先日俺と蓮二の誕生日では悪戯な風のせいで酷い目に遭った。
俺は深夜にも関わらず蓮二の家を追い出され、自宅に戻ることも出来ずに風邪を引くという始末。

だがその後機嫌を直した蓮二が俺の家に見舞いに来てくれた。

「お前が98%悪いが…俺も2%くらいは悪かった」

そっけなくそう言う蓮二の首には俺が誕生日に上げたチェーンが制服の襟の隙間から見え隠れしていて…
俺はそれだけで浮かれきって、蓮二に風邪を移してしまうかもしれないにも関わらず蓮二を抱きしめた。

「風邪が治ったら、二人で出掛けよう」

少し頬を染めた蓮二にそう言われ、俺は一も二もなく頷いた。



そんな会話をした数日後―――



俺と蓮二は約束通り休日デートをしていた。



蓮二が見たがっていた映画を見るために映画館の前でチケットを買う。
休日だけあって人はそれなりに多い。
結構な人気映画なだけあって、チケットを買うだけでも結構な時間を食いそうだ。
そんな普段なら耐えられない行列だって、蓮二と一緒にいられるならそれだけで楽しい。
俺達はついさっきコンビニで買った飲み物を飲みながらここ数日の他愛ない出来事を話していた。

「あ…?何でお前らここにおんねん」

俺達の後ろに誰か並んだのは気配で察していた。
しかし掛けられた聞き覚えのある声に、俺と蓮二は勢いよく振り返った。

「あらッ!貞クンやないの!こんなところで会えるなんて!」

隣の蓮二の顔が強張ったのが分かる。

俺達の後ろにいたのは俺達のクラスメイトであり敵(―――と少なくとも俺達は思ってる)白石小春とユウジだった。

「嫌やわぁこんな偶然があるなんて!やっぱりアタシ達運命の赤い糸で結ばれてるんやなぁい?」
「ちょ…!何言うてんねん小春ぅ、小春の赤い糸は俺に繋がっとるんやろ小春〜…」

小春の腕にユウジが取り縋る。
その小春は早速俺の腕に絡み付いてきた。
端から見たらさぞや奇妙な光景だろう。

蓮二が二人から一歩退いた。
(必然的に俺からも離れることになる)

「れ…!蓮二、行かないでくれ!」
「あら、蓮二クンもおったん?細くて薄いから気付かんかったわ」

俺の腕に絡みついたまま小春が挑発的に笑う。
蓮二は少なからずムッとした顔をして目を逸らした。

「ねぇねぇ、折角こうして会えたんやからWデートってやつせぇへん?」
「はぁ?」
「なっ、ええやろユウくん?」

小春が同意を求めるようにユウジを見ると、ユウジは首がもげんばかりに何度も頷く。

「Wデート…ええ響きやな!幸村と手塚、俺と小春のダブルカップル…まぁ相手のカップルがこいつらってことはこの際目ぇ瞑ったるわ!」

…随分失礼だ。
この二人とWデートなんてこっちの方こそ願い下げだ。
俺の理想とするWデート像を壊さないでくれ…!

助けを求めるように蓮二を見ると、相変わらずそっぽを向いている。
せっかく仲直りのデートだっていうのにこうして機嫌を損ねてしまってどうするんだ…!
男を見せろ、貞治…!ここは男らしく断って蓮二と二人っきりの時間を満喫するんだ…!

「悪いけど…」
「何言うてんのユウくん。うちと貞クンがカップルに決まっとるやろ」
「「「ハァ!?!?!?」」」

図らずも三人の声が重なった。

「蓮二クンには可哀想やからユウくん貸したるわぁ」
「なっ…!」
「そんなぁ〜…小春ぅ〜…」

小春はもうこれは決定事項だと言わんばかりに俺の腕を引いて、チケット売り場への行列から抜け出した。
後ろからユウジと蓮二が追ってくる(蓮二はとっても不本意そうだけど)



とりあえず映画館前よりは人の少ない、少し離れた公園まで移動する。
そこに行くまでも途中の店を覗きたがったり、喫茶店に入りたがったりと小春はやりたい放題だ。
(あんまり煩いからジュースだけは自販機で買ってやった)

相変わらず小春は俺の腕にベッタリくっついたままだ。
蓮二とユウジが後ろから不満げなオーラを出しているのが正面を向いていても分かる。

違うんだ、蓮二…!
これが俺の意思じゃないことくらい聡い蓮二なら分かるだろう!?

だが俺の背中に刺さる痛い視線が和らぐことはなかった。

大体…ユウジが俺を睨むのは分かるけど何で小春じゃなくて俺に怒ってるんだ、蓮二は?

「ねぇ〜ん貞クン♪これからどこ行くぅ?」
「………映画見るんじゃなかったのか?」
「うぅ〜んそのつもりやったんやけどぉ…貞クンと折角のデートなんやったらもっと違うとこの方がええやろ?」
「……………」

…何だこの会話!
本当にデートしてるみたいじゃないか!

この会話を聞いていたらしい背後の蓮二の溜め息が聞こえる。

「…何や幸村溜め息ばっかつきよってからに。こっちの幸せも逃げてまうからやめてんかー」
「…お前の幸せなんか端から大したことないだろう。これが溜め息のひとつやふたつつかずにいられるか」
「せやなぁ…今日ばっかりはお前の気持ち、分かるわ…俺かてこんな休日になるとは…」
「お前も大変だな…お互いよくこんな大変な奴を相手に選んでしまったものだ」

ちょ…!何か蓮二とユウジ気ぃ合ってない!?どういうこと!?

いつの間にか蓮二も自販機で買ったらしいジュースを持っていた。
どうやらユウジに買ってもらったらしく、丁寧にお礼を言っている。

横に小春をぶら下げつつ、俺は後ろの二人の気配に耳を欹てていた。
何やら珍しく会話が続いている。
俺の記憶で見たこの二人は全く気が合ってなくて会話もロクに続いていなかったのに!

「ちょっとぉ貞クン聞いてるぅ?」
「うるさい、それどころじゃないんだ」
「なッ…貞クン、酷い…冷たいわ…あの日六畳一間でアタシのこと押し倒して『天井の染みを数えてるうちに終わるよ』って言うて…初めてだったんに…」
「い、いい加減なこと言うな!」

笑えない小春の冗談を必死で否定していると、後ろから物凄い冷気を感じた。

そっと背後を振り返ると、思いっきり蓮二が開眼している。

「………!」
「ほぉ…そうか、貞治…最近部屋に呼んでくれないと思ったらそういうことか…」
「ち、違う…!蓮二…!小春の冗談だ、分かるだろう!?」
「小春!?いつの間に名前で呼ぶような仲になったんだ!?」
「これは…白石が二人だと紛らわしいから…!」
「クラスも違うんだ、白石が二人いたって紛らわしくもなんともないだろう!」
「蓮二のクラスに小春が行くことはないけどうちのクラスにはしょっちゅうユウジが来るんだ!紛らわしいんだよ!」
「白石のせいにするのか?男らしくないな、貞治」

必死で言い訳(っていうか後ろ暗いところなんてないのに!)しても蓮二は目を閉じない。
それどころか身から溢れんばかりの俺への怒りの気は益々俺を突き刺す。

「おいっお前の責任なんだから何とか言え!」
「はいはい、全く蓮二クンてばホンマに本命の余裕があらへんわぁ…」

俺が慌てて小春に応援を促せば、小春は溜め息をついて益々蓮二を煽るようなことを言い出した。
みるみる蓮二の顔が怒りに染まる。
ああ…怒った蓮二の顔も好きなんだが、ここまで怒りを顕わにされたのは初めてだ。



「つーか手塚もアカンのちゃうの?さっさと小春振り払えばええやんけ」

それまで傍観に徹していたユウジが急に割って入ってきた。

「何やのユウくん!うちと貞クンの間を引き裂こうとせんといて!」
「せやかて…せやかて俺だって簡単に小春を渡すわけにはいかんのやぁぁぁ…」
「チッ!メソメソしてんなやユウジ!うざったいわぁ!」

公園のコンクリートに蹲ったユウジを小春は思いっきり蹴る。

「おい。暴力は感心しないな。お前の大事な兄弟だろう」
「あら、何やの蓮二クン。ユウくんがそない気に入ったんやったら熨斗つけて差し上げますわ」

蓮二は小春の態度に何を言っても無駄だと判断したのか、ちっと舌打ちしてユウジの腕を引いて立ち上がらせた。

「そんなにWデートがお望みならしてやろう」

そしてユウジの腕に自分の腕を絡ませる。

「…蓮二…!」

俺はその様子に卒倒しそうになった。
細くて真っ白な蓮二の腕が俺以外の腕に絡む瞬間を目の当たりにする日がくるなんて…!

「ふん、貞治はそちらの可愛い新しい恋人と仲良くすればいい」
「………勘弁してくれ、蓮二…」
「ユウジ!どこに行きたい?お前の行きたいところに行こう」
「!!!!!」

蓮二が俺と家族以外の男を名前で呼び捨てにするなんて…!

「蓮二ィィィ!今すぐその名前呼びを撤回しろぉぉぉ!!!」
「お前がそれを言うのか、貞治…いや、お前なんかもう手塚で充分だ」
「!!!!!!!!!!」

俺は最早半泣きだ。
腕に絡みつく小春を振り払う気力さえ湧かない。



「………っ、アカン…!」

ユウジは突然蓮二の腕を振りほどいて、蓮二の肩をガッシリ掴んだ。

二人の顔が至近距離で向き合う。
―――まるでキスでもするかのように。
そんな例えが自分の頭に浮かんだ途端俺は絶望を覚えた。

「…ユウジ…?」

心なしか目を潤ませた蓮二がユウジの顔を見返す。

ああ…!何というシチュエーションだ…!
こんな状況を目の当たりにして耐えろというのか…!

そうかこれは蓮二に手を出した罰だ…
神(という名のお義父さん)が俺に下した罰なのか…

眼鏡をかけているにも関わらず涙で視界が歪む。



「幸村…!悪いけど俺はやっぱり小春やないとアカン…!」



「「………は?」」



俺と蓮二の声がハモった。

ユウジはさっさと蓮二の肩から手を離して俺の隣にいる小春に思いっきり抱きついた。

「小春ぅぅぅ〜!俺には小春だけやごばる゛ぅぅぅぅ゛う゛う゛!!!!!」

すると今までどうやっても離れなかった小春の腕が解けて俺から離れた。

「…ユウくん…そんなにアタシのことを…」
「当たり前や小春!あんなコケシみたいなサラサラヘアの男やアカン!小春のそのじゃりじゃりした坊主頭が好きなんや!」
「ユウくんっ!」
「小春ぅ!」

二人は呆然と佇む俺と蓮二を完全に放置して抱き合った。

「「Yes!フォーリン・ラブ☆」」



「……………」
「……………」
「……………」

「………あ、アンタらとはやっとれんわ!」
「!?蓮二!?」

某芸人のネタをここぞとばかりにやった二人に、まさかの蓮二の突っ込みが入る。
たどたどしい関西弁だったが、突っ込みが入ったことでこの関西コンビは満足したらしい。

「うーん、貞クン、ごめんなさいね♪うちやっぱり今日はユウくんとデートすることにするわ♪」
「幸村!お前俺んこと好きやったんやな…すまんな、俺はやっぱり小春しか愛せへんねん…堪忍な」
「今度は本当にWデートしましょうね」
「せやな、付き合ったるわ」
「ユーウくん♪」
「小ー春♪」

…二人はぴったりと寄り添って、再び立ちすくむ俺達を残して公園を去って行った。



「……………」
「……………」
「……………」
「……………」
「……………」
「…な…」
「……………」
「なんでやねん!!!」

再びの蓮二の突っ込みが、ほとんど人のいない公園にこだました―――



―――――



「…映画、いく?」
「ああ、いや…貞治の家にお邪魔してもいいだろうか」
「それは構わないけど…」
「俺だって天井の染みを数えてみたい」
「いやあれは小春の冗談だよ?うちの天井そんな汚くないし…」

ぼんやりと白石家の二人が去っていった方を見ながら、俺達はぽつぽつと話す。
いつの間にか蓮二の怒りはおさまっているようだ。

ちらりと蓮二の顔を見ると、ちょうど同時に蓮二も俺を見ていた。

「………蓮二」
「貞治…」



「「帰ろうか」」



俺達は一度ぎゅっと手を握り合うと、そのまま家路についた。



 

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