絶滅危惧種発見





「オイ、その制服あそこの金持ち学校のだろ?」
「いーーーなぁ、お金持ちのお坊ちゃん。勝ち組だよなぁ」
「なぁお坊ちゃん、カワイソーな俺らにお小遣い恵んでくれや」
「どーせアホみたいに金貰ってんだろ?」
「おっ、その時計ロレックスじゃん!ちょーだいちょーだい!」

こんにちは、跡部若です。
道場帰りに馬鹿に囲まれてます。



相手は3人。見たところ高校生くらいだろうか。
高校生にもなって小学生にたかるなんて情けない。
惨めさを武器に強気に出れる羞恥心の無さには恐れ入る。
良識ある人間なら恥ずかしくて出来ないだろうから。

「時計が欲しいならあげますよ。どうせこんなもの安物ですから」

たかだか数百万のロレックスくらいくれてやっても痛くも痒くもない。
小学生をカツアゲするような面の皮の厚さを評価して、俺は腕時計を外して歩道に投げた。

「どうぞ。…拾わないんですか?這いつくばって」

そんな俺の態度が気に入らなかったのか、3人組は顔色を変えた。

「…何こいつ。むかつくなぁ」
「世の中ナメてんだろ」

世の中ナメてるのはどっちだ、と思う。
完全に自分達の行為は棚上げな発言に思わず笑いが漏れた。

「何笑ってんだよ、クソガキ」
「俺らが世の中ってもんを教えてやるよ」
「年長者は敬うもんだぜ?」

3人組のうちの一人が俺の胸ぐらを掴んだ。
怖くはないが、面倒だ。
こんなことになるなら大人しく怖がっているフリでもしておけばよかった。
こういう連中は金と同時に相手の怯える顔を見て優越感を得ることも目的としているらしい。
ひとつ勉強になった。

「テメーのその態度、生意気なんだよっ」

胸ぐらを掴んでいた男が拳を振り上げる。
やれやれ。
俺は古武術の型を構えた。



構えた、のだが。



「…っいってえぇえ!」
「っおい!大丈夫か!?」



技を繰り出すより早く、目前に迫っていた拳ごと男が吹っ飛んだ。
歩道の植え込みに倒れ込んだ男に他の二人が駆け寄る。
ふらふらと起き上がった男の頬は腫れて、口から血が流れていた。



「こんな子供に手を上げるなんて、情けないと思わんのか。恥を知れ」



ぼんやりとその光景を眺める俺の背後から、声がした。



振り返ると、見知らぬ男がいる。
眉間に皺を寄せたその男は、俺の周りにいるどんな男ともタイプが違った。
高い身長、服の上からでも分かるがっしりした筋肉質な体。

「てめぇ!いきなり何しやがる!」
「関係ねえだろ!すっこんでろ!」

仲間があれだけ派手に吹っ飛んだのに、男達はまだ強気に吠えている。
だが山のような威圧感の男の前ではチワワがキャンキャン喚いてるようにしか見えない。

「関係はないが、見過ごせるわけもなかろう」
「うるせえ!テメーもぶっ飛ばしてやる!」
「俺らを怒らせたらどうなるか分かってんだろうなぁ!?」

…聞いている方が恥ずかしくなるほどやられ役のセリフだ。
こんな状況であんなセリフを吐いてしまうなんて、彼らはもうダメだ。

「このまま帰れそうにはないな。…すまないが持っていてくれ」
「はい?」
「大根、傷が付かんようにな」

手渡されたエコバッグには大根やカボチャなんかの野菜が詰まっていて、結構重かった。

「余裕かましやがって…!後悔するなよ!」
「もうすぐ夕飯の時間だ。手短に済ませたい。二人まとめて来い」
「っ、ナメやがって!」

ベタな悪役二人が男に向かって飛びかかった。

男は右手で一人の拳を止め、もう一人の腹に思い切り蹴りを入れた。
腹に一発食らった男は地面に膝を付く。
その隙に怯んだもう一人の顔面に思い切り男の拳が食い込んだ。

あっという間だった。
ものの数秒で歩道には三人の悪役が転がった。

「…くそっ…!」

息一つ乱さず凛と立つ男の背後から、最初に吹っ飛ばされた男が忍び寄る。

あ、危ない。

そう思った瞬間勝手に体が動いた。



「っぐ…!」
「…あ、」

俺は悪役の頭目掛けて思い切りカボチャを投げ付けた。
エコバッグに入ってたやつだ。
カボチャは狙い通り悪役の顔面にヒットする。
悪役が倒れるのと同時に、カボチャが地面に落ちて割れた。






「…ああ…カボチャが…」
「…すみません。大根は傷付けてませんよ」

情けないこれまたベタなセリフを吐いて(覚えてやがれ、とかそういうの)、悪役達が去った後、男は地面に砕けたカボチャを見て眉尻を下げた。

「…いや、俺を助けようとしてくれたのだしな。ありがとう」

カボチャの破片をエコバッグに入れながら男は言った。



…改めて見ると、何て男らしい人だろう。
きりっとした眉毛や色素の濃い瞳、健康的な肌の色。
精神力の強さが見た目に表れている。
まがりなりにも古武術をたしなむ俺の目には、彼も何か武道をやっているように見えた。

…まるで武士みたいだ。かっこいい。

野菜だらけのエコバッグにはギャップを感じるが。



「…俺の方こそ、助けていただいてありがとうございました」
「気にするな。ああいう輩はいつの時代もいるものだな。俺はああいうのが許せんのだ」
「まぁあんな奴ら、どうせ弱いし怖くないですけど」

男は歩道に転がったままだった俺の腕時計を拾って俺の手に載せる。

「悪いのは100%あいつらだ。…だがお前の態度も良くないな」
「……………」
「武道をやるなら恐怖心は持った方がいい。でなければ強くはなれん」

………か、かっこいい。

「ではな。気を付けて帰れよ」
「ま、待ってください!」

踵を返そうとする男を慌てて引き留める。 
男は足を止めて俺を見た。

「何で俺が武道をやってると?」
「…武道を始めて才能を認められて慢心していた頃の俺と、同じ目をしていたからな」
「……………」
「自分よりも強い奴をたくさん知るといい」
「あなたよりも強い人がいるんですか?」
「ああ。…俺の夫だ」

相当強いように思えるこの人よりも強い夫だなんて。
一体どんな人なんだろう。
というより何という夫婦だ。怖すぎる。
いやそれよりこの人が妻かよ。

突っ込みたいことは山ほどあったが、とりあえず一番知りたいことを聞いた。

「お名前を教えてください」
「名乗るほどのものではない」
「そう言わず、是非」

この時代劇のようなやり取り。
間違いない、やっぱりこの人は武士だ。



「………幸村弦一郎だ」



そう言い残し、今度こそその人…幸村弦一郎は去っていった。

幸村弦一郎。

その名前を心に刻み込む。
現存する最後の武士。
彼こそラスト・サムライに違いない…!

あんな大人になりたい…!






翌日、宿題の居残りで教室に残っていたら、凛と裕次郎が来た。

「あれ?若ー、父ちゃんは?」
「職員会議」
「ふーん。つまらん」

俺はといえば、昨日の幸村さんの勇姿が頭から離れなくて宿題のプリントが捗らない。
手の止まった俺を見て、凛が不思議そうに首を傾げた。

「…若、しゅくだいわからんの?」
「馬鹿にするな。俺が分からないわけないだろう」
「ならちゃーしたんばぁ?進んどらんけ」

俺は昨日の出来事を凛と裕次郎に話した。
いかに彼が素晴らしい武士かということをこの馬鹿共に説明するのは大変だったが。



「…で、彼は幸村弦一郎さんという名前らしいんだ」
「………ん?」
「ゆきむら…?」

説明の途中で完全に飽きていた凛と裕次郎が、その名前を聞いて顔を見合わせる。

「何だ。どうかしたか」
「赤也と同じみょうじやっし」

何だ、そんなことか。
幸村なんて苗字、特別珍しくもないだろう。

「そういえば赤也の母ちゃんでーじ強いし」
「お前らの強さの基準は永四郎さんだろ。強さの種類が違うんだよ」
「いやいや…赤也の母ちゃんもわったーの母ちゃんも武道やっとるし」
「でも赤也の母ちゃん、ああ見えてかわいいもん好きなんだって」
「結構涙もろいって言ってたさぁ。映画の予告で泣くって」

一介の主婦がラスト・サムライなわけないだろう。
それに凛や裕次郎のいうような可愛いもの好きとか涙脆いとか、そういうのはあの人のイメージじゃない。

…あれ、でも結婚してるって言ってたっけ。

「…違うだろう。別人だ」
「何でそんな頑なに否定するんばぁ?」
「凛、きっと若には若の理想のラスト・サムライ像があるんばぁよ」

凛と裕次郎はほっといて、幸村弦一郎さんに思いを馳せる。



きっと幸村弦一郎さんは、日々早朝の鍛錬をして精進料理を食し、瞑想や座禅を組み、夜は日本酒をらっぱ飲みして弟子達に豪勢な食事を振る舞い、週末は山で熊と戦いその毛皮を身に纏って修行や滝行をしているに違いない…



広がる俺のイメージとは裏腹に、今日も彼がスーパーで愛しい夫や家族のために三割引の肉の見繕っているということを知るのは、そう遠くもない先の話なんだが、ともあれ俺は俺のラスト・サムライを見つけたのだ。



 


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