誰が為に金を盗む






たこ焼きって、すごい。

ワイは好き嫌いはあらへん。食べ物は何でも好きや。
元は食えるモンで作っとるんやからまずくても体に毒じゃないんやし、そもそもあんまりまずいと思わん。
「貧乏舌やなぁ」って、オトンにはよう言われたっけ。

そんなワイでもとびきりうまいモンは分かる。
たこ焼きや。
あれはすごい。
あんなちっちゃい丸いひとつを口に入れるだけで、ふわーってしてうきうきして、元気が出る。
今ワイと一緒に暮らしとる奴ならもっと上手に表現出来るんやろうけど、アホなワイにはこれが精一杯。

何でこないたこ焼き好きなんかなぁって考えてみる。
確かに昔から好きやったけど、益々好きになるきっかけがあったような気がする。



…ああ、そうや。



あん時ワイのポケットには100玉が一個あるだけで。






「自分たこ焼き買う金もあらへんのか」

一人きりの夕方の公園で途方に暮れて手の中の100円玉を見つめるワイに、声をかけてきた男がおった。
夕焼けをしょって顔が見えんそいつは、明らかに大人。

「…おっちゃん、誰?」
「君、遠山金太郎くんやろ」
「……………」

その頃ワイの周りには、得体の知れない大人が溢れ返っとった。
質問には答えずワイの名前を言い当てたそいつにワイは警戒した。



―――またマスコミの奴か。



すぐにそう思ったんは、昨日もそう言ってワイに近付いてきた男がおったから。

…オトンが人を殺して捕まってから、そんな奴らが絶えたことがない。

「……………」

明らかに敵意剥き出しの態度でそいつを睨み付けたら、そいつは真っ赤な太陽を背にちょっと笑った。

「そう警戒せんでもええやん。別に事件のこと根掘り葉掘り聞いたりせえへんよ」
「……………誰やねん」

少なくとも事件のことを知っててワイに近付いてくる人間は信用出来ない。

世間ではオトンは悪者やから。
人を殺すんは悪いことやってワイも分かっとる。

…やけどオトンは悪くない。
殺される方にも殺されるだけの理由はあった。
やけどそんなこと言うても面白半分に好奇の目で見られるか説教されるだけやって、ワイはもう痛いほど知っとる。 
 
「俺は白石蔵ノ介や」

目の前の男が名乗った名前に聞き覚えはなかった。

「遠山さんに頼まれて迎えに来たで」
「……………ハァア?」

言われた言葉の意味がすぐには分からんかった。

「アレ、聞いてへん?…おかしいな、手紙送った言うとったけど…」
「…手紙?」
「読んでへん?」
「………ワイ、最近家帰ってへんし、」

元々父子家庭やったから、オトンがおらんなら帰る意味はなくなった。
学校なんか行けるわけない。
近所の人らの視線も痛いねん。
事件以来家のドアやら壁やらにはイタズラ書きが増えていくし、ポストにも常に嫌がらせの品が入っとる。

…そんな家、帰りたないやんか。

せやから有り金持ってコンビニで買うた飯食って、夜は漫喫行って何とか凌いどった。
…その金も尽きたから、こうして公園におるわけやけど。

手の中の100円玉をぎゅっと握った。



「……………たこ焼き食わへん?」

公園の入り口に屋台があった。
白石はそっちを見つめながらそう言ったかと思うと駆け出した。

「待っとってなー!そこにおるんやで!」

遠くからわざわざそんなこと叫ばなくても、どうせ行く場所なんかない。






戻ってきた白石の手にはたこ焼きが3パック。

「2パックは食ってええよ」
「…なんで?」
「大食いなんやろ。聞いとる」

確かにワイは周りに比べたら食う方やと思う。

何でそんなこと知っとるん。
聞いたって、誰に。
……………オトンに?

オトンのことを思い出したら、急に目頭が熱くなった。
今までだって考えなかったわけやない。
ただ近頃ワイの頭は事件のことばっかりで、ワイに優しくて面白くて強いオトンのことは忘れとった。

「遠山さんが、金太郎は大食いでアホやけど気はええ子やさかいよろしゅうって。俺に頭下げて頼んでんで」
「………っ、」
「俺はあんま人に褒められる生活しとるわけやないんやけどな、遠山さんとは割と長い付き合いやねん」
「…オトンの、友達なん…?」
「せやね。やから、自分が捕まった後金太郎を頼むって手紙もろてん。面会も今日行ってきたで」

ワイは面会に行ってない。

オトンは大好きやけど、何や会いたくなかったんや。
鼻の奥がつーんて痛くなって、気付いた。
オトンに会ったら泣きそうやから、会いたくなかったんやって。

ホンマは悲しかったし、みんながオトンを批判するのが悔しかった。
何で人殺したりしたん、って腹立ったりもした。
せやけどそれ以上にワイはオトンが好きで、寂しかったんや。

「…はよ食べ。冷めてまうよ」

白石はワイの隣に座って自分の分のたこ焼きを口に入れた。
改めてまともに見る白石の横顔は、予想以上に若くて綺麗やった。

「…いただき、ます」

声を出したら涙が出そうやったけど、ちゃんといただきますって言うた。

オトンが挨拶はちゃんとせぇっていつも言っとったから。



口に入れたたこ焼きはあったかくてうまくて、絡まった何かがほどけるみたいにワイは泣いたけど、白石は見ないフリしてくれた。






こういうことがあってから、約一年。



今ワイは白石と暮らしとる。

たこ焼き食べた次の日に白石とワイはオトンの面会に行って、ワイはオトンの前で散々泣いて、オトンは改めて白石にワイの保護者になってくれるよう頼んだ。
白石は笑ってそれを受け入れた。
「遠山さんの息子や、大事にしごきますさかい」と何やら不安になることを言いながら。



白石は最初言っていた通り、人に褒められるような仕事はしていなかった。
どうして割とまともに生きとったオトンが詐欺師の白石と知り合ったんかは謎なんやけど。

自分は法に触れとる癖に、白石は厳しい。
「勉強しなさい」とか「学校行きなさい」とかまともなことを言う。
ワイがせめて面倒見てもらうお礼に白石の仕事手伝うって言うた時も怒られた。
せやからワイは白石が手続きしてくれた転校先の高校で、穏やかに過ごしとる。






「ただいまー、金ちゃん」
「おかえりー」

今日、仕事仲間と会って帰ってきた白石は、妙に上機嫌やった。
なんやろ、ええカモでも見付けたんかな。

「金ちゃん、報告や」
「うん。どうしたん?」
「俺詐欺師やめた!」

すっきりした顔してそう言われた俺は目を見開いた。

「…なん、どうして、」
「今日はお祝いや!たこ焼き買うてきたで!」

手渡されたビニール袋はまだあたたかくて、たこ焼きの香ばしいにおいにワイの腹は勝手に鳴いた。

「あったかいうちに食べよか」

ニコニコ笑う白石に聞きたいことはたくさんあった。
せやけどまずはたこ焼きを食べることに意識を集中しよう。



どうやら白石は早速新しい仕事を決めてきたらしい。
これから忙しくなるで!と張り切る綺麗な顔を前に、ワイはちょっと楽しくなる。

口に入れたたこ焼きがあったかくてうまくて、自然と笑顔が浮かぶ。



…新しい仕事では、ワイにも何か出来ることあるかな。



白石の役に立ちたい。

たこ焼き食いながら泣いとった去年の子供はもうおらん。

白石の仲間にワイはなりたいねん。



 


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