小さな恋のメロディ 近頃ワイはおかしい。 寒いのに何やほっぺたポカポカしたり、あんなに大好きなタコヤキ食えんようなったり、いきなり心臓どきどきしたり。 明日も会えるアイツに会いたくてしゃーないのに、いざ会えると何や泣きたくなんねん。 「リョーーーマ!」 高等部3階の窓からグラウンドを見とったら、リョーマを見つけた。 次の時間は体育みたいや。 チラッと時計見たらまだ休み時間は何分か残っとる。 ワイの声にリョーマが顔を上げたのを確認して、窓から飛び降りる。 グラウンドと教室から悲鳴が上がった。 リョーマもちょおビックリした顔しとる! 愛想のないリョーマの珍しい表情が見れると、何やワイ嬉しい。 グラウンドに着地してすぐ地面を蹴って、ワイはリョーマに飛び付いた。 「…ぐ、っ…!」 「リョーマ体育なんかぁ!ええなぁ!ワイ次えーごやで!えーご嫌やわぁ〜」 細っこくてちっこいリョーマの体がワイの全体重を支えようとグラグラ揺れる。 「…金太郎…3階から飛び降りるのやめるさぁ」 リョーマの後ろから裕次郎がひょっこり顔出してリョーマの背中を支えた。んでやっとグラグラが止まった。 「…ありがと、裕次郎」 「ん」 …何や気ィ悪いわ。 裕次郎のことも大好きやのに、何でやろ。 「金太郎、降りて。で、教室帰って」 「何でや?」 「もう授業始まるから」 リョーマから離れたら溜め息つかれた。 ワイの足やったらこっから教室まで3分もかからへん。まだ休み時間余裕あるんに。 リョーマは最近いっつも溜め息ついとる気がする。それもワイの前でだけ。 「ほら金太郎、やーは足早いからいいやしがわったーは授業の準備せんとならんばぁよ」 「……………」 裕次郎がそう言うから、ワイは渋々校舎に戻る。 戻る途中一回振り返ったら、リョーマもこっちを振り返ってた。 おっきく手を振ったらリョーマは軽く片手を上げてくれた。 授業中もグラウンドばっかり見とった。 サッカーやっとるリョーマは楽しそうや。 リョーマも運動神経ええもんな、クラスメイトに頼りにされとる。 ちょっと口角上げた笑顔。 最近あんまりワイには見せてくれへん。 「…白石、せめて前見ろ」 せんせーに怒られたから、仕方なくカーテン閉めて正面向いた。 視界に入らんようにしとかんと俺の目はリョーマばっかり探してまうから。 「そういうわけやねん」 「何がや」 その日、久々に仕事が早く終わったらしい光が帰って来てからワイは最近の自分の不調(?)について相談してみた。 「何で俺にそない話聞かせんねん」 せやかて千里は橘先生と同棲しとるし、小春とユウジは芸人の仕事でおらんし、謙也は一人暮らしやし、もう光しかおらへんやんか。 「親父に言いや。甘酸っぱい話大好きやろ」 「親父は何でもかんでも恋愛トークにしてまうから嫌や」 光はめんどくさそうにネクタイを外しながら「俺はガキの青臭い話がいっちゃんうっといわ」とひとりごちた。 自分かて学生時代は散々「若がかわええ」とか「若がひどいねん」とか青い話しとった癖に。 「…せやけどなぁ、そん話聞く限り親父やなくても恋愛トークになるやろ」 「は?」 光のセリフにワイは眉をひそめた。 「何や、ほっぺたポカポカだのタコヤキ食えんだの心臓どきどきだのリョーマに会うたら泣きたくなるだの、聞いてるこっちがカユイわ」 「な、なんでやねん、」 「そんなんリョーマんこと好きでFAやろ」 「…リョーマのことは好きやで?凛も裕次郎も赤也も」 「…アホ」 なんやねん。光は大人になっても相変わらず意地悪や。 普通大人になると人間丸くなるもんなんちゃうん。 謙也なんか銀じいちゃんみたいに穏やかになっとるやんか。 光は頬を膨らますワイを横目で軽く睨んだ。 「もうアホとは喋れん。とりあえずお前、つべこべ言わんと明日リョーマにキスかましてこい。話はそれからや」 …………… 光の言葉にワイの思考がストップする。 …きす? キスってちゅーのこと?やんな? 口と口くっつける、あれ? たまに光が部屋で若にしとるアレ? って言ったら「覗くなアホ」って殴られた。 その後何も言うてくれんくなった光はほかして、ワイは一人部屋で考え込んだ。 ワイの、自分でも自覚するほどつるっつるの脳ミソじゃ許容量越えとる。 リョーマにキス。 …考えとったら頭あっつくなって、ワイはその夜ほとんど寝れんかった。 いっくら考えても答えなんか出んまま朝になって、寝不足の頭フラフラさせながらワイは学校に向かった。 …あ、リョーマがおる。 朝会うん珍しい。 ワイが遅刻ギリギリやないなんて滅多にないもんな。 リョーマはワイを見つけてでっかい猫みたいな目をぱちぱちさせた。 「…何、今日雨だっけ?」 「ん?なんで?めっちゃ晴れとるやん」 「いや、金太郎がこんなに早いなんて珍しいから」 「失礼やなあ!」 「………何かいいことあったの?」 「?」 リョーマの言葉に首を傾げる。 「…何かニコニコしてるから」 ……………そうやろか? 意識してみると確かに、ワイのほっぺたは緩んどる。 全然気付かんかった。 なぁ、近頃ワイ、おかしいねん。 明日も会えるリョーマに会いたくてしゃーないのに、いざリョーマに会えると何や泣きたくなんねん。 …リョーマが目の前におるんが、ただ嬉しくて。 「…リョーマ」 「何…」 気付いたらワイはリョーマの肩を掴んでその唇に自分の唇押し付けとった。 うわ、やらかい。ちゅーかリョーマちっこい。 いや、ワイがデカくなってんけど。 細い肩が壊れそうで怖なったから、掴む力を弱めた。 そしたらリョーマに思いっきり突き飛ばされて、バランス崩したワイは尻餅ついてもーた。 「…リョーマ、」 「………な、なん…っ、」 尻餅ついたまま見上げたリョーマは、めっちゃ顔真っ赤にして制服の袖で唇を拭いた。…何やそれ傷付くわ。 せやけどワイはそれを言えんくて。 だってリョーマのでっかい目からはきれーな涙がぼろぼろ零れとったから。 ワイはビックリして言葉が出んかった。 だってだって、まさか泣かせてまうなんて。 光のうそつき、キスしたかて何も分からんやん。 「リョーマっ、ごめん!」 慌てて立ち上がって深く頭を下げる。 「っ…何で謝るんだよ…」 「だって、リョーマ泣いとる、」 「うるさい、泣いてない」 でも次から次に零れてくる涙は隠せてへんやんか。 「…馬鹿の癖に、こっちの気も知らないで気まぐれにこんなことすんな!」 リョーマはそれだけ言うと踵を返して走り去ってしまった。 「…リョーマの気持ちって、なんやねん、」 自分の気持ちも分からんのに、分かるわけないやん。 さいあくや、もう。怒らせてもーた。嫌われたかも分からん。 帰ったら光シメたる。絶対シメる。 いつの間にか浮かんどった涙、ぐいって拭って、ワイは遠くに見えるリョーマの後ろ姿を見つめた。 遠くなる後ろ姿が寂しくて寂しくて、リョーマが愛しくて、涙はなかなか止まらんかった。 |