着々と信者が増えてゆきます





「赤也!今日赤也んち遊び行っていいかやー」
「凛達赤也んち行くん!?ほな俺も行く!リョーマも行くやんな!?」
「今日は暇だし付き合ってやってもいいよ」
「じゃあみんなで行くさぁ!ジャッカルとあそぶあんに!」



放課後、机の周りを囲んで一気にそうまくし立てられた。

俺はまったく「いいよ」なんて言ってないのに話は勝手に進む。
…まぁいいか。俺もよく勝手にリョーマの家とか上がり込むし。



まさかあんなことになるなんて、分かってたら絶対にこの時俺は頷いたりしなかったのに。






「で、何して遊ぶ?」

特に新しいゲームがあるわけでもないし、ジャッカルは数分いじれば飽きるし、何故こいつらがうちに来たがったのかよく分からなかった俺はそう聞いた。
うちに着いた途端慣れた風にランドセルを置いて、裕次郎はリビングをキョロキョロ見回している。
別にうちに来るのなんて初めてでもない癖に何やってんだ。

「なぁ、今日誰もいないの?」
「え?…ああ、そうみたいだな。母さんは買い物かな?」 
凛の問いにそう答えると、凛はつまらなそうにソファに座った。
心なしかリョーマも肩を落としている。

「赤也ー!何やジュースないん?」
「図々しいな…ったく…待ってろよ」

金太郎にねだられて仕方なくキッチンに向かう。

確か冷蔵庫にブン兄のコーラがあったはず。
冷蔵庫の横には何故か壊れたコーヒーメーカーが置かれていた。
疑問に思いながらもコーラをグラスに注いでリビングに戻る。

リビングでは既にめいめい寛ぎモードだった。
こいつらは人んちにきて気遣いってもんがないのか。
裕次郎は勝手にテレビつけて見てるし、凛はソファでゴロゴロしてるし、リョーマは床に転がって宿題やってるし、金太郎はそれをくっついて眺めてるし。
いくら俺でも人んちではもうちょっと行儀よくするぞ。

「ほら、コーラ」

テーブルにトレイを乗せたらみんながグラスを取りに集まってきた。

「ファンタないの?」
「ワガママ言うなよ」

リョーマは文句を言いつつコーラに口を付ける。



「なぁ、蓮二兄ちゃんおらんの?」



金太郎の言葉に俺は固まった。
何で金太郎が蓮二兄さんの話なんかするんだ?

「こないだ来た時はおったんになぁ、凛」
「ふ、ふらー!金太郎!言うなって言ったさぁ!」



……………ハァァァァァ?



凛は慌てて金太郎の口を塞いだが、しっかり聞いた。

こないだ来た時?
いつの話だ。
金太郎が来ていた時に蓮二兄さんがいた記憶は俺にはない。

「………あ、赤也、違うんばぁよ」

裕次郎がオロオロしながら何か言い訳をしようとしている。
その顔は青ざめている。
俺はそんなに怖い顔をしてるんだろうか。

「こないだの金曜日、やーリョーマんちに行っただろ?」
「そん時、わったーだけで公園で遊んでたらちょうど蓮二兄さんが通って…」
「ワイが転んで怪我しとったからここん家に呼んで手当てして、遊んでもろたんやで!」

凛と裕次郎は視線を泳がせながら、金太郎は満面の笑顔で事の次第を説明される。

「…何で俺に言わないんだよ!」

蓮二兄さんと会ったことを、遊んでもらったことを弟の俺に内緒にするなんてどういうことだ。
言ってくれればいいものを隠されていたなんて、何だか悔しい。
(いや、そりゃ遊んだ報告されても悔しかったとは思うけど!)

「俺のいない間に蓮二兄さんと遊ぶなんて!」
「と、お前が騒いで喧嘩になる確率が88%だったからだ」



……………



背後から涼やかな声がして、振り返るとそこには蓮二兄さんが立っていた。
学校指定のコートを脱いで、俺の頭を撫でる。

「俺が内緒にしておいた方がいいと言ったんだ」
「蓮二兄ちゃん!おかえりー!」
「ただいま、金太郎。まったく…お前が内緒に出来るとは思っていなかったが予想以上の早さでバレたな」

まったく悪びれない金太郎の頭も撫でて、蓮二兄さんは苦笑した。
なんだよ、金太郎の頭なんて撫でなくてもいいのに。

「わっさいびーん、蓮二兄さん…」
「わっさいびん…」

凛と裕次郎は心なしかしゅんとしている。
蓮二兄さんは二人の頭も撫でた。

「…蓮二兄さん、こんにちは」
「こんにちは、リョーマ」

………!?

話には出てこなかったリョーマまで蓮二兄さんと親しげで、俺は驚いた。
俺が目を丸くしているのを見て蓮二兄さんが説明する。

「貞治の家に俺が行くことは多いからな。必然的にリョーマとも顔見知りになる」



………あ、ンの角眼鏡…!

まさかこんな形でも俺から蓮二兄さんを奪おうとするなんて!
俺はあの、本心のよく見えないヘラヘラした眼鏡を思い出して一人怒りを燃やした。

「蓮二兄さん、俺は赤也に何も言ってないよ」
「そうだろうな。リョーマはお利口だ」

帽子の上から頭を撫でられて、リョーマは珍しく嬉しそうに頬を染めている。

…リョーマまで蓮二兄さんの虜に…!?



いつの間にか凛と裕次郎とリョーマと金太郎に囲まれた蓮二兄さんは、困ったような笑顔で4人の対応をしている。
俺は完全に蚊帳の外だ。
蓮二兄さんは俺の兄さんなのに。

「蓮二兄ちゃん、今日も一緒にあそぶさぁ!」
「わったー蓮二兄ちゃんと遊びたくて来たんばぁよ!」
「蓮二兄さん、宿題おしえて」
「なぁ蓮二兄ちゃん!肩車してやー!」

次々にかけられる声に蓮二兄さんは丁寧に答えている。
蓮二兄さんは全然俺の方を見ない。
俺は堪らなく悲しくなって、目の奥が熱くなった。
もしかしたら赤くなってるかもしれない。
でも凛達を怒りたい気持ちよりも寂しくて悲しい気持ちの方が、ずっと強い。

…何で蓮二兄さんは誰にでも優しいんだろう。
俺だけに優しければいいのに。
そうすれば、凛達は蓮二兄さんのこと好きになんてならないのに。

ワイワイと盛り上がる皆が妙に遠くに感じて、俺の気持ちはやけに冷えていった。



蓮二兄さんのバカ。



「…赤也」



いつの間に皆の輪から抜け出したのか、俯いた俺の視界に蓮二兄さんの白い靴下が見えた。
顔を上げると優しい蓮二兄さんの顔。

「皆で宿題をやるぞ。お前もおいで」
「………やだ…」

宿題をやるのが嫌っていうか(嫌だけど)皆とやるのは嫌だ。
蓮二兄さんとふたりなら、いくらでも頑張れるけど。

「赤也…」

また俯いた俺には表情は見えなかったけど、きっと蓮二兄さんは呆れてるんだろう。

「俺に後でまた個別にお前の宿題を見ろと言うのか?」

めんどくさそうな声色を隠しもしない。
蓮二兄さんは意外とめんどくさがりだ。

はぁ、と小さな溜め息が聞こえたかと思えば体が宙に浮いた。

「え、」
「一度に済ませた方が早い」

俺は蓮二兄さんに抱き上げられていた。
そのまま皆が囲んだテーブルの前に座らされる。
場所は、蓮二兄さんの膝の上だ。

「あーッ!赤也ズルい!わんもおひざがいい!」
「駄目だ、凛。俺の膝は赤也の特等席だ」

言われた言葉に頬があったかくなる。

「なんでー!?赤也ばっかりズルいさぁ!わんも蓮二兄ちゃんしちゅん!」
「お前だって知念先生の膝の上に赤也が座ったら嫌だろう」
「当たり前やっし!父ちゃんの膝はわんのモンさぁ」
「そういうことだ。身内の特権ってやつだな」
「リョーマ、とっけんってなんや?」
「特別な権利ってこと」
「けんりってなんや?」
「…金太郎、うるさい」

凛や金太郎はまだあれこれ騒いでたけど、もうほとんど俺の耳には届いていなかった。
さっきまでのモヤモヤした悲しい気持ちがどんどん晴れていく。



蓮二兄さんの膝の上は俺だけの席。
身内の特権。

こんなに嬉しい権利はない。

俺は膝に座ったまま蓮二兄さんの顔を見上げた。
蓮二兄さんは優しく微笑みかけてくれる。

今、誰より近いこの位置で。



「…ほら、赤也。ノートを出しなさい」
「はーい!」



さっきとは打って変わっていい返事を返す俺に、蓮二兄さんは笑いながら俺の髪の毛に指を絡めた。



 


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