…

こんな俺だから…

「だから、蓮二に捨てられる日が来るのが不安なんだ…」
「そんな日が来てほしいのか?」
「まさか!冗談じゃない!」
「なら、言ってくれ。いつもみたいに」

……………



俺は蓮二の腕を引いて自分の腕の中に収めた。

ぴったりと収まる体温。
俺の体にすっかり馴染んだ愛しい鼓動。

「…蓮二、愛してる。俺から離れないでくれ…」

これまで何度言ったか分からない言葉を紡ぐ。
蓮二は俺の腕の中で小さく笑った。肩が揺れて、髪が俺の顎をくすぐる。

「…馬鹿だな。見切るならとっくに見切ってるさ、お前みたいな男を俺以外に誰が相手できる?」
「蓮二…」
「それと『俺なんか』なんて言わないでくれ。俺の好きな男をそんな風に言ったらいくらお前でも許さないぞ」
「………うん…蓮二、ごめん…」

くすくす笑いながら俺の背中に腕を回して、蓮二は小さく「すきだ」と呟いた。



結局俺はいつでも馬鹿なんだ。

「知っている。お前は馬鹿だ」

と、蓮二は笑う。

「俺が好きすぎて馬鹿になるお前が愛しい」



…でも蓮二、お前がそう言って笑ってくれるなら。



 

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