愛の数だけ全部あげる





だだっ広い若の部屋は、正直俺には居心地が悪い。
俺の部屋は謙也くんと共同やけど、それでも広さはここの半分くらいだ。
若はよくこんな広い部屋を持て余さないものだと思う。



「…そういやお前そろそろ誕生日やな」

本棚のミステリーサークルがどうこうみたいな雑誌をパラパラ捲りながら、俺はふと思い出してそう言った。

知念先生アルバム14を見ていた若が何故か顔をしかめる。

「………そうだな」
「何やねん、その顔」

普通誕生日といったら好きなものを家族に買ってもらえたりして、一年で一番テンションの上がる日じゃないのか。
ましてや若は「あの」跡部家の末っ子で、めっちゃくちゃ可愛がられとるんやから尚更。

「…お前は俺の誕生日パーティーを知らないんだっけ」
「あ?…おお、せやな」

俺自身の誕生日パーティーをこの家で開いてもらったことはあるけど。
(あの日若に貰ったプレゼントのピアスは今も何やもったいなくて箱に入れたまま部屋に飾られとる)

「誕生日は疲れるから嫌いだ」

若は大袈裟に溜め息をついた。



若が言うには、若の毎年の誕生日パーティーはそれはそれは豪華なものらしい。
何しろ若は(現時点で)最も跡部家の跡を継ぐ可能性が高いから、政界やら何やらあちこちのお偉方もパーティーに参加するそうだ。
挨拶周りしてお世辞やら媚びやら売られて疲れるだけの一日だ、と若は呟く。

………なんや。

そんな大規模なパーティーやったら俺参加出来んやんな。
ほんの少し、若の誕生日を一緒に過ごすことを期待してただけに、俺はちょっと残念な気持ちになった。

「…エリートは大変やな」
「まぁな。一般人のお前が羨ましいよ、心から」
「それはそれは。エリート様に羨まれて嬉しいわぁ」

嫌味っぽい言葉は残念さの裏返しだったんだけど、若は本当に誕生日が嫌らしく、そんな俺の気持ちは気付いてもらえそうにない。



「だからな、光」
「うん?」
「お前は12月6日に俺の家に来いよ」
「………うん?」

若の言葉の意味が分からなくて首を傾げたら、舌打ちされた。

「…6日は家族や友達だけのパーティーを開くから」
「…ああ、そうなん。俺に祝ってもらいたいならそう言えや」
「お前が祝いたそうな顔してたから招待してやるんだ、調子に乗るな」

可愛いげのない若の言葉も、一日遅れとはいえ若の誕生日を祝える嬉しさの前ではダメージにならなかった。






…せやけど。

せやけど、家に帰ってから気付いた事実に俺は愕然とした。



「………あかん、何回数えても680円しかあらへん」



コツコツ貯めていた小遣いは先月末に新しいPCのソフト買うのに使ってしもて、手元にはほとんど残ってへんかった。

アカン…使てもうたこと完全に忘れてた。
先月末は若の誕生日のことも完全に忘れてたし。

小遣いもらえる日はまだ先や。うちの親父は前借りなんかさせてくれへん。
謙也くんとか兄貴らに借りるのは…無理や。
ユウジさんは小春さんのためにしか金使わんし、小春さんは変な条件出してきそうやから不安。
謙也くんはアホやから金残ってないやろうし、千里さんは…貸してはくれるやろうけど絶対利子も取られる。

「…頼るわけにはいかへん…」

そうや、惚れた相手の誕生日やぞ。
ここは自分の力で何とかこの苦境を乗り切るしかない。






数日間、必死になって若の誕生日のことばかり考えたが、金を作る手段は見つからないまま6日はやってきた。

身内や友達のみのパーティーとはいえ仮にも跡部家のパーティーや。適当な格好ではいけない。
お気に入りのシャツとジャケットを着て髪の毛をユウジさんにセットしてもらった。
しかしそんなことをしたところで金が降って湧いてくるわけじゃない。
子供であることは不自由だ。
ちくしょう、こういう時のために株でも始めようかな。

格好だけはバッチリ決めて、俺は若の家に向かった。






「よぅ、光」
「…慧…」
「…ちゃーしたんばぁ?いつにも増して暗いさぁ」

若の家の前で慧に会った。
今日は知念先生も慧も呼ばれてるはずだ。

「…知念先生は?」
「わんだけ先に来た。凛達が準備遅いんばぁよ」

双子の弟達も来るらしい。家族ぐるみでつるみすぎや。
慧は誕生日プレゼントに何を用意したんだろう。
俺は率直に聞いてみることにした。

「慧、プレゼント何にしたん?」
「わんからは父ちゃん愛用のカフスピン。凛達は父ちゃんと共同で何か買っとったどー」

ああ、慧は知念先生の私物という鉄板プレゼントがあるんや。羨ましい。

せっかくの若の誕生日なのにあげれるものがないなんて。
俺は溜め息をつきながら跡部家の門をくぐった。



いつ来てもだだっ広い家の中は、若の誕生日だからかいつもより装飾が派手なように見えた。
若の家に長く仕えているらしい執事に案内されて向かったのは二階の大広間。
その広間には既に跡部家が揃い踏みやった。

「よく来たな、ガキ共」

校内でも知らぬ者はいないほど(悪い意味で)有名な若の親父が俺達を見下して笑う。
態度は悪いがこう見えて子供好きらしいこの人の、これは歓迎の言葉なんやろうと思う。

「…はぁ。お邪魔します」
「今日は存分に若の誕生日を祝っていけよ!そらお菓子だ、食え」

皿に盛られた菓子を勧められて、慧の意識は完全に菓子に向いた。



慧は放っておくことにして、本日の主役を探す。
若は主役の癖に部屋の隅っこでばかでかいケーキをつついとった。

「おい、若」
「おお、来たのか」
「今日も景気ええな」 
「地味な方だ」

これで地味だなんて言われたら返す言葉もない。

「……………」

部屋の中央にはプレゼントらしき包みが山となって積み上がっている。

…若は世界でも有数の大富豪、跡部家の跡取りや。
欲しいものなんて何だって買ってもらえる。
たかがクラスメイトからの安っぽいプレゼントなんてゴミにしか見えへんやろ。

プレゼントの山を眺めてるうちに、何や気分が落ち込んできた。
元から俺が若にしてやれることなんて、なんもないやん。

「…あのプレゼント、中身なんなんやろな」
「さぁな。興味もない」

ほら、あんな高そうなプレゼント見てもそんな反応。

「そうやろな。お前が興味あるんなんて知念先生からのプレゼントだけやろ」
「そうだな。慧のも楽しみだ。俺からリクエストしたものだし」
「…はっ、図々しい」

どうせ端から俺からのプレゼントなんて期待されてへん。
例え今俺がめちゃくちゃ金持ってても、若を喜ばせるモンなんかあらへんねん。
どっちにしろ喜ばせられんのやったらプレゼントなんか買わんで良かったわ。

…知念先生が、慧が、プレゼントを渡した時の若の笑顔を想像する。
アホみたいにほっぺた赤くして、恥ずかしそうに笑うんやろな。
ああアホらし。知念先生も慧も若も、アホらしいわ。
…俺かて若が喜んでくれるモンプレゼントしたかった、なぁ。嬉しそうな顔、見たかった。

「……………」

黙り込んでいるうちに知念先生達が到着したらしく、若は俺をその場に残してさっさとそっちに行ってしまった。






「えっ、いいんですか!?」
「いいんばぁよ。わんの誕生日の時に貰ったもんに比べたら安物で申し訳ないくらいさぁ」
「いえ!充分です!ありがとうございます!」

遠くからでも若のはしゃいだ声が聞こえる。
何を貰ったのか知らんけど、めっちゃ嬉しそうや。

「慧や凛と裕次郎からも素敵なプレゼントを貰ったし、今年は最高です…!」

双子達からはどうやら知念先生と共同で用意したプレゼントの他に「知念先生撮り下ろしアルバム」とやらを渡したらしい。
安上がりやけど若の喜ぶモンをよう分かってる。
俺も知念家の息子に生まれたら良かったんや。
若に喜ばれて満更でもない顔しとる双子が、悪くないのに憎い。

「何だ若、俺様からのプレゼントは気に入らなかったってのか。アーン?」

どこから湧いて出たのか若の親父もしゃしゃってきた。

「トランシルバニアの古城なんて年に一回行ければいい方じゃないですか」
「お前が喜ぶかと思って吸血鬼伝説のある城にしたんだぜ?」
「俺は西洋妖怪はあんまり興味ないです。母さんのお手製ぬれせんべいの方が嬉しい」

規模が違いすぎる親子の会話に、知念先生も目を丸くしとる。
あんな会話目の前でされたら、自分のプレゼントなんてショボくて恥ずかしくなるわ…
知念先生の気持ちを思うと何やちょお可哀想になった。

「ジロー達は何をやったんだ?」
「今年は兄さん達は3人まとめての贈り物でしたよ。自室用の小さいホームシアターのセットでした」
「ほう、悪くねえじゃねえの」

聞けば聞くほど自分が惨めになる。
俺は若に背を向けてテーブルに綺麗に並べられている料理を片っ端から腹に詰め込んだ。



「…おい」

やたらうまいパスタを黙々と食べていたら、いつの間にか若が背後に立っていた。

「…何やねん」

プレゼントが無い申し訳なさと情けなさでまともに若の顔が見れへん。
いつにも増して素っ気ない態度を取ってしまった俺に、若が眉をひそめた。

「人の誕生日を祝いに来て何だよ、その顔は」

言葉に詰まる。
若の言う通りだ。

プレゼントもない上こんな態度じゃ誕生日を祝いに来たなんて言えへん。
渡すものがないならないなりに、若を少しでも喜ばせることを考えるべきなのかもしれない。



「………なぁ、若」
「何だ」
「お前、何か欲しいモンないんか」
「…別に特別欲しいものはないな。知念先生絡みのものも貰えたし」

予想通りの回答。

…ああもう、最後の手段しかあらへん。



「………ほな、俺をやるわ」
「「ハァ?」」



若の背後にいつの間にか跡部家家長がおって、俺の発言に過剰に反応した。
跡部家家長の手に持たれていたワイングラスが毛足の長いカーペットの上に落ちて、白いカーペットは赤く染まった。



「な…な…、何言ってやがんだあああああのガキ、」
「景ちゃん落ち着きや」

染みになったカーペットなんかには目も向けず顔を青くする若の父親を気にしないことにして、俺は続ける。

「実は金なくてプレゼント買えへんかってん。せやから、俺は若の言うこと何でも聞いたる」

俺の言葉に若は一瞬ビックリしたみたいやったけど、何故かすぐに納得したように頷いた。

「やけに愛想がないと思ったらそういうことか」
「…うっさいわ」
「まぁ…せっかくの申し出だし。何をしてもらうかな」

ニヤニヤと人の悪い笑顔を浮かべる若に少し不安になる。
無茶なこと言われたらどないしよう。



「そうだな…とりあえず今度たこ焼きでも奢ってもらうか」
「………え。そんなんでええん?」
「たこ焼き食べたことないから。家庭用のたこ焼き器とやらで焼いてみたい。あとは学校でパシリとか」

背後で若の父親が深く息をつく。
どうやら安心したらしい。

「…なるほど、言うことを聞くってそういうことね…!ビビらせやがって…所詮ガキの考えることだな!」
「…景ちゃん、震えとる。よっぽどホッとしたんやなぁ」

若の父親は丸メガネの男(若の祖父らしい)を殴って、高笑いしながら俺達の側を離れていった。

「あと、もうひとつ」

首根っこを掴まれて父親に引き摺られていく祖父を見ていたら、若が顔を近付けてきた。
耳元で、若の囁き声。



「………プレゼント用意出来なかったお詫びに、キスしろ」



……………


早口でそう囁いて、若はすぐに踵を返す。
そのまま慌てて知念先生達がいる方に駆けていった。

…聞き間違いじゃない。
確かに聞いた言葉を何度も頭の中で繰り返す。



「………そんなん、俺得やん」



お詫びになってない。

でもそれが若に俺がしてあげられる嬉しいことなら、喜んだ顔が見れるなら、このドキドキうるさい心拍の数だけキスしたるわ。



安心しきった顔しとった、若の父親には悪いけど。



 


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