働くパパは相当違う





「…ドラマの撮影現場ってどんな感じなんスかねぇ?」



親父が主演のドラマを見ながら何の気なしに呟いた光の一言が原因で、この話は始まる。






「そういや親父はよう現場来い来い言うてくるけど、行ったことあらへんなぁ」
「あら、そういやそうやねぇ。ユウくんたまにはええとこに気付くやん!」

俺がそう言うと小春がすぐに同意してくれた。
小春がこうも俺の言うことを全面肯定してくれることは滅多にないから、俺は素直に嬉しくなった。
嬉しさのあまり抱きつこうとしたら思い切り顔面を強打されたが。
…うん、褒められたとこで満足しとけば良かったやんな。
欲をかくモンやないって小春は身をもって教えてくれたわけや。小春は悪ない。



「ちゅーか光、ドラマの撮影なんか見たいん?」
「別に。何や偽物のセットで真面目な顔して演技してんのやなぁと思うと滑稽やないですか」
「あー、役者ってホンマ凄いわな。俺にはよう出来んわ」
「そら謙也くんには無理やわ。落ち着きないし集中力ないし」

謙也と光のやり取りで、小春の心は決まったようやった。
(俺達は双子という以上の力で強く結ばれとるから小春の気持ちは分かるねん!)

「一回くらい行ってみるんもええかもしれへんわねぇ」
「小春が行くなら俺も行く!いずれ俺もドラマとか出るかもしれんし」

というのは俺の進路は小春とお笑い芸人に決まっとるから。
昨今の芸人は演技くらい出来んと生き残れんのは当然やろ?
せやけどその点小春はストイックや。

「芸人は芸だけしとけばええねん。ドラマとか、ユウジはモテ目的で芸人やるんか」

…なんて、冷たく言われてまう。

「俺が小春以外にモテたいなんて思うわけないやろ!」

というのが俺のいつもの返し。
演技かて芸には違いないやろ。
小春がやりたくないなら俺が小春の分もドラマの仕事取ってギャラは仲良く半分こや!

「父ちゃんのしごと見に行くならワイも行くー!」

金太郎もどうやら乗り気や。
こいつがおったらやかましなりそうで迷惑にならんか心配やわ。
俺が将来一緒に仕事する人もおるかもしれんねんで!

「んー、まぁ皆行くなら俺も行くかな…この女優かわええし」
「アホや。この女優今週限りやで。見に行く時にはおらんやろ。…ま、俺言い出しっぺやししゃーないから行ったりますけど」
「マジでか…ちょお本気で残念や…会いたかったんに…」
「謙也くんキモい。…あ、千里兄は?行くんスか?」

ドラマになんか目もくれずに眼鏡かけて新聞読んどった千里が顔を上げる。
話を聞いてなかったのかキョトン顔や。

「…は?…え?何…?」
「親父のドラマの撮影現場の見学」

俺が簡潔かつ丁寧に話の流れを教えてやると、千里は露骨に嫌な顔をした。
心底見たくないという感情を隠しもしない。

「そんなモン俺は「あ、このドラマのレギュラー俳優こないだのジ○リの新作で声優やったんや〜」…サイン貰いに行くばい☆」

俺の巧みな誘導で千里も同行決定。



そんなわけでみんな揃っての親父の職場見学が決定したのやった。
親父のおらん場所で。






みんなで職場見学に行くっちゅー決定事項を親父に報告した時、親父は一瞬顔を輝かせてから怒ったような素振りをした。

「お前らなぁ、勝手に俺に相談もなく決めるなや!遊びやないねんで、いきなり言われたかてそない簡単に許可下りへんし俺かて俳優としての現場での集中力ってモンがな…」

とかなんとか抜かしよるから光が首にチョップを決めた。
普段散々「見に来てや〜、絶対俺かっこええから!仕事中のお父さん見たいやろ?子供ってそういうモンやろ?」ってウザいほど誘ってくる癖に、なんやこいつめんどくさっ。
それにさっき一瞬見せた嬉しそうな表情からも、ホンマは見に来て欲しいのは丸分かりや。

現に親父は散々文句垂れた後速攻でテレビ局と監督に許可取って、俺達の職場見学の日取りは瞬く間に決まった。






次の週末、俺達は親父の車に乗ってスタジオに向かっていた。
朝早かったもんやから金太郎は起きもせんくて着替えだけ持って千里が担いだ。

俺かてバイトの上がりが遅かったから眠い。
こんな早いなら家で寝てれば良かっただろうか。
欠伸を噛み殺して隣の小春の肩に頭を乗せたら、珍しく小春は怒らんかった。
ラッキーや。小春優しい。大好き。

「お前らあんまりスタッフに迷惑かけるんやないで!謙也、千里!共演者にサイン貰うんは撮影後にしなさい。小春とユウジは自分らの売り込みするんやないで!光はブログであることないこと暴露すんなや!金ちゃん、は…千里!目ぇ離すな!」

上機嫌な親父はハンドルを捌きながら口々に注意事項を連ねていく。
三日前から同じこと言われとるから耳タコやっちゅーねん。
ちゅーかみんな眠気との戦いで親父の話なんか聞いてないやろ。

「それからー…」
「もー!親父うっさい!テレビ局着くまで寝かせろや!」
「何やねん、俺はお前達が恥かかんようにってなぁ…」
「…親父…黙らんと刺す…」

親父のウザい注意事項は、とうとう謙也がペットボトルを投げて、光がドスの効いた声で脅しをかけるまで続いた。






「おはようございまーす!」

(親父が)嬉々として乗り込んだスタジオは、思ってたよりも狭いもんやった。
まぁ一室に完全な一部屋を作るわけやから、そうは言ってもそれなりの広さはあるわけやけど、予想よりって意味で。

「…あ!あの人こないだスキャンダルで揉めに揉めとった人や!」
「ふーん…テレビで見るより顔ちっさ。脳みそ入っとんのか」

謙也と光が小声で、既にスタジオ入りしていた有名タレントについて話すのを肘で小突いて止めた。
正直過ぎやろ、こいつら。

「監督!今日はうちの愚息共の見学許可してくれておおきに!」
「ああ白石くん、おはよー…って息子君多っ!デカっ!」

監督とやらはどうやらうちの家族構成までは把握してなかったらしい。
そらそうや、千里を知っとる人はほとんどおらんやろしなぁ。
千里はそれが営業スマイルなのか、胡散臭げな笑顔で監督に挨拶しとる。
千里に担がれた金太郎もやっと目を覚ましたらしい。
むにゃむにゃと目を擦りながらも親父に背を叩かれて挨拶した。

「上から千里、小春、ユウジ、謙也、光、金太郎や!よろしゅうしたってや!」
「何かみんなさすがのイケメンだなぁ。白石くんの息子なだけあるなぁ」

監督は俺らの顔を一人一人眺めて溜め息をついた。

まぁ確かに親父が筆頭やから掠れがちやけど、俺ら兄弟連中も顔は悪くない。小春にいたっては天使やしな!

「なぁなぁ、父ちゃん!さつえーまだなん?はよ終わらして飯食い行こやー!」
「はいはい、金ちゃんはしゃあないなぁ」

親父は金太郎の頭をポンポンと撫でて着替えるために一度スタジオを出ていった。

…おいおい、俺ら放置かいな。
こないなアウェイなとこでほったらかしとか気まずいわ。
謙也なんか不審者丸出しやん。

「おっ、おい!俺らやっぱ場違いやんなぁ!?どないしたらええん!?」
「ははは、そげんオロオロして謙也はほなこつ気ぃ弱かねぇ」
「…俺の服の裾掴むんやめてくれないスか。伸びる」
「千里!あれ食ってええ!?」
「あれは撮影用やからいけんよ、金ちゃん」
「いやん☆ユウくん見てぇ、あの人!生で見るとめっちゃええ男やん!ロック・オン☆」

小春はここぞとばかりにロック・オンしまくりやし!
浮気かぁ!死なすど!その上俺は泣くど!俺が泣くとめんどいど!



「…みんなキャラ濃いなぁ。面白いねぇ」

コソコソと小さい音量で騒ぎ立てる俺らをいつから見ていたのか、監督がそう言った。

「みんな顔いいし面白いし…芸能界興味ないの?」
「おっ俺なんかあきまへん!突出したところなんてあらへんし!歌はちょお得意やけど!」
「何で謙也くんが我先にと答えるんスか。調子こくなや」

親父は売り込みすんな言うたけど、監督の方から声かけてくれたんやからええやんな。
そう思って俺も口を開こうとすると、背後からがしっと誰かに頭を掴まれた。

「監督〜、アカンわコイツらは。芸能界生き残れるほど賢くないで」

ニコニコ笑いながら登場した親父は、さっきとは違うチャラチャラした流行りの格好で俺を有無を言わさず黙らせた。

「白石くんだって実質中卒じゃん」
「ははっ、やめてや気にしとるんやから。ほらええから撮影しよ。お前らええ子にしとるんやで」

親父は俺らにウインクを残してセットの中に足を進めた。



さすがにセットの中にいる親父は馴染んどる。

仕事モードに入ったんか台本片手にスタッフの話を聞く親父の横顔は真剣そのものや。
ヘアスタイルを当然のように整えてもらって、…何様や。

「父ちゃん、いつもとちゃうなぁ」
「しーっ、金ちゃん。今からしばらく静かに、ね?」

金太郎の言う通り、家にいる時のヘラヘラした顔とはまったく違う。

「…真面目な顔出来るんやなぁ」
「ドラマでさえチャラい役ばっかであんま真面目な顔せえへんですしね」

スタートの声がかかって、俺達は黙り込んだ。 
 
演技を始めた親父は案の定チャラい男で、女を騙して金をせびる役は恐ろしく似合う。
でもオーラっちゅうかなんちゅうか、テレビ越しに見るのとはまた違う迫力があった。

………なんちゅうか。

白石蔵ノ介、かっこええわ。



「…俺のこと好きなんだろ?だったら100万貸して。貸してくれるだけでいいから。…倍にして返してやるよ。金がないなら仕事用意してやるし」



…セリフは屑やし、東京弁きしょいけど。






「なぁっ、どうやった!?」

撮影が終わった途端いつも通りのヘラヘラ顔で近寄ってきた親父。
俺ら兄弟は顔を見合わせた。
たぶんみんな、感想は同じやと思う。

だってこの俺がかっこええって思ったくらいなんやから。



「………やっぱ私生活が屑やと屑の演技がうまかねぇ」
「お父ちゃんらしくて良かったとウチは思うわ☆」
「…ごめん寝とった」
「親父最低やわ。あの女優さんの腰撫で回すなんて台本に書いとらんやん」
「女好きは何回結婚失敗したら直るんスか」
「父ちゃん、はよごはん行こー!」

上から順に年功序列で感想を述べた俺らに、親父はガックリ肩を落とした。

「…父親の凄みとか威厳とか見せるええ機会やと思ったけど、失敗やったかなぁ」



失敗?アホ、大成功や。



息子らの本音も見抜けないなんて、俳優としては凄いんかも分からんけど父親としてはまだ未熟やな。



 


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