働くパパの夢と現実





「…白石くんの息子くん達、いいよねぇ」



主演ドラマの撮影現場で、監督が唐突に呟いた一言から、この話は始まる。



「…は?」
「美形揃いだし、話も面白いし、何より白石蔵ノ介の息子だなんて話題性あるし」

あらぬ方向を見つめながらブツブツ呟く監督。
こないだ現場にうちのアホ共が見学に来た時のこと言うとるんやろか。
「いいよねぇ」の意図が分からなくてとりあえず話を聞く。

「今度さぁ、知り合いのディレクターが新しいドラマのオーディションやるんだよ。新人使いたいみたいで」
「はぁ」
「白石くんの息子くん達、いいよねぇ」
「…はぁ?」

何やそれは。まさかうちのあのアホ共にそのオーディション受けろっちゅーんか。

「…や、うちのは無理やろ」
「無理じゃないって。白石くんは身内で見慣れてるから分かんないんだよ。オーラあるよあの子達」

オーラって何や。アホのオーラか?それとも親不孝のオーラか?

「芸能界とか興味ないのかなぁ」
「俳優やりたいとか言われたことはあらへんなぁ」

そういえば息子達は芸能界に入りたいと言ってきたことはない。
ましてや「おっきくなったらパパみたいになる」みたいな定番の夢なんか見たことさえないやろう。
最近小春とユウジは芸人になるとか言うてるけど、俺のコネを使う気はないみたいやし。
ま、芸人やったら俺関係ないしな。
笑いを取るんはコネじゃ無理やで。その辺心得とるんは感心や。

「白石くんも息子くん達と共演とかしてみたくない?」

しかし監督の言葉に俺は動きを止めた。



…親子共演。



なんて甘美な響きや…!
俺かて子供を持つ親。ありきたりな夢かて見る。

制作発表で記者に「今回の親子初共演、いかがでしたか?」とか聞かれて「いやぁ、まだまだやわ。せやけどちょお光るモンは感じましたね」とか言うて、息子が「やっぱり父は凄いです。父を目標に精進していきたい」とか言うて、握手しとる写真がスポーツ紙を飾る。

…そんなありきたりやけど、父親であり俳優である男の夢…!

…それって素敵やん…!






「はい、全員注目ー!」

家に帰った俺は、早速子供達を全員居間に集めた。 
 
「何やねん、改まって」
「俺は知っとるで…その顔、ろくなこと考えてへんやろ…」

ユウジと謙也がげんなりと顔を見合わせる。
ロクなことになるかならないかはお前ら次第やで!
何たって例のオーディションに受かったら薔薇色の未来やからな。

「今度の土曜日、お前らにあるオーディションを受けてもらう!」
「「「「「「………はぁ?」」」」」」

子供達の声が揃った。
表情まで一緒だ。さすが兄弟。

「オーディションて…何のッスか」
「5月から始まる家族物ドラマの子供役のオーディションやで!」

このドラマに受かったら、自動的に主題歌でCDデビュー、同じ局のバラエティでレギュラーと一気にトップアイドルコースや!

そこまで一息に説明すると、まず千里が鼻で笑った。

「アホやなかと?何で今更アイドルなんかやらんといかんとや。俺サラリーマンの方が向いとるけん、パス」

…まぁ、千里はそう言うやろうと思った。
大体20代からアイドルとか厳しいしな。いくら顔がええからって。

「俺かて芸人にはなりたいけどアイドルとかパスやわ」
「せやねぇ、ウチらの方向性とは合わんわ」

小春とユウジは肩を組んで「なー」と声を揃える。
まぁこれも予想通り。アイドル向きな二人やないし。

「おっ俺演技なんかよう出来んし!」
「満更でもない顔せんとってください」

謙也は結構向いてる思うんやけどなぁ。調子乗りやし。
光も顔はええしアイドルになったら人気出るやろなぁ。タフやから先輩にいびられても平気そう。

「アイドルってなにするん?それおもろいん?」
「金ちゃんには向いてなかよ。むぞらしかけん人気は出るっちゃろけど」

せやなぁ…そもそもドラマありきやし、まずセリフ覚えられんやろ…



…あれ、やっぱうちの子らがアイドルって無理あるんちゃうの?



考えれば考えるほど俺の夢には程遠い気がする。
でも乗り掛かった舟や!
ここで意見を翻すわけにはいかん!

それに監督にもう首に縄つけてでもオーディション引っ張ってく!って約束してもうてん。
これでやっぱり無理やったじゃ俺の面目丸つぶれやし!



「やかまし!異論は認めへん!絶対受けてもらうで!」
「勝手すぎやせんね」
「受からんでもええねん、とりあえず受けるだけ受けや。一人くらい通る気ぃするし!」
「今度の土曜若と映画見に行く予定やったんに…」
「異論は認めん言うとるやろ!ちなみに俺は特別審査員やからな。せやけど七光りで合格なんてさせへんで。やるからには本気でやりや!」

ブーブー不満垂れるアホ共の意見はシャットアウトや。

頼むでお前ら!一人くらい俺の夢叶えてや!






そして土曜日。

朝から白石家は大騒ぎやった。



「千里、その服はアカンて」
「これ以外はスーツしかなかよ」
「いい加減しま○ら以外で服買えや」
「買っとるばい。紳士服のコ○カとか」

千里の服のセンスは壊滅的やけど、我が家には千里に合うサイズの服はない。
仕方ないからいつものユルファッションや。
まぁ…見ようによってはインドとか放浪する系の若者に見えんこともないし…それがかっこええかは別として。

謙也と光はさすがにセンスがええ。
今日の日のために光に金ちゃんの服も見立てさせたから、下3人は完璧や。
親の贔屓目抜きにしてもイケメン。

「光、髪型変ちゃうかな」
「はぁ、かっこええんちゃいます、髪型は」
「髪型だけかい!」
「服もかっこええですよ」
「顔は!?」

光は礼儀っちゅーもんに欠けるから心配や。
上下関係厳しい芸能界でやってけるんかな。
謙也はヘタレやから光と逆の意味で心配やし。

「金ちゃんむぞらしかねぇ。はい、ポーズ」
「千里〜、この服動きづらいわ」
「でもほなこつ似合っとうよ。王子様みたいばい」

ワイワイ賑わう部屋の中、俺は声を張り上げた。

「ほなお前ら、ちゃんと時間までに会場来るんやで!俺先行くから」
「え、車で送ってくれるんちゃうん」
「アホ、オーディションやぞ。今日の俺はお前らの親やと思うんやないで!」

オーディションを受けるからには立派な同業者や。
厳しいかもしれんけどその辺は他の候補者と同じ条件にせなな。

正直すっぽかされたらどないしよってハラハラしつつ、俺は一足先にオーディション会場へ向かった。






会場での俺は、とても平静とは言えん心境やった。

勿論見た目だけはいつも通りを装ったけど。
他のスタッフや出演者は俺の息子達がオーディションを受けに来てるなんて知らない。
平等な審査のためにもさとられるわけにはいかんのや。

「でも何で白石さんがいるんですか?出演者じゃないですよね…」
「いやぁ、面白そうやしディレクターとは付き合いも古いからお邪魔してん。今日はよろしゅう」

なんて適当に言うてみたけど、普通に考えたら出演もせえへんのにオーディション来てるなんておかしいやんな。
その辺は笑ってごまかした。



オーディションは数人ずつ別室に呼んで自己PRと演技と特技と質疑応答、らしい。

続々部屋に入ってくる新人俳優達は緊張した面持ちでオーディションを受けている。
まぁ演技はみんなそれなりやけど、やっぱうちの子らのが顔はええなぁ。
事前にもらっていたオーディション用紙と写真を眺めながら、俺ってちょっと親バカなんちゃう、なんて思った。



「じゃあ次の方々入ってくださーい」
「失礼します」

入ってきた5人の最後の2人を見て、俺は口元が緩むのを咄嗟に隠す。

「じゃあ右の方から順に自己紹介を」
「はぁ。えーと…白石光です」
「あああああのっ、えっと、ししし白石謙也ですっ」 
…謙也、ドモりすぎや。
思わず笑いそうになって残りの3人の自己紹介は聞き逃してもうた。

「…右の二人、なかなかいい顔してますね」

隣に座った演出家が小声で俺に呟く。
右の二人て、謙也と光やん。
嬉しくなる気持ちを無理矢理抑えてわざと冷たく言った。

「そうですか?俳優は顔やあらへんやろ。金髪の方アガり過ぎやし黒髪は生意気そうやし」
「…何か厳しいですね、今日」

真っ赤な顔して俯く謙也とめんどくさそうに俺達審査員の後ろの窓を眺める光。
どうしても二人に視線を送ってしまいがちになるのを我慢する。

「じゃあ次は特技を見せてください」

こいつらの特技って何なんやろ。
我が息子達ながらそういうことはよう知らへんから楽しみや。

「…えーと…じゃあ。俺が作った曲に合わせて謙也くんが歌います」
「はぁっ!?聞いてへんけど!」
「今言うたやろ。俺の最高傑作にゴミみたいな歌詞付けたら許しませんよって」
「もはやお前の特技やないやん!俺のアドリブ力次第やん!」

部屋に小さく笑いが起きる。
俺はちょっと恥ずかしくて片手で顔を覆った。 
 
 
「あの二人本当に兄弟だったんですね。いいじゃないですか」
「演技は二人共ダメダメだったけどね〜」

スタッフの話し合いの最中、俺は耳を塞ぎたくなった。
まさかあんなに…演技が下手だとは…
幼稚園児の子役の方がよっぽどうまいで。
あの二人は俺の演技力は受け継いでいないらしい。残念ながら。






「…じゃあ次の方、自己紹介を、」
「白石小春ですぅ、よろしゅう☆」
「白石ユウジや!俺と小春はセット販売やで!オーディション通すんやったら二人セットで頼むわ!」
「ユウくんっ、そないアタシと離れたくないん?」
「っ当たり前やろ…!小春もおらんのに俺だけ芸能界なんか入ったって何もおもんないわ!」
「あら意外。自分は受かる思っとるんや」

自己紹介の瞬間から漫才に走った小春とユウジにはさすがに俺の頬もひきつった。
何やろうこの気持ち…家で見るとおもろいんに外で見ると恥ずかしい。
身内ってそういうもんなんか。
つーかコイツら今漫才やって特技披露は何すんねん。

「この子達も兄弟………ん?白石…?」
「白石って名前なんか珍しくもないやんなあ!」

首を傾げる審査員に慌てて言い繕う。
あかん、コイツらきっかけで身内やってバレたくない。

せやけど意外なことに、この二人の演技はそこそこ見れた。
よう考えたらユウジは物真似得意やし小春かて本気出したら男らしく振る舞えるもんな。
意外な二人の特技に俺は密かに感心した。



「最近のアイドルはバラエティも必須だし、あのくらい喋れる子達だといいよね」
「そっそうやな!悪くないんちゃう?」
「アイドル向きのルックスじゃないけどね〜」
「磨けば光るかもわからんで!」

割と好感触だったのが嬉しくて、つい肩入れしてしまった。
アカンアカン、平等にいかんとな!
それでも息子達が褒められるんは嬉しいもんや。






それからも色んな若手を見て、オーディションも残すところ最後の5人になった。

「失礼します」

扉が開いて最後の5人が入ってくる。

………ん?

「…あれ?」

4人しかおらん。
そのうち1人は金ちゃんやった。

「何で4人…?」

スタッフがみんな手元の資料を見る。
俺は見んでも分かる。おらんのは千里や。



「あ、父ちゃん!千里なら飽きたから帰るってー」



……………



金ちゃん…今日は俺を父ちゃんって呼ぶな言うたんに。
スタッフの視線が一気に俺に集まる。
にこやかな金ちゃんの隣で他の候補者がにわかにざわつき始めた。

…いや、ちゅーか今はそんなことより…



「…ぁ…んのクソガキィィィィィィィィィィ…!!」



のほほんとした長男の顔が脳裏に浮かんで、俺は無意識のうちに拳を握り締めた。

この一連の流れで今日のオーディションの「白石」が俺の身内だということは当然バレた。
気を使ったスタッフが一人くらい合格させようと奮起してくれるのを俺は半泣きで止めた。

だってそうやろ?こんな形でデビューしたかて恥ずかしすぎるやんか!



「ええ経験になったなー」
「俺はつまらんかったッスわ」
「ま、俺らはやっぱ芸人からスタートしたいわなっ、小春!」
「そうやねぇユウくん」
「なぁなぁ、帰りどっかで飯食おうやー!」



何や親バカの恥晒しただけになった俺以外、特に誰もダメージを受けていないことがひたすらに悔しい。

こうして白石家初めてのオーディションは幕を閉じた。
俺のささやかな「親子共演」の夢を散らして。



 


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