ひとつやり残したことがあってね





「…やれやれ」

凛クンと裕次郎クンにねだられて家族揃って街に出たのはいいものの、ちょっとナメていたかもしれない。

休日の、人出を。



知念クンが凛クン達を見てくれているのに油断して自分の見たい店を覗き込んでいたら、見失ってしまった。
気付けばどこにいても目に入るはずのあの長身が、どこにもいない。
自分の携帯を取り出して、知念クンの番号を呼び出す。

程無くして携帯が震えた。

…俺の持つバッグの中で。

「……………知念クン…」

携帯しないなら携帯の意味がないでしょうに。
バッグの中で震える知念クンの携帯を確認する。
携帯代もバカにならないし、持ち歩かないなら解約してもいいかもしれませんね。
どうせ知念クンは家族以外とはあまり連絡取らないし。

苛立ち任せにそう思いながら、俺は壁に凭れかかった。






人ごみから離れて街の流れを眺める。
知れず溜め息が漏れた。
晴れた休日だからってみんな浮かれて出歩き過ぎだ。

自分もその一員であることは置いておいて、はぐれてしまった苛立ちは目の前の人ごみに向けられる。

この辺りはこの辺で一番の繁華街だ。
老いも若きも休日を満喫すべく楽しげに歩いている。
そんな中一人少し離れた場所でつまらなそうな顔をしている俺はさぞ滑稽だろう。

最終手段はここで料理でも作るしかないな。
匂いに釣られて慧クンが見つけてくれるかもしれない。

食い意地の張った長男を思い浮かべると少し笑いが漏れた。



「あの、すみません」

ぼんやりと遠くを見ていたら、声がかけられた。
気付かないうちに近くに人がいたらしい。
沖縄武術で鍛えられた俺に気付かれずに近付くとはなかなかやる。

「…はい?」
「さっきからずっとここにいますね」
「ええ、まぁね」
「待ち合わせですか?」
「…そんなようなものですかね」

動かずにいればそのうち見つけてもらえるだろうと思ってここにいるのだ。
でもわざわざ家族とはぐれましたなんて言いたくもない俺は適当にごまかした。

ちらりと隣に立った男を見る。
目が合った瞬間にっこりと笑顔を向けてきたその男は、イケメンは割と見慣れている俺から見ても相当高レベルなイケメンだった。
俺の周りにはあまりいない爽やかさも持ち合わせている。

「…綺麗ですね」
「は?」
「あなたが」

照れなくそんなことを言われて、さすがの俺も顔に熱が集まった。
知念クンも結構天然でタラシな発言をする男だけど、初対面でここまで言う男がいるとは。

「………あ、ありがとう…」
「まだ時間があるなら良かったら俺とお茶でもしないかい?」

そこまで言われて、やっと気付いた。
なるほど、どうやらこれはナンパらしい。
最近は子供を連れないで歩くことがないから随分久しぶりだ。
沖縄にいた頃はよくあったけど。

「…せっかくですけどね。ここを動くわけにはいかないんですよ」
「そっか…じゃあ、待ち合わせの相手が来るまでここにいてもいいかな?」
「いるのは勝手ですよ」

俺の場所ではないのだし。

相手をすると言ったつもりはないのだけど、そのイケメンは俺の隣で壁に凭れた。
柔らかい笑顔を向けてくる。
居心地が悪くなって、俺は腕を組んで正面を睨むように眺めた。
もう、知念クンは何をしてるのやら。
早く見つけてくれないと俺がイケメンに拐われますよ。

「名前を聞いてもいいかな?」
「……………」
「ああ、ごめん。俺から名乗るのが礼儀だよね。俺は佐伯虎次郎」
「………知念永四郎です」
「いい名前だね!俺の名前とちょっと似てるし」

似てるとは思わなかったが、佐伯は満足そうに笑った。
極力佐伯を見ないようにしながらも、その笑顔は目に焼き付いた。

「この辺に住んでるの?」
「…ええ、まぁ」
「俺もなんだ。最近縁があってこの近くで働くことになってね」

無愛想に返しているつもりなのに、佐伯はまったく動じない。
ポケットから音楽プレイヤーを取り出して、イヤホンを右耳に突っ込まれた。

「ちょ、」
「シャンソン好き?俺好きなんだ。一緒に聴こう?」

どうにもこの男の笑顔には毒気を抜かれる。
抵抗しようにも強く出られずにいるうちに、耳に心地よいメロディが流れ始めた。
イヤホンをしていない左耳に佐伯の口ずさむ小さな声が聞こえる。

「……………」
「〜♪」
「……………」

…知念クン、まだですか。






「あっ!おった!」
「…永四郎!」 
 
何だかんだで10分くらいはシャンソンを聴かされただろうか。
やっと待ち焦がれていた声が聞こえた。
いい機会だと耳からイヤホンを抜いて佐伯に渡す。
佐伯は変わらない笑顔でそれを受け取って、声のした方を見て少し固まった。

佐伯の目は知念クンの足元にいる凛クンと裕次郎クンに向けられている。
たぶん俺が子持ちだとは思わなかったんだろう。
見た目の若々しさと綺麗さは自分でも認めるところだ、佐伯の驚きは分からないでもない。

「…やー、ぬーしとるんばぁ?」

知念クンの声が低い。
おや、怒らせてしまったようだ。
知念クンは俺にはまず怒らないから、たぶん佐伯に対して。

「え、」

佐伯は凛クンと裕次郎クンから目を離して、初めて気付いたかのように知念クンを見た。

「わんの永四郎にぬーしとったって聞いとるさぁ」
「…少し話をしてただけだよ」
「嫌がる永四郎につきまとってたの間違いじゃないんばぁ?」

困ってはいたけど、積極的に嫌がっていたわけでもない。
その辺は黙っておいた。
知念クンはただでさえ人当たりのいい人相と言うわけでもないので、敵意を剥き出しにされるとそれはそれは怖い。

でも佐伯は気丈にも正面から知念クンを見上げて、にっこり笑った。

「多少は強引だったかもしれないね」
「そう思うんやったらさっさと消えろ」
「…随分嫉妬深いんだね」
「消えろって言っとるんやしが、聞こえんばぁ?」

佐伯が俺を振り返る。

「旦那さんが怖いから今日は消えるよ。永四郎さん」
「…ええ」
「ご近所さんだし、また会えるといいな。それじゃ、また」

にっこり笑って俺の右手と素早く握手して、佐伯は現れた時と同じように爽やかに去って行った。
人ごみにあっという間に消えた後ろ姿を目線で探す気もなく、俺は知念クンに向き直った。
知念クンはまだ文句が言い足りなかったのか人ごみを睨んでいる。



「…知念クン」
「…永四郎、やーも悪い」

俺の声にやっと態度を和らげて、それでも複雑そうに知念クンは言った。
親指と中指で作った輪が俺の額に触れる。
ぴし、とごく軽くデコピンされた。

「やーがいつまでも綺麗なんはいいやしが、こういうんはでーじわじわじする」

嫉妬してる自分が恥ずかしいのか、照れ臭そうに目を逸らされた。
拗ねた表情が子供みたいで可愛くて、俺は笑った。

「…心配しなくてもね、君以外は男だと思ってませんよ」
「……………」

そういう問題じゃない、と言いたげな知念クンの、高い位置にある髪の毛を撫でる。

「…あにひゃー、近所なんばぁ?」
「そうらしいですね」
「…また会ったら言え。今度は殴る」
「物騒なのはごめんですよ」

会ったとしても、その時には俺は忘れてる気がする。
知念クン以外の男なんて、本当に区別もつかないし。

彼はもっと自信を持ってくれればいいのに。

そんな気持ちを込めて、俺は今度こそはぐれないように知念クンの手を握った。






「…あのー」
「父ちゃん、母ちゃん?」

足元で子供たちの声が遠慮がちに聞こえて、俺達は視線を下げる。



「「…慧くんがいないんだけど」」



「「……………」」



…俺達は今度は慧クンを探すために人ごみに足を踏み出した。



 


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