お母様がみてる





最近子供達との会話が足りていないように思う。
成長していくにつれ親から離れていくのは当然のこととは思うが、些か寂しい。

「精市はそう思わないか」
「別に。むしろ俺は弦一郎との時間が増えて嬉しいけど」

無論それは俺だって同じだ。
夫婦の会話は以前にも増して増えているのは確かで、俺だって嬉しくないわけがない。

「……………」
「…まぁ弦一郎がどうしてもっていうなら、話せばいいじゃない」

精市は寝転んでいたベッドからおもむろに立ち上がった。

「?精市?どこへ行くんだ」
「おいで」






俺の手を引いた精市が向かったのは、リビングだった。

子供達はみんなそれぞれの部屋にいるのか、リビングには誰もいない。



「さて………集ぅぅぅーーーーー合ぉぉぉーーーーー!!!」



精市が突然家中に響き渡るような大声で叫んだせいで耳が痛い。
驚いたらしいジャッカルが庭で「おれかよ!」と一声鳴いた。

次いで二階の部屋のドアが次々に開く音、そして子供達が階段を駆け降りる音。 
リビングに子供達が集合するまで2分かからなかった。

「…何じゃ、親父さん。もう寝ようと思っとったんに…」
「何かありましたか?」
「………れんじにーさん…ねむいっす…」
「父さん、赤也まで起こすのは感心しないな」
「赤也もすっかり調教されちまって…可哀想に…」

父親の一声で言うことを聞く子供達。
うむ、さすが精市。これぞ家庭のあるべき姿だ。

「弦一郎がお前らと絡みたいらしいから、お前ら適当に何か喋れ」
「「「「「はぁ?」」」」」

子供達は露骨に嫌な顔をしている。
それもそうだろう、明日も学校があるのに0時前に集合をかけられればこんな顔にもなる。

「ちなみにこの時間に集合をかけたことについての文句は受け付けない。弦一郎困らすなよ。以上」

前以て釘を刺された子供達は皆一様に口をつぐんだ。

とはいえ俺とてまさかこんな展開になるとは思っていなかったため、話せと言われても困る。
子供達もそんな俺の気持ちを察してくれたらしい。
各々リビングのソファに落ち着いてお茶を淹れ始めた。

最初に口を開いたのは蓮二だった。

「…確かに、最近俺はバイトが忙しくてあまり母さんと話せていなかったからな」

蓮二の言葉に雅治が頷いた。

「蓮兄バイト入れすぎぜよ〜。おかげで俺も忙しくてかなわん」
「雅治君は夜蓮二兄さんがいないのが退屈だからって同じシフトでバイト入れてるだけでしょう。忙しいのが嫌ならバイトを減らせばいいんですよ」

そういえば蓮二はともかく雅治のバイトの話はあまり聞いていなかった。

「雅治、お前のバイトの方はどうなんだ」
「普通じゃ。年末じゃし客は多い方かの」
「酒を扱う店なんだろう。お前こっそり飲んではいないだろうな」

雅治は眉をひそめて蓮二の肩に腕を回した。

「蓮兄だって居酒屋じゃろ。何で俺だけ言うんじゃ」
「蓮二は真面目だから店の物に手を付けたりはしまい」
「俺だってせん。大体酒は好かん」

という口振りからして、飲んだことはあるんだな。
だが世が世なら雅治はとっくに元服を済ませた年だ。
ここは大目に見てやろうと聞き流した。

「比呂士はバイトはしないのか」
「学生の本分は勉学ですから。働くなぞ社会に出てから腐るほど経験出来ます」
「うむ、それでこそ比呂士だ」

本来なら俺も学生のアルバイトは反対だ。
蓮二のバイトは精市が許可を下ろしたから渋々許可したが、辞めてくれるに越したことはないと今も思っている。

「ブン太、お前もアルバイトなどと言い出してくれるなよ」
「え、嘘。俺中等部卒業したらケーキ屋でバイトしたかったのに!」
「許さん」

まったく、だからバイトを許可するのは嫌だったんだ。
悪しき前例を作ってしまった。

「大体お前達、小遣いは足りているだろう」
「金はいくらあったって足りねーッスよ?」
「赤也…お前また友達に変なこと吹き込まれたな…?外では言うなよ」

蓮二に小突かれて赤也ははぁいと小さく返事をした。

「金はあるに越したことはないが足りないということはないだろう」
「足りねーよぃ。新商品のお菓子買ってケーキ買って購買でパン買って…」
「ブン太、お前はその金でダイエット器具でも買え」
「食えもしねーモン買うくらいならダイエット食品買った方がマシ」

まったく、ブン太も赤也も無駄遣いが多いからいかんのだ。
子供のうちから大金を持つものではない。
小遣いの中から子供は遣り繰りという生活の術を学ぶのだから。

「私は本くらいしか買いませんから不足はありませんが」
「俺も大体そんなものだな」

蓮二と比呂士は俺の教えを強く受け継いだ良い子だ。

「つーか蓮兄は服代浮いていいよな」
「そうだな、雅治がセンスのいいお下がりをくれるから」
「雅治、お前はあんなに服ばかり買って小遣いとバイト程度で足りるのか」
「…プリッ」

俺の疑問に雅治が答えてくれることはなかった。

「まぁとにかく、蓮二も雅治もバイトにかまけて学業を疎かにせんようにな」
「当然だ」
「ピヨ」



その後も日付が変わるまで俺と子供達は話し続けた。

途中赤也が限界を訴え部屋に戻り、比呂士が肌の調子を心配して恭しく部屋に戻り、ブン太が夜食をねだり始めたので部屋に戻し、雅治がトイレに行ったまま帰って来なくなり、リビングには蓮二と俺と精市だけになった。



「…父さんは完全に寝ているな」

蓮二の言葉に隣を見ると、精市は目を開けて座ったまま寝ていた。
気付かなかった。ちょっと心臓が止まった。

「疲れているだろうに遅くまで付き合わせて悪かったな。精市も蓮二も」
「構わないさ。どうせ父さんの独断だろう」

しかしそれでも俺の願いを叶える為に疲れを推して付き合ってくれたことに変わりはない。
俺の夫と子供達は何て優しい人間なんだろう。

「これからは少しでも母さんと話す時間を作ることにしよう。皆にも言っておく」
「無理はしなくていい。子供には子供の時間がある」
「母さんにしては物分かりがいいじゃないか。年のせいか?」

失礼なことを言い残して蓮二は席を立った。
そして部屋を出る前にこちらを振り返って微笑んだ。

「母さんと話すことを本心から嫌がるやつはこの家にはいないさ」






「…満足したかい?」

静かな部屋で蓮二の言葉を反芻していると、静かな声。

「精市、起きていたのか」
「いや途中までマジで寝てた」

精市は大きく伸びをすると俺の肩に頭を預けた。

「…今からは俺を構ってよ」



ここから先は…まぁ、大人の時間というやつだ。



 


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