繋いだ手から、愛情





「リョーマ!明日遊ぼうぜ」
「あ、明日ダメ。部長とテニスするから」
「…ブルジョアめ!」

「あ、凛ー裕次郎ー!明日遊ばね?」
「無理ー」
「わっさん、明日父ちゃんと公園でサッカーするんばぁよ」
「…庶民が!」

「金太郎、」
「あっ赤也!聞いてやー!明日父ちゃん休みやから皆で弾丸温泉旅行なんやって!楽しみやわ〜!」
「…芸能一家はこれだから!」



ことごとく遊びの誘いを断られた俺は肩を落として帰路についた。

最近は蓮二兄さんもバイトで家にいないし、土日がつまらない。
そういえば父さんや母さんと出かけた最後の記憶はいつだろう。
俺は末っ子だから、父さん母さんを独占出来たことはない。

一番下の立場というのは大抵は有利に働く。
でもこういう時だけは、兄さん達がちょっと…羨ましい。






「…何だよ、赤也」

家に帰るとブン兄がいつものようにお菓子食ってた。

「…でぶ」
「殺すぞ。…何だよ、機嫌わりぃの?」
「別に…」

俺の態度に不審げな顔をして、それでもブン兄はお菓子の方に向き直った。
可愛い弟の様子がおかしいってのにあの態度。
俺は溜め息をつきながら階段を上がる。
その途中、派手な柄物のシャツを着た雅兄が二階から降りてきた。

「おう、赤也」
「ただいま。雅兄どっか行くの?」
「デートじゃデート。お泊まりじゃからお袋に言っときんしゃい」
「…チャラ男」
「機嫌悪いのぅ。何かあったんか?」

雅兄の質問には答えずそのまま足を進めた。



部屋に入ってランドセルを放って、ベッドに横になる。

機嫌が悪いわけじゃない。ちょっと退屈なだけだ。
リョーマも凛と裕次郎も金太郎も、蓮二兄さんもいない週末なんて。
(他の兄さん達は期待してない)

「…明日何しよう…」

ぼんやり横になったまま白い天井を見つめてたら、何だかだんだん眠くなってきた。



遊びに行きたい。
俺も、父さんや母さんと。



明日家族と遊びに行くと言った時のリョーマ達の嬉しそうな顔を思い出しているうちに、俺はいつの間にか眠ってしまった。






「…也。赤也、夕飯だぞ。起きろ」

……………

ふと目を開けると、母さんが眉間に皺を寄せていた。
いつものことだけど、これは怒ってる時の皺だ。

案の定ベッドに起き上がった途端に母さんは小言を言い始めた。

「まったく、宿題もせんで昼寝とはたるんどる」
「…きょうはしゅくだいねーッス…」
「それならば部屋の掃除でもせんか。散らかしっぱなしではないか」
「さーせん…」

まだ少し働かない頭で素直に謝ると、母さんは「早く降りて来い」と言って部屋を出ていった。



一階に降りて食卓につくと、珍しく父さんがいた。
この時間に父さんが家にいるなんて珍しい。

「やぁ、赤也。弦一郎の手を煩わせて目覚めた気分はどうだい」
「蓮二兄さんに起こされる方が気分よく起きれることがわかりました」
「弦一郎ー、赤也ご飯いらないって」
「ごめんなさい!母さんの声が一番の目覚ましです!母さんの声は小鳥のさえずり!母さんの唇は山茶花のつぼみ!」
「弦一郎ー、赤也のご飯大盛りで」

食卓にいたのは父さん母さんと比呂兄とブン兄と俺だけだった。
母さんがしゃもじを持ったまま首を傾げている。
テーブルには6人分の食器。一人足りない。

「雅治はどうしたのだ?今日はバイトはないと言っていたはずだが」

その言葉に、雅兄に頼まれていた伝言を思い出した。
でも今から言ったら絶対怒られるから黙っといた。

「…弦一郎に支度をさせておいて不在だなんていい度胸じゃないか」
「いつものことだろぃ」
「私が帰って来た時は既にいらっしゃいませんでしたね」
「赤也は知らないか」
「さぁ。会ってないッス」

雅兄は帰って来たら父さんによるお仕置きでお出迎えすることにして、それぞれは穏やかに食事を開始した。



「明日休み取れたよ」
「そうか。久しぶりだからゆっくり休むといい」

骨の多い焼魚をつついている時に父さんが発した言葉に、俺の箸は止まった。

「…赤也、箸を突き立てるな。行儀が悪いぞ」

俺は慌てて箸を置いて父さんに向き直った。



「父さん!じゃあ明日俺と遊んで!」



父さんはちょっと驚いた顔をして俺を見た。

「珍しいね。赤也が俺と遊びたがるなんて」
「みんな家族とあそびに行くって…俺だけ退屈だったんス」
「ああ、蓮二もいないしね。それにしても新鮮な気分だよ」

心なしか父さんは嬉しそうだ。

「赤也、精市は疲れてるんだぞ。休ませてやれ」

でも母さんはそんなことを言う。
疲れてるのはわかるけど、俺の退屈もわかってほしい。

「いいじゃん、滅多に赤也と遊んでねーんだし。遊んでやれば」

味方をしてくれたのは意外にもブン兄だった。
比呂兄もその言葉に頷く。

「そうですね。お父さんもお疲れとは思いますがたまには赤也君とも遊んであげてください」

母さんは困った顔してたけど、父さんはニッコリ笑った。

「俺は構わないよ。たまには赤也と弦一郎と3人でどこか行こうか」
「マジっスか!?」
「精市がそう言うのなら構わんが…家のことが心配だな…」

尚も渋る母さんに、比呂兄が自信満々に胸を叩く。

「ご心配なく。私が責任を持って一日家事をしますよ」
「…比呂兄は掃除以外何もしないでくれぃ…」

ブン兄が青い顔で項垂れた。






翌日は気持ちいい晴天だった。
リョーマも凛も裕次郎も金太郎も、きっと休日を満喫出来ることだろう。

…そして俺も。

「赤也どこ行きたい?」
「ゆうえんち!」
「ベタだなぁ」
「鉄板っしょ!」

右手は父さん、左手は母さんの手を握る。

「絶叫系充実してるとこがいいな」
「赤也が乗れないだろう」
「行くなら俺も楽しめるとこじゃなきゃやだ」

父さんの我が儘で、割と近場にある絶叫系の充実した遊園地に行くことになった。

俺も早く絶叫系に乗れる身長になりたい。
メリーゴーランドとかコーヒーカップとか子供だましすぎる。
そう言ったら母さんに「あれはあれで楽しいが」と言われた。
…母さんは意外と可愛いものが好きだ。



遊園地に着いて一日フリーパスを買った途端、父さんはジェットコースターにダッシュした。

「…は、早ぇ…」
「精市だからな」

全力で子供をほったらかして自分が楽しむ親ってどうなんだ。
でも楽しそうに子供みたいに笑う父さんは、いつもと違ってまるで友達みたいに見えてうれしい。

ジェットコースターの最後の下りで撮られた写真を買って父さんは戻って来た。

「あー楽しかった!弦一郎も乗ってくる?」
「やめておく」
「父さん、写真見せて!」

見せてもらった写真は有り得ないほどいい笑顔だった。
とてもジェットコースター中とは思えない。

「…うわっ、すげぇいい顔」
「精市だからな」
「…ノロケてんスか?」
「変な言葉を覚えるな」

母さんに殴られた。
その殴られた場所を優しく撫でながら父さんが笑う。

「早く赤也も背が伸びるといいなぁ」
「そしたらいっしょに乗れますか?」
「ああ、一緒に乗ろう」

早く大きくなりたい。リョーマの真似して毎日牛乳飲もうかな?



その後もお化け屋敷行ったり(母さんがお化け役の人倒したり)
バッティングコーナーがあったからやってみたり(父さんがホームラン続出で看板打ち壊したり)
観覧車乗って俺達の家探したり(父さんは蓮兄見つけたって)
父さんと母さんがメリーゴーランドでアハハウフフ捕まえてごらんなさーい的な青春したり(俺は乗らずに写真撮っといた)

…とにかく笑いの絶えない一日を過ごした。



「…あと乗ってないのどれ?」
「もうぜんぶ乗ったッスよ〜」
「精市…俺はもう疲れた…」
「何だい、お前達だらしないなぁ。でもまぁ、充分か」

一日中走り回るようにして遊び回ったせいでもう足がパンパンだ。
いつの間にか日も暮れている。
リョーマ達は今頃家に帰っただろうか。

「赤也も疲れただろう。そろそろ帰ろうか」

楽しい時間が終わるのは、悲しい。
帰っても父さんと母さんはいるし、兄さん達もジャッカルもいるのに。
自然と俯きがちになる俺の頭を母さんがぽんぽん撫でた。

「ほら赤也、疲れたならおんぶしてやるよ」

父さんが目の前に屈んだから、素直にその背中に乗った。
何かすっげー親子っぽい。
ちょっと恥ずかしいけど、こんなこと普段はまずしてもらえないから、嬉しい。

「たまにはこういうのもいいね」

父さんの背中で揺られながら、閉じそうになる瞼を必死で持ち上げる。

「………つぎは、みんなで行きたい、ッス…」
「そうだな、今度はみんなで行くか」
「みんなで行くならちょっと遠出してもいいしね」



ああ、早く学校に行きたい。

みんなに今日のこと話すんだ。
みんなの話も聞かされるだろうけど、きっと絶対、今日の俺が一番楽しい。 
 
 


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