ママトモ





正直言って主婦にしてみれば、お正月なんて夫も子供も休みなのをいいことに家を散らかすやら世話を焼かすばかりで、むしろ忙しい。
うちは夫や子供達が休みのおかげで姑のいびりからいつもよりは解放されたから、その点は感謝しているけど。

そんなわけで年が開けて随分経った今日、俺はやっと手が空いて久しぶりに友人達とお茶をすることになったのだった。






「秀一郎!こっちだ」

待ち合わせたカフェで友人達を探していると、奥のテーブルから声がかかった。
この野太い声は間違いようがない。幸村家の弦一郎さんだ。

テーブルに近付くと既にみんな揃っている。
出掛けにお義母さんにドアを接着剤で張り付けられてそれを何とかするために苦心していたから、俺が一番最後の到着らしい。

「遅れてすまない」

そう言って席につくと、知念家の永四郎さんが笑った。

「秀一郎クンの遅刻は不可抗力ですからね。気にしてませんよ」
「…ウス」

みんな俺が姑にいびられているのを知っているだけに寛大だ。
会う約束をするたびにこうして遅刻してるわけだから仕方ないとはいえ申し訳ない気持ちになる。
苦笑を浮かべる俺に樺地がメニューを差し出した。

「ありがとう、樺地」
「…ウス」
「ここは樺地の店らしいぞ。ならば味は安心だな」

樺地は跡部家が持つ数ある飲食店のうちいくつかの店の経営を任されていると聞いたことがある。
跡部家の話はあまりにも規模が大きく浮世離れしていて俺は目を白黒させるばかりだ。






頼んだケーキセットをつつきながら、永四郎さんが溜め息をついた。

「今年の正月は出費が嵩みましたよ…主に双子のせいですけど」
「永四郎のところは常に出費が多いな。もっと締めるところは締めたらどうだ」
「あのね…これ以上締めたら我が家は餓死しますよ」

知念家は異様にエンゲル係数が高いと聞いている。
縦にも横にも大きい長男を思い出して俺は笑うしかなかった。
加えて双子達の素行の悪さもリョーマから聞いているだけに同情してしまう。

「だから今年は家で大人しく桃鉄100年設定でプレイしてましたよ。まだ終わってませんけど」

子供が小さいうちは気軽に旅行に行くのも難しい。まぁ妥当なところだろう。

「秀一郎クンのところはどうしてたんですか?」

永四郎さんに話を振られて正月を思い返す。
でも大体似たようなものだ。



「んー…今年は手塚がご来光を拝むとか言って大晦日に富士山に行ってたよ」
「一人でか」
「はは…うちには山登りに付き合うような人間はいないよ」

唯一桃は着いていこうとしていたようだが、大晦日があまりに寒くて断念したようだ。
結局手塚は一人で行って、満足げに帰ってきた。

「手塚が帰ってきてからは家族で初詣に行って、姑に俺の財布から三万円お賽銭入れられたよ…」
「…可哀想に…」

いつもクールで割とキツい性格の永四郎さんにまでそんな哀れんだ目を向けられるとは。
慣れて麻痺しているが自分の置かれた環境はそこまで悲惨なんだろうか。

「まぁうちのお正月はこんなものかな。普通にお雑煮食べたり」
「餅か。餅は正月には欠かせないな」
「弦一郎さんのうちはどうだったんだい?」

幸村家は弦一郎さんを始めに季節の行事を割と大事にしそうだ。

「精市が着物を着たいというから着付けてやったよ。蓮二の着物も用意してたんだがあいつはいなかったから残念だった」

その蓮二くんは我が家にいた。
礼儀正しいしリョーマと遊んでくれるし姑とさえ仲良くしていた。
彼が貞治の嫁になってくれたら手塚家は安泰だなぁ。
でも長男大好きな弦一郎さんにそれを言うのは憚られたので黙っておく。

「蓮二がいないものだから精市が拗ねてな。子供達は羽子板に付き合わされていた」
「可愛いもんじゃないですか。罰ゲームは顔に墨ですか」
「罰ゲームは墨に顔を突っ込んで30秒だ」
「……………」
「まぁ負けなければいい話だからな。しかし庭が墨だらけになって困った。ブン太と赤也が暴れるものだから」

…幸村家の子供じゃなくて良かったとしか言い様がない。

あの家の子供達が異様に賢く逞しいのはこの両親に育てられたからなんだな…
スパルタの永四郎さんさえリアクションに困っている。

「そ、そうそう!そういえばうちに白石蔵ノ介が来たよ!」

みんな何となく黙り込んでしまったので、咄嗟に思い出した話を振ってみる。

年が開けてすぐ、白石蔵ノ介が長男と共に我が家に来たのだ。
長男は手塚の部下だから挨拶に来たのかと思いきや、食べるだけ食べて帰っていった。
だが白石蔵ノ介はご近所に挨拶回りしていたらしい。
もしかしたら同じご近所のみんなの家にも来たんじゃないだろうか。

「ああ、うちにも来たな。精市が喜んでいた」
「うちも来ましたよ。慧くんは白石蔵ノ介が戦隊ものやってた時好きだったから喜んでました」
「ん?確か白石蔵ノ介のファンだったのはお前だろう、永四郎」

突っ込まれた永四郎さんは恥ずかしかったのか弦一郎さんを思い切り睨む。
でも弦一郎さんはそんなことじゃ怯まない。
俺があんな目で睨まれたら萎縮しちゃうけどなぁ…

「樺地のところは?白石さん来たかい?」

ずっと黙ったままの(いつものことだけど)樺地にそう聞くと、樺地は頷いた。

「…いらっしゃいました…が、景吾さんは、留守だったので…すぐ、お帰りになりました…」
「そういえば今年は日本にいたんだな。精市が公園で会ったと言っていた」
「羨ましいですねぇ、跡部家は。世界中に家があるんですから」

心底羨ましそうな目を向ける永四郎さんにも樺地は動じない。

「正月に日本にいるなんて珍しいから逆に新鮮だったんじゃないか?」
「ウス…子供達は…友達と遊べて、喜んでました…」
「…跡部はあんまり日本にはいたくなかったみたいだね」

公園で跡部に会ったという話は手塚から聞いていた。
どうやら末の息子のために海外を諦めたらしくぼやいていたらしい。

「景吾さんは…若さんが、光さんと仲良くするのを…良く思っていないので…」
「前はうちの知念クンにやたらと敵愾心を持ってたみたいですけど、気が逸れて良かったですよ」
「まぁまぁ…それだけ若くんを可愛がってるってことだから…」
「子離れ出来ていないのだな、跡部は。たるんどる」

確かに跡部の息子達への溺愛ぶりは有名だ。
息子達のためならいくらだって金を動かすくらいだ。

…そうなると気になってくる。

「…跡部家のお年玉っていくらくらいなんですか?」

みんな思うところは同じらしい。
永四郎さんが率直にそう聞いた。

「今年は…日本の家の使用人達が、正月返上で働いてくれたので…使用人達には…お年玉として、ホールで万札を…撒きました…」
「ま、撒いた…?」
「漫画の成金のようだな」
「正月だけ跡部家で働きたくなるエピソードですね」

だが跡部が高笑いで万札を撒く姿は容易に想像出来る。
弦一郎さんの言う通り、漫画の成金みたいだ。
でも跡部ならそれも似合うしいいと思う。…いいんじゃない、かな…?

「そ、それで子供達には…?」
「…子供達には…あまり、大金を渡すものではない、と…」
「おや、跡部クン意外と常識人ですね」

確かに意外だ。跡部も子供達には良識ある人間に育ってもらいたいのかな。
いいところがあるじゃないか。こう言っちゃなんだが、見直した。



しかし俺達の感心の眼差しは、樺地の一言で一変した。

「…そういうわけ、なので…子供達は…一人、100万円…くらい、です…」
「「「……………」」」



……………



「…価値観の違いですかね」
「“端金”の桁が違うのだな…」
「…で、でも跡部らしいじゃないか…」



格差を見せ付けられたが、何故か羨ましいと感じる心は消えた。

桁違いの金持ちは嫉妬の対象にすらならないと知った、そんなうららかな午後。



 


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