パソコンショップにて





「…あ、あれ…?」

滅多に使わない自宅のパソコンでエロサイトを巡っていたら、急に画面が真っ黒になった。

「おーい、どうした」

デスクトップを叩いてみたら何やらミシッと不穏な音。
…液晶にヒビが入っている。
うそ、これ俺が叩いたから?軽く叩いただけなのに脆い。
これだから精密機械は嫌なんだ。
勿論画面は相変わらず真っ黒、音さえしない。沈黙を守っている。

「………マジでか」






というわけで、電気街に来ました。

あちこちにゴテゴテと飾られた電気屋の看板を見上げる。
たくさんありすぎてどこに行けばいいのか分からない。
とりあえずテレビなんかでCMやってるような電気屋なら間違いはないだろう。
そう思って一番近くにあった有名電気屋に足を踏み入れた。



「パソコンは…5階か」

エレベーター前の案内板を見てそのまま来たエレベーターに乗り込む。
閉ボタンを押したら滑り込むように少年が乗り込んできた。
真っ黒な髪に真っ黒なシャツ、真っ黒なジーンズ、靴まで真っ黒。ピアスだけが鮮やかな5色。
…厨二病だ、目を合わせないようにしよう。
俺は階数表示のランプだけをじっと見つめた。

「……………」
「……………」

俺の斜め後ろから少年の視線が突き刺さる。

何だろう、育ちのいい坊っちゃん風のアーガイル柄の俺が気に入らないんだろうか。



「………あの、ちょおすいません」
「……………はい?」

エレベーターの扉が開いてパソコン売り場に足を踏み出した途端、手首を掴まれた。
ゆっくり振り返ると、真っ黒少年が俺を見上げている。ふてぶてしい表情だ。

「…あ、やっぱり。幸村さんやないッスか」

くっきりした二重の瞳をパチパチ瞬かせて、少年は無表情のままそう言った。

……………?
見覚えは、あるようなないような。

でもこの全身黒のコーディネートに関東のものじゃないイントネーションにピンときた。



「…浮遊魂特別認定課?」
「よぉ覚えとるやないですか。1コケシやりますよ」



………死神だ。






浮遊魂特別認定課の死神、財前は、何故かそのまま俺の後についてきた。
っていうか何故死神が電気屋に。
特に話すこともないので無言で足を早める俺にしっかりついてくる彼は、気まずい思いをしてる様子もない。俺はこんなに気まずいのに。

だがまぁ自己主張してくるわけでもないので、気にせず本来の目的を果たすことにする。

ひとつひとつ並んだパソコンを眺めてみてもよく分からない。
首を傾げながら何となくキーボードをつついたりしている俺を、真っ黒い影みたいな少年はじっと見つめていた。



「…幸村さん、パソコン買うんスか」
「うん、家のが壊れたから」

いくら見てもどれがいいのか分からなくてもう帰ろうかと思い始めた頃、財前はやっと言葉を発した。
その頃にはもう財前が後ろにいることを忘れかけていた俺はちょっとビックリした。

「さっきからそこのメーカーばっか見とりますけど、そこあんま良おないッスよ」
「え、そうなの?デザインかっこいいのに」
「デザインだけッスわ。スペック低すぎて話にならん」

スペックって何だ。
俺は自慢じゃないが機械は苦手だ。

「そもそも何で壊れたんスか」
「エロサイト見てたら急に壊れた」
「……………」

適当にパンフレットを眺めながら答えたら、急に財前が黙り込んだ。
きっとあの無表情を呆れたように歪めているんだろう。
そう思って目線を財前に移すと、心なしか頬を染めて固まっていた。
…何この子、かわいい。

「……………」
「………え、えっちなのはよおないと思います」

俺から目を逸らしながら小声でそう呟く財前を、殴り飛ばしてから抱き締めたい愛しさを感じた。
意外な純情っぷりに俺の中の彼の好感度はうなぎ登り。

「…た、たぶんウイルスやと思いますけど」
「え?エロが?」
「ちゃいます!パソコンの話やろうが!」

分かってたけど、反応が可愛いもんだからつい。

「このソフト入れたらウイルスに強うなりますよ」
「へ〜…そうなんだ」
「あとこっちのパソコンやったら処理早いし」
「へ〜…そうなんだ」

財前の言ってることの半分以上は理解出来てなかったが、無表情なりに生き生きした表情であれこれ勧めるところを見ると知識は相当ありそうだ。
俺は大人しく財前の勧めるものを一式買った。使いこなせるかどうかは別として。






「使い方分からんかったら電話ください」

会計を済ませて財前のところに戻ると、彼はポケットからさっと赤い携帯を取り出した。

「…一緒にエロサイト見たいの?」
「ちゃうわアホ!」
「分かってるよ。はい、赤外線〜」

不満そうに唇を尖らせてはいたが、とりあえず連絡先は交換した。
これで困った時は無償奉仕してもらえると思うと有難い。

「そういえば財前は何か買いにきたんじゃないの?」

ずっと俺について回っていたが、電気屋に来たからには彼も買い物があったんじゃないんだろうか。

「ああ、俺は幸村さんが会計しとる間に買いました」

財前は店名がプリントされた紙袋を掲げた。
中を覗き込むと、俺は一生触れることさえないであろう細々した部品の数々。

「…これ何に使うの?」
「職場のパソコンカスタムして使いやすくしよ思て」
「へぇ」

休日まで仕事の効率を上げることを考えてはるばる大阪くんだりから電気街まで来るなんて。
死神達はお役所仕事でまともに働いてるやつなんかいないと思ってたけど、なんて感心なんだ財前。

「最近職場のパソコン重くなってきてこないだせっかく作った曲保存中にフリーズしよってデータ飛んだんスわ。ホンマかなんわ〜」

しかし財前の言葉に俺の感心は瞬時に打ち砕かれた。

「………え、曲?」
「あ、幸村さんも聴きます?めっちゃ神曲出来てん」

財前はポケットから取り出したiPodのイヤフォンを無理矢理俺の耳に突っ込む。
否応なく耳に流れ込む音楽。
キンキンした機械音っぽい女の声が愛だの恋だの歌い出す。

「リンの声かわええやろ、滑舌悪いけど」

何やら満足そうなどや顔をした財前の声が歌声の向こうに遠く聞こえた。



「………財前」
「はい?」
「仕事しろ」



サビに差し掛かって音量が上がったせいで、財前が何て答えたのかは聞き取れなかった。



 


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