きらきら星 握った手は汗でぬるぬると滑ったけど、この手は絶対に離さない。 「……………」 「………っ、」 隣で凛の目がうるうるしてるのは見なくても分かった。 ぐっ、て喉を詰まらせるような声がして、指先が震えてたから。 「…りん、泣いたらならん」 「………っわかっとるさぁ」 いつの間にか陽は落ちかけて、長い影を見つめながら歩く以外何も出来ない。 どうしてこんなことになってしまったんだろう。 確かに知ってる場所を歩いていたはずなのに、遊びに夢中になっているうちに気付けば周りはまったく知らない風景になっていた。 時折大人が通り過ぎるものの、高い位置をまっすぐ見つめて足早に歩く人たちに声をかける勇気は出ない。 日差しがなくなって、寒さが身にしみる。 太陽の下で走り回っていた時はむしろ暑いくらいで、上着なんて家に置いてきてしまった。 「…ゆうじろ、さむい」 「わんも寒いやしが、仕方ないさぁ。歩いてればへーきになる」 「…っ、さっきから、いっぱい、歩いて、る、けど…っ、さむいもん…っ」 「泣くな!」 凛はいよいよ我慢出来なくなったらしい。 言葉に嗚咽が漏れる。 凛はいつも泣けばいいと思ってるからわじわじする。 父ちゃんがいる時ならともかくわんに向かって泣かれても何も出来ないのに。 凛が泣いてるのになんにも助けてあげられないの、なんかいやだ。 めそめそする凛に思わず強く怒鳴ったせいで、凛はますます泣き声を大きくした。 「もぉやだぁ…!」 心細いのもこわいのも泣きたいのも、全部わんだって同じなのに。 凛はずるい。 凛が泣いたらわんは泣けない。 わんが泣いたら凛はもっと泣くから。 「泣くんだったらもー凛なんか知らん!わん一人で行く!」 絶対に離さない、って決めたはずだったのに、手はあっさりほどけた。 「………っ」 「…ぁ…ゅ、じろ…」 手を離されるとは思ってなかったのか、びっくりした顔の凛。 でも引っ込みのつかなくなったわんはそのまま凛に背を向けた。 「ぁ…ゆうじろ、まって、」 背中に凛の声が追いかけてくる。 どっちに進めばいいのかなんてわからなかったけど、とにかく早足で沈んでいく太陽の方に向かった。 「ゆうじろ、置いてっちゃやだ、」 「ついてくんな!」 それでも凛が服の裾を引くから、わんはその手を軽く叩いた。 そんなに強く叩いたわけじゃないけど、手はあっさり離れて、凛の目から大粒の涙がこぼれる。 ちょっと胸がちくっとしたけど、わんだって怒ってる。 めそめそする凛がわるいんやっし。 凛の足が止まったのをいいことにわんはまた歩き出す。 今度は凛はついてこなかった。 「…っうわぁあああん!ゆうじろぉっわっさん、わっさいび…っ、うぇ、えええええん…!」 ちく、ちく。 凛の声が遠くなる。 「わっさん、ゆ、じろっ…ゆうじろおおおおお…うわあああああん…!」 ちく、ちく、ちく。 追いかけてくる気配はない。 ちら、と後ろを見ると凛はしゃがみこんでいた。 「おいていかんでぇぇぇ…!ふぇええええ…!」 ちくちく、胸が痛い。 ………っ、ああ、もう! 「…凛!おいで!」 「………っ」 立ち止まって大声で凛を呼ぶと、凛はぱっと顔を上げた。 わんの顔を見て立ち上がって、そのまま走ってくる。 「っ、裕次郎っ!わっさん…!わん、わんもう泣かん、からっ、ぇぐ、」 「もういいさぁ。ほら、涙ふけー」 泣かんとか言って、既に涙と鼻水でぐちゃぐちゃな凛の顔をシャツの袖でぐりぐり拭く。 「いたい、」と泣く凛をぎゅっと抱き締めると、凛もぎゅうぎゅう抱き着いてきた。 あ、すこしあったけー。 「…ぐす、ゆうじろ、怒っとる…?」 「もう怒ってないさぁ。わんも置いてったりしてわっさん。…もう離さんけ、手ぇつなご」 「ん…っ」 ぎゅうっと繋いだ手はさっきよりもあったかかった。 …でも仲直りをしたところでいきなり道が分かるようになるわけじゃない。 握った手をそのままに、わったーは再び途方に暮れた。 「…くらくなってきた」 陽はほとんど落ちて、薄青い空に小さく星が光ってる。 これ以上あちこち歩き回るのはあぶないかもしれない。 でもここにずっといるのだって安全とは限らない。 「…ゆうじろ…」 「ん、大丈夫やっし。そこ座ろ。足疲れたさぁー」 また不安げな顔になる凛を勇気づけるように笑顔を向けると、凛はほっとしたように頷いた。 コンクリートの段差に座ると冷たさが染み込んで震える。 凛を引き寄せてぴったりくっついた。 「…父ちゃんと母ちゃん、しんぱいしとるかなあ」 「ん…やしがすぐ見つけてくれるさぁ。父ちゃんデカいし」 「…ふふ」 凛が小さく笑ってくれて、少し嬉しくなる。 「ほら凛。あの星でーじきらきらしとる」 「あー…ほんとだ」 「空見てると元気出るさあ」 「うん…なんかわかる」 都会の空なんて、沖縄の比較にもならないけど。 でもこの空にも間違いなくおなじ星が光ってる。 「…あ」 寒さを凌ぐためにポケットに手を入れたら、触れるものがあった。 「ぬーがした?」 「…ちんすこうあった」 朝父ちゃんがくれたおやつだ。ちょうどふたつ入り。 食べ物を見ると腹が減っていることを思い出した。 「はい、凛のぶん」 「いいんばぁ?」 頷いて、袋から出したちんすこうを凛の手に載せる。 「それはわんが頂いた」 凛のてのひらに載ったちんすこうがぱっと消えた。 聞き慣れた声と共に。 「………っ、け、」 「うん、うまい。裕次郎、やーのも寄越せ」 「「〜〜〜っ!慧くん!!」」 目の前には母ちゃんの自転車に乗った慧くんがいた。 「父ちゃん心配しとったし、母ちゃんはキレとったどー」 自転車を降りて押しながら、慧くんはニヤニヤしながらわったーにそう言った。 お叱りを覚悟しとけってことかもしれない。 「きょうは怒られても、わん泣かない」 「おー、強がって」 「ちがうし!泣かないって裕次郎とやくそくしたんばぁよ!」 な、と同意を求められて、わんは頷いた。 たぶんこう言っていても凛はどうせ父ちゃんを見た瞬間に泣くだろうし、父ちゃんと母ちゃんを見たらわんも泣く、かもしれない。 だって慧くん見た瞬間もやばかった。 「やったーのせいで夕飯遅れるわ探しに行かされるわ…最悪やっし。おかず寄越せよ」 「さっきちんすこうあげたのに!」 「あれは利子ってことにしてやるさあ」 さっきまであんなに不安で心細かったのが嘘みたいに、慧くんがいるだけで夜道も怖くない。 凛もさっきまでめそめそしてた癖にゲンキンなものだ。 それでも凛と繋いだ手は離さない。 家に帰ってたぶん母ちゃんに怒られる時も、ずっと。 凛が泣きたい時は、わんがこうして手を握るから、凛は安心して泣けばいいと思う。 |