息子達の通う小中高一貫の学校は、授業参観日が統一されている。
その日は一日中学校が解放されていて、親は自分の都合のいい時間に授業参観に行くことが出来るのだ。
それはうちのように子供が多い親に絶賛されている。
その日は一日かけて、子供達の普段の姿を見れるわけだ。
授業参観の日は毎回、朝から英二が嬉しそうだ。
「母さん、他の奴ら先にチャッチャと見に行って、あと三時間くらいは俺のクラスに来てね!」
「こりゃタイヘン。いくらなんでも三時間もいたら迷惑だろ?」
「いいんだってば〜、学校で母さんに会える機会なんてそうにゃいんだから」
力説する英二に苦笑を漏らす。
全くいつまでもこんな風に母親にべったりで、クラスの子達に馬鹿にされたりしないんだろうか?
「とにかく!早く来てね!待ってるにゃ♪」
いつものように出掛けに俺に一度強く抱きついてから、英二は家を出た。
他の子供達はもうとっくに学校に出掛けている。
俺も出掛ける準備をするために部屋に入った。
「あれ、秀一郎さんどっか行くの?」
準備を終えて部屋を出るといきなりお義母さんに会ってしまった。
「あ、お義母さん…はい、今日は授業参観なもので…」
「へぇ、いいね。僕も一緒に行こうかな?」
その言葉に一瞬頬が引きつる。
出来ることなら一緒に行きたくはない。
義理とはいえ自分の母のことを悪く言いたくはないんだが、いかんせんこの人とは相性が悪すぎる。
「あの…でも一日がかりになるんで…お義母さんお疲れになってしまうんじゃ…」
「何?秀一郎さんは僕が一日歩いたくらいでへばるような年寄りに見えてるのかな?」
「いえ!とんでもないです!!!」
「ちょっと、煩い。年寄りに向かって大声出さないでよ」
「…す…すみません…」
…一事が万事この調子だ。
大事な一人息子と結婚した俺のことがよっぽど気に入らないんだろう。
毎日こうではあるけれど、一向に慣れない。
「ねぇ国光、聞いてよ。秀一郎さんってば年寄りに対して思いやりがないよ。酷いと思わないかい?」
「……………」
いつものことだが夫は義母が何を言おうと黙り込んでいる。
このままじゃ本当に一緒に授業参観に行くことになりかねない。
「…会社の部下の白石蔵之介の息子から本人のサイン貰ってきたぞ」
珍しく喋った夫が鞄の中から出した色紙には白石蔵之介のものと思われるサイン。
「嘘?これ本当に?うわぁ凄いなぁ、国光。ありがとう、僕のために!」
義母は色紙を受け取って嬉しそうに笑った。
…黙っていると凄く優しそうだし綺麗な顔をした人なんだけどなぁ…
「タカさんにも見せなくちゃ。僕、お店行ってくる」
「え、あ…いってらっしゃい…」
義母はさっさと義父のいる店に行くために準備をして出て行ってしまった。
「……………」
「……………」
「…授業参観くらい、ゆっくり行ってきたらいい」
「…ありがとう手塚!」
どうやらあのサインで義母の気を授業参観から逸らしてくれたらしい。
いざという時には頼りになる夫に感謝した。
その後会社に行く夫と一緒に俺も家を出た。
「子供達に何か伝言はあるかい?」
「…油断せずに行こう」
「OK」
駅で夫の背中を見送ってから、俺は学校へ向かった。
学校につくと、既に他にも親らしき人たちが何人かいる。
その中に見知った顔を見つけたので声をかけることにした。
「幸村さん!おはようございます」
「む…手塚か。おはよう」
長男の貞治と同い年の息子さんがいるから、幸村弦一郎さんと会うことは必然的に多い。
しかもどうやらその息子さんとうちの貞治はお付き合いをしているらしい…
弦一郎さんは知っているんだろうか?
「いつもそちらの貞治君には世話になっている」
「えっ…いやいや、こちらこそ…」
「しょっちゅう上がりこんでいるようだが迷惑かけていないだろうか」
「いや、そんなことないよ。むしろ蓮二君は礼儀正しいし、うちの息子達にも見習って欲しいくらいだ」
高等部三年の教室が並ぶ廊下を歩きながら二人で話す。
この会話で弦一郎さんが二人の関係を知ってるのかどうかは分からなかった。
「では、蓮二のクラスはこっちなので」
「あ、そうですね。それじゃ、また」
弦一郎さんと別れて俺は貞治のクラスに向かった。
教室に着いて貞治を見つける。
その机の傍には件の蓮二君がいた。
貞治より先に俺に気付いた蓮二君が頭を下げる。
その仕草に貞治も気付いてこっちを見た。
授業が始まるまでまだ少しあるらしい。
「やぁ、早いね」
貞治の席は一番後ろなので、教室に入ると話がしやすい。
「少し早すぎたかな?あ、蓮二君、さっきお母さんに会ったよ」
「え、もう来てたんですか…予想より早いな。貞治、また後で」
「ああ、お母さんによろしく」
蓮二君は俺にもう一度丁寧に挨拶をしてから教室を出て行った。
「あら、貞クンのお母さんですのん?」
「…えッ?」
急に貞治の隣の席から腕が伸びてきて、貞治の腕に絡みついた。
それに驚いていると、その腕の主はにっこり笑って俺にお辞儀をした。
「うち、白石小春いいますねん。貞クンと仲良うさせてもろてます」
「え、ああ…その…よろしく…」
見慣れない彼と、その様子に戸惑っていると貞治が「転校生だ」と呟いた。
「小春、ベタベタ触るな」
「あらぁ、もう蓮二クンはおらんのやからええやないのぉ」
「そういう問題じゃない!離せ!」
「…さ、貞治、暴力はいけないぞ」
白石君、に思いっきり拳骨を食らわす貞治を見て、俺は慌てて止める。
こんなに怒ってる貞治は珍しい。
家では滅多に怒鳴ったり怒ったりなんてしないのに…
「そ、それに蓮二君というものがありながら浮気…も良くないぞ…?若いから多少は仕方ないかと思うけど…」
「誤解だ!母さんまで変なことを言うのはやめてくれ!」
「ええやないの貞クン♪浮気があかんのやったらこの際蓮二クンとは別れてうちと付き合えばええやん」
「ふざけるな!俺が蓮二以外と付き合うなんてあってはならないことだ!」
……………
大声で怒鳴りあう貞治と白石君を見て、最近の高校生は随分と…何ていうか…アレだな、と思った。
何だか気まずくなったので、貞治に軽く挨拶をして俺は教室を出ることにした。
貞治もそのほうが助かる、といわんばかりに疲れた顔で手を振ってくれた。
気を取り直して中等部に行くことにする。
英二には最後に行くって言ったけど、ここからだと中等部の方が近いし…
それに事前に手渡されていた時間割を見ると英二はこの時間体育らしい。
下手な授業の時に行って恥をかくのは嫌だし…その点体育なら英二の得意科目だから心配ないだろう。
今日は体育館でバスケをやるって朝言っていた。
体育館に向かうと既に何人かの親がいた。
授業は始まったばかりらしく、全員が整列しているところだった。
ちらちらと後ろを向いていた英二が俺を見つけて小さく手を振った。
俺も小さく振り返してやる。英二は嬉しそうに笑った。
それにしても授業参観とはいえやけに生徒達がこっちをちらちらと見ている気がする。
一体何なんだろう?生徒達の視線は一点に集まっているようだった。
視線の先を追ってみると、ほとんどが母親達の中に、一人父親が混ざっている。
…どこかで見たことがあるような男だ。
……………
「………あ!」
思わず小さく声を上げてしまった。
そこにいたのは紛れもなく、毎日テレビで見ない日はない程の人気俳優、白石蔵之介だった。
周りの母親達も気付いているのか、声をかけることは出来ないまでもちらちらとそっちを見ている。
さすが芸能人だ。見られることには慣れているんだろう、そんな視線に動じもしない。
手塚の会社の部下が白石蔵之介の息子だという話を思い出した。
もしかしてこの学校にも息子がいたんだろうか?
そういえば近所に住んでいるらしいって手塚も言ってたもんな…
「それじゃあボール用意してー」
先生の声と共に整列していた生徒達がバラけ始めた。
英二と、仲の良い跡部さんのところの亮君、それと見慣れない子が一緒にこっちに走ってくる。
俺達の後ろにある体育倉庫にボールを取りに来たようだ。
「母さんッ♪早いにゃ〜!」
「え、英二…こんなところで抱きつくな…」
早速いつも通り俺にベッタリくっつく英二に、クラスの子達が小さく笑っている声が聞こえた。
「ったく、英二激ダサだぜ」
「何や、英二のおかんかいな」
亮君と見知らぬ子が俺に頭を下げる。
「母さん、こっち初めて見るよね?最近転校してきた新しい友達!白石謙也!」
「どーも、よろしゅう」
「ああ、どうも。よろしくな…って、え?白石?」
英二のクラスでは珍しい茶髪の男の子に俺も頭を下げる。
その整った顔と白石という苗字に、ちら、と白石蔵之介の方を見てみるとちょうど彼もこっちに向かっているところだった。
「よう、謙也。仕事抜けてきてやったで」
俺達のすぐ近くで立ち止まって、白石蔵之介はにっこり笑った。
近くで見ると…凄いオーラだ…!
テレビで見る数倍かっこよかった。
「あ、白石蔵之介…」
亮君も少し驚いているようだ。
「…何や、別に来んでええって言うたやろ」
「そうはいかんやろ、ちゃんと謙也に友達出来たか見たかったんやから」
「出来たわ。言うたやろ。早よ帰れ」
「冷たいわぁ…あ、君らが謙也の友達かいな?仲良ぅしてくれておおきにな。…あ、お母さんですか?」
亮君と英二に軽く挨拶した白石蔵之介は、俺に向き直ってぺこりと頭を下げた。
「どうも、白石です。最近大阪のほうからこっちに引っ越してきましてん」
「あ、ああ…はじめまして…手塚と申します…」
「…手塚?手塚…」
白石蔵之介は小首を傾げて何かを考えている。
そんな姿も嫌に様になっている。さすが芸能人だ。
「…何や謙也、手塚て聞き覚えあるなぁ」
「…千里の会社の上司って奴やろ」
「ああ!そっか!もしかしてホンマにその手塚さん?」
「えっ、あ、はい…そうみたいですね。夫の部下が白石蔵之介…さんの息子さんだというお話は聞いてます」
「あーほならそうやんなぁ、よぉお話聞いてますー」
ほ、本当に白石蔵之介の息子が手塚の部下だったのか…
信じてなかったわけじゃないが、こうして本人を前にするとさすがに驚いた。
「…ほら、英二。いいから早く授業に戻りなさい」
「えーっもっと母さんと話したいにゃ…」
「家でも話せるだろ。他のクラスにも行かなきゃいけないんだから…」
「俺が最後じゃないのぉ?」
ぐずぐずと文句を言う英二を宥めて授業に戻らせる。
帰ってきたらしばらく文句を言われそうだがそれも我慢しなきゃいけない。
いつの間にか隣に立っていた白石蔵之介が、バスケの試合を観戦しながら話しかけてきた。
「いやぁ、ホンマ手塚さんに会えてよかったですわ」
こんな男前な人にそんなこと言われたら、いくら俺でも少し照れてしまう。
「謙也とも息子さんが仲良うしてくれてはるみたいで…ありがとうございます」
「いえ…こちらこそ仲良くしてくれて嬉しいですよ」
「今度千里とも一緒にお宅にご挨拶に伺おうって言ってたんですわ」
「そんなお気になさらず…」
そんな話をしているうちにバスケの試合は終わった。
母親達は終始白石蔵之介ばかりを見ていたようだった。
帰ったら皆に白石蔵之介と喋ったってことを話そう。
…あ、でもそんなこと話したらまたお義母さんに色々言われるかも…
リョーマのクラスに行く途中、また白石蔵之介を見かけた。
お母さん方に囲まれて、いつものテレビで見るあの笑顔を振りまいていた。
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