弾丸上等トラベラー 朝っぱらから親父に叩き起こされたと思ったら強引に車に詰められ数時間。 車中二度寝体制に入った俺は再び親父に叩き起こされるまで眠り続けた。 …そして、車を降りたらそこは温泉街やった。 「……………ワケわからん」 呟くと、同じように眠っていたらしい謙也くんが呆然としながらも頷いた。 辺りにはうっすらと雪が積もっている。 ユウジくんは小春さんに小さい雪だるまを作っとるし、金太郎はペラッペラのロンTのまま積もった雪にダイブした。 …あの人らの順応力の高さは何なん。 「光、謙也。やっと起きたとや」 金太郎に甲斐甲斐しくコートを着せてやったりマフラーを巻いてやっていた千里さんが呆然とする俺達に笑いかける。 ちゅーか千里さん、その半纏の下普通に寝間着やん。 よう見たらユウジくんも謙也くんも寝間着のままやった。 俺はギリギリ下はジーンズに履きかえてきたけど、上は超適当なパーカーやし。 「…千里、これどういうことやねん」 謙也くんの戸惑った声に、千里さんはニコニコ笑った。 「親父が温泉行きたか言い出したけん、強行弾丸旅行ばい」 返ってきたのは…まぁ大体予想通りの答えやった。 こんなんするん親父くらいしかおらんしな。 せやけど… 「…いくらなんでも弾丸過ぎやろ…」 溜め息と共に顔を覆う謙也くんに、俺は珍しく心の中で頷いた。 「ほい集合〜。点呼取るでー!」 どこにいたんかふらりと現れた親父が子供達を車の前に集める。 何や俺らはこない適当な格好なんに自分だけきっちりお洒落しとるんも腹立つ。 親父は上機嫌で一人一人いることを確認して頷いた。 「さて、寝とった奴は知らんやろうから改めて説明するで!今日は白石家家族旅行や!」 「…お前はホンマ行動力だけはあるなぁ…」 親父の横にはまさかの銀じいちゃんまでおる。 銀じいちゃんがおって何でこの人の暴走止めへんねん。 「光、不満そうな顔するんやありません」 俺の気持ちを察したのか親父にコツンと頭を小突かれた。 「せっかく来たんやから楽しんだモン勝ちやろ?」 「別に来たい言うた覚えないんスけど」 「場所は俺と親父の独断で決めたんや。人間年取るとやっぱ温泉好きになるもんなんやなあ」 やけに渋い選択だと思ったら。 親父はともかく銀じいちゃんなら温泉と言い出すのも不思議じゃない。 親父は「日本人はやっぱ温泉やな!」なんてご満悦で、日本人離れした顔立ちに笑顔を浮かべた。 「どーせなら大阪帰りたかったな」 「久しぶりに新喜劇見たかったわねぇ」 「そういやミナミの店のたこ焼き食いたかったなぁ!」 「久々に向こうの友達にも会いたかったしな」 ユウジくんに小春さん、金太郎に謙也くんは懐かしの大阪に思いを馳せているが、今更言ってもしゃあないことや。 俺は別に大阪にはほとんど友達おらんし大して恋しくないし。 「まぁまぁ。大阪はまた次の機会にしたらよかよ」 千里さんは今回やけに心が広い。 いつもなら親父のやることなすこと批判する癖に。 察するに千里さんも「温泉に家族旅行」とやらがしてみたかったんだろう。 「ほらみんな!旅のしおり配るでー!」 皆の文句が一段落したのを見計らって、親父が鞄からプリントの束を取り出した。 「た、旅のしおり…?」 「修学旅行みたいやな」 「懐かしかねぇ、こういうの」 配られた旅のしおりは、修学旅行で配られるものに酷似しとった。 何や見覚えがある。 「こないだ光の部屋の机の中から小学校の修学旅行のしおり発見したからそれ参考にして作ってみたわ」 「おう、誰の許可得て机漁っとんねん」 別に見られて困るものはないが気分は良くない。 …………… …見られて困るもの、なかった…よな? 「若くんの写真はちゃんと机に戻しといたからな☆」 「…!」 耳元でコソッとそう囁かれて瞬間的にパニックに陥った俺は、しおりの角で親父の目を突いた。 「…えー、そういうわけで…今回の旅行はしおりにある通り弾丸一泊旅行です!」 俺が攻撃したダメージが尾を引いているのか、親父は右目を押さえながらも話を戻した。 「なので、さくさく移動するで!とりあえず寝間着の奴は全員着替えや!」 「うわ、予定表分刻みやん!アホちゃうん」 「ユウジ、芸能界は秒刻みやで。分刻みくらいで文句言うんやない!」 親父はいつの間に用意したのかデカいスーツケースから俺ら全員分の着替えを取り出す。 その中には俺のお気に入りのシャツとダウンもあった。 「…いつの間に部屋から着替え回収したとや…?」 親父だけは自室に入れない千里さんが心底嫌そうに呟いた。 「で、親父ー。最初はどこ行くん?」 「何や謙也、ちゃんとしおり見や。旅館にチェックインした後はまずは秘宝館って書いてあるやろ!」 「…なにそれ?」 とりあえず旅館にチェックインして部屋に荷物を置いた後、俺達は歩きで温泉街に繰り出した。 シーズンオフやからか、思っていたよりは人気がない。 親父のファンにキャーキャー囲まれる心配はないわけや。 「なぁ光、秘宝館てなに?」 「……………」 「何で無視すんねん!」 中学生にもなって秘宝館も知らんとは。 こんな(良く言えば)純粋で、クラスで浮かへんのか? うまい説明が思い浮かばなかった俺は無言を貫いた。 「千里!ゆでたまご売っとる!」 「金ちゃん食べたかと?買うちゃるけん、待っとき」 「じいちゃん!あれまんじゅうや!」 「温泉饅頭やな。金太郎はん、食べたいんか?」 金太郎は金太郎で、うまいこと千里さんとじいちゃんをコントロールして着々と食べ物を収集しとる。 金太郎のこの世渡りのうまさは末っ子故の本能なんやろか。 しばらく歩いて温泉街の外れにある秘宝館に着いた。 外観からしてもう…という雰囲気にユウジくんは軽く溜め息をついて、小春さんはキャーキャー騒ぎだし、謙也くんは目に見えて狼狽し始める。 それを横目に満足そうな親父は一体何なんやろう。我が親父ながら変態や。 「なっ…秘宝って、秘宝って…!ひっ卑猥館やないか!」 「まぁまぁ謙也、そない言わんと入るでー」 抵抗する謙也くんの背中を無理に押しながら親父が中に入っていく。 俺達も後に続いた。 他の人らは知らんけど、俺は外におるのが寒いからついてくだけや。その辺小春さんと一緒にしないで欲しい。 「おー…お宝やなぁ」 「せやんなぁ、お宝や…」 「ご立派なもんや」 中に数ある岩やらで出来た巨大なお宝に、親父とユウジくんとまさかのじいちゃんがしみじみと感想を述べる。 「…じいちゃん…手を合わすのはやめよう…?」 謙也くんが泣きそうな顔でそう呟いた。 「…そげん言うほどのモンでもなか気ぃすっと」 俺の隣で小さく呟いた千里さんの言葉は誰にも聞こえてなかったようなので、俺も聞こえなかったフリをした。 深く追求するのは怖すぎる。俺子供やし。 とりあえずは一通り回って金太郎が土産に子宝饅頭をねだったところで謙也くんがとうとう「もうええやん帰ろう」と泣き出したので、俺達は秘宝館を出た。 作りモンにここまで可愛い反応する謙也くんはホンマヘタレやと思う。その辺の女子のがよっぽどスレとるで。 「ねぇねぇ謙也、お土産にストラップ買うたんやけどお揃いで付けへん?」 「勘弁してや小春…こんなん付けたら学校で携帯出せへん…」 「せやったら小春!俺とお揃いで付けようや!」 「ユウくんとこないな卑猥なモンお揃いにしてもなぁ…ほなこれ二つあげるさかい、蓮二クンとお揃いでつけたら?」 「ドアホ!蓮二にこんなもんやったらあいつの親父に殺されるわ!」 「あらそうなん?じゃあウチと貞クンでお揃いにしようっと」 「うっ浮気か小春ぅ!」 やかましいホモップルの漫才を見ながら俺は思った。 子宝饅頭の中の餡は白餡の方がええんちゃうかなぁ。 「えーと…次の予定は…」 「旅館にて浴衣に着替えて卓球30分。よきところで露天風呂に移動」 旅館についてしおりを開いて、千里さんと予定をチェックする。 何やまだ温泉入れんのかい。何しに来たんや。 「卓球ってちょっと面白そうばい」 「俺やったことないんスけど」 「俺もなかけん、何とかなるっちゃろ。適当でよか〜」 「ッスね…適当にやってお茶を濁しますわ」 「負けたら罰ゲームあるからなー」 「「……………」」 親父の一言で、ほのぼの楽しめる雰囲気ではなくなった。 「オラァッ!食らえッ!小春ぅ!データは任せたでぇ!」 「嫌やわぁ、ジャイロ回転しとるやないの」 「浪速のスピードスターに追い付けへん球はないっちゅー話や!」 「兄貴らウザいッスわ…!」 「ワシの卓球は百八式まであるで」 「六球目…俺のスマッシュで親父が負けるまでの時間ばい!」 「聖書に勝てるつもりなんか、このドラ息子が!」 「超ウルトラグレートデリ…あ、言い終わる前に決まってもーた」 異常に白熱した卓球は、予定を大幅に変更して夕飯の時間まで続いた。 ちなみに一番負けたんはまさかの親父やった。 罰ゲーム(部屋までパンイチで戻る)は、親父にとっては何ら罰ゲームにならんかった。見せたがりやからな。 むしろ一緒に歩いとる俺らの方が罰ゲームな感じ。 おもろくもなければ得るものもない罰ゲームに、つくづく親父は卑怯やと思った。 パンイチの親父と連れ立って戻った部屋に用意されとった夕飯はそりゃあ豪勢なもんで、俺らの機嫌は一瞬で直った。 「これ全部食ってええん!?」 「せやで金ちゃん。取ったりせんからゆっくり食べや」 目を輝かせた金太郎が鉄板で焼かれた分厚い肉に飛び付く。 意外に盛り上がった運動で腹ペコやった俺らは全員金太郎に倣って食卓についた。 「俺、今日初めていい思いした気ぃするわ…」 「良かったばいねぇ。謙也、俺の肉もあげるけん食べなっせ」 和やかに食事を進める俺達を見て、親父がふと笑った。 「…何やかんやで楽しんでもらえて良かったわ」 じいちゃんもそれに同調する。 「蔵はな、お前らと家族らしいことがしたかったんやで」 「ずっと忙しくて家族旅行なんてしたことなかったやろ?父親らしいことしたかってん」 照れたように笑う親父に、俺達は食べる手を止めた。 「…親父…」 「何やこういうん照れるわ」 頬を染めて髪の毛をいじりながら目線を逸らす、そんな姿も様になっとる俺達のたった一人の親父。 そんな親父に、俺は言うたった。 「…早よ服着ろや」 せっかくの豪華な食事中まで男の裸なんか見たくない。 謙也くんが親父の肩にそっと浴衣をかけて、俺達はまた和やかな食事に戻った。 |