たましいのふたご





「あっ、ゆーじろ…、」

高等部の廊下で裕次郎を見掛けたわんは、反射的に声をかけようとして、やめた。

裕次郎の隣に女子がいたから。
確か裕次郎と同じクラスのやつ。

「……………」

いつもわったーとおる時と同じ笑顔で廊下を歩く裕次郎に背を向けて、わんは自分の教室に入った。



「なぁなぁ、赤也ー。今裕次郎が女とおった」
「マジで?ちくしょー、アイツ何だかんだ言ってモテてて生意気」

教室で携帯いじっとった赤也に報告すると、赤也は忌々しそうに舌打ちした。

「………あにひゃーモテとるんばぁ?」
「………お前よりはモテてねーよ」

まぁ確かに、モテっぷりで言えば今のわんは高等部で1、2を争うかもしれん。長続きはしないけど。

「でも裕次郎も割とモテてるだろ。カワイイとか言われて、生意気」
「赤也はしんけんモテる男が嫌いさぁ」
「あー嫌いだよ、あまつさえ憎いよ」

つまらなそうに鼻で笑って、赤也はまた携帯をいじり始めた。
大方蓮二兄さんにメールでもしてるんだろう。赤也の携帯の使い途はそればっかりだ。






「あ、凛くんちょっといい?」

放課後、委員会があるらしい裕次郎を置いて帰ろうとしてたら、わんのクラスの女子に声をかけられた。

「ぬー?」

女の子を前にしたら自然と浮かぶ、わんの「女ウケのいい笑顔」に、目の前の女子はちょっと顔を赤らめた。
そんな様子を赤也とリョーマが呆れたように見ている。

「うん、あのね…これ、裕次郎くんに渡してくれる?」
「……………え、」

女子が渡してきたのは調理実習で作ったとおぼしきカップケーキ。
ご丁寧にピンクのリボンでラッピングされている。

「…やー、裕次郎ぬこと好きなんばぁ?」
「え、」
「裕次郎なんかよりわんの方がよくね?わんもやーからカップケーキ欲しいさぁ」
「え…え、」
「なぁ、ダメ?わん裕次郎より優しいよ?」

彼女を廊下の壁に追い込むようにして、顔を近付ける。
真っ赤になったほっぺたが可愛い。

「り…りんくん、って…もしかして、私のこと…?」
「ん。…しちゅん」

囁くように目を見て言ってやれば、彼女は目を見開いた。

「………っ、じゃ、じゃあそれは、あげる…っ」

わんの胸にカップケーキを押し付けて、彼女はパタパタと廊下を走って行く。
わんはその後ろ姿を見送ってからカップケーキをゴミ箱に捨てた。

「…凛、最低」
「かわいそー」

可哀想だなんて言いつつ、赤也は楽しそうだ。

「要らないなら裕次郎にあげればいいのに」
「…ふん、わんにちょっとコナかけられたくれーで気が変わるような女の作ったもん裕次郎に食わせらんねー」
「…裕次郎がモテない原因作ってるの凛だよね」

リョーマは溜め息をつきながらそんなこと言うけど、わんが認めない女に裕次郎は渡さん。

「ブラコン直んねーなぁ、凛」
「ファザコンもね」

何とでも言え、悪友共。






「りーん」

夜、夕飯食って部屋で女の子にメール打ってたら、裕次郎が部屋に入ってきた。
そのままわんの首に抱き付かれる。

「ぬーよ、機嫌いいさぁ」
「わかるぅ?」

ヘラヘラ笑う裕次郎。この顔は女絡みだ、大抵。

「わんのクラスにかわいー子おるだろー」
「誰?」
「高木さんー」

ああ、今日廊下で裕次郎と一緒にいた子か。
可愛かった…かどうかは覚えてねーらん。

「それがどうしたんばぁ?」
「今日メアド交換したんさぁ。もしかして脈アリかなー」
「分からんさぁー。もしかしたらわんとお近づきになるための踏み台にされとったりして」
「うわっ!シャレならん!凛のふらー!」

こんなこと言ってはいるけど冗談だって分かっとるからか裕次郎は楽しそうに笑った。

「ま、応援するさぁ」
「にふぇーでーびる!」

裕次郎のクラスの高木。

名前と顔をわんは頭にしっかり刻み込んだ。






次の日、学校に行ったわんは教室には入らずにそのまま裕次郎のクラスまで着いていった。

「…ぬーよ、凛」
「ん、裕次郎の高木さんを見ようと思って」
「やめて欲しいさぁ。高木さんが凛に惚れたらどうするんばぁ?」

そうなったら所詮その程度の女ってことだ。
そんな女に裕次郎は渡せない。

「どれよ、高木さん」
「ほら、窓際」

窓際にささっと目を走らせる。
あ、いた。昨日見掛けた女。
弱そうで可愛い系、確かに裕次郎の好みのタイプだ。

「裕次郎はじゅんにあーゆースイーツ(笑)系が好きさぁ」
「凛はスーパーモデルみたいなんが好きやし、凛のタイプじゃねーらん」

まぁわんの好みの基準は父ちゃんだから仕方ない。

「知念くん、おはよ」
「おはよー」

裕次郎に気付いた高木さんは小走りに席までやってきた。
わざわざ来るなんて、これはじゅんに脈アリなんじゃ…にわかに不安になる。

「あ、そーだ裕次郎。こないだ貸した地理の資料集返して」
「えーなまじゃねーといかん?てか今日凛のクラス地理ないさぁ」
「いかん、課題やらんと」

確か裕次郎はわんの地理の資料集を下駄箱のロッカーに入れとったはず。
わんの言葉に裕次郎は渋々席を立った。



「……………」
「……………なー、高木さん」

裕次郎が席を立った途端気まずそうに黙り込んだ高木さんに声を掛ける。

「やー、裕次郎のこと狙ってる?」
「!」

高木さんはすぐ顔色を変えた。

「あー、でも高木さん裕次郎のタイプじゃねーらん」
「ぇ…」
「見たとこやーAカップかやー。裕次郎は巨乳好きやから。好きな芸能人は手島優やっし」

これは半分は嘘だ。
巨乳は嫌いじゃないはずだが、裕次郎は無い物ねだりはしない主義だ。

でも高木さんには効果抜群だったようで、顔を赤くして目に涙を浮かべている。



「それに裕次郎と付き合いたきゃ、一回わんとヤらんといかんよ?裕次郎はガキん頃からわんのお下がりやっし」



ばちん、という音と頬に衝撃が走ったのは同時だった。
小さい女の弱い力のビンタなんか痛くも痒くもない。
涙目の彼女にニヤッと笑ってやると高木さんはわんを睨み付けて教室から出ていった。

わんも、裕次郎が戻ってくる前に自分のクラスに戻った。






「りーん〜…」

その日の放課後、リョーマと金太郎と三人で屋上でダベっていたら、覇気のない声の裕次郎が現れた。
その様子に密かにほくそ笑みつつ、それを隠してわんは驚いた顔を作る。

「どうしたんばぁ?裕次郎」
「…高木さんにもうメールしないでって言われたぁ〜…」

座り込んだわんの腰に絡み付いて裕次郎が死にそうな声を上げる。

「あーあ、短い春だったさぁ」
「わん何かしたんかなぁ…」

溜め息をつく裕次郎の髪を撫でてやる。

「ま、そんな気まぐれな女深入りしなくて正解さぁ。早いうちに切れて良かったやっし」
「…だーるなぁ…」

リョーマが金太郎にのし掛かられて地面に倒れる様子を眺めながら、裕次郎はもう一度溜め息をついた。



「ったく…わんはいつになったら凛の眼鏡に敵う女に出会えるのかねぇ」



「……………」



「ブラコンの弟を持つと苦労するさぁ」



…それでも裕次郎が怒らんからわんはどこまでも裕次郎をすきになる、って分かっとる?
優しすぎる兄に寄る悪い虫を払うんも、結構苦労するんばぁよ。



わんの頭を撫でる裕次郎は、仕方ないなって顔して笑った。



 


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