下駄箱前にて





“今日の放課後、理科室で待ってます”



下駄箱に入っていた簡素な便箋には、そう一行だけ書かれていた。

「…?」

細くて神経質そうなそれはどう見てもそれは蓮二の字だった。
だけど蓮二だとするならば、わざわざ下駄箱に手紙を入れる理由が分からない。
どうせ毎日会うんだから直接言えばいいのに。

不思議に思って下駄箱の前で手紙を片手に首を傾げてたら、真田が通りかかった。

「あ、真田」
「む…幸村か。おはよう」
「おはよ。蓮二知らない?」

真田は目を泳がせる。
いつも暑苦しいほどに人をまっすぐ見る真田なのに、珍しい。
その態度で何かを隠していることはすぐに分かった。

「蓮二は理科し…あ、いや、いや…図書室ではないか?」
「……………」
「いや…その、すまないな、俺は分からないんだ」
「……………ふーーーん…」
「では俺は校内の見回りがあるから、失礼する!幸村、また放課後に」

『また放課後に』

そう言って真田は足早に去って行った。
俺が放課後に理科室に呼び出されたことに、真田も関わっているようだ。

俺は薄っぺらい便箋をヒラヒラさせて教室に向かった。

まぁいい。どうせ放課後になれば何を企んでるか分かる。
それまでに誰かしら異形の者にも会うだろう。
そしたらそいつを問い質せばいいことだ。



…でも俺の予想に反して、その日は仁王にも赤也にも、異形の者は誰にも会わなかった。






放課後、俺は下駄箱にいた。
無論、帰るつもりで。
一日あまりにも異形の者に会わないから、俺は手紙の件をすっかり忘れていたのだ。

靴を履き変えようと下駄箱を開けた時、遠くから茶色い物体が駆けてくるのが見えた。

「うぉぉおおおい!幸村ッ!?」
「ああジャッカル…どしたの」
「どしたのじゃねーよ!お前何してんの!?」
「…何って、帰るんだけど」

この時に至っても俺は手紙の件を思い出さなかった。
そういえば今日初めて異形の者に会ったなあ、と思った程度。

妙に焦ったジャッカルに腕を掴まれる。

「お前っ…あれだろ!?今日の放課後予定あるだろ!?」
「…は?ないけど」
「ないわけあるかッ!柳から…ああいや、その…」

柳?

「…ああ!」

そうだ、手紙。
蓮二に手紙で呼び出されていたんだった。

やっと思い出した俺に、ジャッカルは深い溜め息をついて脱力した。
蓮二や真田だけじゃなく、ジャッカルも絡んでいるのか。

「その…あの、これからどっか行くんだろ?」
「うん、理科室に」
「そっそっか!じゃ一緒に行こうぜ!」

元々理科室はジャッカルのテリトリーだ。異存はない。
俺は頷いて一度開けた下駄箱を閉じて、ジャッカルと肩を並べて歩き始めた。



「てゆうかさ…今日何かあんの?」
「えッ!?い、いやあ…さあなあ…」
「……………ふーーーん…」

朝の真田と同じようにジャッカルも視線をさ迷わせる。
心当たりはまったくないが、今日は何かの記念日か何かなんだろうか。

言葉少ななジャッカルに疑問を感じながらも理科室についた。
ジャッカルは一歩引いて俺に扉を開けるように促す。
やはりいつもと違うジャッカルを不思議に思いながらも俺は扉に手をかけ、開けた…



…ら、



『幸村、誕生日おめでとー!!!』



盛大なクラッカーの音と共に大量の紙吹雪が俺に向かって吹いてきた。
さすがに驚いて目を見開く。

「………え、」

理科室の中はいつもと違って綺麗に飾り付けられ、いつもの面々が満面の笑顔で迎えてくれている。

…えーと…ドユコト?



「幸村くん、今日誕生日なんだろぃ?ご馳走作ったんだからいっぱい食えよな!」
「プレゼントもあるんスよ!」
「俺は理科室の飾り付けくらいしか出来ねーけどよ…悪ぃな」

なるほど、あの窓際の「誕生日おめでとう」の横断幕はジャッカルの手製か。
どうりで「誕」の字が間違ってると思った。

「幸村の誕生日を祝うために秘密裏に準備を進めていたのだ!気付かなかっただろう?」
「何かを企んでるのは気付いてたけど…」
「なっ、何だと!」

あれだけあからさまに不審な態度を取っておいて気付かないわけはないだろう。
でもまさか誕生日パーティーだとは。
わざわざここまでしてくれたことは、素直に嬉しい。

「プリッ。そろそろかのぅ」
「ああ。確率は96%」

仁王と蓮二が顔を見合わせた途端、理科室の窓が割れた。 
 
 
「ハァーッハッハッハッハ!俺様参上!」



割れた窓際に仁王立ちして「誕生日おめでとう」の横断幕が絡まったその男は、



「…あー、キング。めっちゃ久しぶり〜」
「動じないな、相変わらず」

跡部だった。何気に久しぶりだ。
窓から次々と氷帝の連中が顔を出す。
窓の外に絵に描いたような未確認飛行物体が浮いていたが、気にしないことにした。

「お誕生日おめでとうございます、幸村さん」
「ああ、日吉。その体勢キツくない?」
「氷帝学園生徒会は全員集合の際は決めポーズが校則なので心配には及びません」

ああ…そうなんだ。
道理で妙にバランスよく皆並んでると思った。
窓の細いサッシの上でポーズを取るのはキツいだろうに…

「おい、幸村!お前にバースデープレゼントを用意したぜ!樺地!」
「ウス」

樺地は後ろの未確認飛行物体から小さな箱を取り出して俺に差し出した。

「これなに?」

宇宙人からの誕生日プレゼントなんて初めてだ。
日吉によると彼らの故郷は随分科学の発展した星みたいだし、以前のようなお役立ちアイテムかな。 
 
ワクワクしながら大きさの割に重みのある包みを開ける。
開けた途端、箱からは目映いばかりの光が溢れ出した。



「金塊だ」



……………



宇宙アイテムでも何でもない成金アイテムだった。



「金は資産価値が変わらねーからな、大切にしろよ」
「それ、跡部が地球で一番好きなものなんだぜ…」

宍戸がちょっと複雑そうな表情でそう付け加える。

「…ありがとう、跡部」

お礼を言うと跡部は満足そうに微笑んだ。

それはともかく窓から降りればいいのに。
無理な姿勢を強いられているオカッパが震えている。



その後蓮二の説得で窓から氷帝学園を下ろして、割れた窓を宇宙の最高技術で直してもらっていたら、今度は理科室の黒板が割れた。

理科室の主のジャッカルは涙目だ。



「お邪魔しますよ」



もうもうと立ち込める煙の向こうから現れたのは、あまりにも久しぶり過ぎて…



「…誰だっけ」
「…幸村、そのリアクションはあまりにもお約束過ぎだろう」

蓮二にまで呆れた声を上げさせた。

「わったーを忘れるとはいい度胸やっし!」
「南の島から来た退魔師集団さぁ!」

言われてみれば見覚えのある金髪と犬系男子が喚く。

というか、コイツら敵じゃなかったの?
関東で修行してるのは聞いてたが、一体誰がこの誕生日パーティーを教えたんだ。

「コイツらの修行場に招待状出しに行ったのは俺ッスよ。柳さんに言われたから」

赤也がそう言って、ちょっと不満そうに蓮二を見る。
危うく成仏させられたブン太はジャッカルの背中に隠れた。

「賑やかな方が幸村もいいんじゃないか」
「よく知らない奴らに祝われてもなぁ…」
「ええ、幸村クンの言うことはもっともですよ」

リーダー格の…確か木手とかいうそいつ指を鳴らすと、一番デカい二人が前に進み出た。
手には何か包みを持っている。

「わったーのことを知ってもらうために、沖縄の名産品を持って来ました」

包みの中にはゴーヤ、黒糖、ちんすこう、紅芋タルト、琉神マブヤーのDVDが入っていた。

「…これで、わったーの知識を深めたらいいさぁ」
「紅芋タルトは見せるだけばぁよ。わんのおやつ」 
 
デカい二人に間近でそう言われて、リアクションに困る。
とりあえずプレゼントなのだろうから、お礼は言った。

「お礼はいいので、今度またわったーを呼んでください。進化した我々の力を見せ付けてやりますよ」
「何だ、出番が欲しかったのか」

一回顔を出したきり音沙汰なしじゃそりゃ気持ちは分からないでもない。
退魔師集団はそれだけ言うと満足したのか、普通にドアから出て帰っていった。
残された粉々の黒板を前にジャッカルが膝をついている。
ブン太は何事もなかったようにちんすこうを開けていた。



「…一体何人呼んだわけ?」
「さぁ。招待客リストの作成はほとんど仁王に任せたからな」

蓮二はちらりと仁王を見る。
仁王はニヤリと笑った。

「幸村の会ったことある奴は全員呼んだぜよ」
「ということは後は死神連中と貞治達か」
「うわ…うるさくなりそう」

そうは言ったものの、そんなに悪い気分でもない。
祝ってもらえるというのは嬉しいものだ。
俺の誕生日を口実に騒ぎたいだけに見えなくもないが。

ジャッカルがあまりに落ち込むので、皆で黒板を直しながら宴は続いた。 
黒板は多少ヒビは残ったものの無事に直って、ジャッカルは胸を撫で下ろす。
氷帝のアイテム、マジですごい。
どうせなら金塊よりもこっちの方が良かったなぁ。



「おーい!兄ちゃん誕生日なんやて!?お祝いに来たでぇ!」
「プレゼントは営業所にあったあの世観光案内パンフや!」
「ここの抽選券送ったら抽選で宿泊券当たるんやで!」



遠山が勢いよく開けた扉が吹っ飛んだ。



「頼むからお前ら理科室を壊すなよ!ほんと頼むから!壊さずに登場出来ねえのか!?」

ジャッカルの悲痛な叫びも浮かれた連中の耳には届かない。
白石から受け取った何とも言えないプレゼントに目を通しながら、少しジャッカルを哀れに思った。

この分じゃ恐らく青学の妖怪達もロクな登場はしないだろう。



「やぁ、幸村。誕生日おめでとう」
「……………」



いつの間にかすっかり慣れた不思議な風に髪を乱された瞬間、これまた聞き慣れた声が耳元で囁いた。

振り返ると案の定、不二だ。
今日は不二兄弟だけじゃない、越前や手塚もいる。
不二を見た途端真田が刀の柄に手を伸ばした。

「むっ!不二!来たか!」
「弦一郎、祝いの席だ。自重しろ」
「…そ、そうだな…」

蓮二に手を止められて、真田は珍しく大人しく退いた。
不二はそんな真田に穏やかに笑顔を向けている。

「…プレゼント、持ってきたんだけど」

袖を引かれて見れば越前が大きな大きな包みを持っていた。

「ありがとう。これ何?」
「大石副部長が彫った地蔵と手塚部長が出入り可能な神棚」
「手塚がうちを出入りするのは迷惑なんだけど」

受け取った包みは異常に重かった。
まぁ石だから仕方ない。
しかし身代わり地蔵の彫った地蔵なら霊験あらたかなんだろうか。






死神達と妖怪達も加わって、理科室は更に賑やかになった。
ブン太の作った料理をあーだこーだと講釈を垂れる赤也に対抗する氷帝の連中。
仁王に書類提出しろと言い寄る死神達。
手塚と真田は意外と気が合っているのか隅で年寄りのように膝を付き合わせている。

「……………」
「どうした、幸村」

一人ケーキをつついていたら、隣に蓮二が座った。

「…いや、」
「気に入らなかったか?あいつらなりに精一杯祝ってるつもりなんだが…」
「そんなことないよ、そうじゃなくて」

蓮二が不思議そうに首を傾げている。
俺はずっと気になっていたことを言うべきか、迷った。



「……………ま、いっか」



気持ちは嬉しいし、楽しそうなあいつらに水を差すのもさすがに悪い。






俺の誕生日、まだ1ヶ月以上先なんだけど。






浮かんだ言葉はケーキと一緒に飲み込んだ。

不二の登場で天井に派手な傷がついていたが、ドアの修復に夢中なジャッカルはまだ気付いていない。 
 
 
 


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