誰が為に金を盗む






クリームソーダっちゅうもんは、ホンマに綺麗や。

体には絶対にいいとは思えない鮮やかな緑色の中の無数の気泡。
揺れる氷の上に甘ったるいカロリーの高そうな白いアイスクリーム。
これまた体に悪そうな色をした缶詰のやけに柔らかくて甘いチェリー。

こんなにおもちゃみたいな色合いで、しかも甘いなんて、女子供が好きなのは当然と言えよう。
かくいう俺、白石蔵ノ介もこのクリームソーダの色合いだけは評価している。
俺は健康マニアやからこないアメリカのアニメみたいな色の飲み物なんかよう飲まんけど。



目の前の男が、頼んだクリームソーダをストローで一度かき回す。
少しアイスが溶けて、鮮やかな緑色が少し濁った。
ああ、クリームソーダが綺麗なんは、一瞬の儚さがあるからかもしれんな。
そんなことを考えていたら、目の前の男が小さく笑った。

「なァに、蔵リン。クリームソーダ飲みたいの?」
「俺がこない甘いモン飲むわけないやろ。同じ緑色なら青汁飲むわ」

俺は自分の目の前に置かれたトマトジュースを一口啜った。



「…で、今回はなんぼほど稼いだん」

目の前の男…金色小春に鞄から出した通帳を渡す。
中にはちょっとした金額が記されとるはずや。

「三ヶ月で400万…相変わらず荒稼ぎしとるんやねぇ」
「最近はそうでもないわ。何ややる気ものうなってしもて」
「あらヤダ、スランプってやつ?」
「…詐欺にもスランプなんてモンあるんかな」

小春に見せた通帳に記された金額は、俺が汗水垂らして稼いだ金じゃない。
汗水垂らして働く人間から、俺があの手この手で絡め取った金や。



そう、つまり俺は悪人なんや。

生まれつき恵まれた容姿と、一見完璧過ぎる性格のせいで俺は人に警戒されづらい。
そこを突いて人様の心の隙間に入り込み、騙される人間は騙されていることにも気付かず通帳の残高を減らす。

プロフェッショナルな詐欺師。



「まぁ確かに一時期に比べたら大人しいわよね、最近の蔵リン」
「…悪人にも良心があるんや」
「蔵リンからそんな言葉を聞くなんて!詐欺師から足洗うつもり?」

実はそれも悪くないかな、なんて思っていたりもする。
だが無言を肯定と取ったらしい賢すぎる旧知の友人は、顔をしかめて馬鹿にするように笑った。

「嫌やわ、蔵リン。蔵リンが今更堅気の仕事なんて出来るわけないやないの」
「はっきり言うなぁ」
「まともな仕事はアルバイトさえしたことない癖に。27にもなって簡単に職見付かるわけないやろ」

確かに小春の言う通り、この年で職を探すのは簡単ではないかもしれない。

「せやけど俺完璧やからどんな仕事でも出来ると思うんやけど」
「仕事が出来たって毎日朝から晩まで働いてサビ残して、今の稼ぎの1/4以下やで。アホらしくてやってられんやろ」
「あー…無理や。早起きとかしんどい」

想像するだけでしんどくなって天井を仰ぐと、小春が「ほれ見ぃ」と言って笑った。



「…ただの悪人でおるんに疲れたんよなぁ…」
「どういう意味?」
「人に感謝されたい、というか…」
「…それギャグのつもり?」

確かにこれまでの悪業に塗り潰された人生を知っている小春からしたら「何を言っているやら」と思われても仕方ない。

「でもホンマにそう思っとるんやもん」
「思っとるから何やねん。義賊にでもなるんか?」
「………ギゾクってなんやっけ」
「簡単に言うとねずみ小僧とか。悪どく稼いどる奴から奪った金を貧しい人に分け与える貧乏人のヒーローやね」

…貧乏人のヒーロー。
ねずみ小僧。
悪どく稼いどる奴から奪った金を貧しい人に分け与える…

………義賊。



……………



「………それや」
「…マジかよ、蔵ノ介…」

思わず男に戻る小春をよそに、俺のテンションはじわじわ上がっていく。

そう、俺は悪人。堅気には戻れない。
俺のこれまでの人生を活かして、尚且つ人に感謝される仕事。
それはもう義賊しかない気がする。

これまで培った話術と技術を持って、悪人から金を巻き上げる。
この発想はとても素晴らしいものに思えた。

「俺のこれまでの人生は義賊になるための糧やったんや…!そうや、俺は怪盗になる!」

拳を握り締める俺に小春が呆れた目を向けた。

「…あのねぇ蔵リン。アンタ盗みはやったことないやろ。義賊やるにしても詐欺で取った金を配るとかにしときや」
「それは何か嫌や」
「なんで」
「怪盗って詐欺より目立つやん。どうせ感謝されるなら盛大に目立たんと!」

小春は「…はぁ、さいでっか。ほな勝手にしや」と他人事みたいに呟いた。

勝手にはさせてもらう。せやけど俺一人じゃアカン。
何しろ俺は盗みは素人やし、単独行動で成り立つんはテレビの中の怪盗だけや。

「小春、お前にも協力してもらうで!」
「ハァ?何でウチが、」
「お前の情報屋としてのツテと天才的なハッキング能力は俺に必要や!共に世界を盗ろう!」

テーブル越しに小春の両手をぎゅっと握り込む。
小春は満更でもない風に頬を染めた。

「あら…蔵リンにそない求められたら悪い気せぇへんわね」
「お前無しじゃ怪盗なんてなれへん。頼むわ」
「………まぁウチも堅気で疲れた顔してコツコツ働く蔵リン見るくらいやったら悪どく輝いてる蔵リンの方がええし…」
「協力してくれるんやな!?」
「うーん………まぁ、ええよ。その代わりウチが関わるからには中途半端な仕事はさせへんで!覚悟しとき!」

小春の協力があれば百人力や。
何せこいつは天才、虫一匹通る穴さえない綿密な計画を立ててくれるやろう。



「よっしゃあ!チーム結成やな!」 
 
 
俺はふとテーブルから離れたカウンターの向こうにいる男に目を向けた。
俺達以外に客はいないから遠慮なく大声で喋っていた。会話は筒抜けだろう。
カウンターの男は俺と目が合った瞬間さっと視線を逸らした。

「ってことで健二郎!俺怪盗になるから!この店、アジトにさせてもらうわ!」
「っ何でやねん!俺と俺の店を巻き込むなや!」

この流行ってない喫茶店のマスター、小石川健二郎はぎゃんぎゃんと文句を喚き立てるが、知ったこっちゃない。
常に閑古鳥の鳴くこの店ほどアジトに適した場所はないんやから、しゃーないやん?



テーブルの上の、すっかりアイスが溶けて濁った緑色になったクリームソーダに、俺は誓った。



俺は世界を盗む大怪盗になる!と。



 


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