今日は小学校に入ってから初めての学園祭だ。
初等部では特にお店とか出せるわけじゃないから大して面白みもないけど、うちの学校は小中高一貫。
それなりに大々的で、楽しい祭りになる。
1年生全員での合唱は午前中には終わっちゃうし、その後はほぼ自由時間だ。
「リョーマ、合唱終わったらどうする?」
「んー…桃兄のとこで何かやってるらしいからちょっと見に行く。赤也は?」
「俺も蓮二兄さんのとこ行く!喫茶店やってるらしいから」
合唱の出番までは教室で待機。
やっぱり学園祭とあっては浮き立った教室でじっとしてる生徒なんているはずもなく。
当然、いつものように凛もうちのクラスに来てたけど、咎める人なんて誰もいなかった。
俺達の話を横で聞いていたらしい凛と裕次郎が会話に割り込んできた。
「リョーマ、桃ちゃんのクラスに行くんばぁ?」
「わんも行く!桃ちゃん、父ちゃんのクラスだもんな!」
いつの間にかこの二人はうちの桃兄と仲良くなっていたらしい。
…ま、あれだけあのクラスに入り浸ってれば会うこともあるだろうし、当然か。
「なーなー、ワイも行ってええ?」
金太郎もいつものように大声で会話に参加する。
はぁ…結局いつものメンバーで行動するわけね。
「おっ、この5人で行くんだったらコレを「スカーフなら巻かないよ」
凛が喜々としてスカーフを取り出す前に制しておく。
俺の言葉に凛はしょんぼりとバッグをしまった。
「まぁ今日は覆面パトロールってことでいいんじゃね?」
なんだかんだ言いつつゴレンジャー設定を気に入ったらしい赤也は、今では何をするにも設定を作る。
いわゆるごっこ遊びってやつだ。
まだまだガキだね…って思うけど、これ言ったら赤也はまた烈火の如く怒り出すから内緒だ。
「リョーマんとこは父ちゃんと母ちゃん来るんか?」
「皆見に来るって言ってたよ」
「ワイんとこもやで!父ちゃんと兄ちゃんらが皆来るって!」
「え…あの父さん来るの…?あの人目立つから俺目立たなくてヤなんだけど」
目立ちたがり屋の赤也が金太郎の言葉に嫌そうに顔をしかめる。
俺も別に目立ちたいわけじゃないけど、あの人が来ると周りがうるさくなるからあんまり歓迎できない。
「わったーはあのひとしちゅん!」
「あのひと面白いさぁ」
凛と裕次郎だけが喜んでいた。
小学校入って初めての学園祭だから、家族みんなが集まるのは仕方ないのかもしれない。
でも、体育館の舞台に上がった途端、最前列にいる顔ぶれに俺は少しうんざりした。
「…なんか最前列、ほとんど知り合いだな…」
隣にいる赤也が小声で呟く。
俺も頷いた。
無駄に家族が多い俺と赤也と金太郎の家族がみっしり並んでいる。
あ、間に凛と裕次郎の母さんと兄さんもいた。
金太郎の一番上の兄さんに至っては最前列のど真ん中でやたら長いカメラを構えている。
「金ちゃん!頑張るたい!むぞらしか!金ちゃんをもっと前ば出さんね!むぞらしか!」
「…千里、恥ずかしいから黙ってんか…」
「謙也、ビデオはちゃんと回ってるとね!?」
「回っとるけどたぶんお前の声しか入っとらんわ…」
…ここまで声が聞こえる。
「あはは、千里ぃ〜」
「金ちゃん!金ちゃん!」
「千里、黙りなさい」
呑気に金太郎が手を振れば兄さんは半狂乱で反応している。
あの人デカイから、きっと後ろの人迷惑だろうな…
「父ちゃんがいないぃぃぃぃぃ…」
「父ちゃん一番後ろにおるやっし」
「いちばん前にいないぃぃぃぃぃ…」
「りん、泣くな!」
教師である知念先生は体育館の入り口で見ているらしい。
遮光カーテンを引かれた体育館でよくそんな遠くまで見えるもんだ。
裕次郎の視力には感服する。
「ちょ…!蓮二兄さん、カッコイイ!」
赤也がいきなりテンションをあげたので最前列の赤也の兄さんを探してみれば、
その人はクラスでの出し物のためか(確か喫茶店って言ってたっけ)蝶ネクタイに黒いベスト姿だった。
…正直、蝶ネクタイ以外は制服と変わらないと思う。
「ヤバイ!かっこいい!何であんなかっこいいんだあの人!」
「赤也うるさい…」
すっかりハイになった赤也がぶんぶんと隣で手を振るのが邪魔くさい。
蓮二兄さんとやらは困った顔をして笑いながら小さく赤也に手を振っていた。
俺も人の家族ばっかり見てないで、家族を見てみることにする。
兄さん達は省略。
部長は腕も足も組んで、いつも通りの仏頂面でまっすぐ前を見ている。
薄暗いからどこ見てんのかわかんないけど。
でも、俺を見てくれてるのかな?そう思うと少し照れる。
ちょっと恥ずかしくなったから、赤也にバレないように少し俯いた。
騒々しかった舞台が落ち着いた頃、ピアノの音が響いた。
散々練習したし別に楽しくもないけど、人前で歌うとなるとやっぱり練習とは違う。
大体隣の赤也は微妙に音を外すので、つられそうで困る。
そして何よりパートが違うはずの遠くにいる金太郎の声がでかすぎてつられそうになって困る。
でもまぁそれでも練習と同じくらいか、それより少しくらいは上手に歌えたと思う。
歌い終わってほっとしてまた部長を見ると、ちゃんと拍手してくれてた。
心なしか顔も微笑んでる?…気がする。
それだけで満足して俺達は南先生と東方先生の誘導で舞台を降りた。
「…金太郎の兄さん、うるさかった…」
「うん…ずっと金ちゃん金ちゃん言ってたな…」
「途中で父ちゃんに殴られてたばぁよ」
「フラッシュまぶしかった…まだ目がチカチカする…」
「楽しかったなー!もっと歌いたかったわ!」
各々感想はあったが、無事に終えたことで気が抜けた。
今日は後は適当に遊べばいいだけだ。
そう思うと柄にもなく少し俺もテンションが上がった。
「…じゃあ、もう今日は解散だけど、あんまり遊び過ぎないようになー」
南先生の連絡事項を聞いてから教室で解散になったら、一気に教室が騒がしくなった。
一時的に東方先生のいる教室に戻っていた凛もすぐに教室に飛び込んできた。
「リョーマ」
教室の後ろの扉から声をかけられて振り返れば、部長と母さんだった。
「部長」
「…ああ、頑張ったな。舞台、良かったぞ」
珍しく褒められて頭を撫でられる。
赤也や凛達が見てるのが分かったから正直に喜べなくて、俯いてしまった。
「リョーマはこれからどうするんだい?」
「友達と一緒に桃兄のとこに行く」
「そうか。俺達も少し色々回ってみるつもりなんだ」
「子供だけで回るなら、油断せずに行けよ」
部長と母さんはもう一度俺の頭を撫でると教室を出て行った。
「早く父ちゃんのクラス行くさぁー!」
皆のところに戻ると、凛が待ちきれないのかその場で足踏みをしている。
今日も朝別れたばっかだってのに、何でそんなに会いたいんだ…
少々呆れつつもこれ以上待たせたら泣きそうだったから、皆凛について5年生の教室に向かった。
「「「「「……………」」」」」
5年生の教室についた俺達は教室に入る前に固まった。
「…おい、リョーマ。お前…桃ちゃんが何やってんのか聞いてなかったのか…?」
「聞いたような気もしてたけど…忘れてた」
教室の扉に大きな字で書かれた文字は『おばけやしき』。
おどろおどろしい赤い文字が、とてもじゃないが入る気を失わせる。
「父ちゃんも割とこーゆーの好きやっし」
「だいじょーぶさぁ。父ちゃんのお化けならこわくないやさ」
凛と裕次郎は案外平気そうだ。
「何でお前ら平気そうなんだよ!」
「だって母ちゃんのが怖いし」
「うん、ゴーヤのが怖いし」
「……………」
二人に詰め寄った赤也はがっくりとうなだれた。
「おもしろそーやん。入らへんのか?」
「いや…なんつーか…」
「何や赤也ー、怖いんか!?」
「ふざけんな!んなわけねーだろーよ!」
「…お前ら何してんだ?」「「「「「?」」」」」
「「「「「!!!!!!!!!!」」」」」
振り返った俺達は一歩退いた。
赤也にいたっては腰を抜かした。
そこにいたのは血まみれの白い着物を着た、長い黒髪で顔をかくした誰かだったからだ。
「…ん?若?」
「え?若?」
一足早く復活した凛と裕次郎が長い黒髪を下から覗き込む。
その誰かは長い髪をずるりと引きおろした。
その下にいたのは確かに知った顔、跡部若だった。
長い髪のカツラを片手で振りながら、跡部若は小馬鹿にしたように笑う。
「フッ…お前ら俺のこの完璧すぎる幽霊に恐れをなしたな?」
「なっ!んなわけねーだろ!!」
やっと復活したらしい赤也が食ってかかる。
が、跡部若は平然とした顔で赤也をあしらった。
「何や、金太郎やん」
「あ、光兄ぃ!」
跡部若の後ろから、金太郎の兄さんがコンニャクぶら下げた紐を片手に現れた。
っていうか、この貞子みたいな幽霊とコンニャクって…どんだけレトロなおばけやしきなんだよ…
「跡部、これから休憩やろ?」
「そうだけど」
「…お前友達おらんのやから、俺が一緒に回ったってもええけど?」
「俺知念先生とお昼食べるから」
「……………せやったら俺も行く」
金太郎の兄さんは不機嫌そうな顔をして跡部若の後を追った。
その後を何故か凛と裕次郎も追っていく。
「お、おい…凛?裕次郎?」
「父ちゃんとごはん食べるんだったらわったーもいくー」
「慧も来るって言うし、邪魔者ばっかりだ…」
跡部若は不機嫌そうに舌打ちした。
「あ、金太郎。千里さんが探しとったで」
「え?何でー?」
「一緒に学園祭回りたいんやろ」
「なんやそれやったらワイも腹減ったし千里探そー」
そう言うやいなや金太郎は廊下を走り出して行ってしまった。
「「……………」」
赤也と二人、顔を見合わせる。
「あ、お前ら。おばけやしき入るなら覚悟していけよ。この俺がプロデュースしたんだからな」
跡部若は得意げに俺達を見下した。
「かーなーり…怖いぞ。特にそっちのワカメ頭。お前失神するかもな」
「!」
ふんっと鼻で笑って跡部若は血まみれの着物のまま立ち去った。
隣で赤也がワカメと言われたことによってキレそうになっている。
こんなところでいきなりキレられたら俺が困る。
「…どうする、赤也。入る?」
「……………やめとく…」
キレられたくなかったので、赤也の気が削げるようなことを言ってみる。
思った以上の効果を齎したようで、赤也はあっさり落ち着いた。
よほどおばけやしきには入りたくないらしい。
「……………」
「………ふたりだけになっちゃったね」
「ああ…」
騒がしい廊下の隅で二人で顔を見合わせる。
「…どうする?」
「俺、蓮二兄さんのとこ行く」
「付き合うよ」
特に俺は行きたいところもなかったので、赤也について行くことにした。
高等部にはほとんど初等部の子供はいなかった。
赤也はきょろきょろと蓮二兄さんとやらの教室を探している。
高等部になんて来る機会がないから珍しいようだ。
そういう俺も珍しいから、開いている教室をたまに覗いたりしていた。
「リョーマあんま脱線すんなよ!見つけるの協力しろよ!」
「俺は赤也に付き合ってやってんのに…何その言い方…」
大体この学校は高等部が一番広いんだ。
地図もないのに教室見つけるなんて困難だ。
「あれ、リョーマ。赤也君も」
「…あ」
屋台の前を通ったら、貞治兄さんが焼きそばを焼いていた。
頭に巻かれた白いタオルが本気でテキ屋っぽい。
「わざわざ高等部まで来るなんて、どうしたんだ?…ああ、蓮二のところ?」
「うん。教室どこ?広くて場所わかんないんだ」
「俺ももう休憩に入るから案内するよ。あ、焼きそば食べる?」
「たべる」
貞治兄さんは黒いエプロンとタオルを外した。
既にパックに入っている焼きそばを二つ持つと俺達に差し出す。
「はい、赤也君。うちの焼きそばはおいしいよ」
「……………」
珍しくおとなしい赤也を見ると、貞治兄さんを思いっきり睨んでいる。
………?
…あ、そうか。
貞治兄さんは蓮二兄さんと付き合ってるから、気に入らないのか。
まったく…本当に赤也は子供だ。
まだまだだね。
俺はまだ笑顔で焼きそばを差し出す貞治兄さんと、焼きそばなんか目もくれずに貞治兄さんを睨む赤也を見つつ自分の焼きそばを食べた。
「貞クンたら何してはるの?こんなところで幼児をナンパ?」
そのうち坊主頭に真っ白なフリフリエプロン姿の男がしなを作って近づいてきた。
「小春、馬鹿なこと言うな。この子は俺の弟と、蓮二の弟だ」
「あらっ、この子貞クンの弟さんなの?似てないわねぇ〜」
至近距離でじっと俺を見つめてくるその人にちょっと警戒しつつ、頭を下げる。
「まぁっ、お利口さんねぇ!よく見るとお顔もかわいいじゃない?ロック☆オン♪」
「……………っ」
「小春やめろ…俺の弟だぞ」
「そうねっ、残念だけどボク、後10年経ったら相手してあげるわね☆」
10年後だろうと20年後だろうとごめんだった。
焼きそばを無理やり飲み込むように食べている間、その人は今度は赤也に「カワイイ!」だの「年上は好き?」だの聞いていた。
貞治兄さんに敵意むき出しだった赤也もさすがに引いたのか、貞治兄さんに助けを求めるような目を向けている。
「もういいだろ、小春。ほら、リョーマも赤也君も蓮二のところに行くんだろ?」
やっとフォローを入れてくれたおかげで俺達はやっとその人から逃げることが出来た。
「…あの人、何者?」
「…気にしなくていいよ、変わり者だ」
後々、その変わり者は金太郎の兄さんだと知って俺達は驚くことになるんだが、とりあえず今その話は置いておく。
しばらく人波を避けつつ歩いていると、やっと蓮二兄さんの教室についた。
「蓮二!来たよ」
「やぁいらっしゃい。赤也もよく来たな」
「…蓮二兄さんっ!」
蓮二兄さんを見つけた途端、赤也は思い切りその腰に抱きついた。
慣れたものなのか蓮二兄さんは全く動じずに赤也の頭を撫でている。
「高等部ヘンっすよ!こんなとこにいたらダメっす!」
「何のことだ、赤也」
「さっき小春に絡まれたんだ」
貞治兄さんの補足に、蓮二兄さんは納得したらしく苦笑を浮かべた。
「変なやつばかりでもないさ。赤也は俺を心配しているのか?」
「とーぜんっす!蓮二兄さんに何かあったら父さんが高等部を全滅させます!」
「そっちか」
蓮二兄さんの腰に絡みついて離れない赤也を無理やり剥がして、席に案内してもらう。
机をくっつけてテーブルクロスをかけただけの簡易テーブルだけど、見栄えはそれなりに良かった。
「ここは俺のおごりだ。何でも食べていいぞ、赤也」
「マジすか!俺腹減ってたんす!」
「俺がさっき焼きそばあげた時は食べてくれなかったのになぁ…」
「当たり前だこのめがね!お前の施しなんか受けるか!」
俺は正直さっきの焼きそばでおなかいっぱいだったから、ジュースだけ頼んだ。
蓮二兄さんに会ってほっとしたのかすっかりいつもの調子を取り戻した赤也は貞治兄さんにひたすら食ってかかっている。
「…ねぇ…それよりあのメイド服の人、男?」
さっきからチラチラと視界に入ってきて気になっていたことを蓮二兄さんに聞いてみる。
「ああ。気にするな…変わり者だ」
「………」
さっきの小春とかいう人に貞治兄さんが下した評価を同じことを、蓮二兄さんは言った。
深い緑の髪に赤いバンダナを翻して教室を動き回るその人は、結構働き者みたいだ。
赤也はまだ貞治兄さんに喧嘩を売っている。
困ったように笑いつつ、貞治兄さんも相手をしてる。
ジュースを飲みながら、俺は退屈で仕方なかった。
…早く大きくなりたい。
そしたら俺も学園祭でもっと活躍して、もっと部長に褒めてもらえるのに。
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